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第95話 光の向こう側へ

キャットスターの全国ツアー。

その前座として、LUMISORAがステージに立つ日がやってきました。


これは、ノアールにとっても、ルミエールにとっても、大きな意味を持つステージになります。

キャットスターの全国ツアー。


 その前座として、LUMISORAがステージに立つ日がやってきた。


 会場の周りには、開場を待つファンの長い列ができている。

 大きなホールの入口には、ブランシュとショコラの巨大なポスターが掲げられていた。


 キャットスター。


 その名前だけで、会場の空気はすでに熱を帯びている。


「今日は満席だって」


「LUMISORAが前座で出るんだよね」


「ノアール、本当に歌うのかな」


 期待と噂が入り混じったざわめきが、開演前のホールを揺らしていた。


 関係者席には、凛と海斗の姿があった。


 凛は、ステージをじっと見つめている。


「珍しいな。こういうのに来るなんて」


 海斗が声をかけると、凛は視線を動かさないまま答えた。


「別に。……ただ、ノアール大丈夫かなって思って」


 少しだけ間が空く。


「あの子、休業する前に……キャットスターのライブで倒れたでしょ」


 海斗は短く息を吐いた。


「よく覚えてるな」


「覚えてる。親友だったんだから」


 凛はステージを見たまま、静かに続けた。


「見守るくらい、いいでしょ」


 少し離れた席には、レンがいた。


 深く帽子をかぶり、腕を組んで座っている。

 誰とも話さず、ただステージだけを見つめていた。


 さらに別の席には、ブランシュのお見合い相手がいた。

 隣にいるのは、大手スポンサーの社長である父親。


 ルミエールにとっては、未来のおじいちゃん。

 そして、その隣に座る若い男性は、未来でルミエールの父になる人だった。


 以前、ブランシュとルミエールのミニコンサートにも来ていた。

 そして今夜も、キャットスターのライブを観に来ている。


 彼は、ルミエールのことを知らないわけではない。


 祖父の知り合いの子。

 スターリング社と関わり、天才的な力を発揮している少女。


 きっと、今の彼にとってルミエールは、そのくらいの存在なのだと思う。


 未来で自分の娘になる少女だとは知らない。

 ルミエールも、それを言うことはできない。


 その人が、パンフレットをめくる手を止め、ブランシュの写真を静かに見ていた。


 ルミエールは、その姿を遠くから見つめた。


 ミニコンサートの時も。

 そして、今日も。


 パパは、お母さんのファンだった。

 そう聞いたことはあった。


 でも今、その姿を見て、ルミエールはようやく実感した。


 本当に、ずっと好きだったんだ。


 その頃、LUMISORAの控室では、三人が出番を待っていた。


 ソレイユは落ち着かない様子で深呼吸を繰り返している。


「……緊張する。キャットスターの前座だよ?」


 ノアールは小さく息を吐いた。


「キャットスターっていうより……」


 少しだけ言葉を止める。


「お姉ちゃん達の前で歌うの、ちょっと緊張する」


 ルミエールは、その言葉を聞きながらノアールを見ていた。


 ショッピングセンター。

 遊園地。

 展示場。

 夏祭り。

 野外フェス。


 LUMISORAは、少しずつステージを重ねてきた。


 だから、今日もきっと大丈夫。

 そう思いたかった。


 けれど、ここはキャットスターのコンサートだった。


 ノアールが一度、倒れた場所。

 あの日、闇に飲まれ、ステージの上で立っていられなくなった場所。


 もう闇は消えた。

 ノアールは、自分の足で戻ってきている。


 それでもルミエールは、完全には安心できなかった。


 本当に、最後まで歌いきれるだろうか。

 あの大きな歓声の中で、ノアールはもう一度、ステージに立てるだろうか。


 ソレイユがぱっと顔を上げた。


「でもさ! ここで頑張ったら、私たちのこと覚えてもらえるかもしれないよ!」


 ノアールは二人を見た。


 そして、小さくうなずく。


「うん」


 声は大きくない。

 でも、逃げる声ではなかった。


「ここで頑張って、私たちのこと……みんなに知ってもらおう」


 ルミエールも静かにうなずいた。


「行こう」


 少しだけ間を置いて、続ける。


「LUMISORAとして」


 その時、スタッフがドアを叩いた。


「LUMISORAの皆さん、スタンバイお願いします」


 三人は立ち上がり、廊下へ出た。


 ステージ袖から、強いライトの光が漏れている。

 歓声が、地響きのように聞こえてきた。


「LUMISORA」


「スタートです!」


 三人は、光の向こう側へ踏み出した。


 ライトが一斉に弾ける。


「LUMISORAです!」


 ソレイユの明るい声が、ホールに広がった。


 歓声が上がる。


 ルミエールが最初のフレーズを歌い出す。

 澄んだ歌声が、ホールの空気をまっすぐに通っていく。


 ソレイユが客席に向かって手を振る。

 その明るさに、前方の観客が大きく反応した。


 そして、中央にはノアールがいた。


 マイクを握り、ライトの中に立っている。


 大きなステージ。

 何千人もの視線。

 過去の記憶が、完全に消えたわけではない。


 けれど、ノアールの足は止まらなかった。


 ノアールは歌った。


 三人の声が重なり、LUMISORAの音がホールいっぱいに広がっていく。


「ノアールだ!」


「本当に復帰してる……!」


 驚きと歓喜が混ざった声が、客席のあちこちから上がった。


 曲が終わる。


 一瞬の静けさ。


 そして、拍手がホールを包んだ。


 三人は深く頭を下げた。


 ステージ袖に戻った瞬間、ルミエールは小さく息を吐いた。


 よかった。


 その一言だけが、胸の中に浮かんだ。


 ノアールは、LUMISORAとして最後まで歌いきった。


 それだけでも、ルミエールには十分すぎるほど大きなことだった。


 けれど、その夜はまだ終わらなかった。


 前座のあと、キャットスターのライブが始まった。


 歓声が一段と大きくなる。


 ブランシュ。

 ショコラ。


 二人がステージに立つだけで、ホールの空気が一瞬で変わった。


 圧倒的な存在感。

 歌が始まると、会場は完全にキャットスターの世界に包まれていく。


 ルミエールはステージ袖から、その姿を見つめていた。


 お母さんは、やっぱりすごい。


 ブランシュの声。

 立ち姿。

 観客に向ける言葉の選び方。


 未来で知っている母とは違う。

 この時代のブランシュは、ステージの上で強く、美しく輝いていた。


 二曲目の途中だった。


 客席のどこかから、声が上がった。


「ノアール!」


 別の場所からも聞こえる。


「ノアール!」


「ノアール!」


 その声は、少しずつ広がっていった。


 小さな波が、次第に大きなうねりになっていく。


「ノアール!」


「ノアール!」


「ノアール!」


 ホール全体が、同じ名前を呼び始めた。


 ステージ袖で、ルミエールの胸が強く揺れた。


 前座は歌いきれた。

 でも今度は、LUMISORAとしてではない。


 キャットスターのノアールとして、もう一度あの光の中へ戻ることになる。


 ステージの上で、ブランシュがショコラを見る。

 ショコラが小さく笑う。


 ブランシュはマイクを上げた。


 客席の声を無理に止めるのではなく、受け止めるように。

 ざわめきも、期待も、ノアールを待つ気持ちも、全部ひとつの流れに変えるように。


「……やっぱり」


 ブランシュの声が、ホールに響いた。


「あなた達が待っているのは」


 少しだけ間を置く。


「私たちの妹よね」


 歓声が爆発した。


 ルミエールは、息をのんだ。


 さすがだと思った。


 ただノアールを呼び戻すのではない。

 観客の気持ちも、ノアールの怖さも、会場の熱も、全部受け止めたうえで、自然に光の方へ導いている。


 やっぱり、お母さんはすごい人だ。


 ブランシュは、静かに続けた。


「ノアール」


 そして、まっすぐに言った。


「戻ってきなさい」


 ステージ袖。


 ノアールは立ち止まっていた。


 キャットスターとして歌う。


 それは、倒れて歌えなくなった日以来だった。


 ライトの熱。

 大きな歓声。

 視界が遠くなっていった感覚。

 立っていられなくなったステージ。


 闇はもう消えた。

 それは分かっている。


 けれど、不安がまったくないわけではなかった。


 また声が出なくなったら。

 また足が止まったら。

 また、あの場所に戻ってしまったら。


 ノアールは、マイクを握る手に力を込めた。


 ショコラが、ステージから手を伸ばす。


「ノアール」


 その声に、ノアールは静かに息を吸った。


 怖くないわけじゃない。

 でも、もう闇に引っ張られているわけでもない。


 今、ステージに向かうかどうかを決めるのは、ノアールだった。


 ノアールは顔を上げた。


 そして、一歩、光の中へ踏み出した。


 その瞬間、ホールが揺れた。


「ノアール――!」


 歓声が地鳴りのように響く。


 ステージの中央。

 ブランシュとショコラの間。


 かつてのキャットスターのセンターに、ノアールが立った。


 イントロが流れ始める。


 聞き慣れた旋律。

 けれど、今はまったく違う意味を持つ音。


 ノアールは歌った。


 迷いなく。

 まっすぐ前を見て。


 ブランシュの声が重なる。

 ショコラの声が支える。

 そして、ノアールの声がホールの中心を通っていく。


 客席のあちこちで、涙をぬぐう人がいた。

 レンは何も言わず、ただステージを見つめていた。

 凛も、海斗も、声を出さずにその瞬間を見守っていた。


 ルミエールも、ステージ袖から動けなかった。


 ノアールは戻ってきた。


 闇の力に押されてではなく。

 誰かに無理やり引き戻されたのでもなく。


 ノアールの意思で、ステージに戻ってきた。


 最後の音がホールに広がる。


 ノアールが歌い終えた瞬間、拍手と歓声が大きく重なった。


 その姿を見て、ルミエールの胸の奥が、すっと落ち着いた。


 ノアールは、戻ってきた。

 ちゃんと、歌いきった。


 もしかしたら。


 私の任務は、もう終わったのかもしれない。


 そう思った途端、ステージの光が少しだけ遠く見えた。


「すごかったね!」


 ステージ袖で、ソレイユが興奮したように言った。


「いつか私たちも、こんな大きなステージで歌いたいね!」


 ルミエールは、すぐには返事ができなかった。


 いつか。


 その言葉が、胸の奥に静かに残る。


 ソレイユは、未来をまっすぐ見ている。

 これからもLUMISORAで歌い、もっと大きなステージに立つことを、当たり前のように信じている。


 でも、ルミエールには分からなかった。


 その日まで、自分はこの時代にいられるのだろうか。


「ルミエール?」


 ソレイユに呼ばれて、ルミエールは少し遅れて顔を上げた。


「……いつかね。そうなれたら、いいよね……」


 声は穏やかだった。


 けれど、その言葉はどこか遠かった。


 ステージでは、まだ拍手が鳴りやまない。


 ブランシュとショコラの間で、ノアールが深く頭を下げている。


 ルミエールは、その姿を見つめ続けた。


 ノアールの復活。

 お母さんのステージ。

 パパが客席から見つめていた時間。

 そして、ソレイユが口にした未来。


 全部が、この光の中で重なっていた。


 ノアールが戻ってきた夜。


 その夜は、ルミエールにとっても、ひとつの区切りのように感じられた。

キャットスターのステージで、ノアールは再び歌いました。

外伝では、その瞬間をルミエール側から見ています。


ノアールが戻ってきたこと。

ブランシュの言葉。

客席にいた未来の家族。

そして、ソレイユが見ている明るい未来。


同じステージの光の中で、

ルミエールだけは、自分の役目の終わりについて考えていました。

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