300円の物質転送装置に屈服
「サクラ! 大変だ、大変なことが起きた……っ!!」
休日、買い出しの帰りにスーパーの出入口で、アシュさんが悲壮感漂う顔で叫んだ。
灰色ジャージの袖を掴むその手は、ガタガタと震えている。
「どうしたんですか急に。まさか追っ手の宇宙船でも見つけました?」
「違う! あそこを見ろ……っ!」
彼が指さした先には、ズラリと20台以上並んだカラフルなカプセルトイ——『ガチャポン』の筐体エリア。
説明しよう!
カプセルトイ(ガチャポン)、それは100円玉数枚を投入してハンドルを回すことで、透明な球体カプセルに入った超精巧なミニチュアを手に入れる、地球の娯楽兵器である!
全銀河十三艦隊を統率した天才司令官アシュさんの鋭い洞察力は、この機械の恐ろしさを瞬時に見抜いていた!
アシュさんは筐体にすり寄り、アクリルケースの中を食い入るように見つめた。
「見ろサクラ……! あの透明な球体の中に、精巧にミニチュア化された『地球の兵器(※リアル昆虫フィギュア)』が封印されている……っ!」
「あ、それ1回300円の『超リアル! 兜虫&鍬形虫フィギュア』ですね」
「な……なにぃ!? わずか300円でこの高度な物質転送カプセルを起動できるというのか!? 待て、中央に円形のインターフェースがある……これを回転させれば、時空が歪みカプセルが排出されるシステムだな!?」
「ええ、100円玉を3枚入れて回すだけです」
「バカな……! 我が帝国のナノ分子造形技術でさえ、これほど緻密な関節構造と甲殻の光沢を再現するには国家予算並みのコストがかかるのだぞ!? それをたった300円で量産だと……っ! 地球人の技術力、恐ろしすぎる……っ!!」
「そんなに感動したなら、1回やってみます?」
私は財布から100円玉を3枚取り出し、アシュさんの手のひらに握らせてあげた。
「っ……! サクラ、いいのか!? 私にこのような強力な兵器の起動権限を譲渡して……っ!」
「いいから早く回してください。目立ってます」
アシュさんはゴクリと唾を飲み込み、震える指先で10円玉……ではなく100円玉3枚を投入口へ差し込んだ。
そして、祈るように両手を合わせ、力強くハンドルに手をかける。
(カチャ……カチャ……ポンッ!)
「出た……っ! 漆黒の球体が排出されたぞ……ッ!!」
ゴトンと落ちてきたプラスチックのカプセルを、アシュさんはまるで古代の秘宝でも扱うかのように、両手で恭しく抱え上げた。
パカッと爪を立ててカプセルを開けると、中から出てきたのは漆黒の『ノコギリクワガタ』。
「〜〜〜〜〜っっ!!」
アシュさんは言葉を失い、琥珀色の瞳を極限まで見開いた。
「す……凄まじい造形美……っ! アゴの可動域、背甲の鈍い光沢、脚の関節の滑らかさ……どこをとっても完璧だ……! これが……これが300円のクオリティだと……!?」
「あ、ノコギリクワガタですね。一番メジャーなやつだ」
「うぐぐ……っ! だがサクラ、ラインナップの解説紙を見ろ! 全4種の中には、黄金に輝く『ヘラクレスオオカブト(レアカラー)』が存在するらしい……っ!」
「へー、黄金のヘラクレスですか。当たったらラッキーですね」
「当たったら……だと……?」
アシュさんの表情が一変した。
彼の内に眠る「全銀河を統べる覇王」としての収集欲とプライドが、カチリと音を立てて覚醒したのだ。
「フッ……この私に『運頼み』をしろと言うのか。笑わせるな! 我が真名『アシュタロト・クロノス・ルシフェリウス・ゼノ=ヴェルゼビュート』の名にかけて、この筐体の中身をコンプリートし、あの黄金の覇者を手に入れてみせる……っ!」
「あ、ちょっとアシュさん! カプセルトイは沼だからやめたほうが——」
「サクラ! 私の所有する『100円玉』をすべて投入する! 100円玉を追加補給せよ……っ!」
「私のお金です!」
(15分後)
「……」
「……」
スーパーの片隅で、ジャージ姿の超絶美形が膝をつき、頭を抱えて絶望していた。
アシュさんの足元には、パカパカと開けられた透明な空カプセルが12個。
そして手元には、虚無の表情で並べられたノコギリクワガタ6体とミヤマクワガタ6体…。
説明しよう!
これぞガチャポンの真の恐怖『ダブり』である!
確率の壁と乱数の偏りは、全銀河十三艦隊の天才司令官の頭脳をもってしても、決して計算不可能な地球の絶対領域なのだ!
「な……なぜだ……っ! なぜ『ノコギリ』と『ミヤマ』しか出ないのだ……っ!? 確率計算では、12回も試行すれば『ヘラクレス』が少なくとも18.4%の確率で排出されるはず……っ!」
「だから言ったじゃないですか。ダブるときはとことんダブるんですよ」
「くっ……! 貴様ら(クワガタ群)は私をあざ笑っているのか……っ!? 黄金の覇者はどこだ! 黄金のヘラクレスはどこに隠れているのだぁぁぁ……っ!!」
3,600円分(※サクラの財布から出た)のクワガタフィギュアを両手に抱え、涙目で筐体を見上げる元・覇王。
「サクラ……っ! 頼む、あと300円……! あと300円だけ貸してくれ……っ! 次こそは……次こそは絶対に出る気がするのだ……っ!!」
「ダメです。パチンコで負けてるおじさんと同じセリフ言わないでください」
「ひ、酷い……っ! このままでは私は……クワガタの大量生産工場を起動しただけで終わってしまう……っ!(号泣)」
「ほら、泣かないの。帰って『うんまいぼう』食べますよ」
「……うぅ……『うんまいぼう』食べる……。でも明日……明日また100円玉を持ってここに来る……っ!」
こうして、かつて全銀河を統括した絶対的な覇王アシュさんは、日本の駄菓子に続いて『ガチャポンのダブり』という地獄の沼に見事にはまり込み、12体のクワガタフィギュアを四畳半のこたつに大事そうに飾るのだった。




