第57話 ライブのあと、いつもの部室で
昨日のライブは、たしかな手応えを残して終わりました。
歌が届いたこと。
みんなで成功を喜べたこと。
その余韻を抱えたまま、ルミエールたちは久しぶりにアニメ同好会の部室へ向かいます。
翌日の放課後。
ルミエールとノアールは、アニメ同好会の部室へ向かった。
昨日のライブが終わって、ようやく少し肩の力が抜けている。
ノアールは、スケッチブックを抱えて静かに歩いていた。
部室の扉を開けると、ソレイユと悠斗くん、桐谷君はすでに来ていた。
「ルミエール! ノアール!」
ソレイユが顔を上げる。
その隣には悠斗くんが座っていた。
机の上には、昨日のライブの写真を表示したスマホと、アニメ制作用のノートが広がっている。
ソレイユは悠斗くんのすぐ近くで、同じ画面をのぞき込んでいた。
最近、二人の距離は前より近い。
ルミエールはそこには触れず、部室に入った。
「もう来ていたのね」
「うん! 昨日のライブの話してたの」
ソレイユは嬉しそうに言った。
悠斗くんも穏やかに笑う。
「昨日、本当に良かったよ」
その一言で、昨日の空気がまた胸に戻ってくる。
ソレイユがすぐに明るい声を返した。
「ありがとう! また手伝ってね、ゆうと」
「もちろん。僕でよければ」
悠斗くんの返事に、ソレイユは嬉しそうに笑った。
その横で、桐谷君が椅子の背にもたれながら、軽く手を上げる。
「先輩たち、お疲れさまでした。俺もまたライブ手伝いたいです。昨日、めちゃくちゃ勉強になったんで」
「助かるわ」
ルミエールは答えた。
「でも、ロボット関係は表に出せる範囲だけよ」
「そこは分かってますって」
桐谷君はすぐに言った。
「準備も撤収も、見てるだけで面白かったです。また手伝わせてください」
昨日の作業を思い出す。
端末の画面だけでなく、ネジや配線まで気にしていた横顔が浮かんだ。
「今日はライブも終わったことだし、久しぶりにアニメでも作りましょうか」
ルミエールが言うと、ソレイユがすぐに反応した。
「私、恋愛ものの続き作りたい!」
そして、そのまま悠斗くんの方を向く。
「ねえ、ゆうとも手伝って。男の子の気持ちとか、教えてほしいの」
「僕で分かることなら」
悠斗くんは少し照れながら、自分の席を引いた。
「じゃあ、主人公の男の子がどんな時にドキドキするか、一緒に考えようか」
「やった!」
ソレイユは悠斗くんの隣に座った。
その距離は、やっぱり近い。
ルミエールは自分のタブレットを開いた。
「ノアールは?」
ノアールはスケッチブックを開いた。
「……私は、黒猫のアニメの続きを作ろうかな」
画面の中には、夜の街を歩く黒猫のラフが描かれていた。
「黒猫だけでも素敵だけれど」
ルミエールは少し考えてから言った。
「そばに、可愛い女の子がいてもいいかもしれないわ」
「可愛い女の子?」
「ええ。黒猫と一緒に歩く子。黒猫の気持ちを分かってくれるような子」
ノアールは少し迷ってから、スケッチブックに小さな女の子を描き足した。
長い黒髪。
控えめな表情。
黒猫の隣で、そっと膝をついている。
ソレイユがそれをのぞき込んだ。
「それ、ノアールじゃん」
「……私じゃないよ」
ノアールはそう言ったけれど、消そうとはしなかった。
「ルミエールは何か作らないの?」
ソレイユに聞かれて、ルミエールは少し考えた。
「私は、宇宙旅行のアニメでも作ろうかしら」
「宇宙!」
ソレイユがすぐに反応する。
「それなら私も手伝えるよ!」
桐谷君が、机の端に置いていたノートを持ち上げた。
「じゃあ、俺が作ってるロボットアニメとコラボしたら面白そうじゃないですか?」
「ロボットアニメ?」
ルミエールが聞き返す。
「はい。まだ設定だけですけど、宇宙で動く作業用ロボットの話です。戦うだけじゃなくて、壊れたステーションを直したり、迷子の宇宙船を助けたりする感じで」
「それは、宇宙旅行のアニメと相性が良さそうね」
「ですよね。先輩の宇宙旅行アニメに、俺のロボットが案内役で出るとか」
「案内役なら、出しやすいわね」
ルミエールは少し興味を引かれた。
桐谷君は軽い口調のまま、ノートを開く。
そこには、少し不格好だけれど、妙に細かいロボットのラフが描かれていた。
関節の位置。
工具を収納する腕。
宇宙空間で姿勢を変えるための小さな噴射口。
「……細かいのね」
「好きなんで」
桐谷君は、少し照れたように笑った。
その一言には、昨日メンテナンスチームの作業を見ていた時と同じ熱があった。
部室の中に、いつもの創作の空気が戻ってくる。
昨日までライブのことで頭がいっぱいだった。
今日は久しぶりに、アニメ同好会として机に向かっている。
ソレイユは悠斗くんと恋愛アニメの構成を考え、二人で画面を見ながら小さく笑っていた。
ノアールは黒猫のラフの隣に、女の子を少しずつ描き足している。
桐谷君は自分のロボットアニメの設定を話しながら、ときどきルミエールの宇宙旅行アニメに案を出していた。
ルミエールは宇宙船の窓から星が見える場面を描きながら、胸の奥が静かに温かくなるのを感じていた。
歌も大切。
ロボットも大切。
けれど、みんなで好きなものを作っているこの時間も、同じくらい大切だった。
しばらくして、ソレイユが背伸びした。
「ねえねえ、今日終わったらカラオケ行かない?」
「カラオケ?」
ノアールが顔を上げる。
「うん。昨日ライブ成功したし、お祝い!」
ソレイユはすぐに続けた。
「個室だけど、みんな一緒だし。部活の打ち上げみたいな感じでしょ?」
「いいね」
悠斗くんが言った。
「昨日はゆっくり話せなかったし」
「俺も賛成っす。アニメの歌いっぱい入れたいです」
桐谷君の言葉に、ソレイユが笑う。
「絶対そう言うと思った」
ルミエールは少しだけ考えてから答えた。
「遅くなりすぎないなら、いいと思うわ」
「やったー!」
こうして、その日の部活のあと、五人は駅前のカラオケへ向かった。
通された部屋は思っていたより広く、テーブルの上には飲み物と軽食が並んだ。
ソレイユは部屋に入るなり、曲の入力端末を手に取る。
「最初どうする? 盛り上がる曲?」
「俺、もう決まってます」
桐谷君は迷いがなかった。
最初に入れたのは、熱いロボットアニメの主題歌だった。
イントロが流れた瞬間、桐谷君の声が一気に大きくなる。
さっきまで部室で話していた時とは違って、やけに気合いが入っていた。
「桐谷君、本当にアニメ好きなのね」
ルミエールが言うと、桐谷君はマイクを握ったまま笑った。
「そりゃアニメ同好会ですから」
その次も、またアニメソングだった。
ヒーローもの。
冒険もの。
ロボットもの。
選ぶ曲が分かりやすい。
ソレイユは手拍子しながら笑っている。
「桐谷君、アニメの歌しか歌ってない!」
「名曲ばっかなんで」
「そこは認めるわ」
部屋の空気は、すぐに賑やかになった。
桐谷君の熱い選曲がひと通り終わると、ソレイユが悠斗くんの袖を引いた。
「ねえ、次これ歌おうよ」
画面に出ているのは、恋愛ドラマ風のデュエット曲だった。
「いいよ」
悠斗くんが答える。
二人は並んでマイクを持った。
曲が始まると、ソレイユは最初から悠斗くんのすぐ隣に立っていた。
歌詞を追いながら、二人は自然に顔を見合わせる。
サビに入るころには、手までつないでいた。
ルミエールはその様子を見て、飲み物を一口飲んだ。
「……相変わらず、距離が近いわね」
「仲良しでいいじゃないですか」
桐谷君がポテトをつまみながら言う。
ノアールは何も言わずに、画面の光を見ていた。
ルミエールは曲一覧を開いた。
「ねえ、ノアール。キャットスターの歌でも歌ってみる?」
ノアールがこちらを見る。
「……ルミエール、知ってるの?」
「動画で何度か見たことがあるの。素敵な曲だと思っていたわ」
ノアールは、画面に表示された曲名を見つめた。
ルミエールはそれ以上言わなかった。
本当は、未来で何度も見ていた。
若い頃のブランシュが歌う映像。
その隣で、ノアールが歌っている姿。
幼いルミエールは、あの映像とCDを何度も繰り返し見ていた。
けれど、その記憶は今、秘密にしなければならなかった。
「……じゃあ、一緒に歌う」
ノアールがマイクを取った。
曲が始まる。
懐かしいメロディが部屋に流れた。
ノアールの声に、ルミエールの声が重なる。
ノアールにとっては、自分の過去とつながる歌。
ルミエールにとっては、ママが歌っていた歌。
幼い頃、家のリビングで何度も流れていたメロディだった。
二番に入り、ブランシュが担当していたパートへ移る。
ルミエールがその部分を歌った瞬間、ノアールが息をのんだ。
今の声。
ほんの一瞬だけ、ブランシュに似ていた。
けれど、曲はすぐに次のフレーズへ進む。
ノアールは何も言わず、マイクを握り直した。
ルミエールも、気づかれたことには気づかないまま歌い続ける。
同じ曲なのに、二人の胸に浮かぶ景色は違っていた。
それでも、二人で歌っている時間は不思議なくらい自然だった。
歌い終わると、ソレイユが大きな拍手をした。
「すごい! なんか本物って感じだった!」
「本物よ」
ルミエールが言うと、ソレイユは楽しそうに笑う。
「そうだった!」
ノアールは少し照れていたけれど、歌う前より表情がやわらかかった。
「……久しぶりに歌った」
「でも、ちゃんと体が覚えてるのね」
「うん。少しだけ」
悠斗くんも静かに拍手していた。
「二人とも、すごく良かったよ」
「ルミエール先輩も普通に上手いっすね」
「普通に、は余計よ」
「褒めてるんですって」
そんなやり取りに、また笑いが起きる。
そのあとも、ソレイユは明るい曲を歌い、悠斗くんはそれに合わせてハモった。
桐谷君は最後までアニメソング中心で、たまに古い名曲まで混ぜてくる。
ノアールは最初より少し積極的になって、好きだった曲を何曲か入れていた。
ルミエールは、昨日のライブとは違う温かさを感じていた。
ステージの上で歌う時間もいい。
こうして、仲間たちと笑いながら歌う時間もいい。
今日は、ただ楽しい。
だからこそ、この部室の延長のような放課後が、とても穏やかに感じられた。
帰るころには、みんな少し声が枯れていた。
「楽しかったねー!」
ソレイユが満足そうに言う。
「また行きたい!」
「次はもう少し喉を温存した方がいいわね」
ルミエールが言うと、桐谷君が笑った。
「でも、こういうのも部活っぽくていいですね」
「ええ」
ルミエールは答えた。
本当にそう思う。
昨日のライブの成功も、今日の部室も、こうしてみんなで笑ったカラオケも。
全部つながって、今のLUMISORA☽とアニメ同好会の時間になっている。
その日は、何事もなく楽しかった。
それだけで十分なくらい、良い一日だった。
読んでいただき、ありがとうございます。
ライブの成功のあと、久しぶりに「部活らしい時間」を過ごせた回になりました。
みんなで作って、みんなで歌って、笑って帰る。
そんな穏やかな一日も、きっと大切な思い出になっていくのだと思います。




