第60話 残された光、その裏側
今回は、本編第56話「残された光」をルミエール目線で描いた外伝回です。
ソレイユが戻ってきた朝。
けれど、ルミエールはまだ部屋から出ることができませんでした。
本編では短く描かれていた闇の発現と救出を、外伝ではルミエールの心情と魔法描写を中心に描いています。
朝は来た。
けれど、ルミエールの中では、夜がまだ続いていた。
ほとんど眠れないまま迎えた朝だった。
カーテンの隙間から差し込む光が、部屋の床に細く伸びている。
いつもなら、朝の光は嫌いではない。
けれど今日は、その明るささえ少し重たかった。
ルミエールは、ベッドの端に座ったまま時間だけを見送っていた。
昨日から、同じ考えが頭の中を回っている。
恋愛禁止を撤回するつもりはない。
このまま放っておくこともできない。
けれど、ソレイユと顔を合わせれば、また同じ話をしなければならない。
今は、その気力がなかった。
その時、玄関の方から物音がした。
人の声。
足音。
ショコラとブランシュが、ソレイユを連れて戻ってきたのだと分かった。
ルミエールは立ち上がりかけて、すぐに座り直した。
出られない。
しばらくして、下の階からノアールの声が聞こえた。
「おかえり」
少し間があって、ソレイユの小さな声が返る。
「……ただいま」
今はノアールが出てくれてよかった。
今日だけは、誰かが自分の代わりにそこにいてくれればいい。
ルミエールは布団を握りしめた。
しばらくして、廊下から足音が聞こえた。
ルミエールは顔を上げる。
ソレイユだろうか。
それとも――。
足音は、部屋の前で止まった。
「……起きてる?」
ブランシュの声だった。
ルミエールは返事をしなかった。
喉まで言葉は上がってきた。
けれど、声にはならなかった。
やがて、紙の擦れる音がした。
何かがドアの下を通る。
足音が遠ざかったあと、ルミエールはベッドから降りた。
床に一枚の紙がある。
拾い上げると、そこには連絡先と短い言葉が書かれていた。
『困ったり、相談したいことがあったら電話して』
ルミエールは、その文字をしばらく見つめた。
こういうところは昔から変わらない。
相手が話したくなるまで待つ。
答えを急がない。
本当は、相談したかった。
今この世界にいるブランシュではなく、未来で自分のママであるブランシュに。
けれど、それを考え始めると、胸の奥がまた苦しくなる。
ルミエールは紙を机の上へ置いた。
もう今日は、これ以上何も考えたくなかった。
ソレイユにも会いたくない。
話し合う気力もない。
布団を頭まで引き上げる。
明日になれば、少しは何か変わるかもしれない。
そう思った時だった。
廊下の方から、ルナの鳴き声が聞こえた。
一度目は、聞き間違いかと思った。
二度目で、嫌な予感がした。
細く、切羽詰まった声。
何かを訴えるように、何度も鳴いている。
今度は、扉を引っかく音がした。
かりかりと、爪が木を擦る。
その音に、胸の奥が嫌な形でざわついた。
ルミエールは布団をはねのけた。
扉を開けると、ルナがそこにいた。
黒い毛を逆立て、ソレイユの部屋の方を見ている。
喉の奥から、細く切れたような声が出ていた。
ルミエールは廊下の先を見る。
ソレイユの部屋の扉の下から、黒いものが滲んでいた。
息が止まる。
次の瞬間、ルミエールは走っていた。
扉を開けた瞬間、部屋の空気が黒く歪んでいた。
床に倒れたノアールの周りから、墨を流したような闇が広がっている。
それは床を這い、壁を伝い、天井へ向かって細いひびを伸ばしていた。
ひびの奥では、黒い紋章が脈打っている。
まるで部屋そのものが、ノアールの苦しみに引きずり込まれているようだった。
ソレイユも倒れていた。
オレンジ色の髪はくすみ、いつもの太陽のような明るさが消えている。
ノアールはさらに深く闇の中心に沈んでいた。
ルミエールは、その場から動けなかった。
助けなければならない。
分かっているのに、体が言うことを聞かなかった。
その時、机の上に置いた紙が頭に浮かんだ。
気づいた時には、スマホを握っていた。
指が震える。
それでも番号を押した。
呼び出し音が、ひどく長く感じた。
相手が出た瞬間、ルミエールの声はかすれた。
「……助けて」
それだけで精一杯だった。
ブランシュとショコラは、ほとんど同時に来た。
扉を開けたブランシュは、部屋の中を見てすぐに表情を引き締める。
ショコラはノアールとソレイユのそばへ駆け寄り、二人の呼吸を確かめた。
ルミエールは壁際に立ったまま、まだ動けない。
ブランシュが振り返る。
「ルミエール」
名前を呼ばれて、ようやく息を吸えた。
「あなたの魔力が必要なの」
ルミエールの指が震えた。
「私の……?」
「私とショコラだけでは足りない。手伝って」
その言葉で、胸の奥に細い光が差し込んだ気がした。
怖い。
今も怖い。
それでも、必要だと言われた。
ルミエールは震える手で杖を握った。
「……分かったわ」
ブランシュは短く告げる。
「まずはソレイユよ」
ブランシュの白銀の光が床を走った。
ソレイユの足元に魔法陣が広がる。
ショコラの琥珀色の光が重なり、黒く滲んだ紋章の縁を照らした。
二人の光だけでは、闇を押し返しきれない。
黒いひびが、魔法陣の線へ食い込んでいく。
ルミエールは息を吸い、水色の光を放った。
その瞬間、部屋の空気が変わった。
水色の光は、細い線では終わらなかった。
魔法陣の外側まで一気に広がり、黒く歪んでいた床を照らしていく。
壁まで伸びていたひびが、水色の光に触れて震えた。
ブランシュが短く言う。
「ルミエール、そのまま」
ルミエールは杖を握り直した。
怖さは消えない。
でも、自分の魔力が必要とされていることだけは分かった。
白銀と琥珀色の光に、水色の光が重なる。
ソレイユの髪に、少しずつ明るさが戻っていった。
くすんでいたオレンジ色が、火を灯すように色を取り戻す。
ソレイユの指先が動いた。
呼吸が戻る。
まぶたが震え、ゆっくりと開く。
「……何が」
ソレイユはまだ状況を飲み込めていなかった。
けれど、ノアールの方を見た瞬間、表情が変わる。
「ノアール……?」
ブランシュが言った。
「手伝って」
ソレイユはふらつきながら起き上がった。
「私も……やる」
最初に生まれた橙色の光は弱かった。
起き上がったばかりの体では、杖を支えるだけでも精一杯だった。
それでもソレイユは杖を下ろさない。
ブランシュの白銀の光が床を走り、ショコラの琥珀色がその上へ重なる。
ルミエールの水色の光は、魔法陣全体を支えるように部屋の隅まで広がっていた。
そこへ、ソレイユの橙色が少しずつ濃くなっていく。
ノアールを助けたい。
その気持ちは、四人とも同じだった。
白銀と琥珀、水色と橙色の光が一つの魔法陣の中で重なり、黒い紋章をノアールの胸元へ押し戻していった。
黒い紋章は、最後に一度だけ強く脈打った。
ノアールの胸元から黒い光があふれそうになる。
ルミエールは杖を握る手に力を込めた。
「ノアール……戻ってきて」
声に出した瞬間、水色の光がさらに強くなる。
それに応えるように、ソレイユの橙色も広がった。
黒い紋章は光に包まれ、少しずつ形を失っていく。
床の歪みが消え、壁を走っていた黒いひびも薄くなった。
最後の黒い線が、ノアールの胸元へ吸い込まれる。
部屋に残っていた重い空気が、ふっと軽くなった。
ノアールの指が、かすかに動く。
「……ノアール?」
ルミエールが声をかける。
ノアールのまぶたが震え、ゆっくり開いた。
その瞬間、ルミエールの足から力が抜けた。
杖が床に落ちる。
乾いた音が部屋に響いた。
立っていられなかった。
その場に膝をついた途端、張りつめていたものが一気に崩れた。
怖かった。
本当に、怖かった。
涙がこぼれても、止められなかった。
ブランシュが何も言わず、ルミエールの背中に手を置いた。
その手の温かさに触れた瞬間、ルミエールはようやく息を吐いた。
窓の外では、朝の光が部屋に差し込んでいた。
読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、本編第56話「残された光」をルミエール目線で描きました。
本編では短く描かれていたノアールの闇の発現と救出を、外伝ではルミエールの恐怖、ブランシュへ助けを求める気持ち、そして四人の魔法として描いています。
また、前話で「まだ私のママではない」と思っていたルミエールが、いざという時にブランシュへ助けを求める回でもありました。




