異世界転生のレール
「鈴音は前世の悔いとかないの?」
ふと気になって尋ねてみる。
「うーん、読んでたラノベの続きが気になるくらいですかね。家族もクソですし、友達もいませんからね〜」
平然と言い放つ彼女に、俺は少しびっくりしながら返した。
「そ、そうなのか……」
「そういう詠太さんは悔いとかないんですか? 彼女とか〜? 仕事とか〜?」
「うぐっ……。俺、彼女とか家族もいないし、仕事はブラックすぎるから、むしろ(死んで)良かったというか……」
それを聞いて、鈴音はピタッと足を止めた。
パッと俺(ステータス画面)の方を見ると、キラキラした目を輝かせる。
「じゃあ、後腐れなく異世界ライフを楽しめますねっ!」
「うっ……。そうだね……」
困ったな。この子、どうにも掴みどころがないというか、なんかちょっと怖いな……。
――「誰かァァァ!!!」
その時、森に女性のものと思しき悲鳴が響き渡った。
「この声はっ!」
「ああ……。最初の村でもなく、ゴブリンの巣でもなく、第三のお約束!」
「ズバリ! 貴族の令嬢が盗賊に……パターンですね!」
「イエス! 声が聞こえてきたのは……」
「おそらくこっちからです!」
言うが早いか、鈴音は歩いていた道を右側へと走り出した。
少し走ると、木々が開けた場所に差し掛かる。
「お、おい! あれ!」
「ええ! あの倒れた豪華な馬車、金髪の育ちの良さそうな女の子を守る一人のメイド、そしてそれを取り囲む柄の悪そうな男たち! ビンゴです!」
鈴音はそのまま茂みから飛び出した。
「待ちなさい! そこの外道ども!」
全員の視線が一斉にこちらへ集まる。
(あ! おい! 策もなしに!)
「あ……。勢いでつい……」
鈴音は小声で身を縮めた。
「おい! お前何者だ?」
盗賊Aが凄むと、すかさず盗賊Bが下品に笑う。
「へへへ。女だ! 獲物が自ら飛び込んできたぜ!」
「冒険者の方とお見受けします! よろしければわたくしを助けてください! お礼は如何様にも致します!」
馬車の陰から、育ちの良さそうな女の子が叫んだ。
「おい! 黙れ! おめえら、周囲に仲間がいるかもしれねえ! 気をつけろよ!」
冷静な盗賊Cが周囲を警戒する。
「そこのお嬢さん! 今すぐ助けます! お礼は弾んでくださいね!」
さらに大声で啖呵を切った鈴音は、すっと俺の画面に目を向けた。
「ど、どうしましょう」
(バカっ! なんでさらに挑発してんだよ! あーもう、こうなったらあいつら倒すしかないだろ! 魔法だ!)
「そうですね! えーと、なんの魔法がいいかなー」
のんびりと俺の視界をスワイプし始める鈴音。
「おい! お前さっきから何コソコソやってんだ!?」
「いいからやっちまおうぜ!」
しびれを切らした盗賊Bが突っ込んでくる。
「おし! 俺らも行くぞ!」
それに合わせて盗賊AとCも走り出した。
「えーと、えーと、これならいいかなあ? いや、これのほうがいいか?」
ダラダラと画面をスワイプし続ける鈴音に、俺は叫ぶ。
「ちょ、ちょっと! 敵! 敵が向かってきてる!」
「あえ?」
鈴音はそこでようやく盗賊の方を向いた。
武器を掲げて迫る男たちを見て、急に慌て出す。
「わーっ! やばい! えーと……じゃあ! これだ!」
鈴音が向き直った瞬間、目の前にはすでに盗賊Bが飛びかかってきていた。
「ぎゃー! ソソソ、ソーラーソード!」
鈴音が叫ぶと、彼女の右手の先が眩しく発光し、光の刃となって伸びていく。鈴音はその勢いのまま、右手を横に一閃した。
「死ねええええええ……ええおお?」
飛びかかっていた勢いを失い、盗賊Bがそのまま地面に落ちる。
「え?」
「え?」
迫っていた盗賊AとCが思わず立ち止まった。
直後、彼らの黒目がずるんと上を向き、白目を剥く。
「あえ……」
一言そう漏らした瞬間、二人の胴体が上下に泣き別れ、どさりと地面へ崩れ落ちた。
鈴音の右手から光が消える。
「ふっ……。また、つまらぬものを切ってしま……」
「おいいい! グロすぎるだろ!」
格好をつける鈴音の言葉を、俺のツッコミが遮った。
「いや、だって近接技も使ってみたかったんですもん! そしたら『ブレード』って書かれた近接っぽい魔法があったので」
「いや、にしても日本育ちの俺からしたらちょっと心臓に悪いわ!」
「いや、確かにそうなんですけど、ここ異世界ですから! 腹を括りましょう!」
なぜか妙な耐性がついている鈴音。
「いや、いきなりは無理だろ! 怖いって!」
「……あの」
いきなり、鈴音の後ろから声がかけられた。
俺と話していた鈴音の体がビクッと跳ねる。
「あ! すいません! 誰かそちらにいるんですか?」
メイドが恐る恐る尋ねてくる。
「あ! いえ! 独り言なので気にしないでください!」
振り返って慌てて誤魔化す鈴音。
(あ、俺の姿って鈴音以外には見えてないんだな)
「そ、そうですか。……あの、ありがとうございました。私もお嬢様も助かりました」
メイドが深々と頭を下げる。
「ああ! いえいえ!」
「本当に助かりましたわ。私はリンガルド領主の娘で、アイリス・リンガルドと申しますわ」
後ろから歩み出てきた金髪の少女――アイリスが気品高く一礼した。
「え? 領主の娘!? ……よしっ! 計画通り」
「え? 計画……?」
アイリスが不思議そうに小首を傾げる。
「あ! いえいえ! 何でもないです! えと、私は鈴音です。リンガルド? って国ですか?」
「鈴音ね。リンガルドを知らないの? リンガルドはここから少し東に行くとある街よ。あなたたちはそこに向かう予定じゃなかったの?」
「え? いや〜、森で目覚め……じゃなかった、散歩してて……」
(おい、それで信じてもらえるのか……!?)
俺は画面の向こうで焦りまくる。
「散歩……? この森で? ということは、ヘインズから来たのかしら?」
「ヘインズ? あ、あー……。そ、そうです」
(いや、設定が苦しすぎるぞ!)
「まあ! ヘインズから!? ここに来るまで馬車でも5日はかかるのよ? 散歩でそこまでするの?」
アイリスの目が少し怪訝そうに細められる。
「え? 5日も!?」
思わず素で驚く鈴音。
「え? ヘインズから来たのでしょう?」
「あ、え、えーと……」
完全に詰まった鈴音に、俺は必死に指示を出す。
(やばい、おい鈴音! 『散歩してたら違う街まで行きたくなって、てきとうに向かってる途中だった』って言うんだ!)
鈴音は横目で俺の画面を見ながら、コクコクと小さく頷いた。
「実は……、散歩してたら違う街まで行きたくなって、てきとうに向かっている途中だったんですー……」
(さすがにこれじゃあ怪しすぎるか……?)
一瞬の沈黙の後、アイリスはクスリと笑った。
「そうなのね。なら、助けてもらったお礼もしたいし、私の家に案内するわ」
(よかったぁ……!)
俺と鈴音は同時に胸を撫で下ろした。
「アイリス様、馬車は壊れていませんでしたので、すぐに走れます」
いつの間にか馬車の確認に行っていたメイドが戻ってきて報告する。
「なら、決まりね! 鈴音、一緒にリンガルドまで行きましょう」
「はいっ!」
鈴音が元気よく返事をする。
「……よかったですね! これでなんとか、異世界転生テンプレレールに乗れたみたいです!」
鈴音が小声で俺に囁いてくる。
「はあ……。だいぶ怪しいとこだらけだったけどな」
兎にも角にも、リンガルド領主の娘・アイリスを助けた俺たちは、お礼を受けるために「リンガルド」という街へ向かうことになったのだった。




