ヘインズでの激闘のその後
「……っ? ここ……は?」
鈴音の掠れた呟きが頭の中に響く。
同時に俺の意識もはっきりと戻ったのだが、いかんせん視界が真っ暗で何も見えない。
(おーい。起きてるのか、鈴音ー)
『あっ、すいません! 視界切ったままでした!』
「……ステータスオープン」
鈴音が小声で唱えると、プツンと光が差し込むように俺の視界が開けた。
そこに広がっていたのは、白を基調とした見慣れない清潔な部屋だった。鈴音が横たわっているベッドの他には、木製のドアと窓があるだけの簡素な空間だ。
「どこですかね、ここ……」
鈴音はそう言って上半身を起こそうとした。
その瞬間――。
「あっ! ……イタタタタタタタタ!!!」
ベッドの上に突っ伏したまま、鈴音の絶叫が念話ごと俺の脳を揺らした。
(え? あ、おい! 大丈夫か!?)
『イテテテテ……。全身の筋肉がちぎれそう……って、これ絶対に詠太さんのせいですよ!!』
(あ、やっぱり操縦交換の反動か……。ごめんごめん、悪気はなかったんだって!)
『もう! 他人の身体だと思って好き勝手にリミッター解除して動かすんですからー!』
鈴音は涙目で自分の二の腕をさすりながら文句を言ってくる。
(ごめん! 俺もあの時はゼノンの動きに合わせなきゃと思って、アドレナリンが出まくってたんだよ〜……)
俺たちが【操縦交換】を最後の最後まで使いたがらなかった理由は、まさにこれだった。
自身の身体だからこそ、無意識に筋肉や関節を痛めないよう安全弁をかけている鈴音と違い、中身が俺に切り替わると、ゲームのキャラクターを操作する感覚で「理論上最速の動き」を肉体に強要してしまう。
その結果、鈴音自身が戦う時にはそこまで残らない身体への負荷が、俺の操作後は凄まじい「全身の超・筋肉痛」となって跳ね返ってくるデメリットがあるのだった。
『もー……。でも、アイリスさんも私も無事? だったみたいなので、良かったですけどね』
鈴音が少しホッとしたように息を吐いた、その時。
――バタンッ!!!
「鈴音……っ! 目が覚めましたのね!?」
勢いよくドアが開かれ、息を切らせたアイリスが部屋に飛び込んできた。
いつもの完璧なお嬢様姿ではなく、少し髪を乱したアイリスは、ベッドの上の鈴音を見るなり、迷わずその細い身体をぎゅっと抱きしめた。
「え!? ちょ、アイリスさん!?」
突然のことに鈴音が目を丸くして固まる。
「……良かったですわ。本当に無事で……。あの日、あなたが倒れてから、神官たちに何度も回復魔法をかけてもらったのに、ずっと意識が戻らなくて……私……っ!」
抱きしめるアイリスの肩が、微かに震えていた。
「あ……。アイリスさん、心配かけてごめんなさい。……ありがとう、ございます」
鈴音はそっとアイリスの背中に手を回し、優しく叩いた。
(おいおい……あの気丈なアイリスが、ボロボロ涙を流して泣いてんじゃねえか。鈴音、しっかり慰めてやれよ)
『詠太さん、そんな目で見ないであげてください! どうせ乙女の涙の重みなんて、おじさんにはわからないでしょうからねっ』
(くっ……。命がけで戦ってやったのに、おじさん扱いはひどいだろ……)
しばらく鈴音を抱きしめていたアイリスは、やがて涙を拭うと、いつもの凛とした、けれどどこか温かい表情に戻って改めて鈴音と向き直った。
「とにかく、意識が戻って本当に良かったですわ」
「は、はい。……それであの、あの後は一体どうなったんですか?」
鈴音が尋ねると、アイリスは少し表情を引き締めて「実はね……」と語り始めた。
「ええっ!? ヘインズ七世が捕まったんですか!?」
鈴音の驚愕の声が部屋に響く。
「ええ。本当に、信じられないほどタイミングが良かったですわ」
アイリスが語った事の顛末は、俺たちの想像を超える政治的劇薬だった。
俺たちが客間でゼノンと死闘を繰り広げ、鈴音が気絶した直後――。あの正面扉をブチ破って突入してきたアイリスの父ヴォルフとロッキー。しかし彼らの後ろに控えていたのは、リンガルドの私兵だけではなかった。
なんと、ルシア王国の首都「ルシア」から直々に派遣された、ルシア王直属の【近衛兵団】の一隊だったのだ。
ヘインズ七世は、以前から他領への暗殺依頼や、あくどい賄賂、不正な密輸などの黒い噂が中央(王都)でも絶えなかったらしい。
そこへ、今回の「森でのアイリス襲撃事件」が勃発。ヴォルフが迅速に王都へ報告を入れ、ヘインズの冒険者ギルドへの強制調査が裏で進められた結果、ヘインズ七世がリンガルド領主の娘を暗殺しようとした決定的な証拠が浮上。ルシア王直々の「逮捕命令(令状)」が下り、あのタイミングでの電撃突撃となったわけだ。
「逮捕後にヘインズの屋敷を徹底的に家宅捜索したところ、街のインフラ資金の横領はもちろん、外縁部のスラムの住民たちを秘密裏に拉致しては、闇の組織に売り払っていた奴隷売買の事実まで出てきましたわ。父の話では、これからもっと大きな悪事の証拠が出てくるだろうとのことです」
アイリスは毅然と言い放った。あの昼間に見た、スラムの可哀想な少女たちの背景にあった歪みの正体がこれだったのだ。
「……あの、ゼノンって人は?」
鈴音が一番気になっていた名前を口にした。
「ゼノン? ……ああ、あの腕を変化させていた凄腕の暗殺者ね」
アイリスは少し悔しそうに首を振った。
「あの者については、調べても『ゼノン』という名前と、腕利きの殺し屋であるということしか分かっていないのですわ。ヘインズ七世を尋問しても、中央の『闇の組織』から紹介された駒の一つに過ぎない、としか吐きませんでしたし……」
「そうですか……。闇の組織、ですか……ってなんですか?」
「ええと、通常は【闇ギルド】と呼ばれている、表立って公表できないような犯罪や汚れ仕事を専門に請け負う非合法な組織のことですわね」
(闇ギルドか……。世界中に根を張ってそうだな。でも、そいつらの尻尾を掴んで調べれば、いずれあのゼノンって女に繋がるかもな)
『そうですね。あの人とまた会えれば、この世界のことや、日本についてもっと詳しく聞けるかもしれませんし』
鈴音が頭の中で俺とそんな会話を交わしていると、アイリスが鈴音の顔をじっと覗き込み、大真面目な顔で釘を刺してきた。
「……鈴音。悪いことは言わないから、その【闇ギルド】にだけは絶対に興味を持ったり、関わろうとしてはダメですわよ? あそこは底なしの深淵。関わったら最後、待っているのは冷酷な死だけですわ」
「え? あ、はい! 大丈夫です! そんな怖いところ、こっちから願い下げですよー! あはは……」
鈴音は引きつった笑みで両手を振った。
(おいおい鈴音、目が泳ぎまくってて顔に出過ぎだぞ。アイリスに速攻で見破られるぞ)
『ちょっと、詠太さんが頭の中で余計なタイミングで話しかけてくるから調子が狂うんですっ!』
(あーはいはい、お邪魔虫は黙りますよーだ)
「なら、安心いたしましたわ。……あ、それでね、鈴音。あなたの身体の痛みが完全に治ったら、次の目的地が決まりましたの」
アイリスが嬉しそうに微笑む。
「なんと、このルシア王国の国王様が、あなたに直接会いたいとおっしゃっていますのよ」
「え? ……国王様って、この国の一番偉いトップの人ですか!?」
「そうですわよ。今回のヘインズ失脚の件で、現場で最も活躍した護衛から、直接当時の話を聞きたいのですって。まあ、建前としては我がリンガルドへの労いのおまけだとは思いますけれど」
「本当ですか!? ……あ、でも私、王宮のマナーとか作法とか、そういう高尚なのは全然疎くて……失礼を働いちゃいそうです……」
鈴音は早くもガチガチに緊張し始めた。
「ふふっ、大丈夫ですわよ。鈴音は、その飾らない真っ直ぐなままでいて。私がついていますわ」
「よかったです……! なら、ぜひお供させてください!」
「それじゃあ決まりですわね。鈴音の身体が完治したら、王都ルシアに出発いたしましょ」
アイリスが満足そうに頷く。
「はいっ! ……あ、そういえば聞き忘れてましたけど、ここってどこなんですか?」
「あ、ここはヘインズの【魔法総合病院】ですわ。安心して良くってよ? ここはヘインズ七世の悪事とは一切関わっていないクリーンな施設ですし、何より、今は私の父が、臨時の『代理領主』としてこのヘインズの街を統治していますから」
「は、はあ。……というか私、あの日からどれくらい寝てたんですか?」
鈴音がふと窓の外の景色(昼夜の感覚)を見ながら尋ねた。アイリスは少し言いづらそうに、人差し指を立ててみせた。
「……丸々1週間ですわ、鈴音」
「「えっ!? 1週間もおおおお!!?」」
鈴音の叫び声と、俺の頭の中の絶叫が、見事なまでにハモって魔法病院の静かな病室に響き渡るのだった。




