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第64話 太陽の下で重なる音

今回は、遊園地ライブ本番の回です。


太陽の下で、三人の音がもう一度重なります。


遊園地の空は、朝からよく晴れていた。


雲は少なく、冬の空気は澄んでいる。


前に下見へ来た時と同じ観覧車が、青空の中でゆっくり回っていた。


「晴れてよかったね」


ソレイユが、ステージへ向かう道で空を見上げた。


「風も、そんなに強くなさそう」


ノアールも、髪を軽く押さえながら言う。


ルミエールはタブレットの天気予報と、園内の旗の揺れ方を見比べた。


旗は少しだけ揺れている。


演奏や歌に影響するほどではない。


「今日は大丈夫そうです」


ルミエールが答えると、ソレイユはほっとしたように笑った。


「よかった。雨だったら、ちょっと寂しいもんね」


「透明のカバーは、一応用意してあります」


「そこはちゃんとしてるんだ」


ノアールが少し笑う。


「猫型ロボットを濡らすわけにはいきませんから」


ルミエールがそう答えると、ソレイユが前を指した。


「ステージ、見えてきたよ」


木々の向こうに、白い半円形の屋根を持つ野外ステージが見えた。


前方には芝生の客席。


左右には階段。


その横には長いベンチが並んでいる。


まだ開演前で、客席にはスタッフしかいない。


けれど、ここに家族連れや子どもたちが集まる光景は、前回の下見で自然と想像できるようになっていた。


ショッピングセンターのイベント広場とは違う。


ここには壁も天井もない。


けれど、見に来る人たちはきっと大きく変わらない。


子どもたち。


家族連れ。


立ち止まって歌を聴いてくれる人。


その意味では、前と同じだった。


「お客さんは、ショッピングセンターの時と似ているかもしれませんね」


ルミエールが言うと、ノアールがステージの方を見た。


「うん。少し安心した」


「緊張してた?」


ソレイユが聞く。


「少しだけ。でも、前より怖くない」


ノアールは小さく息を吸った。


「外でも、ちゃんと歌えるか確かめたい」


その声には、不安よりも前へ進もうとする気持ちがあった。


ルミエールはうなずく。


「開演前に一度、マイクテストをしましょう。客席の後ろまで声が届くか確認します」


「うん」


スタッフに案内され、三人はステージへ上がった。


ロボットたちは、舞台の後方で準備されている。


白猫ロボット。


黒猫ロボット。


ピンクリボンの猫型ロボット。


屋外の光を受けて、いつもより少し明るく見えた。


ルミエールは鍵盤の前に立ち、ノアールのマイクを確認する。


「ノアール、少しだけ歌ってみて」


「分かった」


ノアールはマイクを両手で持ち、軽く息を整えた。


短いフレーズが、ステージから空へ伸びる。


屋内のように音が返ってくる感じは薄い。


けれど、声は澄んだまま前へ進んでいった。


ルミエールは客席の後方へ移動し、芝生の斜面を上る。


ベンチの近くまで来ても、ノアールの声はきちんと届いていた。


空へ抜けていく分、音は軽い。


それでも、ノアールの声の透明感は消えていない。


むしろ、冬の空気の中でまっすぐ広がっている。


「ノアール、もう少しだけマイクを上げます」


ルミエールが声をかける。


「ロボットの音量は?」


「演奏は少し抑えます。ノアールの声を前に出した方が、この場所には合いそうです」


ソレイユがギターを軽く鳴らした。


「じゃあ、私も少し抑えめ?」


「最初は少しだけ。サビで広げましょう」


「了解!」


軽い確認だけで、音は整った。


ロボットの演奏も、ノアールの声を隠さない。


ソレイユのギターも、ルミエールの鍵盤も、屋外の空気に混ざって広がっていく。


準備はできた。


開演時間が近づくにつれ、客席には少しずつ人が集まり始めた。


芝生には、親子連れがレジャーシートを広げている。


ベンチには、カップルや家族連れが座り始めた。


子どもが風船を持って走り、親が慌てて追いかける。


売店の袋を手にした若い二人が、手をつないで客席の横を通り過ぎた。


ソレイユの視線が、その二人に一瞬だけ向いた。


ほんの少しだけ、羨ましそうな顔だった。


けれど、すぐにソレイユは笑顔を作る。


「お客さん、増えてきたね」


何事もなかったように明るく言う。


ルミエールは、その一瞬に気づいた。


声をかけようか迷ったが、今は本番前だ。


ソレイユ自身も、気づかれたくないのだと思う。


だからルミエールは、いつも通りに答えた。


「ええ。前方の芝生まで埋まりそうですね」


「よし。今日も届けよう」


ソレイユは自分に言い聞かせるように言った。


ノアールがマイクを握る。


ルミエールは鍵盤に手を置く。


ステージ横のスタッフが合図を出した。


ロボットバンドのライトが灯る。


白猫ロボットがリズムを刻み、黒猫ロボットのドラムが入る。


ピンクリボンの猫型ロボットがベースラインを支えた。


イントロが、太陽の下へ広がっていく。


ルミエールの指が鍵盤を押した瞬間、下見の日の景色がよみがえった。


青空を駆け抜けたジェットコースター。


回しすぎたコーヒーカップ。


黄色とオレンジ色のポップコーンバケツ。


いちごチョコのチュロス。


真っ白なソフトクリーム。


観覧車の中で聞いた、三人の笑い声。


あの日に拾った音が、今は一つの曲になっている。


ノアールが息を吸った。


そして、歌い出す。


「笑顔が回る、この空の下で――今日の夢を、明日の光に!」


ノアールの声が、客席へまっすぐ届いた。


屋外でも、消えなかった。


空へ溶けていくのではなく、芝生の前方へ、ベンチの後ろへ、立ち止まった人の胸へ届いていく。


子どもたちの動きが止まる。


話していた大人が、自然にステージを見る。


風船を持った子が、ノアールの声を追うように顔を上げた。


ノアールは歌っていた。


怖がるような表情ではなかった。


自分の声が届いていることを、歌いながら感じている。


その顔に、少しずつ笑顔が戻っていく。


ルミエールは鍵盤を弾きながら、その変化を見ていた。


ショッピングセンターの時とは違う。


ここには広い空がある。


壁も天井もない。


それでも、ノアールの声はちゃんと届いた。


ソレイユのギターが明るく重なる。


さっきまで少しだけ揺れていた横顔は、もうステージの光の中にあった。


笑顔は作ったものではない。


夢を歌に変えて、客席へ向けて放つ笑顔だった。


ルミエールは、鍵盤の音を少しだけ広げた。


三人の音が、太陽の下で重なっていく。


ロボットの演奏も、ノアールの声も、ソレイユのギターも、ひとつの流れになって客席へ届いた。


曲が進むにつれ、手拍子が増えていく。


前方の子どもたちが立ち上がりそうになり、親が笑いながら座らせる。


ベンチに座っていたカップルも、手を叩いていた。


最後のサビで、ノアールの声がさらに伸びる。


冬の空へ向かって、まっすぐに。


ルミエールはその声を支えながら、胸の奥が熱くなるのを感じた。


今日のライブは、大丈夫。


そう思えた。


曲が終わる。


一瞬だけ、空気が静かになった。


次の瞬間、拍手が広がった。


芝生の前から。


ベンチの後ろから。


通りすがりに足を止めた人たちから。


波のように、音が返ってくる。


「アンコール!」


子どもの声が聞こえた。


すぐに別の声も重なる。


「もう一回!」


ソレイユがノアールを見る。


ノアールは少し驚いたように息を止め、それから笑った。


その笑顔を見て、ルミエールもスタッフへ視線を向ける。


スタッフが大きくうなずいた。


もう一曲。


今度は、三人とも最初より軽くステージへ立てた。


ノアールの声は、最後まで揺れなかった。


ライブが終わる頃には、客席のあちこちで拍手が続いていた。


ステージを降りたノアールは、胸に手を当てて息を整える。


「外でも、届いたね」


その声は少し弾んでいた。


「ええ。後ろのベンチまで、しっかり届いていました」


ルミエールが答えると、ノアールは嬉しそうに笑った。


「よかった」


その一言に、たくさんの気持ちが詰まっていた。


楽屋へ戻る通路で、遊園地の責任者が三人を待っていた。


その隣には、スーツ姿の男性がいる。


表情は穏やかだが、視線は鋭い。


「素晴らしいステージでした」


責任者が言った。


「ショッピングセンターの時も拝見しましたが、今日は屋外でも非常に良かったです」


スーツ姿の男性が名刺を差し出す。


『広告代理店 クリエイティブディレクター』


ルミエールは名刺を受け取り、内容を確認した。


「正式なお話は事務所を通しますが」


男性はそう前置きした。


「来期の春夏キャンペーンで、LUMISORA☽のみなさんをイメージキャラクターとして起用できないかと考えています」


「イメージキャラクター……」


ソレイユが小さくつぶやく。


ノアールも、まだライブの余韻が残る顔で名刺を見ていた。


「園内広告、ローカルCM、SNS告知が中心です。猫型ロボットの演出も含めて、遊園地の新しいイメージに合うと感じました」


話が大きくなっていく。


ルミエールは、一歩前に出た。


「ありがとうございます。正式なオファーは、事務所を通して確認させてください」


「もちろんです」


「内容を確認した上で、前向きに検討いたします」


冷静に答えながらも、ルミエールは感じていた。


今日のステージは、ただの成功で終わらない。


ここから先、新しい仕事がさらに増えていく。


楽屋へ戻る途中、ノアールがぽつりと言った。


「これから、忙しくなりそうだね」


その声には、少しの疲れと、それ以上の嬉しさが混じっていた。


ルミエールは、まだ拍手の余韻が残るステージの方を振り返る。


「ええ。きっと、今までより忙しくなります」


「でも、少し楽しみ」


ノアールはそう言って、やわらかく笑った。


今日のライブは、成功した。


太陽の下でも、ノアールの声はちゃんと届いた。


三人の音は、客席の奥まで広がっていった。


けれど、成功したからといって、この先がずっと平坦に進むわけではない。


次に越えなければならない壁が待っていることを、この時の三人はまだ知らなかった。


最後まで読んでくださって、ありがとうございます。


今回は、遊園地の屋外ステージでのライブ本番でした。


下見の日に三人で感じた遊園地の楽しさが、歌と演奏になって客席へ届いていきます。


成功の余韻の中で、新しい仕事の話も動き始めました。


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