第59話 答えの出ない夜
今回は、本編第55話「雨音の夜」をルミエール目線で描いた回です。
ソレイユが家を飛び出した夜。
ルミエールは、自分が言った言葉と向き合うことになります。
本編第37話「恋と猫と、それぞれの責任」ともつながる回です。
家に戻ると、執事が静かに頭を下げた。
「お食事の準備が整っております」
ルミエールは食堂の方を見る。
けれど首を横に振った。
「……ソレイユが帰ってからにするわ」
執事は何も聞かなかった。
「かしこまりました」
それだけ言って下がっていく。
広い家は、妙に静かだった。
ノアールは落ち着かない様子でルナを抱いている。
ルミエールも同じだった。
ソレイユへ連絡する。
返事はない。
電話をかける。
電源が入っていない。
胸の奥が冷たくなる。
悠斗にも連絡した。
桐谷君にも連絡した。
けれど二人とも知らないという返事だった。
時計を見る。
スマホを見る。
また時計を見る。
何度も同じことを繰り返す。
もう帰っていてもおかしくない時間だった。
ルミエールはソファから立ち上がる。
窓の外を見る。
また座る。
そして再びスマホを見る。
落ち着かなかった。
私が言わなければ。
ソレイユを止める人はいなかった。
ノアールは今、自分のことで精一杯だ。
恋愛禁止を伝える役も。
現実を伝える役も。
嫌われ役も。
全部、私がやるしかなかった。
そう思う。
そう思うのに。
胸の奥が苦しい。
そこでルミエールは、あの日の食卓を思い出した。
まだノアールが、この家に来て間もない頃。
ソレイユは、いつも以上に上機嫌だった。
悠斗に告白されたこと。
少ないお小遣いで買ってくれたという指輪。
恋もアイドルも諦めたくない。
そう言って笑っていた。
あの時、もっと強く言うべきだったのかもしれない。
覚悟がないなら、私とノアールの二人でアイドルをする。
恋を選ぶなら、それでもいい。
そうはっきり伝えるべきだったのかもしれない。
けれどルミエールは、どちらも頑張ればいいと言ってしまった。
家の敷地内で会えばいい。
アニメ同好会に誘えばいい。
何とかなるかもしれないと思ってしまった。
それは優しさだったのか。
ただの甘さだったのか。
今のルミエールには分からない。
正直に言えば。
ソレイユは、秘密の恋には向いていなかったのかもしれない。
学校でも悠斗の近くへ行く。
話す時の声も明るくなる。
好きという気持ちを隠すのが苦手なのだ。
それは悪いことではない。
むしろソレイユらしい。
けれど芸能界では、それが武器になるとは限らない。
今までは、まだ部活の延長だった。
チラシを作る。
ホームページを更新する。
イベントを手伝ってもらう。
みんなで集まって考える。
そんな時間だった。
けれど、社長室であの言葉を聞いた瞬間、それが変わった。
もう、ただの部活ではない。
これから先は、部活のノリではできない。
チラシも。
ホームページも。
事務所を通して、専門の人たちが作るようになるかもしれない。
活動の規模が大きくなれば、関わる人も増える。
責任も増える。
だからルミエールは、不安だった。
その時だった。
部屋の扉が開く。
ノアールがスマホを握ったまま立っていた。
「……お姉ちゃんから連絡があった」
ルミエールが顔を上げる。
「ソレイユ、お姉ちゃんの家に泊まるって」
それだけで十分だった。
ルミエールは大きく息を吐いた。
無事だった。
それだけでよかった。
けれど。
安心したはずなのに、眠れなかった。
こんな時、ママが近くにいたら。
ルミエールは、ふと思った。
恋愛禁止。
ソレイユのこと。
ノアールのこと。
そして、自分が言った言葉。
全部まとめて相談できたかもしれない。
けれど今は違う。
この世界にもブランシュはいる。
顔も同じ。
声も同じ。
笑った時の雰囲気も同じだった。
それなのに。
まだ私のママではない。
相談したいと思っても、
「ママ」と呼ぶことはできない。
同じ人なのに。
まだ、届かない距離があった。
ルミエールはスマホを置いた。
答えは出ない。
ソレイユを止めたことが正しかったのか。
もっと別の言い方があったのか。
考えても、考えても分からない。
窓の外では、雨が静かに降り続いていた。
時計を見る。
また時間が過ぎている。
眠ろうとして目を閉じても、すぐに開いてしまう。
その繰り返しだった。
気づけば、空の色が少しだけ薄くなっていた。
夜は終わろうとしている。
けれどルミエールの中では、まだ何一つ終わっていなかった。
朝が、少しずつ近づいていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、本編第55話「雨音の夜」をルミエール目線で描きました。
ソレイユを止めなければならない。
けれど傷つけたくない。
その間で揺れるルミエールの長い夜です。
次回は、本編第56話「残された光」へつながります。




