時給1,100円の血搾契約に屈服
「サクラ! 朗報だ! 私の卓越した頭脳とカリスマを惜しみなく注ぎ込んだ『至高の契約書』が完成したぞ……っ!」
四畳半のこたつで、アシュさんが毛筆で書かれた白紙の用紙——コンビニの履歴書を誇らしげに掲げた。
灰色ジャージの袖から覗くその手首が無駄に美しく、流れるような毛筆の達筆さが無駄に神々しい。
「……どれどれ? 『志望動機:全銀河を統べる資金源の確保、ならびに壊滅した室外機の弁償金および100円玉の無制限召喚』……って、落ちる気ですか!?」
「フッ、馬鹿め。我が才能を隠す必要などない。明日、近所の『メガストップ』なる補給拠点の最高権力者(店長)と面談を行う!」
「面接に行く服装、それ(ジャージ)で大丈夫ですか……?」
翌日。アパートの目と先にあるコンビニ『メガストップ』の事務所で、店長(50代・優しそうなおじさん)は震えていた。
目の前に座るのは、ダサい灰色ジャージを着ているにもかかわらず、尋常じゃないオーラとダダ漏れの色気を放つ超絶美青年。
「え、えーっと……アシュタロト……さん? 履歴書の『職歴』欄の『銀河帝国十三艦隊・総司令官』というのは……?」
「文字通りの意味だ、店長とやら。私を雇えば、この拠点の物流と売上は3日以内に全銀河規模へと拡張されるだろう」
「あ、はぁ……。じゃあ、まずは『レジ打ち』と『接客』からやってもらおうかな……」
アシュさんの無駄すぎる顔の良さと、圧倒的な威圧感(※本人は超真剣)に気圧された店長は、なぜかその場で採用を決めてしまったのだった。
説明しよう!
コンビニのレジ、それは時給1,100円という対価と引き換えに、地球の無数の物資を瞬時に決済・管理する『漆黒の自動精算機』である!そして、バーコードのスキャン、ホットスナックの調理、宅配便の手配から公共料金の決済まで、秒単位で押し寄せるマルチタスクの嵐である!
全銀河を統率した天才司令官アシュさんにとっても、この過酷な労働環境はまさに血を搾り取られるほどの血搾契約であった!
「い、いらっしゃいませ……! 地球の一般市民よ、我が陣地へようこそ……っ!」
レジカウンターに立つアシュさん。
客が差し出してきた1本30gの『うんまいぼう』に対し、アシュさんは慎重に手元の光線銃を構えた。
(ピッ♪)
「〜〜〜〜〜ッッ!? なんだこの光線銃は……ッ!? 物体の表面に印字された暗号を一瞬で読み取り、上のディスプレイに『12円』と瞬時に表示させたぞ……!? 帝国技術局の会計AIより処理速度が早いだと……っ!?」
「アシュさん! 感動してないで『12円になります』って言ってください!」
「む、むう……っ! じゅう、12円……になります……っ!」
客がお釣りなしで100円玉を1枚差し出す。
アシュさんは震える手で100円玉を受け取り、自動精算機に投入した。
(チャリン……ジャラジャラッ! 88円)
「な……なにぃぃぃぃっっ!? 機械が勝手に硬貨の金額を計算し、正確な釣銭を吐き出しただと……っ!? なんという精密な自動演算システム……っ! 地球人は会計の計算すら機械に任せ、己の脳を使わぬというのか……っ! 恐ろしい……恐ろしすぎる文明だ……っ!!」
「アシュさん、レジの前で悶絶しないで! お客さん困ってますから!」
さらに、次々に訪れる地球人(客)たちの容赦ない要求がアシュさんを襲う。
「温めてください」
「なっ……!? 『温め』だと!? このプラスチック容器に入った米と肉を、あちらの箱(電子レンジ)に入れ、マイクロ波で分子を振動させて加熱しろというのか!? わずか1分でホットミールを錬成するだと……っ!?」
「メガチキ1個」
「メガチキ……!? 什器の中で黄金色に輝くあの高カロリー肉片か……! 待て、油の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる……ッ! 喰いたい……今すぐ私がこれを喰いたい……っ! なぜ売る側の私が指を咥えて見ていなければならんのだぁぁぁ……っ!!」
「アシュさん! 耐えて! それ商品だから!」
(数時間後)
「……う……ううっ……」
バイト初日を終え、四畳半の我が家に帰宅したアシュさんは、こたつの中に崩れ落ちて号泣していた。
「お疲れ様です、アシュさん。はい、今日の時給4,000円分と、メガストップの店長から『初日お疲れ様』ってもらった廃棄のメガチキ(ホントはダメ)です」
「サ……サクラぁぁぁ……っ!!」
アシュさんは涙目でメガチキの袋を抱きしめ、ガバッと顔を上げた。
「労働とは……時給1,100円を得るということは、これほどまでに精神と肉体を削る『血搾りの契約』だったのか……っ! 1分ごとに『いらっしゃいませ』と頭を下げ、目の前の美味しそうな肉を耐え忍び、精算機の『ピッ』という電子音に支配される……っ!」
「まあ、バイトってそういうものですからね」
「だが……(ハミッ)……んおおおおっ!?? この『メガチキ』という肉……衣がサクサクで、中から溢れ出す肉汁が凄まじい……っ! 自らの労働によって勝ち取った食糧は、なぜこれほどまでに美味いのだぁぁぁ……っ!!(涙)」
泣きながらメガチキを頬張り、1,000円札4枚と100円玉4枚(※室外機の修理代とガチャ代)を大事そうに胸に抱きしめる元・覇王。
「……サクラ」
「何ですか?」
「私は明日もあの『メガストップ』へ赴く……! 漆黒の自動精算機を完璧に使いこなし、時給1,100円を貪り尽くして見せる……っ! これもすべて、黄金のヘラクレスオオカブト(ガチャ)を手に入れるためだ……っ!!」
「結局ガチャのためかい!」
こうして、地球の労働システム(時給1,100円)に完全敗入・屈服した元・覇王アシュさんは、立派な「アルバイト店員」としての第一歩を踏み出したのだった。




