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第80話 ブランシュの妹役

写真集の発売をきっかけに、ルミエールへドラマ出演の話が届きました。


ブランシュの妹役として、初めてドラマの現場に立つルミエール。


穏やかに進む撮影のあと、撮影所の廊下で思いがけない空気とすれ違うことになります。


写真集の発売記念イベントを終えてから、ルミエールのもとにドラマ出演の話が正式に届いた。


テレビ局で声をかけられた、ブランシュのドラマの妹役。


台詞は多くない。


けれど、ブランシュと同じ場面に出る役だった。


撮影当日。


ルミエールはブランシュと一緒に、ドラマの撮影所を訪れていた。


雑誌のスタジオとも、情報番組のテレビ局とも少し違う。


廊下には、衣装を着た出演者や、台本を手にしたスタッフが行き来している。


セットへ向かう人。


控室へ戻る人。


照明や小道具を確認する人。


同じ建物の中に、いくつもの物語が同時に動いているようだった。


「こちらです」


スタッフに案内され、ブランシュとルミエールは同じ楽屋へ入った。


中には、二人分の椅子と鏡、衣装ラックが用意されていた。


ルミエールが部屋の中を見回していると、ほどなくしてメイクスタッフがやってきた。


「本日はよろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


ブランシュが慣れた様子で挨拶を返す。


ルミエールも隣で頭を下げた。


今回、ルミエールが演じるのは、ブランシュの妹役だった。


姉に対して少し生意気で、思ったことを遠慮なく言ってしまう妹。


台本には、短いながらも感情の強い台詞が書かれていた。


椅子に座ると、ブランシュが鏡越しにルミエールを見た。


「妹役だから、あまり硬くならなくて大丈夫よ」


「はい」


「少し生意気なくらいでいいと思うわ。姉に遠慮しないで、思ったことをそのままぶつけてくる感じ」


ブランシュは台本を軽く指で示した。


「この妹は、お姉さんのことが嫌いなわけじゃないの。ただ、近いからこそ素直に言いすぎてしまうのね」


ルミエールは、台本に書かれた妹の台詞を見た。


月で暮らしていた頃、ブランシュは母だった。


そしてルミエール自身は、弟や妹に接する姉の立場だった。


誰かの妹として振る舞うことは、写真集の中で姉妹のように見られた時とはまた違う。


役として、ブランシュの妹になる。


それは、ルミエールにとって初めての感覚だった。


「近いからこそ、遠慮がないんですね」


「ええ。だから私のことも、役の中では本当のお姉さんだと思って。遠慮なく来て」


ルミエールは少し考えてから、静かにうなずいた。


「分かりました。少し強めに、ぶつけてみます」


ブランシュは楽しそうに笑った。


「ええ。その方が自然に見えると思うわ」


メイクスタッフが二人の髪を整え始めた。


ブランシュは落ち着いた大人っぽい雰囲気に。


ルミエールは、少し幼さを残しつつも、はっきりとした表情が映えるように整えられていく。


鏡の中に並ぶ二人を見ながら、ルミエールは台本の言葉をもう一度頭の中でなぞった。


お姉ちゃん。


その呼び方は、少しくすぐったい。


けれど今日は、その言葉をカメラの前でブランシュに向けることになる。


準備が終わると、二人はスタジオへ向かった。


セットは、姉の部屋という設定だった。


落ち着いた色のソファ。


小さなテーブル。


窓辺には薄いカーテン。


生活感はあるけれど、どこか整いすぎていて、ドラマの中の部屋だと分かる。


監督が、ブランシュとルミエールに簡単な説明をした。


「この場面は、妹が姉に不満をぶつけるところです。姉の恋愛に妹も関わっていて、少し感情が揺れる場面ですね」


ルミエールは台本を見た。


姉が好きかもしれない相手。


妹も、その相手を好きだと打ち明ける。


短いシーンなのに、思っていたよりも感情が強い。


「ルミエールさんは、遠慮しなくていいです。ブランシュさんにぶつかるつもりで」


「はい」


「ブランシュさんは、受け止めながらも少し強く返してください。姉妹なので、遠慮がない感じで」


「分かりました」


ブランシュがうなずく。


立ち位置を確認し、カメラの向きも決まった。


ルミエールは、ブランシュの前に立つ。


目の前にいるのはブランシュ。


けれど今は、役の中の姉だった。


「本番いきます」


スタッフの声が響く。


スタジオの空気が変わった。


「よーい、スタート」


ルミエールは、一度だけ息を整えた。


そして、ブランシュをまっすぐに見た。


「お姉ちゃん、どうして私をいつも子供扱いするの?」


少し強めに言葉をぶつける。


「私はもう大人よ」


ブランシュは、すぐに表情を変えた。


「え、大人?」


少し呆れたような声だった。


「まだ高校生じゃない。生意気なこと言わないで」


「高校生でも、いつまでも子供じゃない」


ルミエールは一歩近づいた。


「私のこと、何もできない子みたいに見ないで」


「そういうところが心配なのよ」


ブランシュは声を落とした。


「一人で大丈夫って言いながら、無理をしている時があるでしょう」


「それを決めるのは、お姉ちゃんじゃない」


ルミエールは、台本通りに言葉をぶつけた。


少しだけ間を置く。


「お姉ちゃんは、彼のことが好きなのかもしれないけど」


ブランシュの表情が、わずかに変わった。


ルミエールは、その変化を見てから続けた。


「私も、実は彼のことが好きなの」


スタジオの空気が、静かに張りつめた。


ブランシュはすぐには答えなかった。


姉として、妹の言葉を受け止めるように。


そして、一人の女性として、その告白に揺れるように。


「……本気で言っているの?」


ブランシュの声は静かだった。


「本気よ」


ルミエールはまっすぐに返した。


「だから、もう子供扱いしないで」


一瞬、沈黙が落ちた。


「はい、カット!」


監督の声が響いた。


スタジオの空気が、ふっと緩む。


ルミエールは、ブランシュの前に立ったまま、小さく息を吐いた。


「ブランシュさん、ルミエールさん、良かったです」


監督がモニターを見ながらうなずく。


「今の、かなり良かったですよ。お二人の距離感が自然で、本当の姉妹みたいに見えました」


スタッフの一人も、モニターを覗き込みながら言った。


「似ているから、画面に並ぶと説得力がありますね」


「ありがとうございます」


ブランシュが丁寧に頭を下げる。


ルミエールも隣で頭を下げた。


「これでOKです。お疲れさまでした」


一発でOKが出たことに、ルミエールは少しだけ驚いた。


けれど、ブランシュは落ち着いていた。


「良かったわね」


「はい」


ルミエールはうなずいた。


役の中では、ブランシュの妹。


生意気で、姉に強く言葉をぶつける妹。


それはルミエールにとって、少し不思議な立ち位置だった。


けれど、カメラの前でブランシュと向き合っている間は、自然に言葉が出てきた。


撮影が終わり、ブランシュとルミエールはスタッフに挨拶をして、楽屋へ戻ることになった。


楽屋へ戻るため、二人が廊下を歩いていると、向こう側から数人が近づいてくるのが見えた。


先頭にいたのは、ノアールだった。


けれど、いつものノアールとは少し違って見えた。


表情も、歩き方も、どこか大人びている。


その隣には、海斗がいた。


海斗は自然な動きで、ノアールの腰に手を添えている。


ノアールは、それを避けなかった。


「ノアール」


ルミエールは思わず声をかけた。


けれどノアールは気づかない。


海斗の方へ少し顔を向けたまま、ルミエールたちの前を通り過ぎていく。


少し離れたところを、レンが歩いていた。


いつもより静かで、顔色もあまり良くない。


その後ろには、凛の姿もあった。


ルミエールが会釈をすると、凛も軽く会釈を返した。


けれど、その表情は硬かった。


この前、雑誌の撮影現場で会った時とは違う。


穏やかに笑っていた凛ではなく、何かを押し込めているような顔だった。


ノアール。


海斗。


レン。


凛。


四人が通り過ぎただけなのに、廊下の空気が一瞬だけ重くなった気がした。


「今の、ノアール……何か違いませんでしたか?」


ルミエールが小さく言うと、ブランシュは通り過ぎていったノアールたちの背中を見た。


「きっと、役に入っているのね。ドラマの現場では、普段と雰囲気が変わることもあるわ」


「そういうものなんですね」


ルミエールはうなずいた。


けれど、胸の奥に残った違和感は、すぐには消えなかった。


読んでいただきありがとうございます。


今回は、ルミエールがブランシュの妹役としてドラマ撮影に参加するお話でした。


初めての妹役、ブランシュとの姉妹のようなシーン。


そして撮影後、ノアールたちとすれ違った時の異様な空気。


ルミエールの中に、小さな違和感が残ります。

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