第70話 重なって届いた知らせ
写真集撮影一日目を終えたブランシュとルミエール。
二人は撮影の疲れを癒やすため、近くのカフェでお茶をすることになりました。
撮影一日目の予定をすべて終えたあと、ブランシュとルミエールは近くのカフェへ立ち寄った。
窓際の席に向かい合って座ると、ブランシュがほっと息をつく。
「お疲れさま」
「お疲れさまでした」
ルミエールが答えると、ブランシュはテーブルの上に置かれたメニューを開いた。
「じゃあ、何を注文しようか?」
ページをめくりながら、楽しそうに続ける。
「今日はたくさん頑張ったもの。好きなものを食べて、好きなものを飲みましょう」
「はい」
二人でメニューを見ていると、店員が注文を聞きに来た。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
ブランシュとルミエールは、それぞれメニューへ指を伸ばした。
そして、二人の指は同時に同じ写真の上で止まった。
「いちごのショートケーキと、ミルクティーをお願いします」
二人の声が、ぴたりと重なる。
一瞬、顔を見合わせたあと、ブランシュが楽しそうに笑った。
「似ているとはよく言われるけれど、まさか食べ物の好みまで似ているとは思わなかったわ」
「私もです」
ルミエールも、うれしそうに笑った。
しばらくすると、二人の前にいちごのショートケーキとミルクティーが運ばれてきた。
白いクリームの上には、赤いいちごが一粒ずつ飾られている。
ブランシュはミルクティーをひと口飲んでから、今日の撮影を振り返るように口を開いた。
「でも、今日は正直驚いたわ」
「何にですか?」
「顔や声が似ているとは前から思っていたけれど、バレエの身体の動かし方も、ピアノを弾くときの手の使い方も、私とよく似ていたの」
ブランシュは、不思議そうにルミエールを見つめた。
「ルミエールさんは、どこで習ったの?」
「家で、ママに習いました」
「お母様に?」
「はい」
「そう……」
ブランシュは、少し考えるように言葉を止めた。
「いつか、ルミエールさんのお母様にも会ってみたいわ」
「えっ……」
思わず声が出たルミエールは、慌てて平静を装った。
「お母様は、今おいくつくらいなの?」
「四十歳くらいです」
「お母様、若いのね」
「はい」
ルミエールは笑顔で答えながら、心の中では慎重に言葉を選んでいた。
未来から来たことを知られてはいけない。
目の前にいるブランシュこそが、自分の母親なのだと気づかれてはいけない。
話しすぎないようにしながら、不自然に思われない答えを返さなければならなかった。
「あの……ノアールさんは、元気にしていますか?」
ルミエールが話題を変えると、ブランシュは穏やかに答えた。
「ええ、元気にしているわ。毎日撮影で帰りが遅いから、少し疲れているみたいだけれど、元気そうよ」
「それなら、よかったです」
「ルミエールさんに会ってから、ノアールはみるみる元気になっていったの」
ブランシュは、これまでのノアールを思い返すように続けた。
「少しずつ、本来のノアールに戻ってきている気がするわ。ルミエールさんとソレイユさんのおかげね」
「私たちは、何も……」
「そんなことないわ。本当に感謝しているのよ」
ブランシュの言葉に、ルミエールは小さく頭を下げた。
「ソレイユさんも元気にしている?」
「はい。元気にしています」
「好きな人とのことは、どうしているのかしら?」
「今は我慢して、たまにメールをしているみたいです」
「そう……」
ブランシュは申し訳なさそうに息をついた。
「何だか申し訳ないわ。ノアールのために、ソレイユさんに我慢してもらっているようで……」
「ソレイユさんが自分で決めたことですから。ノアールさんのせいではありません」
「そう言ってもらえると、少し安心するわ」
ブランシュは頷くと、今度はルミエールへ尋ねた。
「ところで、ルミエールさんには好きな人はいないの?」
「私ですか?」
「ええ。ソレイユさんには好きな人がいるでしょう? ルミエールさんはどうなのかしらと思って」
ルミエールは少し考えてから答えた。
「私は、パパをとても尊敬しているんです」
「お父様を?」
「はい。だから、いつかパパを超えるくらい素敵な人が現れたらいいなと思っています」
「まあ。それは、なかなか大変そうね」
ブランシュは楽しそうに笑った。
「お父様は、何をされている方なの?」
「研究者です」
「そうなのね」
ブランシュは納得したように頷いた。
「だからスターリング社の展示でも、まるで研究者みたいに自然に専門的な話ができたのね」
「小さい頃から、パパの仕事を近くで見ていたので……」
「さすが、スターリングさんのお知り合いのお子さんだわ」
ブランシュは感心した様子で、ルミエールを見つめていた。
顔や声だけではなく、バレエやピアノの癖まで自分に似ている。
研究者の父親を持ち、スターリング社の技術にも詳しい。
話を聞けば聞くほど、ルミエールには不思議なところが見つかった。
ブランシュは、目の前の少女のことをもっと知りたいと思い始めていた。
一方のルミエールは、ミルクティーのカップを両手で包みながら、心の中で静かに息をついた。
今のところは、まだ大丈夫。
けれど、これ以上詳しく聞かれたら、うまく答えられるだろうか。
若い頃の母親とこうして向かい合って話せることは、ルミエールにとってうれしい時間だった。
それと同時に、自分の正体を知られてはいけないという緊張も、常に胸の中にあった。
そのとき、テーブルの上に置かれていた二人の端末が、ほとんど同時に震えた。
ブーブー。
「あら。一緒に鳴ったわね」
「本当ですね」
ブランシュが端末を手に取ると、新着メールが二通届いていた。
「新しく二通、メールが来たわ」
「私もです」
ルミエールも自分の端末を確認する。
二人の画面には、同じ件名のメールが並んでいた。
「メールまで同じですね」
「本当ね」
ブランシュはおかしそうに笑い、最初のメールを開いた。
「今度は、写真集の次の撮影についてみたい」
「次の撮影ですか?」
「ええ。桜の花を背景にして、二人で撮影するそうよ」
ルミエールは、うれしそうに画面を見つめた。
「桜の花を背景に写真を撮ったら、きっときれいでしょうね」
「ええ。春らしい、やわらかな写真になりそうね」
ブランシュは、さらにメールを読み進めた。
「それに、北国や南国でのロケも検討されているんですって」
「北国と南国……いろいろな景色の中で撮影できるのですね」
「楽しみね」
今日の撮影が終わったばかりだというのに、二人の前にはもう、次の景色が広がり始めていた。
ブランシュは、もう一通のメールを開いた。
「こちらは……」
画面を読み進めたブランシュが、ルミエールへ顔を向ける。
「ルミエールさんとブランシュさんで、一緒に歌ってみませんか、ですって」
「私たち二人で、ですか?」
「ええ。今日の撮影を見ていたスタッフから、二人の声が似ているから、一度一緒に歌わせてみたいという意見が出たみたい」
正式に決まった企画ではなく、まずは二人で声を合わせてみないかという打診だった。
「これも楽しそうね」
「はい。私も、ブランシュさんと歌ってみたいです」
「それなら、前向きにお返事してみましょうか」
「はい」
写真集の新しい撮影と、二人で歌うかもしれないという話。
思いがけず届いた二つの知らせに、二人はしばらく楽しそうに話を続けた。
話が一段落しかけた、そのときだった。
テーブルの上の端末が、再びほとんど同時に震えた。
ブーブー。
「あら。また一緒に鳴ったわね」
「今度は一通ですね」
二人は、それぞれ新しく届いたメールを開いた。
「あっ、ノアールの映画の制作発表会の案内だわ」
ブランシュの表情が明るくなる。
「映画の制作発表会ですか?」
「ええ。今度、ノアールがレン君と共演するの。桜を舞台にした青春映画で、ノアールがヒロインを演じるんですって」
ルミエールも、自分の端末に届いた案内へ目を通した。
「私のところにも、同じ案内が来ています」
「お仕事の都合が合えば、一緒に観に行きましょう」
「はい。ぜひ行きたいです」
ルミエールは、案内に書かれている名前を見つめた。
「あの、レン君という方は誰ですか?」
「あら、知らないの?」
ブランシュは意外そうに尋ねた。
「今、大人気のイケメン俳優よ。子役の頃から芸能界で活躍していて、演技も上手だし、歌も歌っているの」
「そうなのですね」
「そうそう。ノアールも子役の頃に、レン君と一緒にお仕事をしていたのよ」
ブランシュは、昔を思い出すように笑った。
「二人とも小さくて、とても可愛かったわ。当時は仲も良かったのよ」
「昔からのお知り合いなのですね」
「ええ。ノアールも、レン君のことが好きだと言っていたことがあったかしら」
「ノアールさんが……?」
「まだ子どもの頃の話よ。ずっと一緒にお仕事をしていたから、憧れていたのかもしれないわね」
ブランシュは、制作発表会の案内をもう一度見た。
「レン君とお仕事が一緒なら安心だわ」
子役の頃からノアールを知っているレンなら、慣れない映画の撮影現場でも、きっとノアールを支えてくれる。
ブランシュは、そう信じていた。
ルミエールも、その言葉を聞いて安心したように頷いた。
このときの二人はまだ、ノアールとレンの間で何が起き始めているのか、何も気づいていなかった。
何気なく交わされた「安心」という言葉。
その言葉が本当に正しかったのかを、このときの二人はまだ知りません。




