最初の街で計画通りに
ガタガタと揺れる馬車の中。それまで外を眺めていたアイリスが、思い出したように尋ねてきた。
「鈴音って珍しい名前よね。本当はどこから来たの?」
「えっ!? いや、えーと……」
窓の外を見ていた鈴音の体がビクッと跳ねる。
(おいおい。やっぱりさっきの『散歩』、完全にバレてんじゃねえか……)
俺の咄嗟についた言い訳もむなしく、アイリスには通用しなかった。
鈴音は汗をダラダラと流しながら言葉に詰まっていた。
「いや……ははは……」
「ふっ。まあいいわ。命の恩人にそんなに深く聞くことじゃないですわよね。人にはいろいろ事情があるもの」
アイリスはそれ以上追及せず、大人の対応で微笑んだ。
(ほっ……)
俺が胸を撫で下ろした、その時だった。
「……実は、私、記憶がないんです! 唯一あるのは、自分の名前と魔法の知識だけなんです!」
いきなり、鈴音が悲劇のヒロイン風に語り出した。
(っ!?)
「記憶喪失……!?」
アイリスが驚きに目を見張る。
(おいっ! 鈴音! 何を言ってるんだいきなり!)
慌てる俺の視線を察したのか、鈴音はチラッとこちら(画面)を見ると、軽くウインクしてみせた。
「……はい。本当は、気づいたらあの森にいて。そしたら、たまたまアイリスさんが襲われているのを見かけたんです」
「そうなのですわね……」
アイリスはすっかり同情した様子で、痛ましそうに俯く。
(お、おい鈴音……どうする気だよ)
俺の心配を他所に、鈴音はさらに畳みかけた。
「はい……。あの……もしよろしければ、記憶が戻るまでの間、宿とかを手配していただけないでしょうか……?」
(何言ってんだ。助けた身とはいえ、それはさすがに図々しくないか!?)
しかし、そんな俺の常識的な心配を、アイリスの快い声が切り裂いた。
「それくらいなら、もちろんいいわよ!」
(え?)
「やったー! ありがとう、アイリスさん!」
鈴音は嬉しそうにアイリスに抱きついた。
(おっ、おい!)
抱きつきながら、鈴音は俺に向かってニカッとドヤ顔のウインクを飛ばしてくる。
「……あ、あの? 鈴音? も、もう離してくれないかしら……?」
少し顔を赤くしたアイリスに言われ、「あっ! ごめんなさい!」と慌てて離れる鈴音。
すげーな、この子。アイリスの善意をここまで見越して、あえておねだりしたのか。掴みどころがないと思っていたが、意外と策士なのかもしれない。
そこからは、お互いの緊張も解け、他愛のない世間話をしながらの道中となった。
数時間後、御者を務めていたメイドの声が響いた。
「お嬢様、リンガルドが見えてきました」
「わかったわ。鈴音も外を見てみなさい」
「はいっ!」
鈴音が身を乗り出して外を見る。「おおっ!」と歓声を上げた。
(ちょ、何! 俺にも見せて!)
「あ、はい!」
鈴音は俺(の画面)を窓の外に向けるように、さらに身を乗り出してくれた。
「おお……!」
俺も思わず声を上げる。
いつの間にか馬車は森を抜けており、視界の先には見渡す限りの美しい草原が広がっていた。そしてその奥に、鮮やかな色の屋根の建物が立ち並ぶ、中世ヨーロッパを思わせる美しい街並みが現れた。
(すげえ! 本当にヨーロッパの古都みたいだ!)
鈴音も隣で目を輝かせながら、その街並みを見つめている。
「どう? あれが私のお父様が治める街、リンガルドよ」
アイリスが誇らしげに微笑む。
「すごいです!」
馬車が街の城門に到着すると、外がにわかに騒がしくなった。
「お嬢様!! アイリスお嬢様が御戻りになられたぞ!」
兵士たちの触れ回る声が聞こえ、馬車が完全に停止する。
直後、ガチャ! と勢いよく扉が開かれた。
「お父様!」
「アイリス! 無事だったか!」
立派な髭を蓄えた男性が、馬車に乗り込むなりアイリスをきつく抱きしめた。
ひとしきり娘の無事を確かめると、男性はアイリスの横に座っていた鈴音に気づき、視線を止める。
「む? 君は……?」
「あ、えとー……」
鈴音が答えに詰まると、アイリスがすかさず助け舟を出した。
「こちらは、たまたま私を守ってくれた冒険者の鈴音よ」
(冒険者? 鈴音が?)
俺が突っ込むと同時に、アイリスは「話を合わせなさい」と言うように鈴音へ目配せを送る。
「ぼうけ……あっ! そうです! 冒険者の鈴音です!」
「そうかそうか。娘を助けていただき、本当にありがとうございました」
男性は威厳のある見た目に反して、深々と鈴音に頭を下げた。
「あー、いえいえ!」
「私はアイリスの父で、ここリンガルドの領主を務めている、ヴォルフ・リンガルドだ。ここでは何だ、我が屋敷に招待しよう」
「よ、よろしくお願いいたします!」
「お父様、起きたことは後で詳しく話すから、とにかく鈴音に美味しいものを食べさせてあげて!」
アイリスの催促に、ヴォルフは「ふむ、そうだな」と頷く。
「急ぎ屋敷の者に伝えよう」
そう言って、彼はテキパキと指示を出すために馬車を降りていった。
「ご馳走!? やったー!」
無邪気に喜ぶ鈴音を見て、俺はふと思う。
(ご馳走かー……。あれ? そういえば俺、転生してから全く腹が減らないな。まあ、肉体がないしな……。羨ましいぜ)
こうして、領主の娘を救った俺たちは、お礼を受けるためにリンガルド領主の広大な屋敷へと向かうのだった。




