第77話 ページに残る時間
写真集の撮影を終えたブランシュとルミエールは、出版社へ向かいます。
印刷前の最終原稿確認、発売日のイベント打ち合わせ。
そして、写真集からつながる新しい仕事の話も少しずつ動き始めます。
新学期が始まって、少しだけ学校の空気にも慣れてきた頃。
放課後、ルミエールはブランシュと一緒に出版社を訪れていた。
春休み中に撮影した写真集は、まだ発売前だった。けれど編集作業はほとんど終わり、今日は印刷に回す前の最終原稿を確認することになっていた。
案内された会議室には、写真集の見本に近い形で組まれたページと、発売に向けた資料が並べられていた。
「今日はよろしくお願いします」
ブランシュが丁寧に頭を下げると、ルミエールも隣で同じように頭を下げた。
編集者はにこやかに二人を迎えた。
「こちらこそ、来ていただいてありがとうございます。写真集の最終確認になりますので、気になるところがあれば遠慮なくおっしゃってください」
机の上に置かれたページを見て、ルミエールは少し緊張した。
そこには、ブランシュと一緒に過ごした時間が、一冊の本になる形で並んでいた。
雪の中で並んだ写真。桜の下で撮った写真。南の島の海辺で撮った写真。
どのページにも、その時の空気が残っているように見えた。
ブランシュが、そっとページをめくる。
「こうして一冊の形になると、不思議ね」
「はい」
ルミエールは静かにうなずいた。
あの時は、ただ目の前の撮影に向き合っていた。けれど今、ページになった写真を見ると、ブランシュと過ごした時間が、本当に形として残っていくのだと分かる。
未来から来た自分が、若い頃の母と一緒に写真集を作る。
その事実は、何度考えても不思議だった。
「こちらが最終原稿になります。問題がなければ、このまま印刷所へ発注する予定です」
編集者が説明する。
「発売日は、来月の下旬を予定しています」
「来月……」
ルミエールは小さく繰り返した。
まだ先の話だと思っていた写真集が、もう本当に発売されようとしている。
「発売日には、大手書店で記念イベントも予定しています」
編集者は、別の資料を広げた。
「内容としては、まず短いトークイベントを行って、そのあとサイン会と握手会に移る形を考えています」
「トークイベント、ですか?」
ルミエールが聞き返すと、編集者はうなずいた。
「はい。撮影中の思い出や、お二人で一緒にロケを回ってみてどうだったかなどを、少しお話しいただければと思っています」
ブランシュは、やわらかく微笑んだ。
「それなら、話したいことがたくさんありそうね」
「はい……」
ルミエールも、静かにうなずいた。
雪の景色も、桜の並木も、南の島の海も。
ブランシュと一緒に過ごした時間は、どれも大切なものだった。
けれど、どこまで話していいのかは考えなければならない。
若い頃の母と過ごした時間。
そんな本当のことは、誰にも言えない。
それでも、ブランシュと一緒に見た景色が大切だったことだけは、きっと話せると思った。
「サイン会と握手会は、お二人で並んで参加していただく予定です」
編集者が続けた。
「ブランシュさんだけでなく、ルミエールさんにも一緒に出ていただきたいんです」
「私も、ですか?」
「もちろんです。今回は、お二人で作った写真集という印象が強いので」
ルミエールは、隣のブランシュをそっと見た。
ブランシュは、少し嬉しそうに微笑んでいた。
「ルミエールさんが一緒にいてくれるなら、私も心強いわ」
その言葉に、ルミエールの胸が温かくなる。
「私も、ブランシュさんと一緒なら大丈夫です」
そう答えると、ブランシュはさらにやわらかく笑った。
最終原稿の確認とイベントの打ち合わせが一通り終わりかけた頃、会議室の扉が軽くノックされた。
入ってきたのは、別の編集者だった。
手に持っている資料には、ファッション雑誌の名前が入っている。
「お話中すみません。少しだけ、こちらからもお時間をいただいてもよろしいでしょうか」
写真集の担当編集者が、ブランシュとルミエールを見た。
「実は、写真集の最終原稿を見たファッション雑誌の編集部からも、お二人にお声がかかっていまして」
「ファッション雑誌、ですか?」
ブランシュが聞き返す。
新しく入ってきた編集者は、笑顔でうなずいた。
「はい。八月号の夏向けリンクコーデ特集で、お二人に出ていただけないかと思いまして」
「リンクコーデ……」
ルミエールは、その言葉をそっと繰り返した。
「完全に同じ服を着るというより、色や素材、雰囲気を合わせる形です。お揃いコーデに近いものもありますが、お二人の場合は、上品なリンクコーデが似合うと思っています」
編集者は資料を広げた。
そこには、白いブラウス、淡い水色のワンピース、ラベンダー色のスカート、薄手のカーディガン、夏らしい帽子やサンダルの案が並んでいた。
「写真集のページを見たスタッフから、お二人で並んだ空気感がとてもいいという声が出ていまして。夏の特集でも、その雰囲気を生かせたらと思っています」
ブランシュは資料に目を落とし、静かに微笑んだ。
「私たちで、夏のリンクコーデ特集に……」
「はい。ブランシュさんお一人の魅力とはまた違う形で、ルミエールさんと並ぶことで生まれる雰囲気があると思っています」
ルミエールは、衣装案を見つめた。
白と淡い青。
ラベンダー。
ミントグリーン。
どれも、ブランシュと並んだ時の空気を思い浮かべやすい色だった。
「ルミエールさんは、どう思う?」
ブランシュが、そっと尋ねた。
ルミエールは顔を上げる。
「私は……やってみたいです」
その答えは自然に出ていた。
ブランシュとまた一緒に仕事ができる。
それも、写真集とは少し違う形で。
同じ色をまとい、同じ空気の中で撮影される。
この時代でしかできないことが、また一つ増えていく。
「ブランシュさんと一緒なら、きっと楽しいと思います」
そう言うと、ブランシュは嬉しそうに笑った。
「私も。ルミエールさんとなら、きっと素敵な撮影になると思うわ」
編集者たちは、二人の様子を見て満足そうにうなずいた。
「ありがとうございます。では、正式な企画書と衣装案を改めてお送りします。撮影は来月あたりを予定しています。八月号なので、夏らしさを大事にした誌面にしたいと思っています」
話がまとまりかけたところで、写真集の担当編集者が別の資料を取り出した。
「それから、発売前の告知についても少しお話ししておきたいことがあります」
「告知、ですか?」
「はい。テレビ局の情報番組で、写真集を紹介していただけることになりそうです。ブランシュさんとルミエールさん、お二人で出演して、写真集の見どころをお話しいただく形になると思います」
「テレビに……」
ルミエールは、少し驚いてブランシュを見た。
ブランシュは落ち着いていたが、どこか楽しそうでもあった。
「写真集の告知なら、撮影の話をするのね」
「はい。ロケの思い出や、お二人で撮影してみてどうだったかなどを、番組側から聞かれると思います」
編集者は、資料を確認しながら続けた。
「詳しい日程は、事務所の方と調整して、改めてご連絡します」
「分かりました」
ブランシュがうなずく。
ルミエールも、静かにうなずいた。
写真集の発売。
大手書店でのイベント。
夏のリンクコーデ特集。
テレビでの告知。
春休みのロケから始まった仕事が、少しずつ次の形へ広がっていく。
「ルミエールさん」
ブランシュが、そっと声をかけた。
「大丈夫?」
「はい。少し驚いただけです」
ルミエールは、静かに笑った。
「でも、ブランシュさんと一緒なら、どれもやってみたいです」
ブランシュは、少し驚いたようにルミエールを見た。
けれどすぐに、その表情はやわらかい笑みに変わった。
「ルミエールさんは、時々すごく不思議なことを言うのね」
「そうですか?」
「ええ。でも、そういうところも素敵だと思うわ」
ルミエールは、少しだけ照れたように笑った。
打ち合わせが終わり、出版社を出る頃には、夕方の光がビルの窓に反射していた。
ブランシュとルミエールは、並んで歩いた。
「今日は、思っていたよりたくさんの話が決まったわね」
ブランシュが、少し楽しそうに言う。
「はい。写真集の確認だけだと思っていたので、驚きました」
「でも、嬉しかったわ」
ブランシュは前を向いたまま、静かに続けた。
「ルミエールさんと一緒に撮った写真が、こうして一冊になることも、その先につながっていくことも」
ルミエールは、胸の奥がやわらかくなるのを感じた。
「私も嬉しいです」
そう答えると、ブランシュがルミエールを見る。
「本当に?」
「はい。ブランシュさんと一緒に過ごした時間が、写真になって、誰かに届くかもしれないと思うと……とても大切なことに感じます」
ブランシュは、少し驚いたようにルミエールを見た。
けれどすぐに、その表情はやわらかい笑みに変わった。
「やっぱり、ルミエールさんは不思議ね」
「またですか?」
「ええ。でも、いい意味よ」
ブランシュは楽しそうに笑った。
ルミエールもつられて笑う。
ブランシュは、若い頃の母。
けれど今ここで隣を歩いているブランシュは、ルミエールにとって、同じ時代を過ごす大切な人でもあった。
本当の関係は言えない。
けれど、一緒に過ごした時間は本物だった。
写真集の発売。
大手書店でのイベント。
夏のリンクコーデ特集。
テレビでの告知。
若い頃の母と一緒に作る思い出が、また少しずつ増えていく。
出版社を出た夕方の道を歩きながら、ルミエールはその時間を大切に胸の中へしまった。
読んでいただきありがとうございます。
写真集はまだ発売前ですが、ブランシュとルミエールの時間が一冊の形になり始めました。
出版社での打ち合わせをきっかけに、二人の仕事も少しずつ広がっていきます。




