第4話 年に十本
そこからの動きは早かった。
桃が完成した短剣を抱えて営業部へ向かい、10分後には営業部の人間を3人連れて戻ってきた。
「これは売れる!」
営業部の課長が、短剣を握りながら声を上げる。
「この性能でコストは同じなんですよね?」
「同じです」
「売れます!」
随分と自信がある。
俺もそう思う。
性能が5割も上がっているのだ。
売れない理由がない。
「今ある短剣はどうします?」
茜が聞くと、営業部の課長は少し考えた。
「全部回収しましょう」
「全部ですか?」
「見た目が同じなので、購入者が迷います。間違って旧作を買われると苦情になりそうですし、回収して素材として再利用した方がいいでしょう」
その日のうちに、各店舗へ回収の連絡が入った。
決断が早い。
桜坂にも、まともに仕事をする人間はいるらしい。
問題は総務だった。
「申請のない魔力回路の変更は認められません」
総務主任が、書類を机に置いた。
もっともな話だ。
「でも、性能は上がってますよ?」
桃が言った。
「性能の問題ではありません」
「主任が、性能が上がったんだから細かいことは気にするなって」
言っていない。
「一条主任が?」
総務主任の視線が俺へ向いた。
「いや、俺は」
「5割も上がったんですよ。しかも製造時間も短くなってます」
「ですから、今後は事前に申請を」
「今後はします!なので今回だけは見逃してください!会社の為なんです!」
「……今回だけですからね」
押し切った。
桃は満足そうに頷いている。
「一条主任」
「はい」
「来たばかりでルールを知らなかったかもしれませんが、規程は守ってください。今後は、必ず申請してからお願いします」
「はい」
「性能が上がれば、何をしてもいいわけではありません」
「はい」
なぜ俺だけが怒られているんだ。
解せぬ。
そんなこともあったが、改良型の短剣は無事に販売されることになった。
既存の商品はすべて回収。
俺も製造に加わり、倉庫にあった在庫も順番に新しい物へ入れ替えていった。
そして、あっという間に1か月が経過した。
「売れませんね」
桃が営業実績を眺めながらつぶやいた。
「売れないな」
数字は何度確認しても変わらない。
販売数、ゼロ。
性能は5割上がった。
値段は同じ。
製造時間も短くなった。
売れない理由が分からない。
「他に何か欠点があったか……」
「旧作の回収費用で、かなり赤字が増えてます」
茜が別の資料を見ながら言った。
「このままだと、冬のボーナスがなくなるかもしれません」
「ボーナスなくなるのはダメ」
葵がすぐに反応した。
「いちじょー、何とかして」
「何とかと言われてもな。俺は営業に関しては素人だ」
作れと言われれば作れる。
売れと言われても困る。
「営業部には、販売店から旧作との違いが分からないって苦情が入ってるみたいです」
「なるほど。見た目か」
改良前と改良後で、外見はほとんど変わっていない。
魔力回路を修正しただけだから、当然だ。
「やっぱり、派手な方が人気なんですかね?」
「命を預ける武器に見た目を求めるのか? 性能が一番重要だろ」
「そうですけど、事実売れてませんし」
正論だった。
性能が良ければ売れる。
そう思っていた。
だが、売れていない。
世の中はそんなに甘くないらしい。
「そもそも、旧作はどれくらい売れていたんだ?」
3人が顔を見合わせた。
なぜそこで黙る。
「……10本くらいかな」
桃が小さく答えた。
「日に10本か」
それなら、見た目が同じでも少しは売れるはずだ。
「急に性能が5割も上がったから、不審に思われたのか?」
「年に」
「ん?」
「去年売れたのが、10本」
「……主力商品だと聞いたんだが」
「去年、うちが出した武器が短剣だけだったから」
「それは主力商品と言わん!」
ただ一種類しかなかっただけだ。
俺は頭を抱えた。
性能以前の問題だった。
「そもそも、認知されていないのが問題だ」
性能以前に、存在を知られていない。
知らない武器は買えない。
当たり前の話だった。
「国内の探索者は、500万人いるとされている。それなのに年に10本は少なすぎる」
「武器は大手メーカーがほとんど独占してますからね」
茜が言った。
「うちの親会社も、その大手ですけど」
「AMIの子会社なのに……」
俺は机の上の短剣を見る。
世界的な魔装具メーカーの子会社。
その主力商品が、年に10本。
意味が分からない。
「親会社の商品と一緒に売ってもらえばいいんじゃないか?」
「何度かお願いしたみたいですけど、断られてます」
「なぜだ」
「売れないからです」
「売るために置いてもらうんだろ」
「売れない物を置く場所はないそうです」
順番がおかしい。
置かないから売れないのに、売れないから置かないらしい。
商売は難しい。
「なら、性能比較の資料を配ればいい」
「どこにですか?」
「探索者全員に」
「500万人いますけど」
「印刷すればいいだろ」
「その印刷代で会社が終わります」
桃に即座に却下された。
500万人分の紙は、かなり多いらしい。
「では、各地のダンジョン前で配る」
「人手が足りません」
「営業部にやらせればいい」
「営業部、3人しかいませんよ」
「少ないな」
「第一製作課と同じ人数です」
この会社は、どこも人が少ない。
よく今まで続いてきたものだ。
「広告を出すのは?」
「お金がありません」
「試供品を配る」
「もっとお金がありません」
「有名な探索者に使わせる」
「依頼料が払えません」
何をするにも金がいる。
金がないから売りたいのに、売るために金が必要らしい。
商売は理不尽だ。
「無料で宣伝する方法はないのか?」
俺が聞くと、桃が少し考えた。
「・・・・ありますよ」
「あるのか」
「配信です」
「配信?」
「実際にダンジョンで使ってるところを配信するんです。性能が本当だって分かれば、少しは興味を持ってもらえるかもしれません」
なるほど。
性能を見せればいい。
それなら話は早い。
「誰に使わせる?」
3人が俺を見た。
「なんだ」
「主任でいいんじゃないですか?」
「俺?」
「作った本人ですし」
「性能も一番分かってるし」
葵も頷く。
「いちじょー、強そう」
「待て。俺は鍛冶師だぞ」
「探索者資格、持ってないんですか?」
「持ってはいるが」
持っているだけだ。
本社では素材の確認でダンジョンに入ることもあった。
だが、戦闘専門ではない。
「大丈夫です。浅い階層なら危険も少ないですから」
桃はすでに端末を操作している。
「配信の申請、出しておきますね」
「まだやるとは言っていない」
「総務には、主任が言ってたって伝えます」
「それはやめろ」
また俺だけ怒られる。




