あれ!?なんで聞こえてるの!?聖女サマ!
「はい! これでよし。周りからは絶対にバレないはずです!」
裏路地の陰で、鈴音が青髪の聖女に向けて【隠蔽】の魔法をかけ終え、満足げに胸を張った。
(おいおい、これ本当にバレないのか? 見た目、さっきと全く変わってねえぞ。相変わらずめちゃくちゃ目立つ青髪の美少女じゃねえか)
『大丈夫ですよ。顔の造形そのものは変えられませんけど、この【隠蔽】の効果を受けたイリーナさんは、他人から見ると“どこにでもいる平凡な少女”に認識が捻じ曲がるらしいですから!』
「あの……ありがとうございます。これで、外に出ても本当に教会の人たちにバレないんですよね……?」
イリーナは自分の黒いローブの裾をきゅっと握りしめ、不安そうに上目遣いで鈴音を見てくる。
「たぶん……いえ、絶対に大丈夫ですっ!」
鈴音は力強く拳を握ってみせた。
「ほ、ホントにですか……?」
(おい鈴音、イリーナ様がめちゃくちゃ心配そうな顔をしてるぞ。お前の『大丈夫』は、ハズレを引き当てる確率の方が高いからな)
『もう! 大大丈夫なはずですから! 詠太さんは余計なこと言わずに黙っててください!』
(見つかったら国家反逆罪とか誘拐罪で俺たちの首が飛ぶんだぞ? 心配するに決まってんだろ……)
『はいはい。シンパイ・シテ・クレテ・アリガトウ・ゴザイマスー』
(こいつ……、棒読みしやがって。本当に可愛げがねえな!)
「あの……」
俺たちが脳内で激しい小競り合いを繰リ広げていると、イリーナが不思議そうに小首を傾げて、鈴音の顔をじっと見つめてきた。
「さっきから気になってたんですけど……鈴音さんは、一体【誰】と喋っているんですか?」
「えっ!? しゃべ……っ!? あれっ、私、声に出てましたっ!?」
鈴音はガタッと肩を跳ね上げ、慌てて自分の口を両手で塞いだ。
「いや、実際に口を開けて喋ってはいないですけど……。心の中で会話、してますよね? なんか、ちょっと低めの男の人の声と……」
「「へ!?(へ!?)」」
俺と鈴音の驚愕の声が、完全にシンクロして重なった。
「あはは……。イリーナさん、ちょっと何言ってるんですか〜。心の中に男の人だなんて、そんな怪談みたいなことあるわけないじゃないですかー!」
鈴音は顔を引きつらせながら、必死に手を振って誤魔化そうとする。
「いや、ほら。今もなんか、男の人の声と鈴音さんの声が重なって聞こえましたよね……?」
イリーナは確信に満ちた目で、鈴音のすぐ目の前にある「ステータス画面(俺)」の空間をじっと見つめてきている。
(な、なんだこの子……!? なんで俺たちの『念話』どころか、俺のシステム音声みたいな声まで聞こえてるんだ!?)
「ほら! 今もその男の人が喋ってますよね!?」
「は、は、はえええええええええええ!?」
鈴音はついに隠しきれず、裏路地に響き渡るような大悲鳴を上げた。
(お、おい。イリーナ、お前本当に俺の声が聞こえてるのか……!?)
「はい……? 聞こえてますよ? 鈴音さんのすぐ目の前あたりから……」
イリーナは不思議そうにパチパチと瞬きをする。
『ちょっと! ええええ!? 私の【念話】のスキル、バグって壊れちゃったんですか!?』
(いや、俺の声は世界のシステム(ステータス画面)から直接響いてるから、そもそも鈴音の【念話】スキルとは関係ないはずだ。ってことは、原因はイリーナの側にあるぞ!)
「ねんわ……? これって、スキルなんですか?」
イリーナが興味津々といった様子で身を乗り出してくる。
(あ……ああ! そうだ、その通りだ! お嬢ちゃん、よく察してくれたな! 俺は、この鈴音っていう少女が持っている『スキルの声』なんだよ!)
鈴音が「ええっ!? そんな嘘つくの!?」というような驚きのアホ面で、俺のいる画面を凝視してきた。
「あー! なるほど、そうなんですね! 私、生まれつき【天啓】っていうユニークスキルを持っていて……。神様からの声を聞くためのスキルなんですけど、そのおかげで鈴音さんの『スキルの声』も拾っちゃったみたいです!」
(【天啓】……! それが、歴代の聖女だけが授かるっていう伝説のユニークスキルか!)
「あ、そうです! へえ〜、スキル自体が意思を持って喋るなんて、すごいですね!」
イリーナはすっかり納得して、目を輝かせている。
(ああ、まあな! 鈴音の奴も、まさか俺の声が他人に聞こえるなんて夢にも思ってなかったから、さっきから大パニックでびっくりしてるんだわ!)
「あ…は、はい! そうなんです! ものすっごくビックリしましたよ〜!!」
鈴音は涙目になりながら、なんとか俺のハッタリの口裏を合わせた。
「この素敵なスキルに、何かお名前はあるんですか?」
イリーナが無邪気に尋ねる。
「あー、えと、それは……詠……【詠声】です! はい! ウタゴエさんって言います!」
鈴音が咄嗟に、俺の元々の名前である「詠太」を捩った口から出まかせを放った。
「ウタゴエさんですか! そんな珍しいスキルがあるんですね! 私、生まれてからずっとあの大聖堂の奥に閉じ込められてたので、ずっと本ばかり読んで過ごしてきたんですけど……どのスキル書や魔法書にも、そんな生きているようなスキルは載っていなかったです!」
イリーナは興奮したように頬を紅潮させて語る。
「あー、それも、その……『ゆにーくすきる』ってやつだからだと思います!」
鈴音は冷や汗をダラダラと流しながら、口から出まかせの嘘を上塗りしていった。
それを聞いた瞬間、イリーナの表情がパッと華やかに弾け、ガシッと鈴音の両手を強く握りしめた。
「えっ!?」
「私、自分以外の『ユニークスキル持ち』の人に初めて会いました……! すごく感動です! 鈴音さんに会えて、本当に良かった……!」
「あ, どうも〜……。えへへ……」
そんな純粋な目で感謝され、鈴音は良心の呵責に苛まれながらも、少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
(おい鈴音、教会の白ローブどもがさっきから血眼で大通りを走り回ってるぞ。長居は無用だ、そろそろ移動した方がいいんじゃないか?)
「あ、そうですね! あまり時間もないですし!」
鈴音の言葉に、イリーナも「あっ、そうだった!」とハッとして手を離した。
「で、どこに行きますか? 私、この街に来たばかりで、地理が全然分からなくて……」
イリーナは少しだけ視線を泳がせ、それから意を決したように、ポツリと言った。
「……なら、ずっと行ってみたかった場所が、あるんです」




