最強の護衛と秘策
「おお! 似合ってるじゃないか!」
「……ちょっと、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど……!」
会食当日の朝、宿の客室で新しい衣装に着替えた鈴音を見て、俺は思わず(心の中で)声を弾ませた。
「とっても似合ってますわよ! 用意させて正解でしたわ」
「はい! 本当に可愛らしいです!」
アイリスとメイドさんが、我が事のように嬉しそうに手を叩く。
「鈴音の体術が、東の街『チャイン』の伝統体術に似ていましたので、そこの伝統的な衣装を急ぎで用意させましたの」
「あ、ありがとうございます……。でも、これちょっと太ももが出過ぎじゃないですか? 体の線もすごくハッキリ出ちゃうし……」
鈴音はスリットの入った裾を必死に手で押さえながら、顔を真っ赤にしている。
(こりゃ完全にチャイナ服だな。いいじゃん、カンフーみたいな体術使ってるんだし、お約束の戦闘服として完璧だろ!)
『なんだか……生地がスースーしてむず痒いです……』
「大丈夫よ。いつも着ているそのお奇妙な『制服』でしたっけ? あれも機能的で似合っていましたけれど、やっぱりここ一番での戦闘服は大事ですわよ」
アイリスがふふんと胸を張る。
「せ、戦闘!? 闘う気満々じゃないですか!」
「安心して、何事も起きないとは思いますから」
アイリスがにこやかに微笑むが、鈴音の背筋には冷たい汗が流れていた。
『詠太さん、これ完全にフラグですよね!?』
(……おう、芸術的なまでのフラグ建築だな。頑張れ、鈴音!)
『詠太さんの馬鹿ーーー!!』
頭の中での絶叫を置き去りにしたまま、俺たちはホテルを出発し、ヘインズの中心部にそびえ立つヘインズ七世の屋敷へと向かった。
「ここが……」
見上げる鈴音の口から、呆れたような呟きが漏れる。
「ヘインズ卿の住まいですわ。……相変わらず、もの凄く趣味が悪いですわよね」
アイリスが小声でクスクスと笑う。
ヘインズ七世の屋敷は、周囲のどの建物よりも数倍巨大で、その大門には純金で作られた動物や人間の彫刻がこれでもかと飾り立てられていた。成金趣味の極みである。
門の前に立つと、ギギギ……と重々しい音を立てて門扉が一人でに動き出した。
「おおっ、自動ドア!?」
「自動魔法での開閉ですわ」
門をくぐると、手入れされた広大な緑芝の庭園が広がっていた。だが、その景観を台無しにするほど、いたるところに武装した兵士が配置されている。
「ひゃ〜……。これ、もし全員で襲ってきたら……」
「そうですわね。そうならないことを願うわ」
アイリスは平然と言ってのける。
「なんだか、ちょっと楽しんでません?」
「そんなことありませんわよ?」
そうこうしているうちに、屋敷の本館が見えてきた。玄関前には、昨日遭遇したあの金髪縦ロール髭の巨漢が、下卑た笑みを浮かべて待っていた。
「お待ちしておりましたよ、アイリス嬢」
「あら、わざわざお出迎えいただき感謝いたしますわ、ヘインズ卿」
アイリスが綺麗に頭を下げる。
「いえいえ、立ち話もなんですな。極上の食事を用意しておりますので、どうぞどうぞ」
ヘインズ七世の案内で、俺たちは巨大な客間へと通された。
『……あれ? 今日はあのフードの護衛がいませんね』
(さすがに自分の邸宅内だから、隠れさせてるんだろうな。警戒は解くなよ)
長いテーブルの奥にヘインズ七世が座り、その真向かいにアイリスが腰掛ける。鈴音とメイドさんは、アイリスの背後に直立不動で控えた。
お抱えの料理人たちが、次々と豪華な肉料理やスープを運んでくる。
――ゴクッ。
鈴音の生唾を飲み込む音が、念話を通じて聞こえてきた。
(美味そうだな。……おい鈴音、毒とか入ってないか?)
『ですよね〜、あの肉なんか特に怪しい……。あっ、でも大丈夫です。毒はありません! 【敵意感知】に料理の反応が引っかかりませんから』
(それ、料理の毒まで判定できるのかよ。便利すぎるな、そのスキル……)
「――して、今日はこちらへ足を運んでいただき誠に感謝いたします。リンガルドとは隣街とはいえ、物騒な魔物の出る森を挟んでおりますからな。……道中、何があってもおかしくないですよねぇ?」
ヘインズ七世が、クチャクチャと汚らしい音を立てて肉を咀嚼しながら、小馬鹿にしたように言った。暗に「森での襲撃」の件を匂わせている。
「ええ。幸運なことに、優秀な護衛に恵まれまして、無事に生きてこちらへ来られましたわ」
アイリスは完璧な社交界の笑顔で返す。
「それは重畳。……それでですな、アイリス嬢。かねてより問題になっているリンガルドとの『関税』のことですが……少々、高すぎやしませんかね?」
本題に入ったヘインズ七世が、不満げに目を細めた。
「そうですか? 5%という数字は、ルシア王国の都市間ではごく一般的な税率だと思いますわ。別にヘインズだけを優遇しないわけではありませんのよ」
「ふむ? しかし私の耳に入った噂によると、リンガルドはルシア以外の、あの『獣の国』や『小人の国』とも交流があるとか? しかも、その異人どもの国とは『関税なし』で取引しているそうではないですか!」
ヘインズ七世がテーブルを叩いて身を乗り出す。
「あら、よくご存知ですこと。ええ、事実ですわ。……あ、それから訂正させていただきますけれど、『獣の国』も『小人の国』もこの世界には存在しませんわ。リンガルドが国交を結んでいるのは、獣人の国【ガルム】とドワーフの国【ダイオン】ですわ」
「ふん! 呼び名などどちらでも良い! 我々人間……それも同じルシア王国の同胞に税を課し、あのような異人どもを無税で優遇するとは、いかがなものかと思いますな!」
「それは、我がリンガルドが決めることです。他領のあなたに余計な口出しをされる筋合いはありませんわ」
アイリスの目が、すっと冷徹な冷気術師のような据わり方に変わった。
「そこまで関税がお嫌なら、うちからの輸出をすべて差し止めてもよろしくてよ? ――もっとも、食料や日用品の大半をリンガルドからの輸入に頼っているこのヘインズが、明日から自給自足できるのであればの話ですけれど?」
「くっ……! ぬ、ぬう……!!」
ヘインズ七世の顔が、怒りと屈辱で真っ赤に染まる。
『すごい……! アイリスさん、あの強欲デブを完全にタジタジにしてますよ……!』
(本当に、いつも感心するよこの子には。17歳の政治力じゃねえ……)
「……わかりました。この話は、一度終わりにしましょう」
ヘインズ七世は脂肪のついた手をハンカチで拭うと、ニヤリと醜い笑みを浮かべた。
「では、次の話題を……と思ったのですが。どうやら、あなたとはこれ以上、何の建設的な話し合いもできなさそうですねぇ。…………おい」
ヘインズ七世の声が、地に響くような低いトーンへと変わる。と同時に、彼が太い手をパチンと挙げた。
「……鈴音。準備を」
アイリスが表情を変えずに呟く。
「え? あっ、はい!」
(はぁ……やっぱりこうなるのか。【武術】の項目を開け!)
鈴音は俺の声に合わせて、視界のステータス画面を素早くスワイプし、該当のスキルをタップした。
「ふう……っ、アチョオオオ……!」
伝統衣装に身を包んだ鈴音がカンフーの構えを取った、その瞬間だった。
ガタタタンっ! と客間の隠し扉や壁が開き、先ほどまで誰もいなかった空間から、槍を構えた大量の兵士たちが一斉に飛び出してきた。
「アチョオオオオ! ハァッ! てやっ!」
目にも留まらぬスピードで、チャイナ服の裾を翻しながら、兵士たちの懐へと滑り込む鈴音。強烈な掌底、そしてしなやかなハイキックが兵士たちの鎧を打ち抜く。
「ぐあっ!」「おわっ!?」「ぐえぇっ!」
鈴音の一撃を喰らった兵士たちが、まるでピンボールのように次々と壁際まで吹っ飛んでいく。
「ぐぬぬ……! やはり、このような雑魚兵では足止めにもなりませんか……。ゼノン!!」
ヘインズ七世が叫んだ。
ハッと何かの気配に気づく鈴音。しかし――。
「――っ!?」
気づいた時には、鈴音の細い体は、目視できないほどの衝撃によって派手に真横へと吹き飛ばされていた。
「きゃああっ!?」
床をごろごろと転がる鈴音。
(鈴音!!)
「鈴音!」
アイリスが俺と同時に声を上げる。
「……痛たた。ど、どこから……!?」
鈴音はよろよろと立ち上がりながら、キョロキョロと周囲を見回した。
(鈴音! 真後ろだ!!)
『え?』
振り返る鈴音の視界の先、いつの間にか、あの黒いフードの人物――ゼノンが至近距離に音もなく立っていた。
「……遅い」
フードの奥から冷徹な声が漏れる。
その瞬間、ゼノンの右腕の衣服が弾け飛び、その肌が【ピカピカと鈍く光る銀色の金属】へと変貌した。魔法による肉体変化――鉄塊と化した腕が、容赦なく鈴音の無防備な脇腹へと叩き込まれる。
――ドゴォォォンッ!!!
「ガハッ……!?」
鈴音の口から鮮血が飛び散り、その身体が客間の頑丈な柱をへし折る勢いで吹き飛んだ。
「鈴音ぇぇぇ!!」
アイリスが叫んで駆け寄ろうとするが、背後にいたメイドさんが「お嬢様、危険です!」とその身体を必死に組み止める。
(おい! 鈴音! 大丈夫か! 意識を保て!!)
『や……ばい……かも……。詠太さん……視界が、ぐわんぐわん、して……』
(くっそ、あのデブの護衛、完全に化け物かよ! おい鈴音、アレを使うぞ! 画面の【特殊】を開け!!)
『う……うう……』
鈴音は薄れゆく意識のなか、震える手で俺の視界の端にある、一つのスキルを必死にタップした。
ゼノンはそれを見逃さなかった。一瞬で倒れている鈴音の目の前へと肉薄し、先ほどと同様に【鉄塊と化した右足】を、トドメを刺すべく容赦なく振り下ろす。
「ウオオオオオオオオオ! 緊急回避ィィィィ!!!」
いきなり、鈴音の口から地声とは明らかに違う「男勝りな絶叫」が響き渡った。
ドガァァン! とゼノンの鉄脚が床を粉砕する直前、鈴音の身体はまるで生き物のようにパッと数十センチ真横へと転がり、その猛撃を紙一重で回避した。
「す、鈴音……?」
アイリスが呆然と呟く。
「ふう……っ、危ねえ危ねえ! クソ、脇腹がめちゃくちゃ痛ぇ……!」
鈴音の肉体は、フラつきながらも、完全に「先ほどまでとは違う鋭い身のこなし」でスッと立ち上がった。その構えは体術のそれではなく、どこかストリートの喧嘩慣れしたような泥臭いスタンスだ。
「……鈴音はラノベオタクかも知れねえけどなぁ! 俺はラノベと『アクションゲーム』のガチオタクなんだよぉぉ!!」
「え? すず……ね……?」
アイリスが混乱した声を出すのも無理はない。
俺たちの秘策……それは、俺の意識と鈴音の肉体のコントロール権を一時的に入れ替える、特殊スキル【操縦交換】だった。
身体能力はレベル3のままだが、格闘ゲームやアクションゲームで培った俺の「フレーム単位の見切り」と「コマンド入力(スキル発動の最適化)」のタイミングなら、鈴音自身の感覚的な戦闘よりも、遥かに効率よく立ち回れるんじゃないか――そう道中に話し合って決めていた、文字通りの最終手段。
(正直……女の子の身体になって血を吐くのは痛すぎるし、三半規管がバグりそうで使いたくはなかったけどな!)
俺(鈴音の身体)は、一撃を外して静かにこちらを見据えるフードの男――ゼノンを正面から睨みつけた。
「……おい、お前が誰だか知らねえけど。俺の相棒に大怪我させて、可愛いチャイナ服を汚した罪は重いぞ。――ブッ倒す!!」
スリットから覗く太ももを大胆に踏み込み、俺は、異世界で初めての「自分の手による戦い」へ向けて、不敵に拳を構えた。




