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第73話 桜に包まれる一日

写真集の桜ロケを迎えたブランシュとルミエール。


青空の下に広がる満開の桜を前に、ルミエールはこれまでに見たことのない景色へ心を奪われます。


写真集の桜ロケ当日。


ブランシュとルミエールの前には、満開の桜並木がどこまでも続いていた。


淡い桃色の花が枝いっぱいに咲き、春の風が吹くたびに、無数の花びらが青空へ舞い上がる。


「きれい……」


ルミエールは、思わず足を止めた。


頭上には、どこまでも広がる青い空。


その下を覆うように、何本もの桜が連なっている。


月で暮らしていた頃にも、桜を見たことはあった。


地球から持ち込まれ、ドームの中で大切に育てられていた桜。


けれど、これほど多くの桜が並び、大空の下で一斉に花を咲かせる景色は見たことがなかった。


風に揺れる枝。


空へ舞い上がる花びら。


どこまでも続く淡い桃色の道。


ドームの中で見た桜とは、何もかもが違っていた。


「ルミエールさん、桜を見るのは初めてなの?」


隣に立っていたブランシュが、不思議そうに尋ねた。


ルミエールは一瞬だけ言葉に迷い、それから静かに答えた。


「初めてではありません。でも、こんなにたくさんの桜を見るのは初めてです」


「そうなのね」


ブランシュも桜並木を見渡した。


「こんなに天気がよくて、桜もきれいに咲いている日に撮影できるなんて、私たち、運がいいわね」


「はい」


ルミエールは、もう一度空を見上げた。


花びらの向こうに見える青空は、どこまでも高く、広かった。


その日の衣装は、二人とも淡い桜色を基調にした春らしい装いだった。


ブランシュは、やわらかな光を含んだパステルピンクのワンピースを身につけていた。


ふんわりと広がる裾と、上品に結ばれた細いリボンが、華やかさの中にやさしい可憐さを添えている。


ルミエールも、同じく桜を思わせる淡いピンクのワンピースをまとっていた。


軽やかな生地が風を受けるたびに揺れ、春の光の中でやわらかくきらめく。


色をそろえた二人が桜並木に並ぶと、花の景色の中へそのまま溶け込んだようだった。


ルミエールが桜を見上げている表情を見たカメラマンが、すぐにレンズを向ける。


「ルミエールさん、そのまま桜を見上げていてください」


シャッター音が響く。


大空の下で桜に見入るルミエールの姿が、この日の最初の一枚として残された。


「では次は、お二人で並んで歩いてみてください」


スタッフに声をかけられ、ブランシュはルミエールへそっと手を差し出した。


ルミエールがその手を取ると、二人は桜並木の下をゆっくり歩き出す。


足元には花びらが散り、春の風がやわらかく吹き抜けていく。


「今度は、少し止まって上を見てみましょう」


二人が顔を上げた瞬間、枝の間を抜けた風が花びらを舞い上げた。


ルミエールは思わず片手を伸ばす。


指先へ落ちてくる花びらを受けるように。


その隣で、ブランシュがやわらかく微笑んだ。


「はい、すごくきれいです。そのままでお願いします」


シャッター音が続く。


さらに次の撮影では、向かい合った二人の間を花びらが通り過ぎた。


ブランシュは、ルミエールの髪についた花びらをそっと取る。


「ここにもついているわ」


「ありがとうございます」


小さく笑い合う、その自然な表情もまた、一枚の写真として残されていった。


昼の撮影が進むと、スタッフが桜の木の下にレジャーシートを敷き、花柄の布をかけたバスケットを置いた。


中には彩りのよいサンドイッチと小さな焼き菓子、飲み物が入っている。


「本当にお花見みたいですね」


ルミエールが目を輝かせると、ブランシュが微笑んだ。


「撮影だということを忘れて、楽しんでしまいそうね」


二人は並んで腰を下ろした。


桜色のワンピースが、花びらの散る景色にやわらかく映える。


ブランシュがサンドイッチを手に取り、ルミエールへ差し出した。


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます」


ルミエールが受け取ると、二人は顔を見合わせて笑った。


その様子にも、すぐにシャッターが切られる。


桜の木の下で並んでサンドイッチを食べる二人の姿は、飾らないのに不思議と絵になっていた。


春の風が吹くたび、レジャーシートの上にも淡い花びらが落ちてくる。


ブランシュは頭上の桜を見上げながら、ふと思い出したように言った。


「そういえば、ノアールたちも今頃、桜の下で撮影しているのかしら?」


「映画の撮影ですね」


「ええ。どんな場面を撮っているのかしらね」


「きっと、きれいな映像になりますね」


ルミエールはそう答えながら、遠く離れた場所にいるノアールを思い浮かべた。


同じ空の下で、ノアールも今、同じように桜を見ているのかもしれない。


「ノアールさんも、撮影を楽しめているといいですね」


「そうね。レン君も一緒だし、きっと大丈夫よ」


ブランシュは安心したように微笑み、もう一口サンドイッチを食べた。


その言葉に、ルミエールも静かに頷く。


今のノアールなら、きっと大丈夫。


そう信じたい気持ちは、ルミエールの中にもあった。


昼の撮影はそのあとも続いた。


ベンチに並んで座る写真。


桜のトンネルの下で振り返る写真。


地面に落ちた花びらを両手ですくい上げる写真。


一つ一つの仕草が、やわらかな春の景色と重なり、穏やかで美しい一日を形にしていった。


やがて日が傾き、空が少しずつ夕色を含み始める。


次の撮影に向けて、二人は夜桜用の衣装へ着替えることになった。


夜の撮影で二人がまとったのは、お揃いの着物だった。


淡い桜色を基調にした生地に、花びらや小花の模様が上品に散らされている。


ブランシュの着物は、やわらかな華やかさを引き立てる上品な柄行きで、帯には少しだけ金糸が織り込まれていた。


ルミエールの着物は、淡い桜色に白や薄紫を重ねたような繊細な色合いで、澄んだ雰囲気によく似合っていた。


髪にも、それぞれ小さな桜の飾りが添えられている。


夜桜の並木道には提灯の灯りが続き、昼間とは違う静かな賑わいが広がっていた。


その一角には屋台や出店も並び、甘い香りや楽しそうな声が春の夜気に溶け込んでいる。


「昼とは、まったく違いますね」


ルミエールが周囲を見回しながら言うと、ブランシュも微笑んだ。


「ええ。夜の桜も素敵ね」


スタッフに勧められ、二人は屋台で綿菓子やりんご飴を手にした。


ルミエールは、ふわりと大きな綿菓子を持っている。


ブランシュは、つややかな赤いりんご飴を手にしていた。


「なんだか、お祭りに来たみたいですね」


「本当ね」


二人は顔を見合わせて笑った。


そのまま並んで歩き出すと、提灯の灯りが着物の袖や髪をやわらかく照らした。


「はい、そのままでお願いします」


カメラマンの声とともに、何度もシャッターが切られる。


綿菓子を見つめて微笑むルミエール。


りんご飴を手にしながら、隣を歩くブランシュ。


夜桜、灯り、着物、そして春のお祭りの空気。


そのすべてが重なり、昼間とはまた違う一枚が残されていった。


次は、提灯の灯りが続く桜並木を手をつないで歩くカットだった。


二人がそっと手を重ねると、夜風に袖が揺れ、頭上では花びらが静かに舞い落ちる。


足元に散る花びら。


灯りに照らされた桜の影。


春の夜に包まれながら並んで歩く二人の姿は、夢の中の景色のように幻想的だった。


「少し止まって、桜を見上げてみてください」


スタッフの声に合わせて、二人は立ち止まる。


見上げた先には、やわらかな灯りを受けた桜が枝いっぱいに咲いていた。


ブランシュの横顔には穏やかな艶が宿り、ルミエールの白い髪には淡い春色が映り込んでいる。


その美しさに、周囲のスタッフたちも思わず見入っていた。


「とてもいいです……」


小さく漏れた声のあと、シャッター音が続く。


昼の桜が明るくやさしい春なら、夜桜は静かに心へ残る春だった。


長い一日の撮影を終えたあと、二人は並んで夜桜を振り返った。


昼の青空の下で見た桜も、提灯の灯りに照らされた夜の桜も、それぞれ違う美しさを持っていた。


「今日は、本当にたくさん撮りましたね」


ルミエールが静かに言う。


「ええ。でも、あっという間だったわ」


ブランシュはやわらかく笑った。


「こんなにきれいな桜の中で、ルミエールさんと一緒に撮影できてよかった」


その言葉に、ルミエールの胸が少しだけあたたかくなる。


「私もです」


短い返事の中に、いろいろな気持ちを込めた。


大空の下に広がる桜も、春の夜に揺れる夜桜も、今日見た景色をきっと忘れない。


そして、そのすべてが写真として残っていく。


若い頃の母と、自分が並んで過ごした一日として。


舞い落ちる花びらの向こうで、春の灯りがやさしく揺れていた。

昼の桜と、夜の灯りに包まれた桜。


同じ一日の中で異なる春を楽しんだ二人の姿が、新たな写真として残されました。


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