帰郷229
それは何とも残忍な存在。
こうして木に抱き着いて怯え、がら空きの背中を見せて、戦う意思を放棄して……恐怖で震えているのに、怖いモノは足を止めない。
怖いモノが近付いて来ているのに、身体が強張り、これから注射を打たれる子供の様に、恐怖で身動きが出来無い。
『ガサッ…………』
『…………!!!?』
足音が止まった音に、心臓が跳ねて息が苦しくなる。
怖いモノが足を止めたのは、自分の事を見失ったからではない、自分を消すのに十分な所にまで近付いたから。
『モゥ……モォォ…………』
恐怖よりも生きたいという望みが上回れば、恐怖が生きる原動力に変わり、逃げ出す為に足が動いたかもしれないが、蚊の鳴くような小さな声で「怖い」という感情を吐き出すだけで精一杯なミノタウロスに、そのような感情が沸くはずも無い。
恐怖で全てが支配され、この状況が終わってくれる事を祈ると、
「ごめんね……」
その願いがやっと叶う。
緊張して強張っていた筋肉を「フッ」と感じなくなると、恐怖が消えて、意識も消失するのであった。
_____
(圧倒的だ……)
ミノタウロスが消滅した、手を触れていないのに。
火に氷を近付けたかのように、生命の塊であるミノタウロスが溶けて消えてしまった。
今し方まで目の前にいたのに、今は姿も影も存在しない。
(これがアフレクションネクロマンサーなのか……)
これ程迄の力を目の前にして、核露が口にして称賛出来無いのは、この「力」が異常だと肌で感じているからであった。
初実の鍛錬の為にミノタウロスと一対一の状況を作ったが、ミノタウロス程度では相手にならない……いや、そもそもの話になるが、地上に降りる前から「力」を高めていれば、降りただけでキノコの兵士の群れは消滅して、ミノタウロスもこの世にはいなかっだろう。
「……凄いよね、この力」
「うん、ビックリするよ」
初実の方から「力」の感想を言って来るので、当たり障りのない返事で、心の戸惑いを誤魔化そうとするのだが、
「核露の気持ちを聞かせて……本当に思った事を」
「初美……」
そんな自分の気持ちに御構い無しに、初実は本当の所を聞かせて欲しいと言って来る。




