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第96話 楽屋の涙

キャットスターのステージで、ノアールは再び歌いました。

ライブのあと、楽屋に戻ったノアールたちを待っていたのは、涙と花束、そしてたくさんの声でした。

 キャットスターのライブが終わった。


 最後の曲の余韻が、まだ耳に残っている。

 歓声はホールの外まで響いていた。


 楽屋のドアが閉まる。


 急に静かになった。


 さっきまで浴びていたライトの熱。

 客席から押し寄せてきた声。

 ステージの上で重なった歌。


 そのすべてが、まだ体に残っているようだった。


 ショコラが椅子に腰を下ろした。


「……すごかったね」


 ソレイユが大きく息を吐く。


「客席、すごい声だった」


 ルミエールも小さくうなずいた。


「本当に……すごい声でした」


 ノアールは、まだ立ったままだった。


 ぼんやりと、さっきのステージを思い出しているようだった。


 キャットスターのステージ。

 ブランシュとショコラの間。

 そして、客席から何度も呼ばれた自分の名前。


 ノアール。

 ノアール。

 ノアール。


 あの声が、まだ胸の奥に残っている。


 ショコラが、そっと声をかけた。


「ノアール」


 ノアールが顔を上げる。


 その瞬間。


 ノアールの目から、涙がこぼれた。


「……お姉ちゃん」


 声が震える。


「ありがとう」


 ノアールは、ブランシュとショコラに抱きついた。


「ありがとう……」


 ショコラの目にも涙が浮かんでいた。


「よかった……」


 ショコラはノアールを強く抱きしめる。


「本当によかった」


 何度も、何度も、確かめるように。


「戻ってこれたね」


 ノアールは、泣きながら何度もうなずいた。


 ブランシュは、その様子を静かに見ていた。


 そして、少しだけ笑う。


「当たり前でしょ」


 落ち着いた声だった。


「キャットスターの妹なんだから」


 ノアールは、泣きながら笑った。


 ルミエールは、その光景を少し離れた場所から見つめていた。


 ノアールは戻ってきた。


 ステージにも。

 姉たちの腕の中にも。

 待っていてくれた人たちの前にも。


 それは、何より嬉しいことだった。


 胸の奥が、すっと落ち着く。


 けれど同時に、ルミエールの中で、静かに分かってしまうこともあった。


 ノアールは、もう大丈夫かもしれない。


 そう思えたことが嬉しいのに、胸の奥には、ほんの少しだけ寂しさもあった。


 自分の役目は、終わりに近づいているのかもしれない。


 その時だった。


 スタッフが楽屋に入ってきた。


「お花、届いています」


 テーブルの上に、次々と花束が置かれていく。


 大きな花束。

 色とりどりの花。

 スポンサーや関係者からのものだった。


「すごい……」


 ソレイユが、花束の数に圧倒されたようにつぶやいた。


 その中に、赤い薔薇の花束があった。


 ノアール宛てのカードが添えられている。


 ショコラがカードを見た。


「レンから」


 ノアールは少し驚いたように、その花束を見つめた。


 ショコラは少し笑う。


「真っ赤な薔薇」


 ノアールは、涙の残る顔で少し照れた。


 ステージでは何も言わずに見ていたレン。

 でも、花束は届いていた。


 ノアールは、その赤い薔薇をそっと受け取った。


 ルミエールは、その様子を静かに見ていた。


 ノアールを待っていた人は、たくさんいた。

 客席にも。

 ステージの上にも。

 そして、言葉にしない場所にも。


 その横に、もう一つ花束があった。


 派手ではない。

 白と淡い色の、上品な花だった。


 小さなカードが添えられている。


 ショコラがそれを見る。


「これ……ブランシュ宛て」


 ブランシュが花束を受け取った。


 カードには、手書きの文字があった。


 ――ライブ、とても美しかったです。


 ショコラが小さく笑う。


「お見合い相手じゃない?」


 ブランシュは、すぐには答えなかった。


 ただ、その花束を静かに見つめる。


 そして、何も言わずにテーブルへ置いた。


 ルミエールは、その花束を見ていた。


 客席にいた、未来の父。

 その隣にいた、未来の祖父。


 ブランシュとルミエールのミニコンサートにも来ていた。

 そして今日も、キャットスターのライブを見に来ていた。


 パパは、お母さんのファンだった。


 そう聞いていた言葉が、また胸の中で確かなものになる。


 この時代の二人は、まだ未来の家族ではない。

 ブランシュも、その先に何が待っているのかを知らない。


 でも、想いは少しずつ積み重なっている。


 花束は、その証のように見えた。


 楽屋のドアが開いた。


 社長とマネージャーが入ってくる。


 社長は、部屋の中を見渡し、短くうなずいた。


「よくやった」


 それだけで、十分だった。


「今日のライブは大成功だ」


 マネージャーも笑っていた。


「SNSもすごいよ」


 ショコラが顔を上げる。


「本当に?」


「ノアール復活って、もう話題になってる。かなり反応が大きい」


 ノアールは、まだ実感が追いつかないように立っていた。


 社長は腕を組む。


「今日はもう休め」


 その言葉を残して、社長とマネージャーは楽屋を出ていった。


 部屋が、また静かになる。


 ノアールは、テーブルの上に置かれたスマホを見た。


 まだ触っていない。


 少し迷う。


 それから、ゆっくり画面を開いた。


 通知が一気に流れる。


 メッセージ。

 コメント。

 動画。

 写真。


 そこには、ノアールの名前が並んでいた。


「ノアールおかえり」


「待ってた」


「涙出た」


「キャットスター最高」


 ノアールは、画面を見つめた。


 指が少し震えている。


 昔。


 自分の部屋で泣いていた夜。

 SNSを見ていた。


 姉たちは褒められていた。

 自分は何もできないと思っていた。


 でも今、画面に並んでいる言葉は、ノアールに向けられていた。


 おかえり。

 待ってた。

 涙が出た。


 その言葉のひとつひとつが、ノアールをこの時代のステージへつなぎ止めているようだった。


 ノアールは、小さく笑った。


 そして、スマホを胸に抱えた。


 ルミエールは、その姿を見ていた。


 ノアールは、たくさんの声に包まれている。

 待っていてくれた人たちの声に、ちゃんと届いている。


 もう、ひとりで闇の中にいるノアールではなかった。


 ステージに戻った。

 姉たちのところへ戻った。

 待っていた人たちのところへ戻った。


 その事実が、ルミエールの胸の奥を静かに満たしていく。


 嬉しい。


 それは本当だった。


 けれど、嬉しさの奥に、別の感情もあった。


 ノアールが戻ってきたということは、ルミエールがこの時代に来た意味が、少しずつ終わりに近づいているということでもある。


 まだ、すぐに帰るわけではない。


 ソレイユは、これから先のステージを楽しみにしている。

 LUMISORAとしての未来を、まっすぐ信じている。


 でもルミエールだけは、その未来を同じようには見られなかった。


 いつまで、この時代にいられるのだろう。


 いつまで、ノアールやソレイユと一緒に歌えるのだろう。


 答えは出ない。


 だからルミエールは、何も言わなかった。


 今はただ、見守っていたかった。


 ノアールが、ちゃんと戻ってきたこの夜を。


 ブランシュとショコラの腕の中で泣いたこと。

 レンから赤い薔薇が届いたこと。

 ブランシュに上品な花束が届いたこと。

 SNSに、たくさんの「おかえり」が並んだこと。


 そのすべてが、ノアールの帰る場所を示していた。


 楽屋の中には、まだ涙の気配が残っている。


 けれど、それは悲しい涙ではなかった。


 戻ってきた人を迎えるための涙だった。


 ルミエールは、静かにノアールを見つめた。


 ノアールは、もう大丈夫。


 そう思えた夜。


 同じ楽屋の中で、ルミエールだけは、自分の役目が終わりに近づいていることを実感していた。

キャットスターのライブは、大成功でした。

ノアールは再びステージに立ち、たくさんの歓声の中で歌いました。


楽屋では、姉たちとの涙、レンからの薔薇、ブランシュへの花束、そしてSNSに並ぶたくさんの言葉が、ノアールを迎えます。


ノアールが戻ってきた夜。

ルミエールだけは、自分の役目が終わりに近づいていることを実感していました。

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