最強の護衛は女!?しかも日本人?
「す、鈴音……?」
目の前で突然口調が変わり、ストリートファイターのごとき構えを取った鈴音(中身:詠太)の姿に、アイリスはただただ唖然とするしかなかった。
「おい! ゼノン! 高い金を払ってやっているんだから、さっさとその小娘を殺してアイリス嬢を捕まえろ!」
部屋の奥から、ヘインズ七世が顔を真っ赤にして喚き散らす。
フードの人物――ゼノンは、チラリと雇い主であるヘインズ七世を一瞥したが、すぐに興味を失ったように鈴音へと向き直った。
「くう……全身が痛え……。おいお前、17歳の女の子の体にこんな痛いことしやがって……! お前にも同じ痛みを教えてやらあ!」
鈴音の可愛い声で怒号を上げる俺。ゼノンはそれを完全に無視し、床を蹴って瞬時に間合いを詰めてきた。
走りながら、ゼノンの右腕がドロリと形を変え、今度は一本の細長い【刀】へと変貌する。
――ブンッ!
空気を切り裂く鋭い音が響き、刃が鈴音の首筋へと肉薄する。
「【ソーラーブレード】!」
俺が叫ぶと同時に、鈴音の右手から眩い光の刃が生成され、下から上へと斬り上げた。
――カアンッ!!!
激しい金属音と共に、ゼノンの腕の刀が根本から弾き飛ばされる。光の刃の圧倒的な熱量と斬れ味が、鉄の硬度を凌駕したのだ。
「すごいっ……!」
アイリスが歓声を上げる。
ゼノンは素早く後ろへ跳躍して距離を取ると、ボタボタと液体を零す自分の斬られた腕を無表情に見つめた。
「どうだ? この魔法で斬れないものはねえんだよ!」
(ふう……危ねえ。ハッタリだったけど、ちゃんと斬れて良かったぜ……!)
俺と鈴音の意識を入れ替える【操縦交換】の最中は、俺が認識している好きなスキルや魔法を、ステータス画面を介さずに脳内で念じるだけで瞬時に発動できる。ゲームのショートカットキーのようなものだ。まあ、その分だけ魔力の消費量が跳ね上がるため、良いことばかりではないのだが。
ゼノンは視線を戻すと、何事もなかったかのように再び腕を鋭い刀へと変形させた。そして、今度はさらに低い姿勢で突っ込んでくる。
「はあっ!」
迎え撃とうと光刃を振るう俺。しかし、ゼノンは目にも留まらぬスピードで光の刃の真横をスレスレで回避すると、体勢を崩した鈴音の首めがけて、容赦なく肉体の刀を横一文字に振るってきた。
「――【侍】ィィィィ!!」
俺の叫びと共に、咄嗟に脳内で切り替えたカウンター用スキルが発動する。顔面に刃が到達する寸前、見事な居合いの軌道でゼノンの刀をパァンと叩き切った。
「からのぉぉぉ! 【ボクシング】ゥゥゥゥゥ!!」
光刃を瞬時に霧散させ、完全にノーガードとなったゼノンの懐へ踏み込む。ボクシングスキルの補正を乗せた、鋭い左ボディフックをゼノンの脇腹へとブチ込んだ。
「ぐっ……!」
初めて苦悶の声を漏らし、ゼノンの身体が客間の壁まで派手に吹っ飛んだ。その凄まじい衝撃で、頭を深く覆っていた黒いフードがハラリと脱げ落ちる。
「なっ……女……?」
床に膝をついたゼノンの素顔を見て、俺は思わず声を漏らした。
ゼノンと呼ばれた護衛は、美しい黒髪を持つ若い女性だった。さらに――。
(は? なんだあのアジア人特有の顔立ちは……。もしかして、日本人か?)
俺と鈴音がこの世界に転生してから、初めて見る親近感のある顔立ち。この世界の人間は、アイリスも含めてどちらかと言えばヨーロッパ系のハッキリした顔立ちばかりだったからだ。
俺やアイリスが驚きに目を見張っていると、ゼノンはすっと何事もなかったかのように立ち上がった。そして、じっとこちらを見つめ、静かに口を開いた。
「……あんた、日本人?」
「は?」
思わず、鈴音の口から素の疑問が出た。ゼノンはその反応を見ると、納得したようにふっと口元を緩める。
「その反応……やっぱりそうね。……ねえ? 私と一緒に来ない?」
ゼノンが、品定めをするように手を伸ばす仕草を見せた。
「は、はあ!? 何を言ってんだお前は! 敵同士だろ!」
俺たちが混乱していると、背後から「おい! 何をやっているんだ異人風情が! はやくその小娘を殺せと言っているだろうが!」と、ヘインズ七世がヒステリックに怒鳴り散らした。
それを聞いたゼノンは、「……はあ。残念。もう時間切れだわ」と冷淡につぶやくと、驚異的な跳躍力で、天井近くにある吹き抜け部分の窓枠へと一瞬で飛び移った。
「あっ! おい、待て!」
「また会いましょう。同郷の人」
ゼノンは最後にそう言い残すと、躊躇なく窓ガラスを派手に叩き割り、砂漠の夜風の中へと姿を消していった。
「おい! 待ちやがれ!」
ヘインズ七世が絶叫する。その時だった。
――ガシャアアアアンっ!!!
客間の頑丈な正面扉が、もの凄い音を立てて内側へと破壊された。
「アイリス! 無事か!?」
土煙の中から現れたのは、なんと、白銀の鎧を身にまとい、馬に乗ったまま突入してきた父親のヴォルフだった。
さらにその後ろから、リンガルドのギルドマスター・ロッキーや、武装した大量の兵士たちが一斉になだれ込んでくる。
「大丈夫か、鈴音くん!」
ロッキーが大きな体でこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
「あ、ああ……」
俺はそこまで言って、張り詰めていた糸が切れたように、そのまま床へと仰向けに倒れ込んだ。
(やべえ……本当に、時間切れか……)
急速に遠ざかる意識の中で、俺は自分の限界を悟っていた。
「……さん! ……詠太さん!」
「……ん? ああ。ごめん……限界までやっちまった……」
仰向けに寝転がっている俺の視界に、心配そうに覗き込んでくる鈴音の顔が現れた。
ここは、俺と鈴音の二人だけがアクセスできる(と思われる)謎の白い空間だ。
俺と鈴音の意識を交換させるスキル【操縦交換】は、俺の意識が鈴音の肉体に乗り移り、ステータス画面を操作しなくても思考だけでスキルや魔法を最速発動できるというチート技。だが、数日前の検証でこれには致命的な欠点があることが分かっていた。
まず、俺が肉体を維持できるのは【最大5分】。さらに、この状態でのスキルや魔法は【極端に燃費が悪い】。
普段、鈴音自身がスキルを使う場合は、武術スキルなら連続2時間、生活スキルなら一日中発動していられる。だが、俺が操作すると魔力の消費量が通常の5倍以上に跳ね上がるため、大技の連発は絶対に不可能。そして5分間の限界や魔法やスキルで魔力を使い果たすと、強制的に魔力切れとなって意識を失い、この謎の白い空間に精神が飛ばされるのだ。
ここでは俺も元の男の姿をしており、自分の体を持って動かすことができる。ここで数時間を過ごせば、現実世界でも自然と意識が戻るという仕組みだ。時計がないので正確な時間はわからないが。
「もう、無理しすぎですよ! 最後の方、私ずっと頭の中で『魔力ヤバいです!』って呼びかけてたんですよ!?」
鈴音がぷんぷんと怒りながら、俺の前にしゃがみ込んだ。
「え? マジで? バトルに集中しすぎて全然気づかなかったわ……」
「はあ……もう! ……それよりあの『ゼノン』って人、本当に日本人ってことでいいんですかね?」
鈴音の問いに、俺は上体を起こして腕を組んだ。
「会話の口ぶりからして、間違いないだろうな。俺たちと同じ『異世界転生者』か『召喚者』とかの類だろ」
「……たぶん。そういう、主人公以外の転生者が敵に回るタイプのラノベ、結構ありますもんね」
「もしかしたら、あいつ自身も何かしらのチート能力……いや、俺たちよりも戦闘に特化したエグい能力を持ってるかもな。腕を刀に変えるとか、完全にバケモノだろ」
「ええ〜……。だとしたら、私たちがこの世界で無双できないじゃないですか! テンプレ展開なのに!」
鈴音が本気で残念そうに唇を尖らせる。
「いや、今もそんなに無双はしてないんだけどな。……というか、最後に何でヴォルフさんやロッキーさんが来たんだ? タイミングが良すぎるだろ」
「なんでですかね。アイリスさんが裏で事前に援軍を要請してたとか? 5日間の猶予がありましたし」
「まあ、実際あそこでゼノンに粘られたら全滅してた可能性もあるし、結果オーライか。意識が戻ってからアイリスに聞いてみるしかないな」
「そうですね。……あ! あと、なんですかあのスキル! 【侍】とか【ボクシング】とか! 私の使ったことないスキル使ってましたけど!」
鈴音がジト目で俺を睨んできた。
「いやぁ、いつも暇だったからさ、俺のゲーム知識からいろいろ使えそうなスキルの使い道を考えておいたんだよ。格ゲーのコンボみたいに上手く繋がって良かったわ〜」
「私の体をこき使いやがってー……。筋肉痛になったら詠太さんのせいですからね!」
「お前ももう少し、感覚だけで戦わないでスキル構成やらコンボのシナジーやらを勉強しろっての……」
「あ」
不意に、俺と鈴音の身体が同時に淡い光を放ち始めた。
「今回は意識が戻るのが早いですね」
鈴音が少し眠そうに目を細める。
「だな。現実の身体がマナポーションか何かで治療されてるのかもな。……じゃあ、また現実で」
「はい、またあとで!」
鈴音が笑顔で手を振るのと同時に、俺の意識も再び心地よい闇の中へと溶けていくのだった。




