リンガルドのギルドマスター
「これは一体、どういうことだ!?」
ギルドの奥から現れたムキムキの黒人男性は、黒いサングラスにタンクトップを着た、お世辞にもこの異世界には似つかわしくない格好の男だった。
(え? なにあの海外の軍隊にいそうなやつ……)
『たぶんギルドマスターってやつですね!』
(え!? またまた〜。さすがにそれはないでしょ〜)
俺たちが頭の中でそんなツッコミを交わしていると、アイリスがほっとしたように声を上げた。
「ロッキーさん!」
((ロッキーさん?))
俺と鈴音の声が頭の中でハモる。
「紹介しますわ。ここリンガルドのギルドマスター、ロッキーさんですわ」
「ええ? ギルドマスタァ!?」
思わず素で驚きを口にする鈴音。
ロッキーと受付嬢はこちらまで歩いてくると、サングラス越しに鈴音をじっと見つめた。
「そうだが? 君は新人の冒険者かな?」
「ひっ……!」
鈴音はびくぅ! と体を震わせ、慌てて目を逸らす。
「な、な、なんでもないです!」
(びびりすぎだろ! そんなに怖いか?)
『ちがうんですよ! あのサングラスの奥の目を見てください!』
(ん? 奥の目……むっ! こわぁ!)
ロッキーの大きなサングラスの隙間から、何かに引っ掻かれたような痛々しい傷跡と、白濁した両目が見えた。
「そんなに怖がらなくていいですわよ。この街の冒険者ギルドでは、一番話ができる人ですもの」
アイリスが苦笑しながらフォローを入れる。
「話は聞いていましたよ、アイリス嬢。このお嬢さんが登録に来た冒険者なのは分かるが、この状況は一体なんだね?」
ロッキーが周囲を見回す。
ギルド内には、鈴音によって吹っ飛ばされた男が泡を吹いて倒れており、彼が激突した壁は大きくひしゃげていた。周りの冒険者たちも遠巻きにざわざわと騒いでいる。
「あー、ええと……こちらの鈴音が、絡んできた冒険者を吹っ飛ばしましたの」
アイリスが何でもないことのように説明すると、ロッキーは隣の受付嬢に視線を向けた。
「む? 聞いた時は、あそこに伸びている冒険者が新人に絡んでいたと聞いたが?」
「え、ええ。そうなんですよ。だからギルドマスターを呼びに行って……」
受付嬢が困ったように冷や汗を流す。
「……ふむ」と呟き、ロッキーは再び鈴音をじっと見つめた。
「ひっ! ……な、なんでしょうか……?」
「いや、君みたいな華奢な女の子があいつを吹っ飛ばすようには見えないのでね。……そうだ。この下にある闘技場で、私と組み手をしないかね?」
(おいおい、めんどくさそうなことになってきたな)
「ちょっと! 彼女は新人ですのよ? いくら引退している身とはいえ、元A級のロッキーさんには……」
アイリスが慌てて止めに入るが、ロッキーは首を振った。
「大丈夫だ。手加減はするし、ただ実力を見てみたくなっただけだ。それに、ちょうどアイリス嬢につけた冒険者のことで話があったのでな」
『どうします詠太さん!? この人絶対ヤバい人ですよ! いくらチート能力持ってても勝てるか分からないですよ!?』
(別にいいんじゃないか? 負けイベントかもしれないし、死ぬようなことはないだろ)
『もー! 詠太さんは戦わないからそう言えるんですよ! どうなっても知りませんからね!?』
鈴音は頭の中で俺に八つ当たりすると、意を決してロッキーに向き直った。
「……わかりました。お手合わせお願いします」
「ちょっと、鈴音! 無理に組み手をしなくてもいいんですのよ?」
心配するアイリスに、鈴音は不敵な笑みを浮かべてみせる。
「大丈夫です! 私、最強ですから!」
(おいおい、さすがにビッグマウスすぎるぞ……)
『いいんですよ! こういうキャラ付けは濃ければ濃い方がいいんですから!』
「ふっ」とロッキーは鼻で笑うと、背を向けた。
「じゃあ、下に案内する。おい! テメェら! そいつを片付けとけよ! あと壁も直しておけ!」
いきなり地鳴りのような大声で周囲の冒険者たちに怒鳴り散らし、奥へと歩いていくロッキー。
その迫力にビクビクっと体を震わせながら、鈴音はアイリスの袖を引いた。
「……あの、やっぱ組み手やめるのダメですかね?」
「はあ……もう無理ですわね」
アイリスは憐れみの目を向けた。
『すいません詠太さん、私たちの異世界生活、ここで終わるかもしれません』
(おいいい! 諦めるな、頑張ってくれ!)
『ううう……はいぃ……』
「では、地下の闘技場はこちらです」
受付嬢に案内され、俺たちは地下へと続く階段を下りていった。
地下に広がっていたのは、予想以上に広大な戦闘スペースだった。
「初めて来ましたけれど、結構大きいですのね」
アイリスが感心したように呟く。
「ここなら好きに暴れてもいいだろう? さあ! いつでもいい! かかってきなさい!」
闘技場の真ん中で、ロッキーが両手を広げて堂々と仁王立ちした。
「ど、ど、どうします?」
鈴音がアイリスに泣きつくと、彼女は満面の笑みで答えた。
「頑張りなさい」
(あ、見捨てられた……)
『ちょっとおおお! どうしたらいいんですかあ!』
(さっきの、あの世紀末男を吹っ飛ばしたやつをもう一回やってみたらどうだ?)
『そ、そうですね。さっきのカンフーってやつ、やってみます』
トボトボとロッキーの前へと歩いていく鈴音。
「じ、じゃあ、いきます……ね」
「ああ! きたまえ!」
鈴音は素早く俺の視界(画面)をスワイプし、特定のスキルをタッチした。
「む?」
そのわずかな動きにロッキーが反応した、次の瞬間――彼の視界から鈴音の姿が完全に消えた。
パッと視線を下に落とすロッキー。彼の足元、驚くほどの低空に、いつの間にか腰を低くして構えている鈴音がいた。
「アチョオオオオ……!」
裂帛の気合と共に、さきほど冒険者を一撃で沈めたあの掌底が、ロッキーの腹部へと叩き込まれた。
「うおっ!」
太い声を漏らし、ロッキーの体がその体勢のまま、ガガガガガ! と凄まじい勢いで後方へと引きずられていく。
数十メートルほど後ろに下がったところで、激しい土煙を上げながらロッキーの足が止まった。
(お、おい。あいつ、あの威力を喰らってまだ立ってるぞ……?)
『あれ? 結構本気でやったんですけど……』
鈴音が呆然とする中、迫る土煙を太い腕で払いのけながら、ロッキーがふぅーっと息を吐き出した。
「すごい威力だ」
そして、サングラスの奥でニカッと白い歯を見せて笑った。
「……え?」
鈴音も、画面の向こうの俺も、その頑丈さに絶句する。
「よし。じゃあアイリス嬢よ、話し合いにいこうか」
ロッキーは何事もなかったかのように、アイリスの方へと歩き出した。
「え? え? あの……組み手は……?」
置いてけぼりにされた鈴音が尋ねると、ロッキーは歩きながら笑って答えた。
「終わりだ。あのままやってたら、どっちかが死ぬことになっていただろうからね」
「ひっ……!」
(なんかよく分からないけど……まぁ、無事に終わってよかったな)
『なんなんですかあの人! 怖すぎますよ!』
こうしてギルドマスターとの恐怖の組み手は、鈴音が見事な一撃を叩き込んだところで、幕を閉じたのだった。




