第71話 一足早い、安心の春
ノアールとレンが出演する映画の制作発表会。
ブランシュ、ショコラ、ルミエール、ソレイユの四人は、客席からノアールを見守ります。
映画の制作発表会場は、春を思わせる装飾で彩られていた。
大きなスクリーンには、満開の桜と舞い落ちる花びらが映し出されている。
照明も淡い桜色に整えられ、ステージの周囲には春の花を模した飾りが並んでいた。
外はまだ冬の冷たい空気に包まれているのに、会場の中だけは、一足早く春が訪れたようだった。
ブランシュ、ショコラ、ソレイユ、ルミエールの四人は、並んで客席に座っていた。
ショコラは、まだ誰も登場していないステージを見つめながら、心配そうに呟いた。
「ノアール、大丈夫かしら……」
「どうしたの?」
ブランシュが尋ねる。
「映画のヒロインなんて初めてでしょう? 人前で歌うことや、お芝居には慣れているけれど、こういう記者会見みたいな場は、あまり経験がないもの」
ショコラは、緊張するノアールの姿を想像したのか、小さく息をついた。
「緊張して、固まってしまうんじゃないかしら。ノアール……」
「大丈夫よ」
ブランシュは、安心させるように微笑んだ。
「レン君が一緒にいるもの。子役の頃からノアールを知っているし、きっと支えてくれるわ」
「そうね……」
ショコラは頷いたものの、まだ少し心配そうだった。
ソレイユは、会場に飾られているレンの写真へ目を向けた。
「レンって、イケメンじゃん」
そう言ってから、隣にいるルミエールへ少し顔を寄せる。
「でも、悠斗の方がかっこいいけどね」
ルミエールが微笑んだ。
「ソレイユらしいですね」
「だって、本当だもん」
ソレイユは少し照れたように笑ったあと、もう一度レンの写真を見る。
「でも、イケメンなだけじゃなくて、愛想もよさそうだよね」
「そうね」
ショコラが頷いた。
「レン君は、昔から誰に対しても感じがよかったわ。子役の頃から、スタッフの人たちにもきちんと挨拶をしていたし」
「ええ。レン君は昔からそうだったわ」
ブランシュも懐かしそうに微笑む。
「明るくて、周りにもよく気を配る子だったの」
「それなら安心だね」
ソレイユは、ほっとしたように言った。
ルミエールも静かに頷いた。
子役の頃からノアールを知っていて、周囲への気遣いもできる人なら、慣れない制作発表会でもノアールを支えてくれるだろう。
四人の誰も、レンの笑顔の裏に隠されているものには気づいていなかった。
やがて、会場の照明がゆっくりと落ちた。
司会者の声が響き、出演者が一人ずつ紹介される。
「ヒロインのノアールさんです」
大きな拍手に迎えられ、ノアールがステージへ姿を現した。
その隣には、柔らかな笑顔を浮かべたレンが立っている。
「ノアール、出てきたよ」
ソレイユが小さな声で言った。
ノアールは少し緊張しているように見えたが、姿勢を崩さず、集まった記者やカメラへ静かに視線を向けていた。
ルミエールは、そんなノアールを見つめた。
以前のノアールなら、大勢の記者やカメラを前にして、不安に押しつぶされていたかもしれない。
けれど、今は違う。
歌うことにも、舞台へ立つことにも、自分の言葉を伝えることにも、少しずつ自信を取り戻している。
今のノアールさんなら、きっと大丈夫。
ルミエールは、そう信じていた。
制作発表会が進み、ステージ横のモニターにレンの姿が大きく映し出された。
柔らかく整った、誰が見ても安心するような笑顔だった。
「今回の作品は、運命と選択の物語です」
落ち着いた声が会場へ響く。
「共演できて光栄です。とても誠実な方で――」
レンは一瞬だけ言葉を区切った。
「目が、まっすぐなんです」
その言葉を聞いて、ブランシュが穏やかに微笑んだ。
「レン君、ノアールのことをよく見てくれているのね」
「本当に昔と変わらないわね」
ショコラも安心したように頷いた。
ソレイユとルミエールも、レンがノアールを大切にしてくれているのだと思い、ほっとしていた。
四人には、モニターに映るレンの笑顔の奥にあるものは、何も見えていなかった。
続いて、司会者がノアールへ顔を向けた。
「では、ヒロインのノアールさん。コメントをお願いします」
ノアールへライトが向けられる。
少し眩しそうにしながらも、ノアールは立ち位置へ進んだ。
「……はい」
わずかに緊張した様子で呼吸を整え、マイクを握る。
「この作品は、選ぶことから逃げない人の話だと思っています」
用意されていた文章ではなく、ノアール自身の言葉だった。
「怖くても、自分で決める人の物語です」
コメントを言い終えると、会場から大きな拍手が起こった。
客席で見守っていたソレイユが、ほっと息をつく。
「ちょっと緊張してたけど、ノアール、ちゃんと言えたね」
「ええ」
ブランシュも安心したように微笑んだ。
「大丈夫だったわね」
ショコラも胸をなで下ろす。
「ノアールらしい、しっかりしたコメントだったわ」
ルミエールも静かに頷いた。
今のノアールなら、きっと大丈夫。
そう信じていた気持ちが間違っていなかったように思えて、四人は安心してステージを見つめていた。
その後も、作品についての質問や写真撮影が続いた。
桜の映像を背景に並ぶノアールとレンは、会場に集まった人々から見れば、これから新しい物語を作る華やかな二人にしか見えなかった。
やがて制作発表会が終わり、四人は会場の外へ出た。
ショコラが時刻を確認し、ブランシュへ顔を向ける。
「じゃあ、私たちは明日も早いから、そろそろ帰るわね」
「ええ。今日は来られてよかったわ」
ブランシュも頷き、ルミエールとソレイユへ微笑んだ。
「二人とも、気をつけて帰ってね」
「はい。お疲れさまでした」
ルミエールとソレイユは、ブランシュとショコラを見送った。
二人の姿が見えなくなったあと、ルミエールも時刻を確認する。
「私たちも明日が早いから、ソレイユ、帰りましょう」
「うん」
ソレイユは頷いたものの、すぐには歩き出さず、もう一度会場の方を振り返った。
「今日もノアール、帰ってこないよね……」
ルミエールも会場を見つめる。
「帰りが遅くなるか、そのまま泊まりになるかもしれませんね。まだ仕事がありそうですから」
「そっか……」
ソレイユは少し寂しそうに呟いた。
「寂しいね……」
「そうですね」
ルミエールも小さく頷いた。
「でも、ソレイユは明日、収録でしょう?」
「うん。ルミエールもだよね?」
「はい。私も明日は収録です」
ノアールだけではない。
ソレイユにも、ルミエールにも、それぞれ新しい仕事が増えていた。
三人が前へ進んでいることは、うれしい。
それでも、以前のように一緒に過ごせる時間が少なくなっていることを、二人は少し寂しく感じていた。
「じゃあ、今日は早く帰ろうか」
「はい。そうしましょう」
二人は並んで歩き出した。
一足早い春に包まれた会場を、あとにして。
その頃、会場の中では、ノアールの仕事がまだ続いていた。
ノアールの成長を喜び、レンの存在に安心する四人。
けれど、表から見える姿だけでは分からないことも、静かに動き始めていました。




