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第93話 はじめての海と夏の撮影

LUMISORAの三人は、夏の撮影のためにリゾート地へ向かった。


ソレイユにとっては、初めての海でもあった。

白いリゾートホテルの前に車が止まった瞬間、ソレイユが一番先に顔を上げた。


「何ここ、楽しそう!」


ホテルの向こうには、青いプールと、さらにその先に広がる海が見えていた。


太陽の光を受けて、水面がきらきらと揺れている。

プールサイドには白いパラソルが並び、少し離れた場所にはウォータースライダーも見えた。


「海……」


ソレイユの声が、少しだけ小さくなった。


「私、海に来るの、はじめて」


ノアールが横を見る。


「そうなの?」


「うん。写真とか映像では見たことあるけど、本物は初めて。すごい……こんなに広いんだ」


ソレイユは、まぶしそうに海を見つめていた。


ルミエールは、その横顔を見てから、海へ視線を向けた。


地球の海を見るのは、これが初めてではない。

ブランシュと一緒に来たことがある。


けれど、今日は違う。


ノアールとソレイユがいる。

LUMISORAの三人で、ここに立っている。


「三人で来られて、よかったです」


ルミエールがそう言うと、ソレイユはぱっと振り返った。


「うん! 今日はいっぱい撮って、いっぱい遊ぼう!」


「仕事です」


ノアールが静かに言った。


「分かってるわよ。でも、楽しそうなんだもん」


ソレイユはそう言いながら、もうプールの方を見ていた。


今回の撮影は、LUMISORAの夏ビジュアル用の写真と、MV用の動画素材を撮るためのものだった。


プール、海、夕日、花火。


夏らしい場面を一日かけて撮影する予定になっている。


三人は控室で支度を済ませ、最初の撮影場所であるプールサイドへ向かった。


最初はビキニでの撮影だった。


白いパラソルの下には、ココナッツジュースやトロピカルジュースが並べられている。

カラフルな浮き輪やビーチチェアも用意されていた。


ソレイユはプールサイドに立っただけで、すぐに弾むような声を出した。


「これ、飲んでもいいの? 浮き輪も持っていいの?」


「撮影用ですけど、自然に楽しんでくれて大丈夫です」


スタッフがそう言うと、ソレイユは嬉しそうに浮き輪を抱えた。


「じゃあ自然に楽しむ!」


「それが一番心配」


ノアールが小さくつぶやく。


けれど、撮影が始まると、ソレイユの楽しそうな姿はそのまま画面に映えた。


浮き輪を抱えて振り返る。

トロピカルジュースを持って笑う。

プールの水に足を入れて、冷たさに声を上げる。


どれも、作った表情ではなかった。


「ソレイユさん、そのまま! 今のすごくいいです!」


スタッフの声が飛ぶ。


「え? 今の撮ってたの?」


「撮っています。むしろ、今みたいな自然な感じが一番いいです」


「私、普通に遊んでただけなのに」


「そこがいいんです。本当に楽しそうに見えるので」


ソレイユは少し照れたあと、すぐに笑った。


「じゃあ、もっと楽しむ!」


「楽しみすぎないで」


ノアールが言うと、ソレイユは振り返る。


「ノアールも楽しめばいいのよ!」


ノアールはプールサイドに立っていた。


水着姿はよく似合っている。

けれど、カメラを向けられると、どうしても表情が少し固くなる。


ノアールは、明るい役をあまりしてこなかった。


静かな表情。

影のある空気。

少し大人びた雰囲気。


そういうものを求められることの方が多かった。


けれど、今日の撮影は違う。


夏のリゾート。

プール。

浮き輪。

水しぶき。


楽しそうに笑ってくださいと言われても、どうすれば自然に見えるのか分からなかった。


「ノアールさん、もう少し力を抜いてみましょうか」


スタッフがやわらかく声をかける。


ノアールは小さくうなずいた。


「……力を抜くのが難しい」


「ノアール、こっち!」


ソレイユがプールの中から手を振った。


「そんなに考えなくていいの。遊べばいいのよ!」


「遊ぶ……」


「そう! 撮影だけど、ちょっと遊びみたいなものなんだから!」


ソレイユは両手で水をすくい、軽くノアールの方へ飛ばした。


水しぶきがきらきらと散る。


ノアールは少しだけ身を引いたあと、思わず笑ってしまった。


「ノアールさん、今のいいです!」


スタッフの声が飛ぶ。


ノアールは戸惑ったようにスタッフを見る。


「今の?」


「はい。すごく自然でした」


「……今の、撮られてたの」


「撮っています」


ソレイユが得意そうに笑った。


「ほら、遊べばいいのよ」


「あなたは遊びすぎ」


ノアールがそう返すと、またスタッフのシャッター音が続いた。


一方で、ルミエールも少し苦戦していた。


ルミエールは、どの角度から撮ってもきれいだった。


姿勢も整っていて、表情もやわらかい。

白い砂と青いプールを背景に立つだけで、涼しげな一枚になる。


けれど、今日の撮影で求められているのは、それだけではなかった。


「ルミエールさん、きれいです。すごくきれいなんですけど……少しお上品すぎますね」


スタッフが少し申し訳なさそうに言った。


「お上品すぎますか」


「はい。今日はLUMISORAの夏撮影なので、もう少し元気に、思いきって動いてみましょうか」


「大胆に、ということですか」


「そうですね。少し大胆に」


ルミエールは手元の浮き輪を見た。


ブランシュと一緒に撮影した時は、静かに微笑むだけでよかった。

海辺を歩き、風に髪を揺らし、寄り添って立つ。


それが、その時の自然だった。


けれど、今日は違う。


ソレイユが水しぶきを上げて笑い、ノアールも少しずつ巻き込まれている。

LUMISORAの撮影は、もっと明るく、もっと動きが必要だった。


「……難しいですね」


ルミエールが小さく言うと、プールの中からソレイユが呼んだ。


「ルミエール!」


ルミエールが振り返った瞬間、ソレイユは両手で水をすくい、バシャッとルミエールにかけた。


「きゃっ……!」


水しぶきが、ルミエールの髪と肩に散る。


「もう、ソレイユったら」


ルミエールは少し困ったように言いながらも、すぐに両手で水をすくった。


今度は、ルミエールがソレイユへ向けて水をかけ返す。


「わっ!」


ソレイユが笑いながら身を引く。


その瞬間、スタッフの声が飛んだ。


「いいですよ、ルミエールさん。その調子です!」


ルミエールは手元の水面を見た。


今のは、ポーズを作ったわけではない。

上品に見せようとしたわけでもない。


ソレイユに水をかけられて、思わずかけ返しただけだった。


けれど、それが今日の撮影には合っているらしい。


「ルミエール、もう一回!」


「またですか?」


「うん!」


ソレイユが笑う。


ルミエールは少しだけ息を整え、今度は自分から水をすくった。


バシャッと水が弾ける。


ソレイユの笑い声が、プールサイドに響いた。


ノアールは少し離れた場所でその様子を見ていたが、ソレイユがすぐに振り返った。


「ノアールも!」


「私はいい」


「だめ! LUMISORAは三人でしょ!」


「そういう時だけ真面目なことを言う」


ノアールがそう言う前に、ソレイユの水しぶきが飛んできた。


ノアールは避けきれず、肩に水を受ける。


少しの間があって、ノアールも手で水をすくった。


「やり返すの?」


「やられたから」


水がはじける。


ソレイユが笑い、ルミエールも水をかけ返す。


いつの間にか、三人で水をかけ合っていた。


スタッフたちは、その様子を逃さないように写真と動画を撮っていた。


作った笑顔ではない。

整えすぎたポーズでもない。


水しぶきの中で、三人が少しずつ自然になっていく。


それが、この日の最初の大きな収穫だった。


次の撮影では、三人はワンピース型の水着に着替えた。


ウォータースライダーやアドベンチャープール、バナナボートの撮影があるためだった。

動きが大きい場面では、安全を優先することになっていた。


「これなら思いきり遊べるわね!」


ソレイユはすでにやる気だった。


「遊ぶではなく撮影です」


ルミエールが言う。


「分かってる。でも、こういうのは楽しくやった方がいいと思うの」


「それは、間違っていないかも」


ノアールが小さく言った。


最初はウォータースライダーだった。


ソレイユは一番乗りで階段を上がり、上から大きく手を振った。


「行くわよ!」


勢いよく滑り降り、水しぶきと一緒にプールへ飛び込む。


「楽しい!」


ソレイユの声が響く。


スタッフのカメラがすぐに追いかける。


「ソレイユさん、もう一回お願いします!」


「何回でも!」


ノアールは少しだけ後ろで様子を見ていた。


「ノアールも行こうよ!」


「……速そう」


「大丈夫! 一瞬よ!」


「それが怖いんだけど」


それでも、撮影のためにノアールも階段を上がった。


滑り降りた瞬間、思ったより速くて、ノアールは最後に水しぶきの中へ落ちた。


ソレイユがすぐに近づく。


「どう? 楽しかった?」


ノアールは濡れた髪を払った。


「……思ったより、楽しかった」


「でしょ!」


その言葉を聞いたルミエールも、静かに階段へ向かった。


「ルミエール、上品に滑っちゃだめよ!」


ソレイユが下から声をかける。


「滑る時に上品も何もないと思いますが」


ルミエールはそう言いながらも、少しだけ笑った。


水しぶきが上がる。


その後のアドベンチャープールでも、ソレイユはほとんど止まらなかった。


水の橋を渡り、浮き具に乗り、途中でバランスを崩して笑う。


ルミエールは最初こそ慎重だったが、ソレイユに引っ張られるうちに少しずつ動きが大きくなった。

ノアールも、無理に明るくしようとするより、二人に巻き込まれる方が自然に見えると分かってきた。


午後になると、撮影場所は海辺へ移った。


三人はもう一度ビキニに着替えた。


今度は、波打ち際での写真と動画撮影だった。


ソレイユは砂浜に立つと、すぐに海へ向かって歩き出した。


足元に波が寄せる。


「冷たい! でも気持ちいい!」


そのままソレイユは、はしゃぐように海へ駆け出した。


「ソレイユ、あまり遠くへ行かないでください」


ルミエールが声をかける。


「大丈夫! ここ、すごく楽しい!」


ソレイユが振り返った瞬間、波が足元ではじけた。


スタッフの声が飛ぶ。


「ソレイユさん、そのまま! 今のすごくいいです!」


「え、また撮ってたの?」


「撮っています。自然で、とてもいいです」


ソレイユは笑いながら、今度はノアールの手を引いた。


「ノアールも来て!」


「引っ張らないで」


「波、気持ちいいから!」


ノアールは少し困ったようにしながらも、ソレイユに引かれて波打ち際まで歩いた。


波が足元に触れる。


ノアールは少しだけ肩の力を抜いた。


「……冷たい」


「でしょ?」


ソレイユが嬉しそうに言う。


ルミエールも二人の隣に並んだ。


三人の足元で、白い波が弾ける。

海風が髪を揺らし、太陽の光が水面に反射する。


何度か撮影を重ねるうちに、ノアールの表情も少しずつやわらかくなっていった。


ソレイユが波に驚いて声を上げる。

ルミエールが笑いながら手を差し出す。

ノアールがその様子を見て、少しだけ口元をゆるめる。


スタッフは、その一瞬を逃さず撮っていた。


その後、三人はビーチパラソルの下に並んで寝転がる撮影に移った。


白い砂の上に大きなタオルが敷かれ、すぐ近くには冷たい飲み物が置かれている。


ソレイユは腕を伸ばし、満足そうに息を吐いた。


「楽しい……海って、こんなに楽しいのね」


ルミエールは隣で、静かに笑った。


「仕事中ですけどね」


「分かってるけど、ほとんど遊びみたい」


「そこが、今日のソレイユの良さだと思います」


ノアールは反対側で、少しだけ横を向いた。


「……元気すぎる」


「ノアールも楽しそうだったわよ」


「そんなことない」


「少し、楽しそうでした」


ルミエールが静かに言うと、ソレイユはさらに嬉しそうに笑った。


「ほら、ルミエールも言ってる」


「二人で言わないで」


ノアールはそう返したが、声はいつもよりやわらかかった。


海辺での撮影が少し落ち着いた頃、スタッフがすいかを運んできた。


「次は、すいか割りです」


「すいか割り!」


ソレイユがすぐに起き上がった。


「本当に棒で割るの?」


「はい。撮影用ですが、実際にやってもらいます」


「やりたい!」


「あなたが一番やる気だと思っていました」


ノアールが言うと、ソレイユは得意げに棒を受け取った。


「任せて!」


目隠しをすると、ソレイユは急に周りが見えなくなったせいで、その場で少し固まった。


「え、これ、思ったより難しい」


「今さら?」


ノアールが後ろに立つ。


「まず回すんですよね」


「え、回すの?」


「すいか割りだから」


ノアールはソレイユの肩に軽く手を添え、ゆっくりと回した。


一回。

二回。

三回。


「ちょっと待って、どっちが海?」


「海の方には行かないで」


ノアールが静かに言う。


少し離れた場所では、ルミエールが手をたたいた。


「ソレイユ、こちらです」


「どっち?」


「声のする方です。もう少し右」


「右って、どっち!?」


「そちらではありません。反対です」


ノアールが小さく笑った。


「ソレイユ、真剣なのに面白い」


「笑わないで!」


目隠しのまま、ソレイユは棒を構えた。


ルミエールがもう一度、手をたたく。


「こっちです。今です!」


ソレイユは勢いよく棒を振り下ろした。


次の瞬間。


すいかが、すぱんときれいに真っ二つに割れた。


一瞬、周りが静かになる。


それから、スタッフの声が上がった。


「すごい! 今の完璧です!」


ソレイユは目隠しを外すより先に声を上げた。


「割れた? 割れたの?」


ルミエールが笑った。


「はい。きれいに割れました」


ソレイユは目隠しを外し、真っ二つになったすいかを見た。


「やった! 本当に割れた!」


「一回で割るとは思わなかった」


ノアールが言う。


「私、こういうの得意なのかも!」


「勢いはありました」


ルミエールが言うと、ソレイユは満足そうに棒を持ち上げた。


その様子も、しっかり写真に収められていた。


割れたすいかは、スタッフが食べやすい大きさに切り分けてくれた。


三人はビーチパラソルの下に戻り、並んですいかを食べた。


ソレイユは一口かじると、すぐに顔を上げた。


「甘い!」


ルミエールは上品に食べながら、少しだけ笑った。


「本当に甘いですね」


ノアールも小さくかじってから、口元をゆるめた。


「……おいしい」


「ノアール、今ちょっと自然に笑った!」


ソレイユが嬉しそうに言う。


ノアールはすいかを持ったまま、少しだけ視線をそらした。


「笑ってない」


「笑ってたわよ」


「ありました」


ルミエールも静かに続ける。


「ルミエールまで」


ノアールは困ったように言ったが、三人の間にはやわらかい空気が流れていた。


夕方になると、三人は水着の上からリゾートワンピースに着替えた。


昼間の明るい撮影とは違い、今度は夕日の海辺を歩く静かな撮影だった。


空は少しずつオレンジ色に染まり、海の上に光の道が伸びている。


ソレイユは昼間ほどはしゃがず、波打ち際をゆっくり歩いた。


「朝からずっと楽しかったけど、夕方の海もきれいね」


「はい」


ルミエールは静かに答えた。


「昼間とは、光が違います」


ノアールも海を見ていた。


昼間のプールやすいか割りでは、少し戸惑うことも多かった。

けれど今は、ただ三人で海辺を歩いている。


無理に笑おうとしなくてもいい。

作ろうとしなくてもいい。


今日一日の疲れと楽しさが、自然に表情に残っていた。


スタッフも、ほとんど声をかけずに撮影を続けた。


夕日が沈む頃、撮影は一度終わった。


けれど、この日の予定はまだ残っていた。


夜、海辺では花火大会が行われることになっていた。


三人は少し離れた場所に並んで座り、夜の海を見ていた。


昼間は青かった海が、今は暗く静かに広がっている。

波の音だけが、近くで繰り返されていた。


最初の花火が上がった。


光が夜空へ伸び、少し遅れて大きな音が響く。


赤、金、青、白。


大きな花火が、海の上に広がった。


「きれい……!」


ソレイユが小さく声を上げる。


ルミエールは、空に広がる光を見上げた。


ブランシュと来た海とは違う。

あの時の海も大切だった。


けれど、今日の海には、今日だけの光がある。


ノアールとソレイユがいて、LUMISORAの三人で朝から笑って、迷って、はしゃいで、撮影した。


その一日が、花火の光の中に重なって見えた。


「今日、楽しかったね」


ソレイユが言った。


「仕事でしたけどね」


ルミエールが返す。


「分かってる。でも、楽しかった」


ノアールは少しだけ間を置いてから、静かに言った。


「……楽しかった」


ソレイユが嬉しそうにノアールの方を見る。


「今、言った!」


「何を」


「楽しかったって!」


「言ったけど」


「ノアールが素直!」


「うるさい」


ルミエールは二人のやり取りを聞きながら、そっと笑った。


次の花火が上がる。


光が三人の顔を照らし、また夜空へ消えていく。


大きなステージではない。

歌っているわけでもない。


けれど、この日撮られた写真や映像には、きっとLUMISORAの今が残る。


ノアールの、少しずつ増えていく自然な笑顔。

ルミエールが上品さを越えて動こうとした瞬間。

ソレイユの、本当に楽しんでいる明るさ。


それぞれ違う三人が、同じ夏の光の中にいた。


花火の音が、夜の海に広がっていく。


LUMISORAの夏は、まだ終わらない。

海とプールと花火の中で、三人の夏が少しずつ形になっていきました。

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