第22話 初心者向けほど難しい
「今回の配信なんですけど、もう内容は決まっています」
詩はタブレットを抱え直した。
「会社からの依頼です」
「会社?」
茜が首を傾げる。
「はい。短剣と片手剣が売れたので、次は会社のブランドを作りたいそうです」
詩はタブレットの画面を見せてくる。
そこには大きく一行だけ表示されている。
『初めは桜坂』
「これが今回のテーマです」
「初めは桜坂?」
桃が画面を見つめる。
「初心者なら桜坂……か」
「はい」
詩が頷く。
「初心者向けなら桜坂。そう思ってもらえる会社を目指したいそうです」
「なるほど」
茜が頷いた。
「短剣と片手剣って、確かに最初の武器って感じですよね」
「はい」
詩も頷いた。
「今回偶然ですけど、短剣も片手剣も初心者から中級者向けで設計されてます。だったら、この流れを活かしたいって」
俺は資料を見る。
悪くない。
「今しかできないな」
「え?」
詩だけじゃない。
桃と葵までこちらを見た。
「短剣が売れた。片手剣も売れた」
俺はタブレットに表示された文字を見る。
「今なら桜坂を覚えている人がいる。半年後じゃ遅い」
四人が黙った。
最初に口を開いたのは詩だった。
「営業部長も同じことを言ってました!『今しかない』って」
そりゃそうだ。
普通に考えれば同じ結論になる。
「だから、急いで企画を進めているんです」
「それで、配信では何をするんですか?」
茜が話を戻した。
「視聴者の人たちから意見を聞きます」
詩は次の資料を開く。
『最初の一本に欲しい武器は?』
そんな文字が表示されていた。
「コメントやアンケートで、初心者がどんな武器を求めているのか集めます」
「もちろん、そのまま作るわけではありません」
「参考にするだけです」
「設計するのは第一製作課ですし、何を作るか決めるのも皆さんです」
それなら問題ない。
客の声は参考になる。
設計まで任せるものじゃない。
「初心者向けなら、聞く価値はある」
「ありがとうございます!」
詩がほっとしたように笑った。
その横で、桃が腕を組む。
「でも初心者向けって、一番簡単じゃないですか?」
「初めて使う人向けなら、基本どおりに作ればいい気がします」
「私もそう思いました」
茜も苦笑する。
「学校でも、初心者向けの武器は基本って教わりましたし」
「いちじょーなら、すぐ作れそう」
葵まで頷いた。
三人とも同じ考えらしい。
「違う」
俺は首を横に振る。
「初心者向けほど難しい」
「え?」
桃が目を丸くした。
「どうしてですか?」
俺は三人を見る。
「逆に聞く」
「初心者って、どんな人だ?」
桃が少し考える。
「冒険を始めたばかりの人、ですか?」
「魔物と戦ったことがない人」
茜も続ける。
「学校を卒業したばかりとか、初めて武器を買う人ですね」
「いちじょーより弱い人」
ならほぼ全員が初心者だ。
「まぁそんなところだ。間違いじゃない」
俺は三人の答えを肯定した。
「つまり、武器を買うのも扱うのも初心者だ」
三人が首をかしげる。
「初心者は、自分に何が合うかも分からない。重い剣がいいのか、軽い剣がいいのか。切れ味を重視するのか、丈夫さを重視するのか。そういう判断自体ができない」
茜が「ああ……」と小さく声を漏らす。
「だから初心者向けは、誰でも扱える武器じゃないといけないんですね」
「そうだ」
俺は頷く。
「癖がある武器は、慣れた奴には使いやすい。でも初心者は、その癖に振り回される」
桃は資料に何かを書き込みながら言う。
「性能が高ければいいって話じゃないんですね」
「初心者向けは、性能を尖らせないことも性能だ」
三人は黙って頷いた。
詩は手元の資料に目を落とした。
「……ちょっと待ってください」
さっきまでの勢いが止まる。
「この企画、初心者の皆さんに欲しい性能まで聞く予定でした」
詩は資料をめくりながら、だんだん顔をしかめた。
「でも、自分に合う性能が分からないなら、聞いても意味がないですよね」
「そうだな」
俺は頷く。
「必要なのは、どの武器に人気があるかだけだ。片手剣なのか、槍なのか、斧なのか。それが分かればいい」
「性能は聞かなくていいんですか?」
茜が確認する。
「聞いても参考にならない。扱いきれないのに攻撃力特化の武器が欲しいと言われてもな。そんな奴は上手くいかないことを武器のせいにするんだ。初心者向けなら、使いやすさを優先して調整した方がいい」
詩の手が止まった。
「それだと……」
「アンケートを取ったら、配信が終わりますね」
桃が続きを口にする。
詩は勢いよく顔を上げた。
「そうなんです! すぐ終わっちゃいます!」
「終わればいいだろ」
「よくないです!」
詩はなぜか焦っている。
仕事は早く終わる方がいいに決まってる。
「せっかく配信するのに、アンケートだけ取って十分で終わったら短すぎます」
「目的は達成してるからいいだろ」
「配信としては達成できてません!結果を知りたいだけなら、別の方法もあります」
人間は目的を一つに絞れないらしい。
桃が少し考えてから口を開いた。
「じゃあ、アンケートを取ってる間に、今後どんな企画を見たいか聞くのはどうですか?」
詩の顔が明るくなる。
「それです!」
「なんでだよ」
俺はすぐに答えた。
「ええっ、どうしてですか?」
「聞いたら、やることになるだろ」
「全部やるとは言わなければ大丈夫ですよ」
すでにいくつかはやることになってるし。
詩は資料を抱え直した。
「それも含めて仕事です。一条さんにも出てもらいます」
「俺の仕事じゃないな」
「仕事です!」
なんでだよ。
勢いで押し切る気か。




