第3話 売れる商品になりました
俺は短剣を作業台に置いた。
「この短剣の魔力回路だけど、理由を聞いてもいいか」
三人の視線が、短剣から俺へ移った。
最初に口を開いたのは茜だった。
「理由、ですか?」
「ああ」
俺は短剣の刃元を指で示す。
「刃先に届く前に、魔力が横へ散っている。ここは少し詰まりやすい。初心者向けだから、あえて出力を抑えているのかと思った」
茜はすぐには答えなかった。
短剣を手に取り、刃元から刃先まで視線を動かす。
自分たちの作っている物を、改めて確かめている顔だった。
「扱いやすさを重視しているのは確かです。初心者向けなので」
「なら、ここで魔力が散るのも意図的か?」
俺が指した箇所を、茜はじっと見る。
隣から桃も近づいてのぞきこんだ。
「そこまで細かく調整しているわけではないと思います。今の標準短剣は、買収される前からある型を元にしているので」
「前から使っている型なのか」
「はい。細かい補修はしていますけど、基本の回路はそのままです」
なるほど。
だが、初心者向けだろうが切れ味を意図的に落とす理由はない。
そもそも武器に対し失礼だ。
「なんにしても、これは欠陥がある。なら直すべきだ。性能は上がるし、扱いやすくなる。作製時の負担も減るはずだ」
「……いいことばかりですね」
「そうだな。やらない理由がない。まずはこの直しからだな」
茜が少し表情を引き締める。
「分かりました。では、変更の申請を出しますね」
「事後承認でいいだろ。すぐに終わるし、稟議を待つのも無駄だ」
茜の手が止まった。
桃も顔を上げる。
「えっと……大丈夫ですかね?」
「問題ない。何か言われたら、その時考える」
「えぇ……」
桃が困ったような声を出した。
型の魔力回路の流れを整えるだけだ。
そんな事で上の許可とってたら何もできない。
葵が型を覗き込んだまま、ぽつりと言った。
「二、三日かかるから、その間に申請すればいい」
「二、三日?」
俺は思わず聞き返した。
型を手元に引き寄せる。
二つに分かれた型の内側には、刃の形と魔力回路が彫られている。
俺は型の内側に刻まれた魔力回路へ、魔力を流した。
薄い光が、回路に沿って走る。
やはり、短剣で見た通りだ。
刃先へ向かう途中で、光が少し横へ散っている。
一部は角で弱くなっていた。
俺はその流れに魔力を重ねる。
散っていた流れをまとめる。
詰まりやすい角をならす。
刃先まで、まっすぐ届くように組み替える。
三人は黙って見ていた。
邪魔しないでいてくれるのは助かる。
十分ほどで、光の揺れが消えた。
刃先まで、細く均一に通っている。
「終わった」
俺は型から手を離した。
「ええっ!?」
桃の声が作業場に響いた。
葵も型を覗き込んだまま、目を丸くしている。
「いちじょー、早い」
茜は型の内側をじっと見つめていた。
「見た目は……あまり変わっていないように見えますね」
「何が変わってるんですか?」
桃が首を傾げる。
「回路の流れを整えただけだからな。実際に作れば分かる」
俺は作業台に並んだ型を見る。
「三つ調整しておく。鍛冶ができるように準備してくれ」
「はい」
茜たちが動き出す。
俺はその間に、二つの型へ順に魔力を流した。
刃先へ向かう途中で散っていた流れを整え、詰まりやすい箇所をならす。
ほどなくして、調整が終わった。
「三人で作ってくれ。俺は社長と他の部署に挨拶してくる」
「分かりました。いってらっしゃい」
茜が頷いた。
葵と桃はすでに作業に入ろうとしている。
「作る」
「楽しみだねー」
俺は三人に作業を任せ、作業場を出た。
社長室で挨拶を済ませ、総務、営業、第二・第三製作課などの部署を回る。
小さい会社だからか、距離が近い。
悪い人たちではないが、本社とは違いすぎて少し戸惑うな。
一時間ほどして、作業場に戻った。
桃が真っ先にこちらを見る。
「一条さん!」
声が弾んでいた。
作業台には、短剣が三本並んでいる。
茜と葵は短剣をじっと見つめている。
「できたのか?」
「できました。三人とも、一時間前後で仕上がっています。使用した魔力量も、変更前より少なくなっていました」
「一時間か。短剣ならそんなもんだろ」
「何言ってるんですかー。大幅短縮ですよ。今までは、調整まで含めると一日で二、三本が限界でした。魔力の抵抗が強くて、途中で何度も調整が必要だったので」
茜が短剣を見る。
「今回は、魔力がほとんど引っかかりませんでした。押し込む感じも少なくて、最後の調整もかなり楽でした」
桃が頷く。
「正直、最初は失敗したかと思いました。軽すぎて。でも、回路はちゃんと定着しています」
葵が短剣を一本持ち上げた。
「作りやすい」
作った本人達がそう言うなら、改善は出ている。
「性能は?」
「今、測定器で確認中です」
桃が表示された数値を見つめていた。
しばらくして、桃が顔を上げる。
「出ました!すべての項目で、評価値が上がっています。作業時間も短くなって、使用魔力量も減っています」
桃はもう一度、数値を確認した。
「だいたい……五割増しぐらいです」
「まあ、こんなものだな」
「いや、凄すぎです!これ、うちの主力になりますよ」
桃は完成した短剣を見た。
茜も短剣を手に取り、静かに頷く。
「今までの標準短剣とは、別物ですね」
「すぐに営業部に持っていきます」
桃が短剣を手に取ろうとする。
「まだ申請していないだろ」
「そこは……うまくごまかしておきます。申請予定の改良品、ということで」
桃はさらっと言った。
茜が少し困ったように笑う。
「そんなに慌てなくてもいいんじゃない?」
「でも、これは早く見せた方がいいです。これは絶対に反応が違います」
葵が短剣を見つめたまま、ぽつりと言う。
「売れそう」
「売れるようにするんです」
桃の声は、さっきよりずっと明るかった。
俺は三本の短剣を見る。
見た目は、今までの標準短剣とほとんど変わらない。
だがコストが下がって、品質が上がっている。
まあ、売れる要素はあるな。
茜が短剣を見つめたまま頷く。
「これなら、同じ時間でも作れる本数が増えます。失敗も減ると思います」
葵が三本の短剣を見比べて、ぽつりと言う。
「いちじょー、すごい」
「作ったのは三人だ」
「私たちもすごい?」
それは正しい。
この短剣を作ったのは三人だ。
俺は型の回路を整えただけだ。
「そうだな」
「みんなすごい」
葵は満足そうに頷いた。
桃が端末を抱えたまま笑う。
「葵ちゃん、良いこと言うね」
標準短剣。
今まで売れなかった、桜坂の初心者向け量産品。
見た目は変わらない。
だが、売れるものになった。
出向初日にしては、まずまずだな。




