第63話 太陽の下の遊園地
前回、三人は同じテーブルに戻ることができました。
今回は、新しい仕事の下見を兼ねて、三人で遊園地へ向かいます。
車が大きな交差点を曲がると、建物の向こうから観覧車が姿を現した。
赤や黄色、青に塗り分けられたゴンドラが、晴れた空の中をゆっくりと回っている。
「あれが遊園地?」
後部座席の窓に近づいたソレイユが、弾んだ声を上げた。
観覧車の近くには、高く伸びたレールや、塔のような乗り物も見える。
遠くからでも、園内の華やかさが伝わってきた。
ノアールも窓の外を見つめていた。
「小さい頃に来たことがあるような気がする。でも、あまり覚えてないかも」
「私は初めて!」
ソレイユは観覧車を追いかけるように、窓の向こうへ顔を向けている。
ルミエールも膝の上のタブレットから視線を上げた。
月の居住区にも、遊園地と呼ばれる場所はあった。
大きなカプセルの中に作られた室内型の施設で、空も太陽も、季節に合わせて映し出されたものだった。
乗り物から吹く風も、気温も、細かく調整されている。
けれど、車窓の向こうに見える観覧車には天井がない。
その上には、どこまでも青い空が広がっていた。
資料の写真で見るよりも、ずっと大きい。
「ルミエールも楽しみ?」
ソレイユに聞かれ、ルミエールはタブレットを閉じた。
「まずは、ステージを確認してからです」
「その言い方、ちょっと楽しみにしてる顔だよ」
ノアールが言う。
「そう見えましたか?」
「見えた」
二人に続けて言われ、ルミエールはもう一度窓の外を見た。
観覧車が、先ほどよりも近くなっていた。
遊園地へ到着すると、入口の上には色とりどりの旗が揺れていた。
明るい音楽が流れ、甘い菓子の香りが風に乗ってくる。
ソレイユはゲートを通った途端、右から左へ忙しく視線を動かした。
「すごい。どこから見たらいいのか分からない」
「今日は遊びに来ただけじゃないよ」
ノアールが笑う。
「分かってるよ。ちゃんと下見するって」
そう答えながらも、ソレイユの視線は空を走るジェットコースターへ向いていた。
三人はスタッフに迎えられ、園内の奥へ案内された。
にぎやかな通りを離れると、周囲の音が少しずつ穏やかになる。
木々の間を抜けた先に、白い半円形の屋根を持つ野外ステージが現れた。
ステージは緩やかな斜面の下に作られている。
前方の中央には広い芝生があり、その左右には上へ続く階段が設けられていた。
階段の横には長いベンチが並び、斜面の後ろにも座って見られる場所がある。
家族連れなら前の芝生へレジャーシートを敷き、子どもたちを座らせられる。
後ろのベンチからも、ステージ全体がよく見えそうだった。
「小さい子は、あの辺に座るのかな」
ソレイユが芝生の前方を指した。
「ステージと近いね」
ノアールは舞台の前まで歩き、客席を振り返った。
遠くから乗り物の歓声が届く。
けれど、会話を遮るほどではない。
ステージの周りは、園内の中でもショーを落ち着いて見られる場所として整えられていた。
「ショッピングセンターより、お客さんの顔がよく見えそう」
ノアールの言葉に、ルミエールもうなずいた。
屋内のイベント広場には、壁も天井もあった。
ここにはステージの屋根があるものの、客席の上には広い空がある。
風が強い日には、装飾が揺れる可能性がある。
急に雨が降れば、横から吹き込んでくることも考えられた。
猫型ロボットへすぐにかぶせられる、透明な防水カバーを用意しておいた方がよさそうだ。
ルミエールはタブレットを開き、短く書き加えた。
「雨が降った場合は、どうなりますか?」
スタッフがステージの屋根を見上げる。
「弱い雨でしたら舞台は守れますが、客席には屋根がありません。天候によっては延期か中止になります」
「風の強さも、当日確認した方がよさそうですね」
ルミエールは舞台へ上がり、斜面に広がる客席を見渡した。
屋内では、音が壁や天井へ返ってくる。
空へ開かれた場所では、ノアールの声の届き方も変わるだろう。
ロボットの演奏と重なった時、後方のベンチまで歌声がきちんと届くかも確認しておきたい。
「当日は、開演前に一度リハーサルをしましょう」
ルミエールが言うと、ノアールも舞台へ上がってきた。
「ここで歌ってみるの?」
「ええ。マイクの音が客席の後ろまで届くか確かめたいわ。ロボットの演奏も、ショッピングセンターと同じ音量で合うとは限りません」
「私、後ろまで行って聞いてみる」
ソレイユが斜面の上を指した。
「三人で歌うのだから、ソレイユも舞台に必要です」
「あ、そっか」
スタッフが笑いながら言った。
「当日は開園前から使えるようにしておきます。客席側で音を確認するスタッフも配置しますよ」
「ありがとうございます」
確認することは、それほど多くなかった。
屋外の風と雨。
客席までの音の届き方。
開演前のリハーサル。
ルミエールがタブレットへ予定を書き込んでいると、別のスタッフが三人の近くへやってきた。
「ショッピングセンターのステージを拝見しました」
猫型ロボットの演奏が話題になっていたことを告げ、今回のイベントでも同じような演出が可能か尋ねる。
ルミエールはステージの広さを見た。
「今回の会場に合う形へ調整すれば可能です。詳しい内容は、事務所を通してご相談させてください」
「ぜひ、お願いします」
スタッフと別れたあと、ソレイユは客席の中央へ立った。
芝生の向こうには、家族連れやカップルが歩く園内の道が見える。
「ここ専用の歌も作りたいな」
「遊園地のテーマソング?」
ノアールが聞く。
「うん。帰り道でも口ずさめるような曲」
ルミエールは客席の上に広がる空を見上げた。
誰かが今日の景色を思い出す時、一緒によみがえる歌。
この場所なら、そんな曲が似合いそうだった。
「良いと思います」
ステージの確認を終えると、ソレイユは待っていたように斜面を上った。
「じゃあ、次は園内もちゃんと見て回らないとね」
「遊びたいだけじゃない?」
ノアールが後ろから尋ねる。
「乗ってみないと分からないこともあるでしょ?」
ソレイユの足は、迷うことなくジェットコースターの方へ向いていた。
ルミエールもタブレットを鞄へしまった。
乗り物を体験することも、遊園地を知るためには必要だ。
そう考えたものの、それだけが理由ではなかった。
ジェットコースターの列へ並ぶと、頭上を車体が勢いよく駆け抜けた。
乗客の歓声と風を切る音が重なる。
「やっぱり、最初はこれだよね」
ソレイユは楽しそうだった。
ノアールは高く伸びたレールを見上げている。
「思っていたより高いね」
「大丈夫?」
「乗るって決めたから乗る」
三人が座席へ乗り込むと、安全バーが下りた。
ルミエールは固定されたことを確認し、前方のレールを見る。
車体がゆっくり動き出した。
階段を上るような音とともに、地上が少しずつ遠ざかっていく。
園内の屋根や観覧車、その向こうの街まで見渡せた。
カプセルに囲まれた施設とは違う。
風が直接頬へ触れ、太陽の光がすぐ近くにある。
頂上へ近づいた瞬間、ソレイユが声を上げた。
「すごい! 全部見える!」
次の瞬間、車体が一気に下った。
ルミエールの体が座席へ押しつけられる。
風景が流れ、空と地面が交互に視界へ飛び込んできた。
ソレイユの歓声が聞こえる。
ノアールも前の席で叫んでいた。
ルミエールの口からも、思わず声がこぼれた。
風の中を走るという感覚は、想像していたものよりもずっと激しく、楽しかった。
乗り終わったソレイユは、すぐに振り返った。
「もう一回乗りたい!」
「少し休もうよ」
ノアールは髪を整えながら答えた。
「ルミエールは?」
「もう一度乗れば、最初より周りを見る余裕ができると思います」
「乗りたいんだ」
ノアールに言われ、ルミエールは小さく笑った。
次に三人が選んだのは、大きな花の模様が描かれたコーヒーカップだった。
三人で一つのカップへ乗る。
中央のハンドルを握ったソレイユが、開始の合図と同時に勢いよく回した。
「ソレイユ、速い!」
ノアールがテーブルへ手をつく。
「まだ回せるよ!」
「もう十分!」
周囲の景色が、色の輪になって流れていく。
ルミエールも中央のハンドルへ手を添えた。
「では、反対へ回したらどうなるのでしょう」
「ルミエールまで回さないで!」
二人の手が加わり、カップの動きが変わる。
ソレイユの笑い声とノアールの声が重なり、ルミエールも堪えきれずに笑った。
カップが止まったあとも、三人はしばらく真っ直ぐ歩けなかった。
「ルミエールが一番回してなかった?」
ノアールがベンチへ座りながら言う。
「動きを確認しただけです」
「楽しんでたよね?」
ソレイユにも聞かれ、ルミエールは答える代わりに近くの売店へ視線を向けた。
売店の前には、甘い香りが漂っていた。
ソレイユが選んだのは、黄色とオレンジ色のポップコーンバケツだった。
黄色を基調に、オレンジ色の星が散りばめられている。
肩から下げられるストラップもついていた。
「これ、可愛い!」
ソレイユはバケツを胸の前に抱え、すぐにポップコーンを一粒口へ入れた。
ノアールは、いちごチョコがたっぷりかかったチュロスを選んだ。
淡いピンク色のチョコレートに、小さな白い飾りが散っている。
「ノアールのも可愛い」
「ソレイユのバケツも似合ってるよ」
ルミエールの手には、真っ白なソフトクリームがあった。
日差しを受けた表面が、なめらかに光っている。
三人は食べながら、園内の道を歩いた。
「あれも乗りたい」
ソレイユはポップコーンをつまみながら、空中を回る乗り物を指す。
「先に食べ終わってからね」
ノアールはチュロスへ口をつけた。
ルミエールも二人の視線を追っているうちに、手元のソフトクリームが少し傾いた。
「ルミエール、溶けてる」
ノアールに言われ、白い雫がコーンへ流れかけていることに気づく。
「思っていたより早いですね」
「外だからじゃない?」
月の施設では、食べ物が溶けにくいよう室温まで調整されていた。
太陽の下では、立ち止まって眺めている間にも形が変わっていく。
ルミエールは溶ける前に食べようと、少しだけ歩く速度を落とした。
「ポップコーンも食べる?」
ソレイユがバケツを差し出す。
「ソフトクリームを食べ終えてからいただきます」
「じゃあ、残しておくね」
何気ない言葉だった。
けれど、ソレイユが自分たちへ食べ物を差し出し、ノアールが隣で笑っていることが、ルミエールにはうれしかった。
夕方が近づく頃、三人は観覧車へ向かった。
列には家族連れや友人同士の客に混じり、手をつないだカップルが何組も並んでいた。
ソレイユの視線が、その中の一組へ向いた。
二人は顔を寄せ合い、観覧車のゴンドラを見上げながら楽しそうに話している。
ソレイユの口元には笑みが残っていた。
けれど、その横顔には、少しだけ羨ましさが浮かんでいた。
ルミエールは声をかけようとして、言葉を止めた。
ソレイユが悠斗を大切に思う気持ちは、簡単に消えるものではない。
今すぐ答えを出させる必要もなかった。
「観覧車、三人で乗りましょう」
ルミエールが言うと、ソレイユはこちらを向いた。
「うん。楽しみ」
ノアールも二人の隣へ並ぶ。
「高いところから、さっきのステージも見えるかな」
順番が来ると、三人は同じゴンドラへ乗り込んだ。
扉が閉まり、観覧車がゆっくりと動き始める。
地上にいた人々が少しずつ小さくなっていく。
ジェットコースターのレール。
色とりどりの屋根。
先ほど歩いた道。
園内の奥には、下見をした野外ステージも見えた。
「あそこだ」
ノアールが窓の向こうを指す。
芝生の斜面も、左右の階段も、ここからなら一つの小さな劇場のように見えた。
「ここで歌うんだね」
ソレイユが静かに言う。
ルミエールは、その言葉を聞きながら空を見た。
太陽は傾き始め、園内を金色に染めている。
月で見ていた空は、いつもカプセルの向こう側にあった。
今はガラス越しとはいえ、その空の中を自分たちが上っている。
「今日、来られてよかった」
ノアールが言った。
「下見に?」
ソレイユが尋ねる。
「それもあるけど、三人で乗り物に乗れたから」
ソレイユは少しだけ黙ったあと、ポップコーンバケツを抱え直した。
「私も楽しかった。ジェットコースター、また乗りたい」
「次は一回だけにしてね」
「二回」
「一回」
二人の声が重なる。
ルミエールは窓の外へ視線を戻しながら笑った。
遠くから園内の音楽が届いている。
乗り物の音。
子どもたちの声。
三人で笑ったコーヒーカップ。
青空の下を駆け抜けた風。
そこから生まれた音が、ルミエールの中で少しずつつながっていく。
「テーマソングには、今日の音も入れたいですね」
「今日の音?」
ノアールが聞く。
「遊園地で感じた楽しさが伝わる曲にしたいということです」
「じゃあ、コーヒーカップのところも?」
ソレイユが尋ねる。
「ソレイユの叫び声は入れません」
「ノアールも叫んでたよ」
「私はソレイユを止めてただけ」
三人の笑い声を乗せたゴンドラが、夕暮れの空をゆっくりと進んでいった。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
今回は、遊園地のステージを下見したあと、三人で乗り物や食べ歩きを楽しむ回でした。
月の室内型遊園地しか知らなかったルミエールにとって、太陽と大空の下に広がる遊園地は初めての景色です。
三人が遊園地で感じた楽しさは、これから作る歌へつながっていきます。




