第91話 夏色のステラと金魚の夜
LUMISORAは、地方の夏祭りイベントに出演することになった。
浴衣姿で立つ小さなステージは、三人にとってまた新しい経験になる。
夏祭りの会場に近づくにつれて、空気の中に甘い匂いと香ばしい匂いが混じり始めた。
たこ焼き、焼きそば、はしまき、焼きとうもろこし、から揚げ、焼き鳥、ポテト。
少し先には、かき氷、りんご飴、バナナチョコ、クレープ、ベビーカステラの屋台も並んでいる。
屋台の明かりが続く道の向こうで、赤や黄色の提灯が風に揺れていた。
まだ夜にはなりきらない夕方の空の下、夏祭りは少しずつにぎわいを増していた。
「わあ……!」
ソレイユは、ひまわり柄の浴衣の袖を揺らしながら声を上げた。
白地に明るいひまわりが咲いた、夏らしい浴衣だった。
オレンジ色の帯には、ひまわりの飾りがついている。
少し伸びてきたオレンジ色のツインテールには、小さな花飾り。
猫耳も浴衣に合わせて、いつもより少し華やかに整えられていた。
「お祭りって、こんな感じなんだね。楽しみ! 浴衣はじめて着るけど……何だか動きにくい」
「走らなければ大丈夫よ」
ノアールが静かに言った。
ノアールは黒地に紫の花が入った浴衣を着ていた。
黒い髪と紫の瞳に、その色はよく似合っている。
落ち着いた雰囲気なのに、提灯の光が当たると、紫の花模様がふわりと浮かび上がった。
「でも、ソレイユの場合、走らないようにするのが一番大変そう」
「ノアール、ひどい!」
ソレイユは頬をふくらませたが、すぐに屋台の方へ視線を戻した。
「たこ焼き食べたい。金魚すくいしたい。かき氷も食べたい。忙しい……!」
「まだ出番前です」
ルミエールが落ち着いた声で言った。
ルミエールは白地に水色のあじさいが描かれた浴衣だった。
涼しげな水色の花が、夕方の光の中でやわらかく映えている。
白い髪に青い瞳。
あじさいの髪飾りと浴衣がそろって、いつもよりさらに清らかな印象だった。
「ルミエールは、お祭り来たことあるの?」
ソレイユが聞くと、ルミエールは少し考えてから答えた。
「月では、ドーム型の室内でお祭りのような催しはありました。浴衣を着たこともありますし、出店のようなものもありました」
「じゃあ、ルミエールは経験者なんだ」
「でも、屋外のお祭りは初めてです」
ルミエールは、提灯の向こうに広がる夕方の空を見上げた。
「室内では、煙や匂いが強く出るものはあまりありませんでした。こうして風の中に、焼きそばや焼きとうもろこしの匂いが混じっているのは……不思議ですね」
「私の星には、こんな出店もなかったよ」
ソレイユは目を輝かせたまま、屋台の通りを見回した。
ソレイユの星にも、祭りのような行事はあった。
けれど、それはもっと整えられた式典に近いものだった。
来賓席に座り、パレードやダンスや歌を見る。
社交ダンスの場に出る。
王女であるソレイユが、人の流れに混じって、自分の足で店をのぞいて回ることはなかった。
それに、たこ焼きも、はしまきも、りんご飴も、金魚すくいも、ヨーヨー釣りも、スーパーボールすくいも、射的も、お面屋も、ソレイユにとっては見たことのないものばかりだった。
「すごい……匂いがする。音もする。食べ物もいっぱいある。遊ぶところもある」
ソレイユは、ひまわり柄の浴衣の袖を揺らしながら、一歩前へ出た。
「全部、近くで見ていいんだよね?」
ノアールが小さく笑った。
「今日は出演者でもあるけど、お客さんでもあるから」
「じゃあ、全部見たい!」
ソレイユの顔が、ぱっと明るくなった。
「たこ焼き食べたい。金魚すくいしたい。お面も見たい。射的もやりたい。忙しい……!」
三人はスタッフに案内され、夏祭り会場の奥にある特設ステージへ向かった。
ステージ横には、今日のプログラムが貼られていた。
最初は、地元の子供たちのダンス。
その次が、LUMISORAのステージ。
その後には、新人歌手のミニライブや若手お笑いタレントのステージ、抽選会、和太鼓演奏などが続く。
LUMISORAの出番は、夏祭りが始まってすぐの時間だった。
「やった! 早めに終わったら、屋台に行ける!」
ソレイユが声を弾ませる。
「出番前に食べすぎる心配がなくて、ちょうどいいですね」
ルミエールが言うと、ノアールも静かにうなずいた。
「先に歌って、あとで楽しむ方がいい」
「ノアールも楽しみにしてるじゃん」
「別に」
「今、絶対楽しみにしてた」
「してない」
「りんご飴見てた」
「見てない」
ルミエールは二人のやり取りを聞きながら、そっと口元をゆるめた。
その時、マネージャーが三人の前に来た。
「今日のステージですが、ライブ中の様子は写真と動画で撮影します。それから、出番が終わったあとに出店を回ったり、花火を見たりしているところも、少し撮らせてもらう予定です」
「屋台も?」
ソレイユがさらに顔を明るくした。
「はい。夏祭りを楽しんでいる自然な様子を、SNSに投稿したり、今後のイベント告知に使ったりするかもしれません。写真集の候補になる可能性もあります」
「写真集!」
ソレイユはぱっと胸の前で手を合わせた。
「じゃあ、金魚すくいしてるところも?」
「自然に楽しんでくれれば大丈夫です」
「自然に楽しむの、得意!」
ソレイユは胸を張った。
ノアールは少しだけ屋台の方を見る。
「りんご飴を持ってるところも撮られるの?」
「撮るかもしれません」
ルミエールが穏やかに微笑んだ。
「きっと似合います」
ノアールは小さく視線をそらした。
ステージでは、小さな子供たちが元気よくダンスを披露していた。
前の方では、親たちがスマホやカメラを構え、我が子の姿を一生懸命撮影している。
少し振りを間違えても、最後まで笑顔で踊る子供たちを、客席の大人たちは温かく見守っていた。
ノアールはその様子を、静かに見つめていた。
まだ自分が子役だった頃。
何度も同じ振り付けを練習して、鏡の前で先生に直されたことがある。
小さな子供たちが一生懸命踊る姿を見ていると、その頃の空気を少しだけ思い出した。
「ノアール?」
ルミエールに呼ばれて、ノアールは顔を上げた。
「……少し、懐かしいと思っただけ」
子供たちのダンスが終わると、会場に温かい拍手が広がった。
次は、LUMISORAの出番だった。
「続いては、LUMISORAの皆さんです」
司会者の声が会場に響くと、前の方にいた若い女の子たちが顔を上げた。
「あ、LUMISORAだ」
小さくそう言う声が聞こえた。
一方で、屋台の近くにいたお年寄りや、浴衣姿の若いカップルの中には、不思議そうにステージを見る人もいた。
「誰だろう」
「アイドルかな」
そんな反応も、夏祭りの空気の中に混じっていた。
三人はステージへ上がった。
提灯が灯り始めた夏祭りの夕方。
屋台から漂う甘い匂いと、香ばしい匂い。
これから夜に向かっていく会場の空気。
その中で、三人の浴衣姿はよく映えた。
「こんばんは。LUMISORAです」
ルミエールが落ち着いて挨拶した。
ノアールが静かに頭を下げ、ソレイユが明るく手を振る。
「今日は夏祭りに呼んでいただいて、ありがとうございます!」
前の方にいた子供たちが、嬉しそうに手を振り返した。
この日、LUMISORAが歌うのは、夏をテーマにした曲――『夏色のステラ』だった。
浴衣姿で歌うことを前提に選ばれた、明るく爽やかな曲。
軽やかなイントロが流れ始める。
大きなライブ会場とは違う。
豪華な照明も、巨大なスクリーンもない。
けれど、目の前には提灯の光があり、屋台の匂いがあり、夏祭りに来た人たちの笑顔があった。
ノアールの声は、夕方の空気にやさしく溶けていく。
ルミエールの声は、涼しい風のように伸びていく。
ソレイユの声は、会場の空気をぱっと明るく照らした。
三人の声が重なるたび、浴衣の袖がふわりと揺れる。
提灯の明かりが髪を照らし、帯の飾りが小さく光る。
知っている人も、知らなかった人も、いつの間にか三人の歌に耳を傾けていた。
『夏色のステラ』は、夏祭りの始まりにぴったりの曲だった。
まだ夜ではない。
けれど、これから楽しい時間が始まる。
そんな予感を含んだ、明るい歌だった。
曲が終わると、会場に温かい拍手が広がった。
大きな歓声ではない。
けれど、その拍手はちゃんと三人に向けられていた。
ソレイユは嬉しそうに頭を下げた。
ノアールも、少しだけ表情をやわらげる。
ルミエールは、ステージの上から会場を見渡した。
ショッピングセンターとも、遊園地とも、展示場とも違う。
ここには、この場所だけの光がある。
LUMISORAはもう一度深く礼をして、ステージを降りた。
舞台袖に戻った瞬間、ソレイユが小さく跳ねた。
「終わった! 屋台! 金魚すくい! たこ焼き!」
「まずは水分補給」
ルミエールがペットボトルを渡す。
「はーい」
ソレイユは素直に受け取ったが、視線はすでに屋台の方へ向いていた。
出番を終えたあとの会場は、さっきよりもずっと近く感じた。
焼きそばの鉄板から湯気が上がり、ソースの匂いが漂ってくる。
たこ焼きの屋台では、丸い生地がくるくると返されていた。
焼きとうもろこしの香ばしい匂いに、ソレイユが何度も足を止める。
「全部おいしそう……!」
「全部は無理よ」
ノアールが言った。
「半分ずつならいけるかも」
「いけません」
ルミエールに即答され、ソレイユは少しだけ肩を落とした。
それでもすぐに復活する。
「じゃあ、たこ焼きから!」
三人はたこ焼きを分け合い、焼きそばも少し食べた。
ソレイユは一口食べるたびに、嬉しそうな顔をする。
「熱い! でもおいしい! これ、危険!」
「何が危険なの」
「おいしすぎて、次々食べたくなるところ」
「それは分かる」
ノアールが静かにうなずいた。
その時、ノアールは提灯の灯りを見上げた。
屋台の匂い。
人の声。
浴衣姿で歩く家族連れ。
その景色に、ふと昔のことを思い出した。
両親と、お姉ちゃんたちと一緒に来たお祭り。
何を食べたのかまでは、もうはっきり覚えていない。
けれど、手をつないで歩いたことと、提灯の光だけは、今も少し残っている。
「ノアール?」
ソレイユに呼ばれて、ノアールは顔を戻した。
「……少し、懐かしいと思っただけ」
「ノアールもお祭り来たことあるんだ」
「昔、家族と」
ノアールはそれだけ言って、屋台の方へ歩き出した。
そのあと、ノアールは袋に入ったりんご飴を買った。
透明な袋の中で、赤いりんご飴がつやつやと光っている。
棒の部分が袋の口から出ていて、ノアールはそれを大事そうに持った。
「ノアール、りんご飴似合うね」
ソレイユが言う。
「そう?」
「黒い浴衣に赤いりんご飴、すごく映える」
「……食べる用じゃなくて、持つ用みたいになってる」
ノアールが小さくつぶやく。
「でも、かわいいです」
ルミエールが言うと、ノアールは少しだけ照れたようにりんご飴を持ち直した。
ルミエールは、袋に入ったレインボーの綿菓子を買った。
淡いピンク、水色、黄色、緑。
ふわふわした色が透明な袋の中で重なっている。
「ルミエール、それすごく似合う」
ソレイユが言った。
「そうですか?」
「うん。ふわふわで、きれいで、ルミエールっぽい」
ルミエールは綿菓子を見て、少しだけ笑った。
次にソレイユが向かったのは、お面屋だった。
「これかわいい!」
ソレイユは狐のお面を手に取った。
白いお面に、赤とオレンジの模様が入っている。
「それにするの?」
ノアールが聞く。
「うん! 今日の記念!」
ソレイユはお面を買うと、すぐに次の屋台を指さした。
「次、射的!」
「もう次?」
「忙しいって言ったでしょ!」
射的では、ソレイユが真剣な顔で景品を狙った。
一発目は外れた。
二発目も、惜しいところで外れた。
三発目で、小さなキーホルダーがころんと倒れた。
「取れた!」
ソレイユは景品を受け取ると、それをノアールに差し出した。
「ちょっと持ってて!」
「え、私?」
「次、ヨーヨー釣り!」
「まだ行くの?」
「行く!」
ヨーヨー釣りでは、水の中に浮かぶ色とりどりのヨーヨーに、ソレイユの目が輝いた。
「オレンジのがいい!」
糸が切れそうになりながらも、ソレイユは何とかオレンジ色のヨーヨーを釣り上げた。
「取れた! ルミエール、ちょっと持ってて!」
「はい」
ルミエールはヨーヨーを受け取った。
その次はスーパーボールすくい。
ソレイユは、金色やオレンジ色の小さなボールを見つけるたびに声を上げた。
「これもかわいい! あ、こっちも!」
「すくいすぎでは?」
ルミエールが静かに言う。
「まだいける!」
結局、ソレイユは小さな袋いっぱいにスーパーボールを持ち帰ることになった。
その袋も、気づけばノアールの手に渡っていた。
「ソレイユ」
ノアールが呼ぶ。
「はい?」
「私の手、だんだんあなたの荷物置き場になってる」
ソレイユは二人の手元を見た。
ノアールの手には、袋入りのりんご飴、射的の景品、スーパーボールの袋。
ルミエールの手には、レインボーの綿菓子と、オレンジ色のヨーヨー。
ソレイユは申し訳なさそうに手を合わせた。
「二人とも、ありがとう!」
「お礼で済ませた」
ノアールが小さく言った。
けれどソレイユは、すぐにまた前を向いた。
「あっ、金魚すくい!」
「まだ行くんですね」
ルミエールが言ったが、声はどこかやわらかかった。
その途中で、浴衣姿の女の子が三人に近づいてきた。
「あの……さっき歌っていたLUMISORAさんですか?」
ソレイユがぱっと顔を上げる。
「はい! LUMISORAです!」
「やっぱり! 私、ファンなんです。今日見られて嬉しかったです」
女の子は少し緊張した様子でそう言った。
「ありがとうございます」
ルミエールが丁寧に頭を下げる。
ノアールも静かに会釈した。
ソレイユは嬉しそうに笑った。
「夏祭りで会えるなんて、私たちも嬉しいです!」
大勢に囲まれるわけではない。
けれど、こうして気づいて声をかけてくれる人がいる。
今日の小さなステージが、ちゃんと誰かに届いたのだと思えた。
金魚すくいの屋台には、水槽の中で赤や白や黒の金魚が泳いでいた。
提灯の光が水面に映り、金魚の尾びれがきらきら揺れている。
ソレイユは水槽の前にしゃがみこんだ。
「かわいい……!」
その中に、一匹だけ、明るいオレンジ色の金魚がいた。
尾びれの先が少し金色に見える。
ソレイユはその金魚を見つけた瞬間、ぱっと顔を明るくした。
「あの子!」
「どの子?」
ノアールが横からのぞく。
「あのオレンジの子! なんだか私みたい!」
水の中で、オレンジ色の金魚がひらりと向きを変えた。
ソレイユはポイを受け取ると、急に真剣な顔になった。
「絶対すくう」
「力を入れすぎると破れますよ」
ルミエールが言った。
「大丈夫。私は太陽の女だから」
「金魚すくいに関係あるの?」
ノアールが言う。
一回目。
ソレイユは勢いよくポイを水に入れ、すぐに紙を破った。
「……今のは練習」
二回目。
慎重になりすぎて、金魚に逃げられた。
「この子、速い!」
三回目。
ソレイユは息を止めるようにして、水面の近くにポイを入れた。
「水をすくうのではなく、金魚の下にそっと入れてください。斜めから、少しだけ」
ルミエールの声に合わせて、ソレイユはゆっくりポイを動かした。
オレンジ色の金魚が、水槽の端を泳いできた。
ポイが斜めに入る。
金魚の体が、紙の上に乗る。
そのまま、そっと上げる。
水面から、オレンジ色の金魚が上がった。
受け皿の中に、ぽちゃんと入る。
「取れた!」
ソレイユは嬉しそうに声を上げた。
「見て! 取れた! この子、私みたい!」
「よかったね」
ノアールが言うと、ソレイユは受け皿の中の金魚をじっと見つめた。
「でも、この子、一匹だと寂しいかな……」
その時、水槽の端を、黒い出目金がゆっくり泳いでいった。
「あっ、黒い子もいる!」
ソレイユの目がまた輝いた。
「なんだかノアールみたい。あと、ルナちゃんにも似てる!」
「私?」
ノアールが少しだけ驚いたように言う。
ソレイユは黒出目金を見つめたまま、ふと小さくつぶやいた。
「でも……こっちがソレイユで、こっちが悠斗でもいいかも」
「悠斗?」
ノアールが聞き返すと、ソレイユはあわてて首を振った。
「な、なんでもない!」
そして少ししてから、真剣な顔で屋台の人に聞いた。
「あの、このオレンジの金魚ってメスですか? 黒い金魚はオスですか?」
屋台の人は、少し困ったように笑った。
「うーん、金魚は見ただけじゃすぐには分からないかな」
「そっか……」
ソレイユは少し残念そうにしたあと、すぐにまたポイを構えた。
「でも、二匹一緒なら寂しくないよね」
今度はさっきより少し落ち着いて、黒出目金の動きを見た。
ゆっくり泳ぐ黒い体。
丸い目。
ひらひら揺れる尾びれ。
「今です」
ルミエールの声がした。
ソレイユはそっとポイを入れた。
黒出目金が紙の上に乗る。
「……っ」
破れそうになった紙を、ソレイユは慎重に持ち上げた。
ぽちゃん。
黒出目金が、受け皿の中に入った。
「取れた!」
ソレイユは、また嬉しそうに声を上げた。
オレンジの金魚と、黒出目金。
二匹は同じ袋に入れられ、水の中でゆっくり泳ぎ始めた。
「連れて帰りたい。育てたい」
その声は、さっきまでのはしゃいだ声より少しだけ真剣だった。
ルミエールは金魚を見て、それからソレイユを見た。
「きちんと水槽を用意して、世話をするなら」
「する! ちゃんとする!」
「餌も、水替えも必要です」
「する!」
「忘れませんか?」
ノアールが聞く。
「忘れない! 二匹とも、私がすくったんだもん」
ソレイユは、金魚の入った袋を胸の前に持った。
オレンジの金魚と黒出目金は、透明な袋の中で小さく尾びれを揺らしていた。
「名前、どうしようかな……」
「もう名前を考えてる」
ノアールがつぶやく。
「だって家族になるかもしれないし」
ソレイユは嬉しそうに袋を見つめた。
その様子を、少し離れたところでマネージャーがカメラに収めていた。
浴衣姿で金魚の袋を持つソレイユ。
袋入りのりんご飴を持つノアール。
レインボーの綿菓子を持つルミエール。
三人の周りには、提灯の光と屋台の色があふれていた。
次に三人は、かき氷の屋台へ向かった。
ルミエールはブルーハワイ。
ノアールはブドウ。
ソレイユはオレンジ。
それぞれの色のかき氷を手にして、三人は屋台の横で少し休憩した。
「冷たい!」
ソレイユが嬉しそうに言う。
「夏祭りって、忙しいけど楽しいね」
「あなたが忙しくしているだけです」
ノアールが言った。
その時、ソレイユがルミエールの顔を見て笑った。
「ルミエール、舌が青い!」
「そうですか?」
ルミエールは少し不思議そうに口元を押さえた。
ブルーハワイのかき氷で、舌がほんのり青くなっている。
「ノアールは?」
ソレイユがのぞき込む。
ノアールは少し迷ったあと、仕方なさそうに舌を出した。
「紫!」
ブドウ味のかき氷で、ノアールの舌は薄く紫になっていた。
「じゃあ私は?」
ソレイユはオレンジのかき氷を食べてから、いたずらっぽく舌を出した。
「……オレンジですね」
ルミエールが少し笑う。
「三人とも色が違う」
ノアールが小さくつぶやいた。
その瞬間、三人は顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。
浴衣姿で、手にはかき氷。
青と紫とオレンジに染まった舌。
夏祭りの中でしか撮れないような、自然な笑顔だった。
そのあと、三人はガラス細工の屋台の前で足を止めた。
小さな棚には、花や星、動物の形をしたガラス細工が並んでいた。
提灯の光を受けて、透明なガラスがきらきら光っている。
ノアールは、その中の小さな猫のガラス細工を見つけた。
黒に近い透明な紫色の猫だった。
「これ……ルナみたい」
ノアールが珍しく、自分から手を伸ばした。
「かわいいですね」
ルミエールが言う。
ノアールは少しだけ迷ったあと、その小さな猫を買った。
ルミエールも棚を見て、同じ形の色違いを手に取った。
水色に透ける、小さな猫のガラス細工だった。
「それ、プランちゃんみたい」
ソレイユが言った。
「はい。少し、そう思いました」
ルミエールは水色の猫をそっと手のひらに乗せた。
「二人とも猫好きだもんね」
ソレイユはにこっと笑った。
ノアールは黒紫の猫を見つめ、ルミエールは水色の猫を見つめる。
色は違うのに、形は同じ。
二つの小さな猫は、提灯の光を受けて静かに輝いていた。
やがて、空はすっかり暗くなっていた。
花火の時間が近づき、人の流れが少しずつ同じ方向へ向かっていく。
三人も、花火が見える広場へ移動した。
その途中で、ソレイユは同じクラスの子たちとすれ違った。
女の子同士で来ている子たち。
浴衣姿で写真を撮っている子たち。
少し離れたところには、同級生らしい男女が二人で並んで歩いていた。
ソレイユは、その後ろ姿をほんの少しだけ見つめた。
けれど、すぐに顔を戻す。
「花火、どこから見るのがいいかな」
「人が少し少ないところがいいですね」
ルミエールが言った。
広場の端に着くと、三人は並んで立った。
ソレイユは、オレンジの金魚と黒出目金が入った袋を大事そうに持っている。
夜空に、一筋の光が上がった。
少し遅れて、大きな音が響く。
花火が開いた。
赤、金、青、白。
大きな光が、夜空いっぱいに広がって消えていく。
「すごい……!」
ソレイユが声を上げた。
透明な袋の中で、二匹の金魚が小さく揺れた。
花火の光が水に映り、オレンジの金魚の体が一瞬だけ金色に光る。
黒出目金の丸い目にも、小さな光が映っていた。
次の花火が上がった時、ソレイユは小さくつぶやいた。
「悠斗と夏祭りに来て、花火見たかったなあ……」
その声は、花火の音にまぎれそうなくらい小さかった。
ノアールがソレイユを見る。
そして、少し明るい声で言った。
「私たちがいるじゃない」
ルミエールも穏やかにうなずく。
「はい。今日は三人で来ています」
ソレイユは二人を見て、にこっと笑った。
「そうだね」
けれどその笑顔は、いつものソレイユより、ほんの少しだけ無理をしているように見えた。
ノアールはそれ以上何も言わなかった。
ルミエールも、深く聞かなかった。
ただ三人で、花火を見上げた。
今日歌ったこと。
出店を回ったこと。
声をかけてもらえたこと。
初めてすくった金魚のこと。
その全部が、夏の夜の光の中に溶けていくようだった。
大きな花火が、夜空いっぱいに開いた。
赤、金、青、白。
光が広がるたびに、ソレイユの持つ金魚の袋がきらきらと揺れた。
ソレイユは金魚の袋を少し持ち上げて、空の花火を見せるようにした。
「見て。きれいだよ」
金魚は答えない。
けれど、水の中で小さく尾びれを揺らした。
その姿が花火の光と重なって、夏祭りの夜をきらきらと彩っていた。
LUMISORAの三人は、並んで花火を見上げた。
大きなステージではない。
けれど、三人にとって忘れられない夏祭りになった。
浴衣、屋台、金魚すくい、そして花火。
LUMISORAの三人にとって、夏の思い出がまた一つ増えました。




