宇宙戦艦の燃料1年分に匹敵するエネルギーに屈服
「……うーん、今日の夕飯、うどんにしようかな」
アパートのベランダで呑気に洗濯物を干していた、その直後——。
ドドドドギャアアアアアンッッ!!!
「きゃああああっっ!? なに!? 雷!? ミサイルっ!?!?」
耳をつんざく爆音と激しい衝撃とともに我が家の狭いベランダに、真っ赤に加熱した謎の金属カプセルが突っ込んできた!
「ゴホッ、ゴホッ……! なにこれ、火事!? 警察!? 119番……っ!?」
洗濯籠を放り出してパニックになる私。立ち込める黒煙が少しずつ晴れていくと……そこに横たわっていたのは、黒地に金の刺繍が入った軍服を着た、息をのむほどの美青年だった。
説明しよう!
彼は流れるような銀髪と透き通るような白い肌を持つ、彫刻のように整った顔立ちの男! その正体は、銀河帝国軍のクーデターによって旗艦を追われた天才司令官である!ちなみに《星々を焦がす終末の覇王》という恥ずかしい二つ名がある!
ここ地球は、銀河の古代協定において「不可侵の中立宙域」に指定された戦闘禁止区域。以前から地球に密かな興味を抱いていた彼は、追手を撒くために巨大な母船を捨て、小型ポッド一つで地球へと落ち延びてきたのだ!
「くっ……あ、あぐ……っ」
男が痛みに胸を押さえ、ゆっくりと身体を起こす。
乱れた銀髪の隙間から覗く、吸い込まれそうな琥珀色の瞳。
ハラリと肌蹴けた胸元からはしなやかな筋肉と眩しいほどの白い肌が露わになり、汗に濡れた長い睫毛が切なげに揺れている。
……無駄に、尋常じゃないほど色っぽいわね……。
「ぐ……! 星の重力場に捉えられるとは…っ」
彼ははだけた胸元に優美な手を添え、濡れた瞳でじっと私を見上げてきた。その仕草一つひとつが、まるで名画の一幕のように無駄に絵になってしまう。
「我が名はアシュタロト・クロノス・ルシフェリウス・ゼノ=ヴェルゼビュート…。全銀河十第三艦隊を統率するものだ…」
「は……? アシュ……なに……?」
あまりの爆音と、目の前の現実離れした美顔&ダダ漏れの色気に脳が追いつかない。
「お、お願いだ……通報しないでくれ……っ」
男はすっと長い指を私の手元へ伸ばし、縋るように私の手首をキュッと握った。
吐息が届くほどの至近距離。憂いを帯びた表情で、上目遣いに見つめてくる。距離感どうなってんの。
「少しの間ここに留まらせてはもらえないか……このその間私のすべてをかけて君を守ると約束する……っ。だから……温かい食事と毛布を恵んではくれないだろうか……っ!?」
「っ……(無駄に顔が良い……!!)」
一瞬毒気(と色気)にあてられかけた私だったが、目線を下に落として正気に戻った。
「……あの、私のわりと新品の室外機がペチャンコになってるんですけど。修繕費出せます?」
「ひっ……! しゅ、修繕費……!? 金貨なら母船に置いてきてしまって……っ! 奴隷でもなんでもなる! 労働でお返しするから、どうか見捨てないでくれ……っ!」
「名前長すぎるので、アシュさんでいいですか?」
「あ、はい……『アシュ』とお呼びください……」
「それよりお腹鳴ってますよ、アシュさん」
(グゥゥゥゥ〜〜〜〜〜〜……ッ!!)
静かな住宅街に、銀河最高峰の指揮官の情けない腹の虫が響き渡った。
「うぅ……情けない……。覇王たる私が、異星の乙女の前でこのような姿を……っ」
「はいはい。とりあえず入ってください、外だと近所迷惑なんで!」
私は大きく溜息をつき、倒れたポッドと室外機を横目に、すっかり腰が低くなった(しかし無駄に色気のある)「逃亡中の覇王」を六畳の部屋へと押し込んだのだった。
「……なんだこの小さきな黒い塊は。…毒か!」
こたつにちょこんと正座したアシュさんは、テーブルの上に置かれたピロルチョコを、警戒心露わに指で突いていた。
「物騒なこと言わないでください。ただのチョコですよ。ほら、銀紙を剥がして食べるんです」
「……我が一族の強靭な細胞に毒など効かんぞ! 」
意を決したように、アシュさんはチロルチョコを口に放り込んだ。
モグ……
アシュさんの動きがピタリと止まった。
「……アシュさん?」
「〜〜〜〜〜〜〜っっっ!?????」
次の瞬間、彼の琥珀色の瞳がカッと見開かれ、全身がビクビクと震え出した!
「な、ななな……なんだこの物質は……っ!? 口内に含んだ瞬間、体温によって滑らかに融解し、濃厚な甘みと芳醇な香りが脳幹を直接刺激する……っ! 精神の緊張が解かれ、多幸感が全身の細胞を駆け巡っていく……っ!!」
「あ、ミルク味美味しいですよね」
「バ……バカな……! 我が帝国の最新医療ナノマシンでさえ、これほどの精神弛緩作用を生み出すことは不可能なはず……! 貴様、これは地球人が開発した超極限精神汚染兵器か……っ!?」
「ただの10円の駄菓子です」
「これがたったの10円……!? 10円とは何だ、この星の通貨単位か!? 我が帝国の金貨100万枚と等価交換されるべき代物ではないのか……っ! 地球人の技術力、恐るべし……っ!!」
頭を抱えて悶絶する宇宙の覇者。
「……あの、もう一個ありますけど、食べます?」
「く、屈する……ものか……! 私は……銀河の……っ(パクッ)……ほわぁぁぁ〜〜〜〜ん(うっとり)」
完全に落ちた。
「よし、アシュさん。冷蔵庫が空っぽだから買い出しに行くわよ。ついてきて」
「な……かいだしだと!? 異星の補給基地への侵入任務か……! 良いだろう、この『アシュタロト・クロノス・ルシフェリウス・ゼノ=ヴェルゼビュート』、君の護衛として同行しよう」
軍服の襟を正し、無駄にキリッとした顔で立ち上がるアシュさん。……だが、はだけた胸元とボロボロのポッドのギャップが酷いので、私のダサいジャージを貸して着てもらうことにした。超絶美形ゆえに、安物の灰色ジャージすらパリコレの新作に見えてしまうのが悔しい。
アパートを一歩出た瞬間から、アシュさんの琥珀色の瞳は爛爛と輝いていた。
「サ、サクラ……見ろ! あの透明な自動扉、接近する生物の生体波動を感知して滑らかに開閉したぞ!? 我が帝国の最新セキュリティドアと遜色ない……っ!」
「ただの自動ドアです」
「なんだあの車輪のついた金属の籠は!? 効率的な物流システム……『買い物カート』というのか! 素晴らしい、実に機能的だ……っ!」
「静かにしてください、目立ってますよ」
店内に入ると、色鮮やかな野菜や肉、魚がズラリと並ぶ光景に、アシュさんは息をのんで立ち尽くした。
「バカな……っ! 巨大な冷却空間にこれほどの新鮮な食糧が圧縮・保管されているというのか!? まるで我が十三艦隊の巨大補給廠ではないか……っ!」
「はいはい、お肉のパックに触らないでくださいねー」
説明しよう!
日本のスーパーマーケット、それは未開の惑星・地球が誇る巨大食料補給処である!
見慣れぬ地球のテクノロジーと未知の文化に、銀河最高峰の指揮官アシュさんの知的好奇心はすでに爆発寸前であった!いや、もう爆発してたわ。
すっかり観光客状態で店内をウロウロしていたアシュさんだったが、お菓子コーナーの角を曲がった瞬間、ピタリと足を止めた。
「っ……あ、あれは……っ!!」
彼の視線の先には、カラフルな箱が積まれた駄菓子コーナー。
そして、その中央に輝くのは——そう、小さな四角い悪魔の食べ物『ピロルチョコ』だった。
「ピ……ピロルチョコ……ッ!!」
アシュさんはサッと私のジャージの裾を掴み、ウルウルとした瞳で私を見上げてきた。ハラリと額にかかる銀髪、濡れたような長い睫毛。無駄にダダ漏れの色気で、必死にお願いしてくる。ホント無駄……。
「サクラ……っ! これを買ってくれ……っ! 頼む、これさえあれば私は当分の間、君に忠誠を誓う……っ!」
「忠誠はいらないので、お手伝いしてくださいね。……はいはい、カートに入れていいですよ」
「うおおお……っ! 感謝する、地球の女神よ……っ!」
勢いづいたアシュさんは、駄菓子コーナーの棚を食い入るように見つめ始めた。
「サクラ! この『キャベツ太郎兵衛』とは何だ!? キャベツなのか、武士なのか!?」
「キャベツは入ってないスナック菓子です」
「こちらの『ブヒメン』という小鉢は!? ブタの麺……っ!? なんという直球で破壊的な命名……っ!」
「美味しいですよ、カート入れます?」
「入れる! ぜひとも補給品として申請する……っ!」
結局、『ピロルチョコ』の大袋、筒状の『うんまいぼう(めんたい味・コーンポタージュ味・サラミ味)』、香ばしい『焼肉さん二郎』、そしてミニサイズのカップ麺『ブヒメン』をカゴに放り込み、無事に帰宅したのだった。
「ふぅ、重かった……。アシュさん、荷物置いてくださ——」
ガサゴソッ! パキッ! サクッ!
「……あ」
部屋に戻るやいなや、アシュさんはこたつにダイブし、凄まじい手つきで駄菓子の袋を開封し始めていた。
「モグモグ……ッ! んおおおおっ! 『ピロルチョコ』のこの滑らかな口溶け……やはり神の食べ物……っ! (サクッ)……そして『うんまいぼう』コーンポタージュ味……っ! 濃厚な甘みとコクが口いっぱいに広がる……っ!メンタイ!サラミ!なんと刺激的なうまさだ!」
「ちょっと、夕飯前にそんなに食べたら——」
「(ズズズッ)……っっっ!!?? この『ブヒメン』という小さな麺……! わずか3分でこの極上のスープと麺が完成するだと……!? 帝国技術局の化学調味料技術を遥かに凌駕している……っ!!」
「あと『焼肉さん二郎』も食べてみる?」
「焼肉だと……!? モグモグ……っっっ!!?? 薄い! 薄いのに、まるで高級肉を直火で炙ったかのような香ばしさと甘辛いタレの旨味が凝縮されている……っ! 噛めば噛むほど味が出る……! これ一枚で宇宙戦艦の燃料1年分に匹敵するエネルギーを感じるぞ……っ!!」
アシュさんは凄まじいスピードで駄菓子を口に放り込み、ものの10分で買ったばかりの駄菓子をすべて食べ尽くしてしまった。
山となった空き袋の真ん中で、アシュさんは正座したままピタリと動きを止めた。
「……アシュさん?」
「……う……ううっ……」
「えっ、お腹壊しました!?」
アシュさんがゆっくりと顔を上げると、その美しい琥珀色の瞳から、大粒の涙がハラリと頬を伝い落ちていた。
「サクラ……私、私は……」
「はい!?」
「私は今まで……銀河の覇者として、軍事食糧はフレーバーの無い栄養プロテインパックしか口にしてこなかった……っ。生きるためだけに、無味乾燥なエネルギーを摂取し続けてきたのだ……っ!」
アシュさんは涙で濡れた美しい顔を歪め、感動のあまり震える両手で空き袋を抱きしめた。
「だが……地球人はこんなにも素晴らしい味覚の奇跡を日常として享受していたというのか……っ! 美味しい……美味いぞサクラぁぁぁ……っ!! 生きていてよかった……クーデターを起こされて、この星に落ちて本当によかったぁぁぁ……っ!!(号泣)」
「あ、泣くほど感動してくれたなら良かったです……」
銀河を統べるはずだった超美形の天才司令官が、ダサいジャージ姿で『ブヒメン』の汁を飲み干し、駄菓子の空き袋を抱えて号泣している。
「……決めたぞ、サクラ」
「何をです?」
「私はこの星の『駄菓子』を守るため、この六畳を新たな絶対聖域とする……! 明日もスーパーマーケットへの補給任務に同行させろ……っ!」
「自分で稼いでから言ってくださいよ」
こうして、地球の駄菓子に完全敗北した元・覇王アシュさんの、涙と感動に満ちた居候生活が本格的に幕を開けたのだった。




