第23話 ブランド開発室
配信当日。
開始15分前。
第一製作課の作業場には、いつもの四人に加えて詩も集まっていた。
「映像は問題ありません。音声も入ってます」
詩がタブレットを操作しながら確認する。
作業台の前には桃が座り、その隣に茜と葵が並んでいた。
俺の席だけ、少し離れている。
「一条さん、もう少しこっちに来てください」
桃が空いている椅子を叩いた。
「そこでも映るだろ」
「映りますけど、離れすぎです。今回はみんなで話す配信なんですから」
「俺は質問に答えるだけだろ」
「その質問が一条さんに集中すると思います」
面倒だな。
仕方なく椅子を動かすと、葵がこちらを見る。
「いちじょー、配信嫌い?」
「俺の仕事ではないな」
「私は好き」
「知ってる」
葵は配信中でも普段とほとんど変わらない。
緊張というものがないのかもしれない。
「今日の流れをもう一度確認しますね」
詩が資料を開く。
「最初に、皆さんが最初の一本として欲しい武器を聞きます。今回は今販売していない武器が対象です。その結果を見ながら、次に作る武器を決めていきます。」
「性能は聞かないんですよね?」
茜が確認すると、詩は頷いた。
「はい。一条さんに言われたとおり、今回は武器の種類だけです。その代わり、別で今後見たい企画をコメントで募集します」
俺はまだ納得していない。
「採用するとは言うなよ」
「分かってます。あくまで参考です」
「期待させる言い方もするな」
「分かってますって」
詩は返事をしたが、少し怪しい。
「桃も気をつけろ」
「私ですか?」
「お前が一番乗りそうだからだ」
「ちゃんと進行しますよ。面白そうな企画が来ても、絶対にやりますとは言いません」
「たぶんやります、も駄目だ」
「厳しいですね」
やる気がないのに期待させる方が悪い。
桃が時計を見る。
「あと8分ですね」
そのとき、作業場の扉が開いた。
「よかった。まだ始まってないね」
入ってきたのは社長だった。
その後ろには、営業部の山田部長と人事総務部の林田部長もいる。
三人揃って第一製作課に来ることなど、これまで一度もなかった。
「社長?」
茜が立ち上がる。
社長は配信用のカメラを見てから、こちらへ視線を戻した。
「実は、人事に関する発表があってね」
「今からですか?」
桃が時計を見る。
配信開始まで7分。
「ああ。間に合ってよかったよ」
よかったと思っているのは社長だけだろう。
林田部長が封筒を抱えている。
どう見ても軽い話ではない。
「配信が終わってからでは駄目なんですか?」
詩が尋ねると、山田部長が首を横に振った。
「今回の配信で発表することが決まっててね。視聴者にも見てもらった方が、会社として本気で取り組んでいることが伝わると思っているよ」
「公表する理由があるんですね」
「もちろんだよ。それに今回の公表で、登録者数が増え売上も上がればと思っているよ」
山田部長は隠す気もないらしい。
「短剣と片手剣が売れて、公式チャンネルも注目され始めている。ここで次の動きを発表すれば、話題になる」
普通に発表するより配信で見せた方が宣伝になる。
考え方は分かる。
俺たちが事前に聞かされていないことを除けば。
「それで、人事の内容は?」
俺が尋ねると、社長は笑った。
「気になるのは分かるが、もう少し待ちたまえ」
「今聞いた方が準備できますけど」
桃が困ったように言う。
「いや、君たちも配信が始まってから聞いた方が、新鮮な反応が見せられるだろう?」
「サプライズってことですか?」
詩が苦笑する。
「そういうことだ」
社長は満足そうに頷いた。
不安しかない。
「あと十秒です」
詩がカウントを始める。
「みんな、お願いします」
桃が姿勢を正す。
俺も諦めてカメラへ向き直った。
「三、二、一」
桃が指でカウントをする。
赤いランプが点灯した。
配信開始だ。
「皆さん、こんにちは!」
桃がいつもの笑顔で手を振る。
「桜坂魔装製作所公式チャンネルへようこそ!」
コメントが一気に流れ始めた。
『待ってた!』
『一条いる!』
『葵ちゃんきた!』
『今日は何するの?』
『またダンジョン?』
前回より明らかに勢いがある。
「本日も、一条さん、茜さん、葵ちゃんに来てもらっています」
「よろしくお願いします」
茜が頭を下げる。
「よろしくー」
葵はいつもどおり軽く手を振った。
俺は小さく会釈だけする。
『一条、やる気なくて草』
『通常運転』
『これが一条』
言いたい放題だな。
「さて、今日は皆さんにアンケートをお願いしたいと思います」
桃が画面を切り替える。
『最初の一本に欲しい武器は?』
両手剣。
槍。
斧。
盾などの防具。
四つの選択肢が表示された。
「これから武器を始めるなら、最初に使ってみたい武器を選んでください!」
「自分の欲しい、もしくはおすすめの武器を教えてください。リンクにアンケート機能があるので、たくさんの投票をお願いしますね」
詩が補足する。
『両手剣かな』
『槍!』
『斧しか勝たん』
『いや最初は盾でしょ』
『盾は武器じゃないだろ』
「いろんな意見がありますねー。まだ投票していない方は、ぜひ自分の意見をアンケートに投票してくださいね」
そこで桃が止まった。
「あっ、重大発表があるのを忘れてました!」
危ない。
社長がおいてけぼりだ。
コメント欄の流れが変わる。
『新商品!?』
『青い片手剣発売?』
『何だ何だ』
『重大発表』
桃がカメラの外を見る。
「社長、お願いします」
社長がカメラの前に立った。
「皆さん、初めまして」
コメント欄がさらに速くなる。
『社長!?』
『本物?』
『社長きたw』
『初めて見た』
「本日は配信をご覧いただき、ありがとうございます」
社長は一礼した。
「今日は皆さんに、一つご報告があります」
隣では林田部長が封筒を持って立っている。
本当に嫌な予感しかしない。
「桜坂魔装製作所では、本日付で新たな部署を設立しました」
コメント欄がざわつく。
『新部署?』
『マジ?』
『何する部署?』
「部署名は、ブランド開発室です」
社長は続けた。
「新商品の企画、設計、試作品の製作。そして、商品の魅力を皆さんへ伝える活動までを担当する部署になります」
『配信部署!?』
『毎日配信するの?』
『会社変わったな』
社長が頷く。
「そのブランド開発室へ、本日付で四名が異動となります」
林田部長が封筒を開く。
「一条翠」
嫌な予感が当たりそうだ。
「ブランド開発室室長を命じます」
一瞬、作業場が静かになった。
「……初耳なんだが」
コメント欄が爆発した。
『室長!?』
『昇進!!』
『おめでとう!』
『社長www』
社長は満足そうに笑っている。
「新鮮な反応が見られただろう?」
そういう問題じゃない。
「続いて、三枝茜」
「はい」
「ブランド開発室主任を命じます」
「……え?」
茜が固まった。
「わ、私ですか?」
「そうです」
林田部長が頷く。
社長が言葉を続けた。
「第一製作課で現場をまとめてきた実績を評価した。ブランド開発室でも、一条室長を支えてもらいたい」
茜はまだ辞令を見つめている。
「私が主任……」
「おめでとうございます!」
桃が嬉しそうに拍手した。
「茜主任ですね!」
「おー」
葵もぱちぱちと拍手する。
「戸惑いはわかるが…。とにかくおめでとう」
俺もそう言うと、茜は困ったように笑った。
「一条さんまで……まだ実感がありません」
林田部長は続ける。
「桜庭桃、早瀬葵」
「はい!」
「ブランド開発室への配属を命じます」
「よろしくお願いします!」
桃は元気よく返事をする。
「いちじょーと同じ」
葵も短く頷いた。
社長はカメラへ向き直った。
「以上が本日のご報告です」
「ブランド開発室は、桜坂の新しいブランドを作る部署として活動していきます」
「今後とも応援をよろしくお願いします」
コメント欄は祝福で埋まっていた。
『おめでとう!』
『茜主任!』
『室長!』
『ブランド開発室期待!』
『配信続けて!』
社長が一歩下がる。
桃が笑顔で俺を見る。
「それでは改めまして」
「ブランド開発室室長、一条さん」
「一言お願いします」
早速か。
「……室長は配信中だけにしてくれ」
コメント欄が一斉に流れた。
『室長www』
『もう定着した』
『逃げるな室長』
どうやら、今日から俺は室長らしい。




