表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

58/63

第58話 光の代償、その裏側

今回は、本編第54話「光の代償」をルミエール目線で描いた外伝回です。


また、本編第37話「恋と猫と、それぞれの責任」ともつながる回です。


ソレイユの恋を応援したかった気持ち。

けれど、ノアールを助けるためにLUMISORA☽を守らなければならない責任。


ルミエールが、恋愛禁止という言葉をどう受け止めたのかを書いています。

成功は、終わりではなかった。


それは、新しい扉が開いた合図だった。


けれど、その扉の向こうにあったものは、ルミエールが思っていたよりも冷たかった。


ショッピングセンターでのリベンジステージから、数日後。


ルミエール、ソレイユ、ノアールの三人は、事務所へ呼び出されていた。


ソレイユは、少し弾んだ足取りで廊下を歩いている。


「次はもっと大きなステージかな?」


その声には、隠しきれない期待がにじんでいた。


ノアールも、以前より少し顔色がよくなっている。


あのステージで歌えたことが、胸の奥に小さな自信として残っているのかもしれない。


けれど、ルミエールの胸には、かすかなざわめきがあった。


成功のあとに呼び出される。


それが良い知らせだけとは限らないことを、何となく感じていた。


社長室の扉が開く。


暖房の効いた部屋の空気は、どこか乾いていた。


机の向こうで、社長はいつものように淡々としていた。


「LUMISORA☽の評価が上がり始めている。これから本格的にプロジェクトを拡大する」


三人は黙って聞いた。


「ただし条件がある。今日から一切の恋愛は禁止だ」


その言葉を聞いた瞬間、ルミエールの胸の奥で、何かが静かに沈んだ。


やっぱり。


中学に入った頃、ママから聞いた話が浮かんだ。


アイドルとして活動していた間は、表向き恋愛禁止だったこと。


誰かを好きになる気持ちそのものを否定されたわけではない。


けれど、表に出せない。


見せられない。


守らなければならない夢のために、隠さなければならない感情がある。


その話を聞いていたからこそ、ソレイユと悠斗の距離はずっと気になっていた。


部室で隣同士に座る姿。


カラオケで手をつないで歌う姿。


二人きりになると、少しだけ空気が変わる瞬間。


微笑ましいと思うほど、胸の奥がざわついた。


以前、一度だけ確認したことがある。


ソレイユが恋を選ぶなら、ルミエールとノアールの二人でアイドルをする、と。


その時、ソレイユは恋もアイドルも諦めたくないと言った。


だからルミエールは、守る方法を考えたつもりだった。


アニメ同好会に誘えばいい。


家の敷地内で会えばいい。


そうすれば、きっと大丈夫。


けれど今、社長の言葉を聞いて、その考えの甘さを思い知る。


アイドルとして見られ始めた瞬間、隠していたものも、隠したいものも、いつか誰かの目に触れる。


地球のアイドル活動の厳しさを知らないソレイユに、もっとちゃんと話しておくべきだった。


「君たちはもう子供じゃない。市場に並ぶ“商品”だ。隙を見せれば一瞬で潰される。それがこの業界だ」


商品。


その言葉に、ルミエールの指先がわずかに強ばった。


嫌な言い方だと思った。


けれど、完全には否定できなかった。


見られること。


求められること。


期待される姿を守ること。


アイドルの仕事には、そういう面もある。


ソレイユは何も言わなかった。


けれど、隣にいる彼女の空気が変わったことは分かった。


社長室を出ると、廊下でアンナとすれ違った。


彼女は三人を見るなり、わざと聞こえるように笑った。


「あら、恋愛禁止? そもそもあの子たち、お子様すぎて恋愛なんて縁ないでしょ。社長も心配しすぎよねぇ」


それだけで終わると思った。


けれど、アンナはさらに唇の端を上げた。


「ノアールは恋愛以前に、まず人とまともに話す練習からじゃない? それに、あの白猫の子は優等生ぶっていて、恋なんて関係ありませんって顔してるし」


アンナの視線が、最後にソレイユへ向く。


「それから、あの一番背の低い子。下手したら小学生に見えるわよね。あの子が一番、恋愛なんて無縁そう」


ソレイユの肩が、ぴくりと揺れた。


ノアールは言葉を失ったように、唇を結ぶ。


ルミエールも、何も返せなかった。


腹は立った。


けれどそれ以上に、ソレイユの横顔が気になった。


社長から恋愛を禁じられた。


アンナからは、恋をする存在として見てもらえなかった。


背が低い。


子供っぽい。


恋愛なんて無縁そう。


ソレイユの胸には、そんな言葉ばかりが残ったかもしれない。


けれどソレイユは子供ではない。


悠斗に恋をしている。


自分の気持ちを、自分で選びたいと願っている。


そのことを、ルミエールは知っていた。


事務所を出ると、空は曇っていた。


迎えの車が、少し離れた場所で待っている。


その途中、人のいない場所で、ルミエールは足を止めた。


「ソレイユ」


呼びかける声が、自分でも少し硬いと分かった。


「社長の言葉は本気よ。これからは周囲の目が増える。悠斗くんと会うことも、家に招くことも、慎重にならなければならないわ」


ソレイユが立ち止まる。


「……なんで?」


その声は、震えていた。


「なんでルミエールまで社長と同じこと言うの?」


胸が痛んだ。


けれど、ここで引くわけにはいかなかった。


「ルミエールの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった」


ソレイユの声が、少しずつ熱を帯びていく。


「ひどいよ」


「こないだまで、応援してくれてたじゃない。家にも呼んでくれて、二人きりにもさせてくれた」


ルミエールは息を止めた。


その通りだった。


楽しい逃げ道だけを渡してしまったのは、自分だ。


「私はあの時、最高に気持ちが燃え上がって、もうこの気持ちは止められないの」


ソレイユの瞳に涙がにじむ。


「ルミエールは残酷すぎるよ」


ルミエールは、胸の奥で痛みを噛みしめた。


もし、ノアールを助けるという目的がなかったら。


もし、LUMISORA☽として活動する必要がなかったら。


ソレイユと悠斗の恋を、素直に見守れたかもしれない。


けれど、自分たちはただの友達としてここにいるわけではない。


ノアールを助けるために来た。


ノアールを、もう一度歌える場所へ戻すために。


ノアールをアイドルとして復活させるために、ルミエールたちはここにいる。


だからこそ、ソレイユの恋だけを優先することはできなかった。


「ソレイユ、ごめん。私もあなたの恋を応援していたわ、あの時は」


声が震えそうになるのを、必死に抑える。


「でも状況が変わったの」


「こないだまではサークルみたいに、笑って、失敗して、また笑える場所だった」


「でも、今はもう違う」


「私たちは“プロ”の道に足を踏み入れた」


「だから、甘えたことは言えないの」


ソレイユの瞳から、涙がこぼれた。


「甘えたこと言えない? プロは恋しちゃいけないの?」


ノアールが息をのむ気配がした。


何か言いたそうにしている。


けれど、言葉は出てこない。


ルミエールも、これ以上どう言えばいいのか分からなかった。


言えば言うほど、ソレイユを傷つける。


でも言わなければ、もっと大きな傷になるかもしれない。


ソレイユは、社長に恋愛を禁じられた。


アンナに子供扱いされた。


そして今、一番分かってくれると思っていたルミエールからも、恋を止められている。


その痛みが、ソレイユの中で一気にあふれたのだと分かった。


分かったのに。


ルミエールは、言葉を引っ込めることができなかった。


「……もう嫌」


ソレイユの声が、かすれた。


「ルミエール、大嫌い!」


その言葉は、雨より先にルミエールの胸を打った。


迎えの車は、もうすぐそこに停まっている。


けれど、ソレイユはそのドアへ向かわなかった。


「……私、ひとりで帰る!」


言い捨てると同時に、ソレイユは踵を返して走り出した。


迎えの車とは反対方向へ。


夜の闇の中へ。


ぽつり、と冷たいものが頬に触れた。


次の瞬間には、細い雨が街灯の光を白く煙らせ始める。


傘もささず、ソレイユは一人で走っていく。


濡れた髪。


濡れた背中。


その姿が、雨の中に溶けていく。


ルミエールは追わなかった。


追えなかった。


今追いかければ、きっと言ってしまう。


大丈夫よ。


なんとかするわ。


また家に呼べばいい。


そう言ってしまう。


でも、本当は大丈夫ではない。


もう、隠せばいいだけの段階ではなくなっている。


ルミエールは冷たい雨の中で、固く指を握った。


自分が言ったことは、間違っていない。


アイドルの仕事とは、そういうことだ。


母も、そうしてきた。


そのために隠さなければならない気持ちがある。


だからルミエールは、ソレイユを止めなければならなかった。


たとえ、今この瞬間、嫌われたとしても。


それでも、胸の奥は痛かった。


ノアールが、隣で何も言えずに立っている。


その気配だけが、雨の音の中に残っていた。


太陽は、雨の中へ消えていった。

読んでいただき、ありがとうございます。


今回は、本編第54話「光の代償」をルミエール目線で描きました。


また、本編第37話「恋と猫と、それぞれの責任」で、ルミエールが一度ソレイユに確認していたことも、この回につながっています。


ソレイユは、社長から恋愛禁止を告げられ、アンナから子供扱いされ、さらにルミエールからも現実を突きつけられました。


恋を止められた痛み。

子供扱いされた痛み。

一番分かってくれると思っていた相手に止められた痛み。


ルミエールにとっても、ソレイユにとっても、つらい回になりました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ