これが新スキルの力だァァァァ!あれ?
「アチョオオオオ……! テイヤァァァァ!」
突っ込んできた先頭のゴブリンに対し、鈴音の鋭い掌底がその分厚い腹部へと吸い込まれるように叩き込まれた。
「グギャァ!?」
嫌な骨音が響き、ゴブリンが白目を剥いてその場に崩れ落ちる。鈴音は止まらない。その流れるようなモーションのまま、左右から迫る2、3体のゴブリンの顎の下へ、容赦ないアッパーと回し蹴りを叩き込んでいった。
(おいおい、めちゃくちゃ余裕そうじゃねえか)
「ですね! レベル5の身体、すっごく軽いです。このまま全員まとめてかかってきてくれれば楽なんですけど……」
鈴音はチャイナ服の裾を軽く揺らしながら、ジリジリと残りのゴブリンたちとの間合いを詰めていく。
すると、包囲していたゴブリンたちが「ギィ!」「ギギィ!」とお互いに顔を見合わせ、何やら奇妙な鳴き声を交わし始めた。
(ん? なんだあいつら、作戦会議でもしてんのか?)
「……さあ、言葉までは分かりません。でも、関係ありません! この流れで一気に全員倒します!」
鈴音は地面を蹴り、前方に固まる群れへと一気に肉薄しようとした。
――その時。集落の頼りない木製の柵の奥から、数匹のゴブリンが「何か」を引っ張り出してきた。
(……っ!? おい! 鈴音、止まれ!!)
「えっ!?」
俺の鋭い警告に、鈴音は足の裏を地面に擦り付けながら急ブレーキをかける。
ゴブリンたちが引きずり出してきたのは、太い縄で手足を荒々しく縛られた、この村の住民と思われる人間たちだった。
「キキィー!」
ゴブリンの一匹が、下卑た笑みを浮かべながら村民の首筋に錆びた槍の先を突きつける。
「ぼ、冒険者の方ですか!? 助けて、助けてくれ!!」
衣服をボロボロにした村民の男が、必死に鈴音に向かって叫んだ。
(あいつら……ふざけやがって、人質を取ってやがるのか!?)
「へぇ〜、ゴブリンって意外と知能が高いんですね〜」
鈴音は緊迫した状況だというのに、感心したように呑気な声を出す。
(んなこと感心してる場合か! 槍を突きつけられてんだぞ、迂闊に動けねえ!)
「ふふん。詠太さん……もしかして『アレ』、忘れちゃったんですか〜?」
鈴音は横目で、俺のいるステータス画面をニヤニヤと見つめてきた。
(アレって……あ、そうか! さっき登録したばっかりの……!)
「いきますよ〜! ――【転移】!」
鈴音が脳内で念じた瞬間、パアン! と彼女の全身が眩い光に包まれ、その場から完全に消失した。
「ギッ!?」「ギギィ!?」
目の前から突如として獲物が消え去り、ゴブリンたちがパニックを起こしてキョロキョロと辺りを見渡す。人質の首を狙っていたゴブリンの手が、一瞬だけ緩んだ。
――パサッ。
その直後、ゴブリンの真後ろで、太い縄が地面に落ちる軽い音が響く。
「チッチッチ〜。ここですよ〜だ」
鈴音は、いつの間にか人質たちの背後に回り込み、縄を一瞬で切り裂いたサバイバルナイフを指先でクルクルと回しながら不敵に笑っていた。
10メートルという超短距離の【転移】。戦闘におけるこれ以上ない、完璧な奇襲の使い方だった。
「た、助かりました……!」
「いえいえ! 危ないですから、皆さんは下がっていてください!」
鈴音はナイフを素早く腰のホルダーにしまうと、再びカンフーの構えを取った。
「ギッ……ギィィィーーー!!」
完全にコケにされたと理解したゴブリンたちが、顔を真っ赤にして一斉に鈴音へと狂ったように襲いかかる。
「アチョオオオオ! オリャ! オリャ! テイヤァァァ!」
だが、人質という足枷が外れた今の鈴音の敵ではなかった。
無駄のない打撃がゴブリンの急所を次々と捉え、緑色の身体が面白いように宙を舞っていく。ものの数分で、集落の前にいたゴブリンの群れは全て物言わぬ肉塊へと変わっていた。
「ふぅ〜。一丁上がり、ですね!」
鈴音はパンパンと手のひらの埃を払うような仕草をしながら、小さく息を吐いた。
「すいません……本当に、助かりました」
縄を解かれた村民の男が、何度も頭を下げてくる。
「いえいえ! 困った時はお互い様ですから。……これでゴブリンは全部ですか?」
「はい。あとは、他の村民たちも村の広場に捕まっているだけだと思います」
「わかりました! じゃあ、全員助けに行きましょう!」
その後、鈴音は村の中へと進み、残っていたゴブリンたちもサクッと片付けて村民全員を救出した。
幸い、俺たちが駆けつけたのが襲撃の直後だったらしく、村の建物は少し荒らされていたものの、命を落とした者や大きな怪我を負った者はいなかった。
村の広場で全員から拝むように感謝され、大量の干し肉などの御礼を押し付けられながら、俺たちは少し誇らしい気持ちで村を後にしたのだった。
「――なんか、村の人も不思議がって言ってましたけど」
街道に戻り、再び王都へと歩き始めた鈴音が、顎に手を当てて首を傾げた。
「ゴブリンって、本来は人間に縄を縛ったり、ましてや『人質をとって冒険者を脅す』なんていう高度な知能は持っていないらしいですよ?」
(だよな……。俺のゲーム知識からしても、ゴブリンはせいぜい集団で襲いかかるだけの雑魚だ。誰かが裏で、あいつらに知恵を授けて命令していたとしか思えないんだよなぁ)
不穏な空気を感じ取り、俺が思考を巡らせようとした――その時だった。
――ドゴォォォォォンッ!!!!!
凄まじい風圧と、大気を引き裂くような轟音と共に、街道の真ん中……俺たちの真ん前に【何か巨大なもの】が文字通り降ってきた。
「……っ!?!?」
あまりの恐怖と衝撃の強さに、鈴音は悲鳴をあげることすらできず、その場で完全に硬直した。
(鈴音っ!? 逃げろ、後ろに跳べ――)
俺が脳内で絶叫を上げた時には、すでに全てが遅すぎた。
目の前に立ち塞がった『ソイツ』――鈴音の数倍の体躯を持つ、おぞましい巨体の魔物が、家の大黒柱ほどもある凶悪な【質量の棍棒】を、容赦なく鈴音の身体へと振り下ろしたのだ。
――ガギィィィンッ!!!
「あがっ……!?」
まともな防御姿勢すら取れぬまま、鈴音の華奢な身体は、まるで千切れた人形のように遥か後方へと弾き飛ばされた。
同時に、彼女の後ろにくっついている俺の視界も、天地が逆転するようにぐわんぐわんと高速で回転する。
――ゴロゴロゴロゴロ……。
地面の土を派手に削りながら、何十メートルも転がる鈴音の肉体。やがて、ピクリとも動かなくなった。
(おいっ!! 鈴音!! しっかりしろ、返事をしろ!!)
いくら念話で叫んでも、鈴音からの反応は一切ない。完全に意識を失っている。
(やばい、これじゃあ鈴音の意識がないから【操縦交換】のスキルすら発動できない……! クソ、どうすれば――)
その時、俺の視界の根幹である「ステータス画面」そのものに、激しいノイズが走り始めた。
――ジ……ジジジ……ジビィ……。
(な、なんだこれ……!? 俺の画面まで……消える……?)
魔力の供給が途絶えたのか、あるいはシステムそのものが破壊されかけているのか。世界のすべてが急速に暗転していく。
「……あ……なん、だ……これ……」
消えゆく、歪んだ視界の最期の1フレーム。
鈴音を無慈悲に叩き潰した巨大な魔物の足元へ……暗闇の奥から、スッと【一人の女】が歩み寄ってくるのが見えた。
それを最後に、俺の意識と視界は、底のない完全な暗黒へと突き落とされた。




