これが異世界の料理!美味すぎる!
「やっと、着きましたね……! 長かった〜っ!」
ヘインズの街を出発してから、魔物と戦い野宿を繰り返すこと約1週間。鈴音は青空の下、嬉しそうに両手を広げて声を上げた。
目の前に広がるのは、王都ルシアへ向かう街道の途中にある最初の街、マルド。門番に冒険者証を提示して中に入ると、そこは少しこぢんまりとした、けれど落ち着いた雰囲気の街並みだった。
(小さな街らしいけど、アイリスの話だと『とにかく飯が美味い』らしいぞ。期待大だな)
「ご飯……! じゅるり……」
鈴音は本当に口元から涎を垂らしそうな勢いで目を輝かせた。
(まあ、旅の途中はそんなに美味いもん食べてなかったもんなぁ。お前が料理のスキル持ってて、干し肉を上手く調理してくれたから助かったけど)
「そうですよ〜! 鑑定スキルを使っても『ギリギリ食べられる雑草』とかばっかりでしたから……。あっ! それより、ご飯の前にお風呂に入りたいです! 私、絶対に今、汗臭いですもん!」
(あー、そうだな。俺はステータス画面だから臭いとかは分からないから気付かなかったけど、ここ何日も川の水とか水魔法で簡易的に身体を洗うくらいだったもんな。女の子だし、ちゃんとしたお風呂に入りたいよな)
「そうと決まったら、まずは宿ですね……。えーと、どこか良い宿は……あっ! あそこ、お洒落な看板がありますよ!」
鈴音がパッと指を差した方向には、淡いピンク色の灯りで【Hotel】と書かれた看板が掲げられていた。
(よし、じゃあ今日は奮発してあそこに泊まろうか)
「はいっ!」
鈴音は弾むような足取りで、早速その建物へと向かった。
しかし、一歩建物に足を踏み入れた瞬間、俺の脳内に強烈な違和感が走る。
薄暗い店内の受付カウンターは、手元以外がすりガラスの仕切りで完全に隠されており、奥に人がいるのかすら分からない構造になっていた。
「ここ……本当に宿なんですかね? なんだか、普通の宿屋と雰囲気が違うというか、暗いというか……」
鈴音が心配そうに呟く。
(お、おい……これって、まさか……。なんだ、この前世で見たことのあるような既視感は……)
そんな俺の嫌な予感を余所に、鈴音はカウンターへと歩み寄り、おそるおそる声をかけた。
「すいませー……ん。1人なんですけど、泊まれますか?」
すると、仕切りの奥から、年配の女性の気だるげな声が返ってきた。
「……1人? 相方は? 後から来るのかい?」
「え? いや、1人ですけど。私だけです」
鈴音が不思議そうに首を傾げる。奥の女性は「……はあ」と、どこかガッカリしたような溜め息を漏らした。
「休憩なら2時間で3000ベル、宿泊なら7000ベルだよ」
「わ、わかりました。宿泊でお願いします」
鈴音がそう言うと、何も言わずにカウンターの隙間から、部屋番号の書かれた鍵がスッと差し出された。
「あ、ありがとうございます……?」
鈴音が恐る恐る鍵を受け取ると、ぶっきらぼうな声が追尾してくる。
「部屋はそこの階段を上がって奥の205号室だよ」
鈴音は言われた通り、薄暗い階段の方へと向かった。
「なんか、ちょっと感じの悪いところですね……。それに、さっきの『相方』って何ですかね? 友達と一緒に来るのが普通の宿なんですかね?」
(う、うーん、まあ……気にするな。この世界の、その、独自の文化みたいなもんだろ、ハハハ……)
「んー? 詠太さん、なんか知ってるんですか? 声がめちゃくちゃ裏返ってますけど」
(いや! 何も! 知らん! 何も知らんぞ俺は!)
「そうですか? ……あっ、205号室はあそこですね」
鈴音は鍵を開けて部屋の中に入った。すると、ドアのすぐ脇の壁に、これまた前世で見覚えのある【料金箱】と書かれた不思議な箱が設置されていた。
「へえ、部屋の中に料金を入れる箱があるんですね。珍しいシステムだな……」
鈴音はそこに、先ほど提示された7000ベルをチャリンと投入した。
(ま、まあ、こういうプライバシーを重視した自動化(?)された宿もあるんだろ、この世界には……。うん)
「なんかさっきから、詠太さんの態度が怪しいんですけど……」
鈴音がジト目でステータス画面を睨んでくる。
(何も知らないぞ! 俺は! ここが【ラブ】じゃなかった……ゲフンゲフン! とにかく、何も知らないピュアなサラリーマンだぞ俺は!)
「なんですか、ラブって? ……はあ、もういいです。さっき言った通り、先にお風呂に入ってきますね! じゃあ、プライバシーのために、ステータスクローズ!」
(あ、おい――)
パッと、俺の共有視界が完全な暗黒に包まれた。
(はあ、じゃあ俺は、視界が戻るまで少し仮眠でも取るか……)
最近、このクローズ状態の間に意識を深く沈めて、疑似的に「眠る」技を覚えた俺は、のんびりと時間を潰すことにした。
「ちょっと! 詠太さん! 起きてください! これ、本当にすごいです!」
どのくらい時間が経っただろうか、鈴音の興奮した大声が頭の中に響き渡った。
(うわっ、うるさっ! なんだよ、お風呂終わったのか……?)
『あ、すいません。でも、ここのお風呂、信じられないくらいデカいです! 浴槽がピカピカ光るし、変な泡が出るボタンまであって、やばいです!』
(ああ、ジャグジーな……。だろうな、そういう設備だけは無駄に豪華な場所だからな、そこ……)
『なんですか、その分かったような反応は! 今は見せられませんけど、後でびっくりして腰抜かさないでくださいよ!』
(抜かさねえよ。そもそも俺、今の状態だと抜かすための腰すらねえし……)
こうして、異世界に存在するまさかの「ラブなホテル」に、完全な勘違いで宿泊することになった鈴音と俺。まあ、実体がステータス画面の俺と人間の鈴音じゃ、何も起きようがないのだが。
お風呂から上がり、さっぱりとしたチャイナ服に着替えた鈴音は、お腹を鳴らしながら街へと繰り出した。
「じゃあ、待ちに待った夜ご飯を食べに行きましょうか!」
(そうだな。アイリス一押しのグルメ街だからな。……俺は食べられないけど)
「まあまあ、私がその分、詠太さんの分まで美味しく味わって食べますから!」
(はいはい、そりゃあどうも。存分に楽しんでくださいよ)
そうしてマルドの街を歩き始めた鈴音だったが、すぐに「あれ?」と声を漏らした。
「なにか良さげな食べ物屋さん、ありますかね……?」
マルドの街中は、夜だというのに驚くほど静まり返っており、お店らしい明かりがほとんど見当たらない。まるで普通の住宅街の中に迷い込んでしまったかのような閑散とした雰囲気だった。
「ご飯が美味しいって、アイリスさん言ってたんですけどね〜……。お店、全部閉まってますよ?」
鈴音が肩を落とした、その時だった。
「おい、そこの姉ちゃん。こんな夜更けに、飯屋を探してるのか?」
いきなり背後から声をかけられた。振り向くと、道の脇の街灯の下に、立派な髭を生やした冒険者風の男が立っていた。
「そ、そうですけど……。どこかやってるお店、知ってますか?」
(おい鈴音、気をつけろ。こんな夜の住宅街で若い女の子に声をかけてくるなんて、怪しいぞ。新手のキャッチか逆引きの類じゃないか?)
『ですかね? まあ、もし変な人でも、今の私のカンフーなら余裕でボコボコに倒せそうですから大丈夫です!』
(ハハハ……、頼もしい相棒だぜ。じゃあ大人しく話を聞いてみるか)
髭面の男はニカッと笑うと、親切そうに道を指し示した。
「この辺りはな、夜になると一般の飯屋は全部閉まっちまうんだ。今からやってるのは、この先を少し進んだところにある【月夜の旅人】っていう酒場だけだぞ」
「そ、そうなんですか……。酒場かぁ……」
鈴音が少し身構える。
「おいおい、酒場だからって馬鹿にしちゃいけないぞ? あそこの飯の美味さはマルド一だ。……まあ、客の柄はすこぶる悪いけどな!」
男はガハハと豪快に笑った。
(あんたも人のこと言えないくらい柄悪そうだけどな……)
「なるほど、情報ありがとうございます! ちょっと行ってみますね!」
鈴音はペコリと頭を下げると、男に教えられた方向へと歩き出した。
「酒場って、ちょっと怖いイメージありますけど、なんだか『異世界の冒険者』って感じがしてワクワクしますね!」
(だな! ゲームの酒場イベントみたいで、ちょっとテンション上がるわ)
そんな会話をしながら進むと、男の言った通り、目の前に木造の古めかしい建物が現れた。周囲の閑散とした雰囲気とは打って変わって、窓からは温かい光が漏れており、中からは楽しげな笑い声や乾杯の音が響いてきている。
「ここみたいですね」
(よし、突入だ。美味い飯にありつこうぜ!)
鈴音がおずおずと重い木製の扉を開ける。
「……すいませー……」
鈴音が言いかけた、その瞬間だった。
「いらっしゃいっ!!! 【月夜の旅人】へようこそ!」
カウンターの奥から、地響きのような大声で迎えてくれたのは、見上げるほど体格の大きな、恰幅の良い中年の女性――この店の女将さんだった。
「は、ひゃいっ!」
あまりの迫力に、鈴音はびっくりして変な声を上げてしまった。女将さんは鈴音の姿を見るなり、あからさまにテンションを下げて眉をひそめた。
「あら? なんだい、ここは若い女の子が1人で遊びに来るような場所じゃないよ。お帰り」
すると、奥のテーブルでエールを煽っていたスキンヘッドの冒険者が叫んだ。
「おいおい女将! その嬢ちゃん、腰に剣は下げてねえけど、リュックを見てみな! 冒険者証がついてるぞ!」
「なんだって?」
女将さんは鈴音をまじまじと見つめ、リュックの紐に括り付けられたギルドのプレートを確認した。
「あらまあ……、本当だ。あんた、こんなに可愛いのに冒険者なのかい。なら話は別だね! ほら、外は寒いだろ、中に入りな!」
一転して、女将さんは豪快な笑顔で鈴音を快く迎え入れてくれた。
「は、はい……。お邪魔します……」
(なんか、無事に入れて良かったな)
『本当ですね! アイリスさんに言われて、目立つところに冒険者証を付けといて大正解でした!』
店内はそこまで広くはなかったが、重厚な鎧や武器を身にまとった荒くれ者たちが、実につまみが高そうな酒を酌み交わしている。
「ほら、ちょうど奥のテーブル席が空いてるから、そこに座りな!」
女将さんに案内され、鈴音はおずおずと席に着いた。すると早速、隣の席に座っていた大柄な冒険者が気さくに話しかけてきた。
「よお、嬢ちゃん! なんでまた、こんな小汚い酒場に来たんだ? 迷子か?」
「えと、夜に開いてるお店を探してたら、ここしかないって聞いて……」
「ああん? んなことねえよ。……あー、なるほどな。嬢ちゃん、門から真っ直ぐの『一般居住区』の方から来たんだろ? この店のある通りを挟んで裏側に回ると、夜通しやってる華やかな『商業区域』になってるんだよ。そっちなら普通のレストランがいっぱいあるぜ」
「ええっ!? そうなんですか!? それならもっと早く言ってくれれば、そっちの綺麗なお店に……」
鈴音がショックを受けて声を上げた、その瞬間。
――ドガンッ!!! と、テーブルが壊れそうな勢いで、女将さんが巨大な水の入ったピッチャーを叩きつけた。
「もっと……なんだい?」
女将さんが、般若のような笑顔で鈴音を上から見下ろす。
「い、いや! もっと、美味しくない他のお店に行っちゃうところだったな〜、あはは……なんて! ここに来られて本当に良かったです!」
鈴音の必死の言い訳に、女将さんはニカッと笑った。
「そうかいそうかい! 分かればいいんだよ! じゃあ、うちの自慢の料理をいっぱい食べていきな!」
女将さんがテーブルに置いたメニュー表には、炭で大きく【お任せ】とだけ殴り書きされており、他には何も書いていなかった。
「え? おま……かせ?」
「はい! お任せ一丁ね! 今夜もハデにいくよ!」
女将さんは鈴音の返事を聞く前に、厨房に向かって大声で叫んだ。
「え? え? ちょっと待って……」
完全に主導権を握られてキョドる鈴音の様子を見て、周りの荒くれ冒険者たちが「ガハハハ!」と一斉に大爆笑する。このアットホームな洗礼も、酒場ならではの良さだった。
「はいよ! まずは前菜、うちの畑で採れたてのサラダだよ!」
数分もしないうちに、女将さんが洗面器ほどもある大きなボウル皿を持ってやってきた。そこには、見たこともないほど青々とした、瑞々しい野菜たちがこれでもかと山盛りにされていた。ドレッシングがランプの光を反射して、テカテカと美しく輝いている。
「う、うまそう……っ!」
鈴音の目が完全に肉食獣のそれになった。
「そうかいそうかい! 遠慮はいらないから、一気に食べな!」
「いただきまーす!」
鈴音は両手を合わせると、フォークを使って猛烈な勢いでサラダを口の中にかき込み始めた。
(おいおい鈴音、いくらなんでも口に入れすぎだろ……。リスみたいになってるぞ)
『詠太さん! これ、やばいです! 私、元の世界も含めて、こんなに甘くて瑞々しくて美味しいお野菜、食べたことないです!!』
(そ、そうなのか? ステータス画面越しでも、そのシャキシャキした良い音が響いてくるわ。くそ、食えねえのがマジで悔しいな……)
鈴音が脇目も振らずにサラダの山を秒殺していくと、厨房の扉が開き、最高の香りが店内に充満した。
「美味しかったかい!? じゃあ、お次はメインディッシュ! うちの看板メニュー、【魔牛のステーキ】だよ!」
女将さんがジュウジュウと凄まじい音を立てる黒い鉄板を置いた。その上には、鈴音の顔よりも巨大な、分厚い牛肉のステーキが鎮座していた。溢れ出る肉汁と、ニンニクの利いた特製ソースの香りが暴力的ですらある。
「こ、これは……!!」
(美味そうすぎるだろ……ッ!! おい鈴音、頼む! ここで【操縦交換】をしてくれ! 意識を入れ替えて、俺にその肉を一切れ味あわせてくれ、頼む!!)
『絶対に無理です! 詠太さんに代わったら、このお肉全部食べられちゃうじゃないですか!』
鈴音は俺の必死の懇願をバッサリと切り捨てると、ステーキを豪快にナイフで切り、フォークで大きな塊を口へと運んだ。
咀嚼した瞬間、鈴音の動きがピタッと止まる。
「んっっっ!!!!」
そして、大きく息を吸い込むと、店が震えるほどの声で絶叫した。
「んまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!」
その、あまりにも見事な食べっぷりと幸せそうな絶叫に、周囲の冒険者たちが一瞬呆気にとられた後、さらに大きな歓声を上げた。
「おいおい、いい食いっぷりだな嬢ちゃん! 気に入った、俺のテーブルのこの【クリムゾンボアの角煮】も分けてやるよ!」
「ガハハ! 俺のこの【大鳥の唐揚げ】も食いな!」
「こっちのスープも美味いぞ!」
「あ、ありがとうございます! おいしい! え、これもですか!? 美味すぎるーーっ!」
鈴音は周囲から次々と差し出される大盛りの異世界グルメを、満面の笑みで、けれど凄まじいブラックホール並みの吸引力ですべて平らげていった。
最後の骨付き肉を綺麗にしゃぶり尽くすと、鈴音は「ぷはぁぁぁ! 美味しかったです!」と、大満足の笑みで膨らんだお腹をさすった。
「美味かったかい!? そいつは良かった! 嬢ちゃんがそれだけ残さず食べてくれりゃ、うちの偏屈な主人も大喜びだよ!」
女将さんが嬉しそうに笑う。すると、その女将さんの背後から、厨房の白い前掛けをした男がひょっこりと顔を出した。
「あっ!」
鈴音はその男の顔を見て、思わず声を上げた。
そこにいたのは、先ほど住宅街の道端で、このお店を教えてくれた【あの髭面の男】だった。
男はへへへ、と照れくさそうにスキンヘッドの頭を掻きながら、鈴音にウインクしてみせた。
「厨房の仕込みが一段落したからさ、ちょっと夜風に当たりがてら散歩してたら、美味そうな匂いに釣られた嬢ちゃんに出会ったってわけさ。……どうだ、マルド一の飯の味は?」
「はいっ! おじさんの作ったご飯、最高に美味しかったです! おじさんに会えて、本当に良かったです!」
「そりゃあ良かった。またマルドに来ることがあったら、ウチの店を贔屓にしてくれな」
店主はそう言って、誇らしげに胸を張った。
こうして、最初の街「マルド」では、少し(?)意味深なホテルと、お腹がはち切れんばかりの最高の絶品グルメを堪能した俺たち。
ヘインズを出発して約1週間、旅の厳しさを知り、世界の広さを実感しながらも、俺たちは最初のチェックポイントを越えて、次なる王都への道のりへと力強く向かっていくのだった。




