そう言えば…お風呂は!?!?
「すまなかった! アイリス嬢!」
鈴音との組み手の後、ギルドの奥にある応接室に案内されるやいなや、ロッキーは勢いよく頭を下げてきた。
「いえ、もう済んだことですわよ。おかげで鈴音とも出会えましたもの」
アイリスがにこやかに応じる。
(アイリス、本当にしっかりした子だな〜)
『本当ですよね。これで私と同じ17歳なんて信じられませんよ』
(そういえば馬車の中でそんな話をしてたな。日本にいたら現役の女子高生(JK)なのか〜)
『……詠太さん、なんか変なこと考えてません?』
(いやいや、いくら異世界でもさすがにそんな不埒なことは考えないって!)
『はいはい……』
鈴音が頭の中でジト目を向けてくるのを流していると、ロッキーが顔を上げて悔しそうに口を開いた。
「……すまない。あいつらはここに流れてきて日は浅いが、しっかり実績もあったし、私も信用してしまっていたのだ」
「たしか、ヘインズから来たから護衛につけてくださったのよね?」
「ああ。私たち冒険者にとっては、住んでいる街などあまり関係ないという風潮があったものでな。ヘインズのギルドマスターには現在事実を確認中だから、報告はすこし待ってくれ」
「はい。わかりましたわ」
「それで……ヘインズには変わらず行くのだな?」
ロッキーの確認に、アイリスは力強く頷いた。
「はい。新たな護衛は鈴音に頼みますので」
「そうか、それなら安心だな!」
ロッキーがガハハと豪快に笑う。
「え? 安心? それはちょっと期待しすぎですよ〜」
鈴音が手を振って苦笑いすると、ロッキーは身を乗り出してきた。
「ハハハ! 謙遜はするな! 君は近いうちにこの街を、いや、このルシア王国を代表する冒険者になるだろうな!」
「ルシア……?」
聞き慣れない国名に、鈴音は思わず素で聞き返してしまった。
「え?」
アイリスとロッキーが同時にきょとんとした顔になる。
「いやー、あの、私……記憶喪失でして……」
鈴音がそこまで言うと、アイリスがハッと気づいて慌てて口を挟んだ。
「あ! そうでしたわ! ……実はここだけの話、彼女は記憶喪失なんですのよ! 登録の書類は便宜上リンガルド出身にいたしましたけれど」
「そうなのか……。ギルドマスターとして不正申告は見逃せないな……と、言いたいところだが、今回は私の不手際もある。大目に見ておこう」
(ほっ……。よかったな、鈴音)
『よかったです! この街なら何しても大丈夫ですね!』
(いや、それは絶対にダメだろ……)
「ありがとうございます、ロッキーさん。では、私たちはそろそろお暇させていただきますわ。明日にはヘインズに立ちますので」
アイリスが応応接室のソファから立ち上がると、鈴音も慌てて立ち上がって頭を下げた。
「あ、ありがとうございました!」
「護衛の仕事が終わったら、いつでも依頼を受けにくるのだよ。じゃあな」
ロッキーはそう言って、太い手をひらひらと振って見送ってくれた。
ギルドの建物を後にし、夕暮れの街を歩く。
(なんだかめちゃくちゃ怖い外見のくせに、良い人だったな)
『そうですね! ロッキーさんはこれからずっとお世話になりそうな気がします!』
(そうだな。ネット小説の『なろう系』とかだと、ああいう頼れるギルドマスターって定番キャラだもんな〜)
『あとは、他の冒険者のライバルとか欲しいですね!』
(それはまた、鈴音がもっと名を上げてからだろうな)
そんなふうに二人で頭の中の会話を楽しんでいると、アイリスが振り返った。
「さっ! 日も暮れてきましたので、急いで屋敷に戻りましょう。それで明日に備えて、一緒にお風呂にでも入ってさっさと寝ましょう!」
((お、お風呂だと……!?))
俺の動揺と同時に、鈴音も声を上げた。
「お風呂ですか!?」
そして間髪入れずに、悲鳴のような念話が俺の頭に飛び込んでくる。
『ちょっと! そういえば、私のお風呂とかトイレとかどうするんですか!! 詠太さんは常に私にくっついてるんですよね!?』
(うっ……。なんとなく考えてはいたけど、正解がわからねえ……! でも俺、もうステータス画面だし……見ててもよくない……?)
『よくない!!!』
「あら? どうしましたの鈴音。もの凄く怖い顔をしてますわよ?」
立ち止まった鈴音の顔を覗き込み、アイリスが不思議そうに尋ねる。
「えっ? あ! なんでもないです!」
鈴音は引きつった笑みで誤魔化す。
「じゃあ、屋敷に急ぎましょう! 今日はたくさん汗をかいちゃったわ」
アイリスは着ているドレスの胸元をパタパタと仰ぎながら、上機嫌で歩き出した。
(こ……これは……。男としてどうしたらいいんだ……。ゴクッ)
『なんか強制終了のやり方とか探してくださいよ! 急いで!』
(強制終了!? 大丈夫かそれ? 俺、一生目覚めないとかない!?)
『知りませんよ! なんとかしてくれないと、私、お風呂もトイレもこれから一生我慢しますからね!』
(う……。うーん……。あ、そうだ。俺の視界が開けた時って、お前が【ステータスオープン】って言ったんだよな? ……ってことは、その逆なら……)
『もしかして……! 【ステータスクローズ】!』
鈴音が頭の中で強く念じた瞬間、――プツン。という妙に静かな音と共に、俺の視界が真っ暗になった。
(あ……。何も見えねえ! できたぞ!)
『やったあ! これで好きなようにお風呂に入れますね!』
(そうだな! よかったな!)
暗闇のなかで俺は胸を撫で下ろした。が、同時にひとつだけ、鈴音に言ってない重要な事実があった。
それは……【視界は閉じたが、声はバッチリ聞こえる】ということだ。
湯気の中に響く、女の子二人の楽しげな水音や会話を耳にしながら、俺にとっての、いろんな意味で眠れない異世界の夜は更けていくのだった。
翌朝、領主の館の前には一台の馬車が用意されていた。
「ではお父様、みなさん! 行ってきますわね!」
アイリスが凛とした声で挨拶をする。
「すまないなアイリス、私が行ければよかったのだが……」
ヴォルフが申し訳なさそうに眉を下げた。
「大丈夫ですわ。これでもリンガルド領主の代行として、しっかりと勤めを果たしてきますわよ」
「うむ。頼んだぞ。……鈴音君も、娘を頼む」
ヴォルフから真摯に頭を下げられ、鈴音は背筋をピシッと伸ばした。
「は、はち! ……じゃなかった、はい! 頑張ります!」
思いっきり噛みながらも、元気よく返事をする鈴音。
(大丈夫か〜? 早くも心配だな……)
『大丈夫です! いざとなったら、あの技を使いますから!』
鈴音が言う「あの技」とは、昨日、寝る前に二人で検証したスキルの中にあった一つのことだ。
正直、一撃で敵を粉砕するとかそういう分かりやすいチート能力ではないかもしれないが、本当にヤバい状況に陥った時にはこれを使おう、と二人で決めていた。……俺的には、あまり使いたくはない性質のスキルではあるのだが。
「では、いきますわよ!」
アイリスの合図で、馬車へと乗り込む。
御者を務めるメイド一人と、アイリス、そして鈴音を乗せて、馬車はゆっくりと目的地「ヘインズ」へと向かって走り出すのだった。




