第69話 姉妹みたいな日常
ブランシュとルミエールに、写真集の話が届きました。
今回の撮影テーマは、まるで姉妹のように過ごす一日です。
早朝。
まだ一般客のいない屋内スケートリンクには、静かな音楽だけが流れていた。
今日の撮影のために、リンクは貸し切りになっている。
最初に姿を見せたのは、ルミエールだった。
「おはようございます」
白いコートの襟元を整えながら、ルミエールはリンクを見渡した。
氷の上に照明が反射して、足元だけが淡く光っている。
しばらくして、入口の向こうからブランシュが現れた。
「おはよう、ルミエールさん」
「おはようございます、ブランシュさん」
二人は軽く挨拶を交わす。
スタッフたちも準備を進めていた。
リンク脇にはカメラや照明が並び、撮影用の白い衣装も用意されている。
ルミエールは少しだけ不安そうにリンクへ目を向けた。
「スケートは、小さい頃に母から習ったので少しは滑れます」
そう言ってから、ブランシュを見る。
「でも、ブランシュさんのように上手に滑れる自信はありません」
ブランシュはやわらかく微笑んだ。
「大丈夫よ。私がフォローするから」
その言葉だけで、不思議と安心できた。
近くにいたスタッフも笑いながら言った。
「今日は競技会ではありませんからね。ブランシュさんが普段やっているジャンプや回転みたいな大技は求めていません」
別のスタッフも続ける。
「姉妹みたいに仲良く滑ってくれたら、それで十分です」
カメラマンが頷いた。
「自然な笑顔が撮れたら最高ですね」
ブランシュとルミエールは顔を見合わせた。
まだ撮影は始まっていない。
それなのに、スタッフの一人が小さくつぶやいた。
「やっぱり似てるなあ……」
最初のカットは、二人で手をつないで滑る場面だった。
ブランシュが先にリンクへ出る。
ルミエールはその後ろから、慎重に氷の上へ足を置いた。
「怖がらなくて大丈夫よ」
ブランシュが手を差し出す。
ルミエールはその手を取った。
二人はゆっくりと滑り出す。
氷の上を、白い衣装の裾がふわりと揺れた。
「膝を少しだけ柔らかくして。体を固くしすぎないで」
「はい」
ルミエールはブランシュの言葉に合わせて、少しずつ動きを整える。
ブランシュに手を引かれながら、ルミエールは未来で母と滑った日のことを思い出していた。
目の前にいるブランシュは、まだ若い頃の母だ。
けれど、手の温かさも、支え方も、不思議なくらい同じだった。
「いい、その感じ」
カメラマンの声がリンクに響く。
「お姉さんが妹さんに教えているみたいで、すごく自然です」
スタッフもモニターを見ながら頷いた。
「本当に姉妹みたいですね」
ルミエールはブランシュの手を握ったまま、胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じた。
スケートの撮影は順調に進んだ。
手を取り合って滑る二人の姿は、カメラマンが何度も確認するほど自然だった。
撮影を終えると、一行は次の撮影スタジオへ移動した。
そこには、白いグランドピアノが用意されていた。
「次はピアノの連弾カットです」
スタッフが楽譜を譜面台に置く。
ブランシュは楽譜へ視線を落とし、ルミエールを見る。
「ピアノは弾ける?」
「ブランシュさんほどではありませんが、得意です」
ルミエールはそう答え、隣に座った。
「では、この曲を二人で弾いてみましょう」
ブランシュが静かに鍵盤へ手を置く。
ルミエールも、それに合わせる。
連弾が始まった。
最初の数音で、ブランシュは少し驚いた。
指の置き方。
音を待つ間の呼吸。
次のフレーズへ移る時の癖。
どこか、自分に似ている。
まるで、自分がこの子に教えたみたいだった。
ルミエールも、隣で弾くブランシュの音を聞きながら、未来で母と弾いた日のことを思い出していた。
同じ曲ではない。
けれど、音の寄り添い方が懐かしい。
二人の音は、迷うことなく重なっていった。
撮影スタッフの手が止まる。
カメラマンも、しばらくシャッターを切るのを忘れていた。
「……すごい」
誰かが小さく言った。
「これ、そのままコンサートで弾いてもらいたいですね」
別のスタッフがうなずく。
「写真集なのがもったいないです。音を聴いてもらえないのが残念なくらい」
「CDかDVD付きで販売しても、かなり良さそうですね」
その言葉に、ルミエールは少しだけ戸惑った。
写真を撮るために座ったはずのピアノだった。
けれど、二人の音は、また別の企画の扉まで開こうとしていた。
次の撮影は、同じスタジオ内に用意されたバレエ用のフロアだった。
二人は白を基調にしたレオタードへ着替える。
鏡の前に並ぶと、スタッフが少し息をのんだ。
髪の色だけではない。
肩の線や立ち姿まで、どこか似ている。
ブランシュがルミエールを見る。
「バレエの経験はある?」
「母から、少し習ったぐらいです」
ルミエールはそう答えた。
ブランシュはやさしくうなずく。
「では、まずは簡単な動きから合わせてみましょう」
ブランシュが腕を上げる。
ルミエールも、それに合わせる。
足の向き。
背中の伸ばし方。
指先の角度。
ブランシュが一つ動けば、ルミエールも自然に同じ形へ入っていく。
ただの確認のはずだった。
まだ撮影前の練習だった。
それなのに、鏡の中の二人は、最初から振り付けを覚えていたようにそろっていた。
「……完璧ですね」
スタッフの一人が、思わずつぶやいた。
カメラマンもモニターを確認しながら笑う。
「練習でこれですか。二人、本当に息が合っていますね」
ブランシュは少し不思議そうにルミエールを見る。
まるで、昔から一緒に踊っていたみたいだった。
次の撮影場所は、可愛らしいキッチンセットだった。
白い棚に、淡い色の食器。
カウンターには、焼き菓子の材料がきれいに並べられている。
二人はエプロンをつけ、スイーツ作りのカットを撮ることになった。
「混ぜるのは、こちらでいいですか?」
ルミエールがボウルを持つ。
「ええ。私はこっちを準備するわね」
ブランシュは慣れた手つきで材料を整える。
写真用の撮影なのに、二人の動きは不思議と噛み合っていた。
片方が道具を取れば、もう片方が自然に場所を空ける。
言葉を交わす前に、次に必要なものが分かっているようだった。
焼き上がった小さなスイーツを、二人で同時に味見する。
「おいしい」
声が重なった。
ブランシュとルミエールは、同時に顔を合わせる。
スタッフたちが小さく笑った。
「また声そろいましたね」
「本当に姉妹みたい」
「さっきから不思議なくらい息が合ってますよね」
カメラマンはモニターを確認しながら、満足そうにうなずいた。
「今の表情、すごくいいです。自然な日常って感じが出ています」
ルミエールは少しだけ照れたように視線を落とした。
不思議なのは、スタッフだけではなかった。
ルミエール自身も、ブランシュと並ぶたびに、未来の母と過ごした時間が近くに戻ってくるような気がしていた。
次のカットは、パジャマ姿での撮影だった。
淡い色の寝室セットに、ふわふわのクッションとぬいぐるみが並んでいる。
撮影テーマは、姉が妹の髪を整えてあげる日常の一場面。
ブランシュはルミエールの後ろに座り、ドライヤーを手に取った。
「熱くない?」
「はい。大丈夫です」
温かい風が、ルミエールの髪をゆっくり揺らす。
その瞬間、胸の奥に昔の記憶が戻ってきた。
まだ小さかった頃。
未来の家で、母が同じように髪を乾かしてくれた。
ドライヤーの音。
ブラシが髪を通る感触。
動くと絡まってしまうわよ、と笑う母の声。
目の前にいるブランシュは、まだ若い頃の母だ。
けれど、髪に触れる手つきは、記憶の中の母と同じだった。
ブランシュがブラシを手に取り、毛先から丁寧に髪をとかしていく。
ルミエールは、急に言葉が出なくなった。
目の奥が熱くなる。
気づけば、涙がたまりかけていた。
「ルミエールさん?」
ブランシュの声で、ルミエールは現実に戻った。
「大丈夫ですか?」
「あ……」
ルミエールは慌てて指先で目元に触れた。
目にゴミなど入っていない。
それでも、そう言うしかなかった。
「すみません。目にゴミが入ったようで、涙が出ました」
ブランシュは少し心配そうにルミエールを見た。
「無理しないでくださいね」
「はい。大丈夫です」
ルミエールは小さくうなずいた。
本当は、痛かったのではない。
懐かしかった。
そして、懐かしすぎた。
最後のカットは、ベッドの上での撮影だった。
二人は淡い色のパジャマに着替え、枕とぬいぐるみを抱えて並ぶ。
「では、今度はうつ伏せで。顔を少しこちらへ向けてください」
カメラマンの指示で、ブランシュとルミエールは枕の上にごろんと横になった。
ふわりと広がる髪。
並んだ肩。
カメラを見つめる二人の表情が、自然にやわらぐ。
「いいですね。最後にもう一枚」
シャッター音が響く。
モニターに映った二人は、写真集の中の一場面というより、本当に姉妹の日常を切り取ったように見えた。
「はい、今日はここまでです。お疲れさまでした!」
スタッフの声がスタジオに響く。
ブランシュとルミエールは同時に起き上がり、軽く頭を下げた。
「お疲れさまでした」
二人の声が、綺麗に重なった。
一瞬、周囲の動きが止まる。
スタッフの一人が、思わず声を漏らした。
「……今の、聞きました?」
別のスタッフがうなずく。
「声まで似てる。タイミングもぴったりでしたよね」
カメラマンがモニターから顔を上げる。
「見た目だけじゃないんですね。姉妹じゃないのに、姉妹にしか見えない」
「これ、写真集だけじゃもったいないかもしれませんね」
「二人で歌っても良さそうです。声が重なったら、かなり綺麗に聞こえると思います」
その言葉に、ルミエールは少し戸惑った。
撮影のために並んだだけのはずだった。
けれど、ブランシュと一緒にいると、周囲はいつも次の可能性を見つけてしまう。
ブランシュは楽しそうにルミエールを見る。
「歌、ですって」
「私が、ブランシュさんと……?」
「いつか、そういうお話が来たら面白いかもしれないわね」
ルミエールはすぐには答えられなかった。
ただ、重なった声の余韻だけが、まだ胸の奥に残っていた。
写真集『姉妹みたいな日常』。
その撮影一日目は、無事に終わった。
けれど、ブランシュとルミエールが並んだ時間は、写真だけでは終わらない何かを、静かに残していた。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
撮影のために並んだ二人でしたが、重なる仕草や声は、周囲が思わず足を止めるほど自然なものでした。
この一日が、二人にとって新しい企画へつながるきっかけになっていきます。




