第58話 光の代償、その裏側
今回は、本編第54話「光の代償」をルミエール目線で描いた外伝回です。
また、本編第37話「恋と猫と、それぞれの責任」ともつながる回です。
ソレイユの恋を応援したかった気持ち。
けれど、ノアールを助けるためにLUMISORA☽を守らなければならない責任。
ルミエールが、恋愛禁止という言葉をどう受け止めたのかを書いています。
成功は、終わりではなかった。
それは、新しい扉が開いた合図だった。
けれど、その扉の向こうにあったものは、ルミエールが思っていたよりも冷たかった。
ショッピングセンターでのリベンジステージから、数日後。
ルミエール、ソレイユ、ノアールの三人は、事務所へ呼び出されていた。
ソレイユは、少し弾んだ足取りで廊下を歩いている。
「次はもっと大きなステージかな?」
その声には、隠しきれない期待がにじんでいた。
ノアールも、以前より少し顔色がよくなっている。
あのステージで歌えたことが、胸の奥に小さな自信として残っているのかもしれない。
けれど、ルミエールの胸には、かすかなざわめきがあった。
成功のあとに呼び出される。
それが良い知らせだけとは限らないことを、何となく感じていた。
社長室の扉が開く。
暖房の効いた部屋の空気は、どこか乾いていた。
机の向こうで、社長はいつものように淡々としていた。
「LUMISORA☽の評価が上がり始めている。これから本格的にプロジェクトを拡大する」
三人は黙って聞いた。
「ただし条件がある。今日から一切の恋愛は禁止だ」
その言葉を聞いた瞬間、ルミエールの胸の奥で、何かが静かに沈んだ。
やっぱり。
中学に入った頃、ママから聞いた話が浮かんだ。
アイドルとして活動していた間は、表向き恋愛禁止だったこと。
誰かを好きになる気持ちそのものを否定されたわけではない。
けれど、表に出せない。
見せられない。
守らなければならない夢のために、隠さなければならない感情がある。
その話を聞いていたからこそ、ソレイユと悠斗の距離はずっと気になっていた。
部室で隣同士に座る姿。
カラオケで手をつないで歌う姿。
二人きりになると、少しだけ空気が変わる瞬間。
微笑ましいと思うほど、胸の奥がざわついた。
以前、一度だけ確認したことがある。
ソレイユが恋を選ぶなら、ルミエールとノアールの二人でアイドルをする、と。
その時、ソレイユは恋もアイドルも諦めたくないと言った。
だからルミエールは、守る方法を考えたつもりだった。
アニメ同好会に誘えばいい。
家の敷地内で会えばいい。
そうすれば、きっと大丈夫。
けれど今、社長の言葉を聞いて、その考えの甘さを思い知る。
アイドルとして見られ始めた瞬間、隠していたものも、隠したいものも、いつか誰かの目に触れる。
地球のアイドル活動の厳しさを知らないソレイユに、もっとちゃんと話しておくべきだった。
「君たちはもう子供じゃない。市場に並ぶ“商品”だ。隙を見せれば一瞬で潰される。それがこの業界だ」
商品。
その言葉に、ルミエールの指先がわずかに強ばった。
嫌な言い方だと思った。
けれど、完全には否定できなかった。
見られること。
求められること。
期待される姿を守ること。
アイドルの仕事には、そういう面もある。
ソレイユは何も言わなかった。
けれど、隣にいる彼女の空気が変わったことは分かった。
社長室を出ると、廊下でアンナとすれ違った。
彼女は三人を見るなり、わざと聞こえるように笑った。
「あら、恋愛禁止? そもそもあの子たち、お子様すぎて恋愛なんて縁ないでしょ。社長も心配しすぎよねぇ」
それだけで終わると思った。
けれど、アンナはさらに唇の端を上げた。
「ノアールは恋愛以前に、まず人とまともに話す練習からじゃない? それに、あの白猫の子は優等生ぶっていて、恋なんて関係ありませんって顔してるし」
アンナの視線が、最後にソレイユへ向く。
「それから、あの一番背の低い子。下手したら小学生に見えるわよね。あの子が一番、恋愛なんて無縁そう」
ソレイユの肩が、ぴくりと揺れた。
ノアールは言葉を失ったように、唇を結ぶ。
ルミエールも、何も返せなかった。
腹は立った。
けれどそれ以上に、ソレイユの横顔が気になった。
社長から恋愛を禁じられた。
アンナからは、恋をする存在として見てもらえなかった。
背が低い。
子供っぽい。
恋愛なんて無縁そう。
ソレイユの胸には、そんな言葉ばかりが残ったかもしれない。
けれどソレイユは子供ではない。
悠斗に恋をしている。
自分の気持ちを、自分で選びたいと願っている。
そのことを、ルミエールは知っていた。
事務所を出ると、空は曇っていた。
迎えの車が、少し離れた場所で待っている。
その途中、人のいない場所で、ルミエールは足を止めた。
「ソレイユ」
呼びかける声が、自分でも少し硬いと分かった。
「社長の言葉は本気よ。これからは周囲の目が増える。悠斗くんと会うことも、家に招くことも、慎重にならなければならないわ」
ソレイユが立ち止まる。
「……なんで?」
その声は、震えていた。
「なんでルミエールまで社長と同じこと言うの?」
胸が痛んだ。
けれど、ここで引くわけにはいかなかった。
「ルミエールの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった」
ソレイユの声が、少しずつ熱を帯びていく。
「ひどいよ」
「こないだまで、応援してくれてたじゃない。家にも呼んでくれて、二人きりにもさせてくれた」
ルミエールは息を止めた。
その通りだった。
楽しい逃げ道だけを渡してしまったのは、自分だ。
「私はあの時、最高に気持ちが燃え上がって、もうこの気持ちは止められないの」
ソレイユの瞳に涙がにじむ。
「ルミエールは残酷すぎるよ」
ルミエールは、胸の奥で痛みを噛みしめた。
もし、ノアールを助けるという目的がなかったら。
もし、LUMISORA☽として活動する必要がなかったら。
ソレイユと悠斗の恋を、素直に見守れたかもしれない。
けれど、自分たちはただの友達としてここにいるわけではない。
ノアールを助けるために来た。
ノアールを、もう一度歌える場所へ戻すために。
ノアールをアイドルとして復活させるために、ルミエールたちはここにいる。
だからこそ、ソレイユの恋だけを優先することはできなかった。
「ソレイユ、ごめん。私もあなたの恋を応援していたわ、あの時は」
声が震えそうになるのを、必死に抑える。
「でも状況が変わったの」
「こないだまではサークルみたいに、笑って、失敗して、また笑える場所だった」
「でも、今はもう違う」
「私たちは“プロ”の道に足を踏み入れた」
「だから、甘えたことは言えないの」
ソレイユの瞳から、涙がこぼれた。
「甘えたこと言えない? プロは恋しちゃいけないの?」
ノアールが息をのむ気配がした。
何か言いたそうにしている。
けれど、言葉は出てこない。
ルミエールも、これ以上どう言えばいいのか分からなかった。
言えば言うほど、ソレイユを傷つける。
でも言わなければ、もっと大きな傷になるかもしれない。
ソレイユは、社長に恋愛を禁じられた。
アンナに子供扱いされた。
そして今、一番分かってくれると思っていたルミエールからも、恋を止められている。
その痛みが、ソレイユの中で一気にあふれたのだと分かった。
分かったのに。
ルミエールは、言葉を引っ込めることができなかった。
「……もう嫌」
ソレイユの声が、かすれた。
「ルミエール、大嫌い!」
その言葉は、雨より先にルミエールの胸を打った。
迎えの車は、もうすぐそこに停まっている。
けれど、ソレイユはそのドアへ向かわなかった。
「……私、ひとりで帰る!」
言い捨てると同時に、ソレイユは踵を返して走り出した。
迎えの車とは反対方向へ。
夜の闇の中へ。
ぽつり、と冷たいものが頬に触れた。
次の瞬間には、細い雨が街灯の光を白く煙らせ始める。
傘もささず、ソレイユは一人で走っていく。
濡れた髪。
濡れた背中。
その姿が、雨の中に溶けていく。
ルミエールは追わなかった。
追えなかった。
今追いかければ、きっと言ってしまう。
大丈夫よ。
なんとかするわ。
また家に呼べばいい。
そう言ってしまう。
でも、本当は大丈夫ではない。
もう、隠せばいいだけの段階ではなくなっている。
ルミエールは冷たい雨の中で、固く指を握った。
自分が言ったことは、間違っていない。
アイドルの仕事とは、そういうことだ。
母も、そうしてきた。
そのために隠さなければならない気持ちがある。
だからルミエールは、ソレイユを止めなければならなかった。
たとえ、今この瞬間、嫌われたとしても。
それでも、胸の奥は痛かった。
ノアールが、隣で何も言えずに立っている。
その気配だけが、雨の音の中に残っていた。
太陽は、雨の中へ消えていった。
読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、本編第54話「光の代償」をルミエール目線で描きました。
また、本編第37話「恋と猫と、それぞれの責任」で、ルミエールが一度ソレイユに確認していたことも、この回につながっています。
ソレイユは、社長から恋愛禁止を告げられ、アンナから子供扱いされ、さらにルミエールからも現実を突きつけられました。
恋を止められた痛み。
子供扱いされた痛み。
一番分かってくれると思っていた相手に止められた痛み。
ルミエールにとっても、ソレイユにとっても、つらい回になりました。




