お嬢様の護衛依頼!これって!?
アイリスと共に到着したリンガルド領主の屋敷は、言葉を失うほど広大だった。
メイドが大きな扉を開くと、ずらっと並んだ使用人たちが一斉に頭を下げた。
「おかえりなさいませ!」
(すげえ……)
俺が圧倒されている横で、鈴音も完全に雰囲気に飲まれてあわあわと挙動不審になっている。
「みんな! 心配かけたわね! でも、この鈴音が助けてくれたから私は無事よ!」
アイリスが胸を張って紹介すると、使用人たちは口々に「よかった〜!」と安堵の声を漏らした。
(結構、慕われてるんだな〜)
俺が感心していると、鈴音も小さく呟いた。
「すごいですね! なんか、改めて本当にお嬢様なんだなって思いました!」
「ふふ。そんなことありませんわよ。ここにいるみんなやお父様のおかげだもの」
アイリスが微笑むと、使用人たちはとても嬉しそうな顔をした。
(この若さでこんなセリフが自然と言えるなんて、素直にすごいな。俺なんか、会社にいた頃は後輩たちに舐められてた気がするし……)
ブラック企業時代の我が身を振り返り、密かに涙がにじむ。
「いい家族や環境に恵まれているの、羨ましいです……」
鈴音が少し暗い顔でポツリと言った。
(……あ。やっぱこういう温かい家庭を見ると、前世のクソみたいな両親のこと、思うところがあんのかな……)
俺がそんな鈴音の心中を察したとき、アイリスが空気を換えるように明るく声をかけた。
「さっ! ご馳走を用意させてますから、まずは美味しいご飯を食べに行きましょ!」
その言葉に、鈴音はぱあっと表情を輝かせた。
「はいっ!」
案内された食堂には、これまたアニメや映画でしか見たことのないような細長いテーブルがあり、その上には溢れんばかりのご馳走が並べられていた。
上座には、アイリスの父親であるヴォルフ・リンガルドが先に座って待っていた。
「おお、来たか! さあ、好きなところに座って、好きなだけ料理を食べてくれ!」
「えーと……」
あまりの豪華さに少し戸惑っている鈴音に、アイリスが優しく微笑む。
「ふふふ、遠慮しなくていいわよ。あなたのために用意したのだから」
「あっ、じゃあ……いただきまーす!」
吹っ切れたように手を合わせ、鈴音は勢いよく食べ始めた。
(いい食べっぷりだな。ああ……肉体なんてないはずなのに、なんか俺まで腹が減ってきた気がするぜ……)
「うっん! うんま! こへおいひいへふね!」
「おいおい、口に詰め込みすぎて何言ってるか分かんねえよ。きったねえな」
俺がツッコミを入れるが、ヴォルフとアイリスはそんな鈴音を嫌がる風でもなく、ニコニコと見守っている。
「いい食べっぷりだな(ね)」
やがて、お皿の山を平らげた鈴音は、ふぅーっ!と満足げに息を吐いた。
「ごちそうさまでした!」
忙しそうに空いた皿を片付けていくメイドたちを見送りながら、俺は呆れて声をかけた。
(お前、いくらなんでも食いすぎだろ……)
「だって……美味しいんですもん」
鈴音は小声で俺(画面)に言い訳をする。
「うむ。いい食べっぷりで、見ているこっちまで楽しい気分になったよ」
ヴォルフが満足そうに頷いたところで、アイリスがすっと真面目な表情に切り替えた。
「ではお父様、そろそろ本題に入るわ」
「そうだな。鈴音さん、此度は娘を助けてくださり本当にありがとう。実はな、娘は森を抜けた先にある『ヘインズ』にて、あちらの領主との会食が予定されていたのだ」
ヴォルフが神妙な面持ちで語り出す。
「会食ですか?」
(すごいな、この若さで隣町の領主と会食か。どうりでしっかりしてるわけだ)
「それで、馬車に乗って向かっていたのよ」
アイリスが言葉を継ぐ。
その話を聞きながら、俺は道中ずっと気になっていた疑問を思い出した。
(……ん? ずっと気になってたんだが、なんでアイリスはメイドさんと二人きりだったんだ? ヘインズまでは馬車で5日もかかる過酷な道中だって言ってたよな?)
鈴音は俺の疑問を察し、代わりに質問してくれた。
「あの、なんでアイリスさんはメイドさんと二人だけだったんですか?」
「実は、私とメイド、それに『護衛の冒険者』がいたのよ」
「えっ!? でも……」
(まさか……!)
「お恥ずかしい話ながら、アイリスにつけていた護衛こそが、あの盗賊の正体だったのだ……」
ヴォルフが苦渋に満ちた表情で告白する。
「えっ! そうだったんですね」
「危惧はしていましたのよ。でも、ギルドにしっかりと登録されている実績のある冒険者でしたし、森に入るまでは本当に親切にしてくださいましたの」
アイリスは悔しそうに拳を握りしめた。
「……でも、どうしてそんなことを?」
「領主の娘だ。おおかたアイリスを誘拐し、私に政治的な脅しをかけようとしていたのだろう」
「お父様……」
「……ああ。おそらく、ヘインズの領主が裏で放った刺客だろうな」
(なに!?)
俺が驚いていると、鈴音も疑問を口にした。
「え? なんでですか? ヘインズって、会食をするくらい仲が良いんじゃないんですか?」
「表向きはね。だが、政治の世界では、悲しいかなこれが当たり前の話なのだよ」
「はええ……。そんな怖い世界なんですね……」
鈴音がドン引きしていると、アイリスが毅然とした態度で言った。
「ええ。でも、そんなことがあっても、会食には行かなきゃいけないのよ」
「えっ? あんな目に遭ったのにですか!?」
「そうなの。幸い、余裕を持って早めに出ていたこともあって、会食まではまだ1週間ほど時間の猶予があるわ。明日にでもここを出発すれば、まだ約束には間に合うわ」
(ん? この話の流れ……もしかして……)
俺の予感は的中した。アイリスは真っ直ぐに鈴音を見つめる。
「私は、鈴音に次のヘインズまでの護衛を頼もうと思っているわ」
「……へ?」
鈴音が素っ頓狂な声を出すと、ヴォルフも頭を下げた。
「娘には先ほどメイドを通じて事情を聞かされた。私からも頼めるだろうか? 君なら信用できそうな気がするのだ」
「えっ! ちょ! 頭を上げてください!」
慌てた鈴音は、チラッと俺の画面に目を落とし、小声で相談してきた。
「……どうします? さすがにこの世界のことを何も分かってない状態で、そんな大役を引き受けるのは……」
(うーん、そうだよなあ。危険だし、設定もガタガタだし……。いや、でも待てよ……行こう!)
「え?」と驚く鈴音に、俺は熱弁を振るう。
(異世界転生モノってのはさ、こういう舞い込んできたチャンスを掴み取っていくと、絶対にいいことが起きる仕組みになってるんだよ!)
「あー! 確かにそうですね!」
納得した鈴音は、アイリスたちに向き直った。
「だ、大丈夫ですか……?」
コソコソと後ろに向かって何かしていた鈴音を、アイリスが心配そうに覗き込む。
「あ、えへへ。大丈夫です! その護衛の依頼、お受けします!」
それを聞いた瞬間、アイリスの顔がパッと明るくなった。
「ありがとう、鈴音!」
「がんばります!」
「うむ。では、今日は部屋を用意させるから、我が家でゆっくり寝泊まりすると良い」
ヴォルフの言葉に、アイリスも「そうね!」と嬉しそうに頷く。
「ただ、まだ出発まで時間もあるし、一番大事なことを忘れていたわ」
「大事なこと……ですか?」
鈴音が小首を傾げると、アイリスは満面の笑みで告げた。
「ええ。――冒険者ギルドへの登録よ!」
「キタァァァァァァ!!! THE・なろうイベントォォォォォォ!!!」
屋敷の食堂に、鈴音のオタク全開な歓喜の叫びが響き渡るのだった。




