冒険者登録から始まる異世界生活!
アイリスと共に屋敷を出た鈴音(と俺)は、早速冒険者登録をするために、リンガルドの冒険者ギルドへと向かった。
「冒険者登録……ワクワクしますね!」
「なんだかさっきも大騒ぎしたりして、そんなに嬉しいの?」
不思議そうに尋ねるアイリスに、鈴音は満面の笑みで答える。
「はいっ! 冒険者って全人類の夢ですからね!」
(全人類は言いすぎだろ……。まあ、かく言う俺も前世で何度妄想したことか……)
「夢……ですか? 冒険者は……お世辞にも人気のある職業じゃないのよ?」
アイリスがどこか含みのある言い方をした。
(おいおい、それを他人に頼もうとしてる奴がよく言うな)
「ええ……。でも、冒険に出たり、魔物を倒したり、楽しみなことがいっぱいですよ!」
「それはそうなんだけどねえ……。あっ、着いたわ。ここですわよ」
アイリスが足を止めた。
「……おおお」
鈴音が見上げたのは、どこか西部劇の酒場を思い出させるような、古びた木造の建物だった。
「なんか……ずっと黙ってたけど、このギルドの周りだけ建物が少なくて荒れてねえか?」
「え? そうですか? なんかこの建物と雰囲気が合ってて、私は気にならないです」
「何をしているの? 入りますわよ?」
入り口で俺と普通に喋っていた鈴音を、先に行こうとしていたアイリスが心配そうに振り返る。
「あっ、はい!」
鈴音は慌ててついていった。
上下に分かれたスイングドアを押して、アイリスが中へと入る。
「失礼しますわ」
「失礼しまーす」
中に入ると、昼間だというのに薄暗く、本当に酒場のような構造になっていた。
数人の男たちがテーブル席で昼間から酒を煽っている。その全員が、もれなく世紀末の荒野にでもいそうな柄の悪い雰囲気を醸し出していた。
「うわあ……。アイリスが言ってた『人気のない職業』の意味がよく分かったな」
「そうですか? これこそ私が夢に見てた冒険者ギルドですよ!」
「いや、もっとこう、可愛い受付嬢とか、シュッとした格好いい冒険者がだな……。ん? 待て。あのカウンターにいる女の子……。他の連中と違って、もの凄く可愛くないか!?」
「……あの、なぜか画面越しにいやらしい視線を感じるんですけど?」
鈴音がジト目を向けてくる。
「なんとでも言え! どうせ俺は肉体がなくて恋愛すらできねえんだから、目の保養くらいさせろ!」
「鈴音? 何してるのよ、入り口のところでこそこそと」
「あー! なんでもないです!」
「そう? ちょっと先に話をつけてくるから、少しそこで待っていて良いですわよ」
アイリスはそう言ってカウンターへと歩いていった。
(はあ……。この、毎回俺と小声で会話していた鈴音が他の人に不審に思われるやりとり、面倒くさいな。ラノベみたいに『念話』的なので頭の中に直接声を送れればいいんだけどな。まあ、そんな便利な機能はないよな……)
「……そうですよね〜。念話できれば私が毎回誤魔化さなくて済むんですけど。……あれ?」
「……え?」
「いや、だから念話できれば……って、あれえええ!?」
「ちょっと待て鈴音! 今から俺が考えてること、そのまま言ってみろ!」
俺は画面の向こうで強く念じた。
((あの受付嬢、本当に可愛いな……。おっぱいも大きいし、異世界ってやっぱり最高だぜ))
「やっぱ、いやらしいこと考えて……って、あれ!? なんで私、詠太さんの考えてることが分かるんだ……!?」
「念話、できてるじゃねえか! ってことは……鈴音の思考も俺に送れるのか?」
「ちょっと待てくださいね! むむむ……」
鈴音が目を瞑りながら念を込めると、俺の頭の中に直接声が響いた。
『詠太さんのえっちぃぃぃぃぃ!!!』
(うるさっ! ……あ、でも大成功だな。できたわ)
「やった〜!」とぴょんぴょん跳ねて喜ぶ鈴音。
「……本当に大丈夫? 鈴音」
いつの間にか戻ってきたアイリスが、本気で心配そうな顔をしていた。
「……あ」
ここからは、周囲に聞こえないこの「頭の中の会話」でやり取りすることにする。
「と、とりあえず話はつけてきましたわ。これがあなたの冒険者証ね。出身はリンガルドということにしておいたから」
アイリスから小さな金属製のカードを手渡される。
「ありがとうございます! わあっ! 冒険者証……本物だ!」
(ほお、これが冒険者証か〜。なになに、『鈴音:F級冒険者』……これだけか?)
『シンプルですよね。でも、このFがいつかSとかになるんですよね、きっと!』
「冒険者の階級はFからSまでになっていますの。依頼をこなしていくことで上がりますわ。S級冒険者は世界にも数人しかいない存在で、一国すらも一人で潰してしまうと言われていますの」
「S級……! 憧れますねえ」
アイリスの説明を聞きながら、鈴音がだらしなく涎を垂らす。
(きったねえな、女子高生だろお前)
「そ、そうですわね。それと、この冒険者証は個人を証明する身分証にもなっていますから、この世界全ての国で使えますのよ。冒険者ギルドは国とは独立した機関ですので」
(はええ、便利だな。これでどこにでも行けるじゃん)
『そうですね! 異世界生活スタートって感じがします!』
「今回は私の直接の依頼だから大丈夫だけど、基本は冒険者ギルドの掲示板で依頼を受けて、達成したらまたここで報告する、という感じになりますわ」
「アイリスさん! 何から何までありがとうございます!」
「私の命に比べれば、まだまだ恩返ししきれないですわよ」
アイリスが微笑んだ、その時だった。
「おい! 姉ちゃんたち、ここに何の用だあ?」
テーブル席から、一人の柄の悪い男がニヤニヤしながら近づいてきた。
「え? えとー……」
鈴音が身構えるより早く、アイリスが毅然と言い放つ。
「私はリンガルド領主の娘、アイリスですわ。この方の冒険者登録のために来ましたの」
(おお、お嬢様、物怖じしないな)
『いや、詠太さん。アイリスの手をよく見てください』
(ん? ……あ、僅かだけど震えてる。まあ、それが普通か。俺でも怖いもん、この世紀末男)
「ああ? 領主のお嬢様だあ? ここはお前らみたいなおままごとが来ていい場所じゃねえんだよ!」
「おままごとじゃないですわよ! ちゃんと受付の方には話をつけてありますもの」
アイリスがカウンターを振り返る。
「受付ィ? いねえけど?」
男が意地悪く笑った。見ると、さっきまでいた可愛い受付嬢の姿がいつの間にか消えていた。
(え? なんでいないんだ?)
『これって、いわゆるぼったくりバーってやつですかね』
(いや、さすがに公式のギルドでそれはないと思うけど……)
「とにかく、お前らガキの来るところじゃねえんだわ。その冒険者証を置いて、さっさと帰りな」
男がじりじりと距離を詰めてくる。
「あなたに指図される覚えはないわ! これ以上邪魔をすると言うなら……」
「邪魔するなら、なんだあ?」
(おいおい、これすこしまずくないか?)
『詠太さん、これ助けた方がいいですよね?』
(そりゃそうだけど、お前の魔法は威力の加減が分からないからな。下手に使うとギルドが吹き飛ぶぞ)
『なんか、こう……近接の技とかないんですか!?』
(近接? うーん、分からないな。なんだろう、武術とか……?)
俺が頭の中でその単語を思い浮かべた瞬間、鈴音が目を見開いた。
『あっ! 出ました! 魔法の時みたいなスキル一覧が!』
(マジか! 早く選べ!)
そうこうしている間にも、男はアイリスを脅しつけている。
アイリスは悔しそうな顔のまま、じりじりと後ろに下がっていた。
その時、鈴音がすっと下を向きながら、アイリスの前へと躍り出た。
「えっ? 鈴音!?」
「ああ? なんだお前。護衛のつもりか?」
フッと顔を上げた鈴音は、腰を落として構え――。
「アチョー!」
と叫んだ。
「は……? ははは! なんだよこいつ! 意味わかんねえこと言って――」
男がバカにしたように笑った、次の瞬間。
――スパンッ!!!
静かで、しかし驚くほど乾いた打撃音が響き渡った。
アイリスは目を見開いた。なぜなら、目の前の男が急に「消えた」からだ。
否、消えたのではない。男は凄まじい速度で吹き飛び、遥か向こうの壁に激突していた。
(お、おい! 殺してないよな!?)
『大丈夫です。峰打ちですよ』
(いや、素手で壁に叩きつけるのは峰打ちとは言わねえんだよ!)
『えっ!? そうなんですか!?』
頭の中でそんなやり取りを交わしていると、男の体が壁からずるりと滑り落ち、そのまま床に突っ伏して動かなくなった。
「お、おい! 嬢ちゃん! なんだその技は……!」
周りでニヤニヤと見ていた他の男たちも、色めき立って騒ぎ始める。
「鈴音……あなた、魔法以外も使えましたの……?」
アイリスがガタガタと震えながら尋ねる。
「あ、あはは……使えたというか、なんというか……」
鈴音が頭をぽりぽりと掻いて誤魔化していると、ギルドの奥から重苦しい声が響いた。
「――これは一体、どういうことだ!?」
その声の威圧感に、鈴音とアイリスが振り返る。
そこには、先ほど姿を消していた可愛い受付嬢と、その隣に、初老でありながら服の上からでも分かるムキムキの体型をした黒人男性が立っていた。
(な、なんかまたキャラの濃そうなやつが出てきたな……)




