これが…世界最高峰の冒険者!?
「おーい! 起きろ〜。生きてるか?」
どこかハスキーで、サバサバとした女の声が鼓膜を揺らす。
「……うっ。イテテテテ……」
鈴音が痛みに顔を顰めながら呻いている。
(よかった……! 視界は真っ暗だけど、鈴音の意識は無事みたいだな!)
「はっ! あなたは!? ……って、っ!? いでででで!」
「おー、よかった。結構な重傷だったから心配したぞ。危なかったなお前。俺がたまたま通りかからなかったら、そのままあっちの世界に逝ってたぞ?」
女の声がカラカラと笑う。
「うっ、頭が痛い……。でも、だんだん思い出してきました。私、なんかよく分からない、家みたいに大きなデカブツに、いきなり上から殴られて……」
「そっ。あいつの正体は【ゴブリンキング】。ゴブリンが最終進化した絶望の塊さ。お前も冒険者だろ? 意識がない間に悪いが、身元確認のために冒険者証を見せてもらったよ。……にしても、本当に運が悪かったな。ゴブリンキングなんて、通常はA級冒険者が数十人がかりで挑むレベルのバケモノだ。生きてるだけでも奇跡さ」
「ひええ……。そんな奴が、どうしてこんな最初の街道に……」
鈴音が震え声で呟く。
「最近、ここらへんの街道に『手負いのボスが出没する』ってギルドに討伐依頼が出てたんだよ。俺が追跡してたら、たまたまお前が派手にやられてるのを見つけてな。とにかく、無事で何よりだ」
「あ、ありがとうございます……!」
(おい鈴音、状況がさっぱり分からん。何も見えん!)
『あっ! すいません! すっかり忘れてました! ――ステータスオープン!』
パッと、閉ざされていた暗黒の共有視界が一気に開けていく。
目の前に広がったのは、街道のすぐ脇の木陰だった。鈴音は草むらの上に寝かされており、そのすぐ横に、フゥと息をついて休むように座り込んでいる【赤髪の美しい女性】がいた。
女は動きやすさを重視した、かなり露出度の高い軽装の鎧を身にまとっており、そのすぐ横には、彼女の背丈の2倍ほどもありそうな、禍々しくも美しい大槍が立てかけられている。
そして何より、その軽装の胸元は……。
(うおっ……! すごい……っ! どこがとは言わんが、色々と凄すぎるだろこのお姉さん!!)
『ちょっと!! 詠太さん、人が生死の境を彷徨った直後になに興奮してるんですか! このドスケベサラリーマン!』
(何とでも言ってくれ! この異世界が生み出した至高のボディの良さが、17歳のお前なんかに分かってたまるかぁ!)
『はあ……。本当に気持ち悪い……。ドン引きです……』
(17歳の女子高生(元)に、真顔でそこまで言われるなんて……。おじさん、心が折れて悲しい……)
『はいはい、自業自得です。もう完全に無視しますねー』
そんな頭の中のコメディを他所に、鈴音はリリアに向けてペコリと頭を下げた。
「私、鈴音って言います。今は、ちょっと用事があって王都に向かっている途中で……」
「よろしくな、鈴音。俺は冒険者の【リリア】だ」
リリアと名乗る赤髪の女性は、男勝りな笑みを浮かべて白い歯を見せた。
「あの、私を襲ったあのゴブリンキングは……どこに……?」
鈴音が恐る恐る周囲を見回しながら尋ねる。
「ん? ああ、鈴音が寝てる間にさっくり解体したんだよ。ほら」
リリアはそう言うと、腰につけていた手のひらサイズの小さな麻袋に手を突っ込み、そこから「何か」を引き抜いた。
――ズウゥゥゥンッ!!!
「「へええええええええええ!?!?!?」」
リリアの手の上に現れたのは、その小さな麻袋の何倍も巨大な、鈴音の身長とほぼ同じサイズの【ゴブリンキングの生首】だった。これには俺も鈴音も同時に、本日一番の悲鳴を上げた。
「あ、マジックバッグとか見たことないのか? 空間拡張の魔法具さ。こういうデカい討伐証明部位もすっぽり入るから便利なんだ。……まあ、値段は目ん玉が飛び出るほどバカみたいに高いけどな」
リリアは事も無げに笑いながら、再び首を袋へと押し戻した。
「いや、それもめちゃくちゃ気になりますけど、それより! そのデカブツを、たった1人で倒しちゃったんですか!?」
「ん? ああ。負傷して群れから逸れてた個体だったしな。こいつくらいなら、俺1人で十分さ」
「あの、失礼ですけど……リリアさんの冒険者ランクって、一体……?」
「ん? ああ、俺は【S級】だけど」
「S級っ!!!?」
鈴音の目がこれ以上ないほど見開かれる。
(S級って……この世界に片手で数えるほどしかいないっていう、人間辞めてるレベルの伝説のクラスじゃねえか……!)
「S級って国を1人で相手にできるって…」
「うーん、まあ……世間ではそう言われてるらしいな?」
リリアは少し恥ずかしそうに、綺麗な人差し指で額をポリポリと掻きながら微笑んだ。そのギャップがまたたまらない。
「すごい……! 格好いい……!」
鈴音は目をキラキラと輝かせ、完全にリリアの虜になっている。
「よしっ、じゃあそろそろ俺は行くぞ?」
リリアは相棒の大槍をひょいと担ぐと、急に立ち上がった。
「えっ!?」
鈴音の顔に寂しそうな色が広がる。
(おいおい、まさかあんなに全身痛がってた鈴音を、この街道にポツンと置いて行っちゃうのか、このお姉さん!?)
「そんな不安そうな顔するなよ。ほら、立ってみな?」
リリアは鈴音の表情を見て、ニヤリと不敵に笑った。
「え? あ……はい」
恐る恐る、地面に足を突っ張って立ち上がる鈴音。
「……え。痛く……ない? どこも、全然痛くないです……!」
先ほどまでへし折れていたはずの骨も、打撲の跡も、綺麗さっぱり消え去っていた。
「あはは! ちょうどお前の傷が完璧に塞がったタイミングだったからな。俺はこう見えて、これでも【上位回復魔法師】の端くれなんだよ」
「え? ええええええ!?」
(こ、このお姉さん……異世界最高峰に強くて、お医者さん(ヒーラー)でもあって、しかもこんなにエロ格好いいだとおおお!? 天は二物を与えすぎだろ!!)
『詠太さん、本当にもう黙ってください』
(……はい、すみません)
「じゃあ、本当に俺は行くからな。王都に行くんだろ? 真っ直ぐ進めば迷うことはないさ。そのうちまたどこかで会うかもな。その時はよろしく、可愛いお嬢ちゃん」
リリアは鈴音の頭をポンポンと軽く撫でると、そのまま流れるような足取りで街道の先へと去っていった。
「あっ! はい! また今度! 絶対に会いましょう!」
ぶんぶんと両手を振って見送る鈴音。その顔は、完全に憧れの先輩を見つめる乙女の顔になっていた。
(……おいおい、俺の視線には『スケベ』とか言って散々罵倒しておいて、お前だってリリアお姉様に完全にメロメロじゃねえか。同類だろこれ)
『本当に黙らないと、今すぐステータスクローズして視界を1日中真っ暗にしますよ?』
(……はぃ。すいませんでした、もう二度と言いません)
遠ざかるリリアの背中が見えなくなるまで見送った後、俺たちは再び、静かになった街道を王都へ向けて歩き始めた。
(……おそらく、さっきの村を襲ってたゴブリンたちを率いてたのが、あのゴブリンキングだったんだろうな)
「ですね。……私たち、ちょっとレベルが上がって新スキルを覚えたからって、完全に『チートだー!』なんて自惚れてましたけど……まだまだこの世界は広いですね」
鈴音はポツリと、けれどその表情はどこか晴れやかに呟いた。
(まっ、俺たちは俺たちのペースで、気楽に強くなっていくしかないさ。あんなS級のバケモノと最初から張り合おうとする方が間違ってる)
「そうですね! よーし、モチベーションも上がったことですし、張り切って王都へ行きましょう!」
ゴブリンキングの恐怖を乗り越え、ひと回り精神的に成長した鈴音(と俺)は、再び一歩一歩、確実な足取りで未知なる王都ルシアへの道を歩み進めるのだった。




