第75話 南の島の光の中で
写真集の南の島ロケで、海辺のコテージを訪れたブランシュとルミエール。
初めて間近で見る地球の海に、ルミエールは静かな感動を覚えます。
写真集の南の島ロケ初日。
ブランシュとルミエールは、宿泊先となる海辺のコテージへ到着した。
海の上へまっすぐ伸びる木の桟橋。
その先には、海に浮かぶように建てられた木造のコテージが並んでいる。
白い砂浜。
透き通るような青い海。
どこまでも続く水平線。
ルミエールはスーツケースの取っ手を握ったまま、思わず足を止めた。
「これが……地球の海……」
月から地球を見たことは、何度もあった。
青く輝く星。
その表面に広がる、大きな水の色。
けれど、目の前で波が揺れ、潮風が髪を撫で、太陽の光が水面にきらめく本物の海を見るのは初めてだった。
遠くから眺めていた青が、今は自分の前に広がっている。
ルミエールは、しばらく言葉を失っていた。
「ルミエールさん?」
ブランシュが隣で声をかける。
「海を見るのは、初めて?」
ルミエールは一瞬だけ迷い、それから小さく首を横に振った。
「遠くから見たことはあります。でも、こんなに近くで見るのは初めてです」
「そうなのね」
ブランシュは微笑み、ルミエールの隣へ並んだ。
「今日は、たくさん海の写真を撮ることになるわね」
「はい」
ルミエールは、もう一度海を見つめた。
月から見ていた地球の青。
その中に、今、自分が立っている。
それだけで、胸の奥が静かに震えるようだった。
荷物を部屋へ運び入れたあと、二人はコテージのテラスへ出た。
海に面した木のデッキには、白いテーブルと椅子が並べられている。
テーブルの上には、色とりどりのフルーツ、焼きたてのパン、サラダ、ヨーグルト、ジュースが用意されていた。
朝の光を受けて海がきらきらと輝き、遠くから穏やかな波の音が届いてくる。
「朝からすごくきれいですね」
ルミエールが海を見ながら言うと、ブランシュも微笑んだ。
「ええ。こんな場所で朝食を食べられるなんて、特別な気分になるわね」
二人は並んで椅子に座り、ゆっくりと朝食を取り始めた。
「このフルーツ、甘くておいしいです」
「本当ね。こっちも食べてみる?」
ブランシュが別の果物を勧めると、ルミエールは素直に頷く。
海風が髪を揺らし、朝の光が二人の横顔をやさしく照らしていた。
その自然な空気を見ていたカメラマンが、静かに声をかける。
「お二人とも、そのままでお願いします」
シャッター音が、朝の海辺へ静かに響いた。
朝食のあと、二人は最初の衣装へ着替えた。
白や淡い水色を基調にした、南国らしいリゾートワンピース。
軽やかな生地が風を受けるたびに揺れ、海辺の光をやわらかく映している。
ブランシュは、上品な華やかさのあるワンピース姿で、南の島の景色に自然になじんでいた。
ルミエールは、透き通るような明るさをまとい、白い砂浜と青い海の中でいっそう澄んで見えた。
二人は海辺を並んで歩き、波打ち際で足を止める。
足元へ寄せる波。
陽射しを受けてきらめく水面。
「とても不思議です」
ルミエールが海を見下ろしながら言った。
「遠くから見ていた海が、今はこんなに近くにあります」
「そう聞くと、今日の景色も特別に思えてくるわ」
ブランシュはやさしく微笑み、ルミエールの隣で同じ海を見つめた。
午前の撮影が進むと、二人は水着へ着替えることになった。
ブランシュは、やわらかな白と淡いアクアブルーを組み合わせたビキニ姿だった。
上品な光沢のある同じ素材で作られたパレオが腰元を飾り、南国らしい華やかさを添えている。
ルミエールは、同じ色と素材でそろえたワンピース型の水着を身につけていた。
胸元や裾には繊細な飾りがあしらわれ、清楚な印象のまま海辺の雰囲気に溶け込んでいる。
形は違うのに、色や素材をそろえたことで、並ぶ二人から自然なお揃いの空気が感じられた。
「二人とも、とても素敵です。そのまま海の方へお願いします」
スタッフに促され、二人は白い砂浜へ出た。
ビニールのビーチボールや浮き輪も用意されている。
ルミエールが丸い浮き輪を手にすると、ブランシュが楽しそうに笑った。
「すごく似合っているわ」
「本当ですか?」
「ええ。夏の妖精みたい」
ルミエールが少し照れたように笑うと、その表情もすぐに写真へ収められていく。
次は、ビーチボールを使った撮影だった。
二人で軽く投げ合い、受け取りながら笑い合う。
風が吹き抜け、白い砂が足元でやわらかく崩れた。
そのあと、波打ち際での撮影へ移る。
ルミエールは、足元へ寄せる水に思わず目を丸くした。
「冷たいですね」
「でも気持ちいいでしょう?」
ブランシュが笑いながら、少しだけ水をすくってルミエールの方へかけた。
「あっ……!」
ルミエールも思わず海水を手ですくい返す。
「ブランシュさんも」
小さく笑いながら水を返すと、ブランシュも楽しそうに笑った。
二人が海辺で水をかけ合う姿は、作られた演出ではなく、本当に南の島を楽しんでいるように見えた。
その自然な時間も、何枚もの写真として残されていく。
昼前には、白い砂浜の一角へ大きなビーチパラソルが立てられた。
その下に敷物が敷かれ、二人は並んで腰を下ろす。
足元には、午前の撮影で拾った小さな貝殻がいくつか並べられていた。
「これ、きれいです」
ルミエールが薄い桃色の貝殻を手に取る。
「本当ね。海にも、こんなにいろいろな色があるのね」
ブランシュも、白く丸い貝殻を拾い上げた。
海辺で並んで貝殻を見つめる姿は、にぎやかな水遊びとはまた違う、穏やかな一枚になった。
午後になると、撮影場所はプールサイドへ移った。
青い水をたたえたプールの横には、南国らしい木々と白いビーチチェアが並んでいる。
二人はチェアへ並んで腰を下ろし、南国風のドリンクを手にした。
透き通ったグラスの中には、鮮やかな色のジュースと氷、飾りのフルーツが入っている。
「見た目もきれいです」
ルミエールが言うと、ブランシュも頷いた。
「飲むのがもったいないくらいね」
そのまま二人が顔を見合わせて微笑むと、またシャッター音が続いた。
昼の明るい光の中で見る海も、プールのきらめきも、ルミエールにとっては何もかもが新鮮だった。
夕方になると、二人は水着の上へ再びリゾートワンピースを重ねた。
昼間よりもやわらかな光に包まれた海辺を、今度はゆっくりと歩く。
オレンジ色に染まり始めた海。
波打ち際に長く伸びる二人の影。
「夕方の海は、昼とはまた違いますね」
「ええ。少し落ち着いた色になるのね」
ブランシュがそう言って空を見上げると、ルミエールも同じように視線を向けた。
青かった海が、光とともに少しずつ表情を変えていく。
その変化もまた、地球の海の美しさなのだとルミエールは感じていた。
日が沈んだあとは、海辺でバーベキューの撮影と食事が用意されていた。
砂浜に近い場所へテーブルが並べられ、焼き網の上では海老や貝、白身魚、野菜が香ばしく焼き上がっていく。
夜の海から吹く風の中に、海産物のいい香りが広がった。
「おいしそうです」
ルミエールが素直に言うと、ブランシュは笑いながら焼き上がった海老を皿へ取った。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
ルミエールが受け取って口にすると、目を少し丸くする。
「とてもおいしいです」
「よかった」
ブランシュも、自分の皿へホタテを取り分ける。
波の音を聞きながら並んで食事をする時間は、撮影の合間というより、本当に南の島の夜を二人で楽しんでいるような自然なひとときだった。
食事のあとは、海辺で手持ち花火の撮影が始まった。
暗くなった砂浜に、小さな光がひとつずつ灯る。
ルミエールが花火を見つめる横顔を、ブランシュがやわらかく見守る。
二人が並んで花火を持つと、ぱちぱちと弾ける光が夜の海辺を明るく照らした。
「きれいですね」
ルミエールが、花火の揺れる火を見つめながら言う。
「ええ。海で見ると、また特別ね」
花火の光に照らされた二人の表情は、昼の明るさとも夕方のやわらかさとも違う、静かな美しさを帯びていた。
やがて花火の光が消えると、海辺には静かな波の音だけが残った。
ブランシュとルミエールは、そのまま砂浜に並んで座り、星空を見上げた。
南の島の空には、数えきれないほどの星が広がっている。
昼間、初めて間近で見た地球の海。
朝日に輝く水面。
白い砂浜。
夕日に染まる波。
そして今、目の前に広がる星空。
ルミエールは、胸の奥で静かに息をついた。
まさか過去に来て、若い頃の母と写真集を作るために、冬と春と夏のロケを一緒に巡ることになるなんて思わなかった。
雪の中で並んだ日。
満開の桜に包まれた日。
そして、初めて地球の海を見た今日。
そのすべてが、今は大切な思い出になっていた。
「今日は、楽しかったですね」
ルミエールが静かに言うと、ブランシュも星空を見上げたまま微笑んだ。
「ええ。忘れられない一日になったわ」
ルミエールは小さく頷く。
この時間も、写真も、きっと未来へ残る。
若い頃の母と並んで見た、地球の海と星空。
それは、ルミエールにとって何よりも大切な宝物になっていくのだと、静かに思った。
初めて地球の海を間近で見たルミエール。
冬、春、そして夏へと続く写真集ロケは、未来へ持ち帰る大切な思い出をまた一つ増やしていきます。




