第90話 白い光のミニコンサート
ブランシュとルミエールのCD発売を記念したミニコンサートの日がやってきました。
小さな市民ホールで行われる、二人だけのステージ。
ルミエールにとっては、ブランシュと並んで歌い、ピアノを弾く特別な時間でもありました。
小さな市民ホールの客席が、静かに暗くなった。
やがて、ステージの幕がゆっくりと上がる。
中央には、一台のグランドピアノ。
その前に、ブランシュとルミエールが並んで立っていた。
白を基調にした衣装が、スポットライトを受けてやわらかく浮かび上がる。
二人の姿は、まるでステージに差し込んだ光のようだった。
客席は、静かに二人を見つめていた。
ブランシュが丁寧に頭を下げる。
ルミエールも、それに続いた。
二人はグランドピアノの前へ歩いていく。
並んで椅子に座ると、会場の空気がさらに澄んだ。
ブランシュが鍵盤に手を置く。
その隣で、ルミエールも静かに息を整えた。
最初の一音が響く。
澄んだ音が、ホールの空気をやわらかく震わせた。
ブランシュの指が軽やかに動く。
ルミエールの指は、その音に寄り添うように鍵盤の上を滑っていく。
強く響かせるところ。
そっと音を引くところ。
次の一音を待つ間。
二人の呼吸は、自然に重なっていた。
ルミエールは、鍵盤を見つめながら胸の奥が熱くなるのを感じていた。
この弾き方を、私は知っている。
未来で、小さい頃から教えてもらった。
隣にいるこの人に。
けれど、今のブランシュは知らない。
自分の隣で弾いている相手が、未来の娘だということを。
音は、静かに重なっていく。
ブランシュの旋律に、ルミエールの音が寄り添う。
まるで、ずっと前から一緒に弾いてきたように。
顔立ちだけではなかった。
歌声も。
鍵盤に触れる指先も。
音を待つ呼吸も。
ふとした動作まで、驚くほど似ていた。
それは、ただ並んでいる二人ではなく、同じ旋律の中で響き合う二人に見えた。
連弾が終わると、最後の音がホールの中にゆっくりと消えていった。
静かな余韻が残る。
そのあと、あたたかい拍手が広がった。
ブランシュとルミエールは立ち上がり、並んで客席へ頭を下げた。
白い光の中で、二人の髪がやわらかく揺れた。
ブランシュはマイクを手に取り、客席へ微笑んだ。
「今日は、私たちの曲を聞きに来てくださってありがとうございます」
あたたかい拍手が返ってくる。
ブランシュは隣に立つルミエールを見た。
「こちらは、同じ事務所のルミエールさんです。私の妹、ノアールのお友達でもあり、LUMISORAのメンバーでもあります」
ルミエールはマイクを持ち、丁寧に頭を下げた。
「ルミエールです。今日はよろしくお願いします」
静かな拍手が広がった。
ブランシュは、穏やかな声で続ける。
「私とルミエールさんは、似ているとよく言われます。姉妹と間違えられることもあります。でも、姉妹ではありません」
少しだけ間を置く。
「血が繋がっているわけでもありません」
その言葉に、ルミエールの胸が一瞬だけ強く鳴った。
血が繋がっているわけでもない。
会場には、何でもない言葉として届いている。
けれど、本当は違う。
ブランシュとルミエールは、血が繋がっている。
姉妹ではない。
親子だ。
ルミエールはマイクを握る手に、少しだけ力を込めた。
「それなのに、こんなに似ているので、私は初めて会った時、本当にびっくりしました」
ブランシュはルミエールへ視線を向けた。
「ルミエールさんは、どうでしたか?」
ルミエールは、少しだけ息を整えた。
「私も、初めてブランシュさんに出会った時は驚きました」
それは本当だった。
ただ、理由は言えない。
「ブランシュさんは、私にとって尊敬する先輩です。歌も、演技も、ピアノも、いつも学ぶことばかりです」
ルミエールは、ブランシュを見た。
「私も、ブランシュさんのように、もっと上手に表現できるようになりたいと思っています」
ブランシュは少し照れたように微笑んだ。
「ありがとう。そんなふうに言ってもらえると、私も頑張らないといけないわね」
会場は、静かに二人の言葉を聞いていた。
その空気に包まれながら、ルミエールは客席へ視線を向けた。
ふと、見慣れた姿が目に入る。
スターリングさんだった。
コンサートに来るとは聞いていた。
だから、その姿を見つけた時、ルミエールは少し安心した。
過去の世界で、自分を孫だと知ってくれている人。
未来でも、過去でも、ルミエールを大切にしてくれる人。
けれど、その隣に座る若い男性を見た瞬間、胸が強く鳴った。
息子さんも、一緒に来ていた。
若い日の父だった。
ルミエールは、一瞬だけ呼吸を忘れそうになった。
写真で見たことがある。
未来で、何度も聞いたことがある。
けれど、こうして若い日の父を目の前で見るのは、また違った。
ブランシュさんは、気づいているのだろうか。
あの人が、自分のお見合い相手かもしれない人だと。
ルミエールは、そっとブランシュの横顔を見た。
ブランシュは客席へ向かって、いつものように穏やかに微笑んでいる。
気づいているのか。
気づいていないのか。
分からなかった。
でも、今はその話題には触れないでおこう。
今はステージの上だ。
歌わなければならない。
ルミエールは小さく息を吸い、マイクを持ち直した。
次の曲のイントロが流れ始める。
ステージの光が、少しだけ変わった。
白いスポットライトに、水色の光が重なる。
二人の衣装が、やわらかく浮かび上がった。
ブランシュの歌声が、先にホールへ広がる。
透き通った声。
品のある響き。
そこへ、ルミエールの声が重なった。
二人の声は、不思議なくらい自然に溶け合った。
高く伸びるところも。
やわらかく落とすところも。
息を合わせるタイミングも。
まるで同じ光から生まれた声のようだった。
会場は、二人の歌声に包まれていた。
ピアノの余韻が、ホールの奥まで静かに広がっていく。
客席では、白と水色のペンライトが静かに揺れている。
大きな歓声はない。
ただ、二人の歌声を邪魔しないように、光だけがゆっくりと波のように動いていた。
白い光と水色の光。
二つの声が溶け合い、ステージの上でひとつの輝きになっていく。
ルミエールは歌いながら、少しだけ胸が苦しくなった。
この時間が、ずっと続けばいい。
そう思ってしまう。
同じピアノを弾くこと。
同じ光を浴びること。
本当なら、未来でしかありえなかった時間。
それが今、この時代のステージの上にある。
けれど、未来は少しずつ近づいている。
いつか、自分はこの時代を離れなければならない。
それでも今は。
このステージに立っている。
その事実だけを、大切にしたかった。
最後の音が、静かに重なる。
ブランシュとルミエールの歌声が、白と水色の光の中へ溶けていった。
曲が終わると、ホールにはしばらく余韻が残った。
そして、あたたかい拍手が広がった。
ブランシュは客席へ深く頭を下げた。
ルミエールもそれに続く。
二人の髪が、光を受けてやわらかく揺れた。
顔も。
声も。
動作も。
演奏も。
すべてが似ている二人。
けれど、今この瞬間、その理由を知っているのはルミエールだけだった。
ルミエールは頭を下げたまま、胸の奥で静かに思った。
今日、このステージに立ててよかった。
拍手は、白と水色の光の中で、いつまでもやさしく響いていた。
読んでくださりありがとうございます。
今回は、ブランシュとルミエールのミニコンサートのお話でした。
一台のグランドピアノを二人で弾き、白と水色の光の中で歌う二人。
似ている理由を知らないブランシュと、すべてを知っているルミエール。
静かなステージの中で、ルミエールにとって大切な時間が流れていきました。




