第56話 成功の夜に届いた声
リベンジステージは成功しました。
ノアールの歌は、今度こそ客席に届きました。
ステージの熱が引いたあと、ルミエールたちは片付けに入ります。
成功の余韻は、まだ静かに続いていました。
ステージの熱が、少しずつ引いていく。
さっきまで子供たちの声でいっぱいだったイベント広場には、台車の音と、メンテナンスチームの短い確認の声が響いていた。
黒猫ロボットはドラムスティックを収納位置へ戻し、白猫ロボットのDJパネルは静かに閉じられている。
ピンクリボンの猫型ロボットも、ベースを抱えたまま待機姿勢に入っていた。
「黒猫ロボット、右アーム収納確認。戻りも問題ありません」
「今日の会場用の音量設定、保存しておきます」
スタッフの声を聞きながら、ルミエールは広場を見渡した。
今日のステージは終わった。
ノアールの声は、ちゃんと届いた。
その余韻を胸に残したまま、今度はロボットたちを安全に眠らせる時間だった。
「このケーブル、こっちのケースでいいですか?」
桐谷君が、メンテナンスチームの一人に確認している。
「はい。そちらへお願いします。踏まれないように、先に巻いておきましょう」
「了解っす」
桐谷君はしゃがみ込み、スタッフに教わった通りにケーブルをまとめていく。
朝の搬入から、設置、音量確認、本番前の調整、そして撤収まで。
桐谷君は、最後までその場に残っていた。
軽い口調はいつも通りだ。
けれど、作業の手元は思ったより丁寧だった。
「さっきの黒猫ロボットの右アームなんですけど」
桐谷君が、ケースへ収納される黒猫ロボットを見ながら聞いた。
「端末の数値は問題ないのに、固定側を見るって言ってましたよね。ああいう時って、先に機械側を見ることも多いんですか?」
スタッフは少し考えてから答えた。
「状況によります。制御の数字が合っていても、実際の本体側で違和感が出ることはあります。ネジの締まり具合、配線の余裕、部品の癖。そういうものは、動かしてみないと分かりません」
「なるほど……」
桐谷君は真剣に聞いていた。
「画面の数字と、実際のネジと、配線と、音。全部つながってるんですね」
「よく見ていますね」
スタッフが少し笑う。
桐谷君は照れたように頭をかいた。
「いや、気になっただけっす」
ルミエールは少し離れた場所で、そのやり取りを聞いていた。
桐谷君は、ただロボットを面白がっているだけではない。
現場で何が起きているのかを、自分の目で追っている。
「桐谷君」
ルミエールが声をかけると、桐谷君が振り向いた。
「はい?」
「今日は最後まで手伝ってくれてありがとう」
「あ、いえ。俺の方こそ、すごく勉強になりました」
桐谷君は、搬入ケースのふたが閉じられていくのを見た。
「ロボットって、ただ動かすだけじゃないんですね。会場に合わせて、音も動きも調整して、それでやっとステージに出せるんだって分かりました」
「ええ。今日はノアールの声を届けるための調整だったわ」
「そこ、すごく分かりました」
桐谷君の声は、少しだけ落ち着いていた。
「今日の黒猫ロボット、前よりかっこよかったです。派手に見せるより、歌を支えてる感じがして」
ルミエールは、その言葉を静かに受け止めた。
「その言い方、今日の調整をしたスタッフが喜ぶわ」
「本当っすか。じゃあ、あとで言っておきます」
「もう十分伝わっていると思うわ」
メンテナンスチームの撤収が終わるころには、広場は普段のショッピングセンターへ戻り始めていた。
ロボットのケースが台車に乗せられ、スタッフ用通路へ運ばれていく。
桐谷君は最後まで手を振って見送っていた。
その様子を見て、ルミエールは今日の作業を思い返した。
ノアールの声を届けるために、音を整えた。
ロボットを歌のお手伝いにした。
桐谷君は、その裏側を最初から最後まで見ていた。
ステージの成功は、客席の拍手だけで終わるものではない。
そこに至るまでの小さな調整も、きっと次につながっていく。
家に戻ると、三人は少し遅めの食事を取った。
テーブルには温かいスープ、焼きたてのパン、魚料理、サラダが並んでいる。
ソレイユは椅子に座るなり、大きく息を吐いた。
「今日は本当に疲れたけど、楽しかったね」
「ええ」
ルミエールはスープを口に運んだ。
体に温かさが戻っていく。
ノアールは、いつもより早いペースで食事を進めていた。
ソレイユがそれに気づく。
「ノアール、今日たくさん食べてるね」
ノアールはフォークを持ったまま、少し照れた。
「……うん。今日は、すごくお腹が減ってるの」
「いいことだわ」
ルミエールが言うと、ノアールは小さく笑って、もう一口食べた。
今日のステージで、ノアールの声は客席に届いた。
そのことが、食欲という形で戻ってきているように見えた。
「また、ああいうライブできるといいね」
ソレイユが言った。
「次はもっと良くできるわ」
「うん。今度はもっと子供たちと一緒に歌いたいな」
ソレイユはパンをちぎりながら続けた。
「悠斗も桐谷君も、手伝ってくれてよかったよね」
「ええ。悠斗くんは客席側のことをよく見てくれていたわ。桐谷君は、ロボットの準備をずっと手伝ってくれた」
ノアールが少し考えてから言った。
「……桐谷君、本当にロボットが好きなんだね」
「そうね」
ルミエールは水の入ったグラスを見つめた。
「今日の作業を、最後まで見ていたわ」
「ルミエール、楽しそうだったよ」
ソレイユが言った。
ルミエールは少しだけ言葉に詰まる。
「ロボットの話をしていただけよ」
「うん。でも、楽しそうだった」
ソレイユはそれ以上、からかわなかった。
ノアールも静かに食事を続けた。
夜。
食事を終えて、ソレイユとノアールがそれぞれの部屋へ戻ったあと、ルミエールは自分の部屋でパソコンを開いた。
画面には、LUMISORA☽のホームページが表示されている。
まだ作りかけの、小さな公式ページ。
トップには、三人の名前。
ノアール。
ソレイユ。
ルミエール。
今日のライブ写真を整理し、掲載するものを選んでいく。
猫型ロボットだけが目立ちすぎないように。
ノアールがマイクを握っている写真。
ソレイユが子供たちに声をかけている写真。
ルミエールがキーボードの前に立っている写真。
三人が並んで客席へ向かっている写真。
ホームページは記録として。
SNSは、次に見に来てもらうための入口として。
ルミエールは文章を整えた。
『LUMISORA☽ ミニライブショー、ありがとうございました。猫型ロボットたちと一緒に、親子で楽しめる歌とステージをお届けしました。』
投稿前に、写真の順番を入れ替える。
一枚目は、ノアールが歌っている写真にした。
今日、いちばん伝えたかったものはそれだった。
その時、端末に着信が入った。
祖父からだった。
ルミエールはすぐに応答する。
「おじいさま」
「今日のライブ、見せてもらったよ」
「来ていたの?」
「少しだけな。邪魔にならないところから見ていた」
祖父の声は穏やかだった。
「ノアールさんが元気そうでよかった。前よりも声が前に出ていたな」
ルミエールは、少しだけ胸が温かくなった。
「ええ。今日は、お客様もノアールの歌をちゃんと聞いてくれていたわ」
「うちのロボットも役に立ててよかった」
祖父は少し笑った。
「ロボットが目立つだけではなく、歌を支えていた。ああいう使われ方をすると、開発した側としても嬉しいものだ」
「会社の方たちにも、たくさん助けてもらったわ」
「報告は受けている。音量調整も、アームの調整も、うまくいったようだな」
少し間があった。
「ルミエールが喜んでくれるなら、ロボット開発もこれからますますやりがいがあるな」
「……おじいさま」
ルミエールは言葉に詰まった。
祖父は、技術の話をしているようで、いつも自分を見てくれている。
そう感じた。
「それから、メンテナンスチームから聞いたよ。桐谷君という少年が、ずいぶん熱心に手伝っていたそうだ」
「ええ。搬入から撤収まで見ていたわ」
「ただ珍しがっているだけではなさそうだ。端末の数字と、実際の機械の動きの両方を見ていたと聞いた」
ルミエールは、黒猫ロボットの腕を見つめていた桐谷君の横顔を思い出した。
「私も、少し驚いたわ」
「良いことだ。若い人が技術に興味を持つのは、こちらとしても嬉しい」
祖父との通話が終わったあと、ルミエールはしばらく画面を見つめていた。
ホームページの編集画面。
ライブ写真。
SNS投稿文。
今日の音量設定のメモ。
いろいろなものが、同じ画面の中に並んでいる。
その中に、祖父の声がまだ残っている気がした。
ルミエールが投稿文を保存した時、スマホが小さく震えた。
桐谷君からだった。
『今日はありがとうございました。ロボットの搬入から撤収まで見せてもらえて、すごく貴重な体験になりました。端末の数字だけじゃなくて、ネジや配線、実際の音まで全部つながっているのが面白かったです。またロボットのことで質問してもいいですか?』
ルミエールは画面を見つめたまま、少し笑った。
祖父が言っていた通り、桐谷君はただ珍しがっていたわけではなかった。
ステージが終わっても、彼の中ではまだロボットが動いているらしい。
ルミエールは返信画面を開いた。
『今日は最後まで手伝ってくれてありがとう。質問はいつでも送ってください。すぐに返事できない時もあるけれど、表に出せる範囲なら答えます』
送信する。
画面が静かになる。
夜の部屋に、パソコンの淡い光が落ちていた。
今日のステージは成功した。
ノアールはいつもよりよく食べた。
ソレイユはまたライブをしたいと言った。
祖父は、ロボットが役に立ったことを喜んでくれた。
そして桐谷君は、また質問を送ってくれるかもしれない。
ルミエールは、保存したばかりのホームページをもう一度開いた。
LUMISORA☽。
小さな名前が、画面の上で静かに光っている。
この名前を、次のステージへつなげていく。
歌も、ロボットも、人とのつながりも。
今日の成功は、終わりではなかった。
夜のパソコンの前で、ルミエールは次に進む準備を始めていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
ライブの成功は、ステージの上だけで終わるものではありませんでした。
片付け、食事、祖父からの連絡、そして桐谷君からのメール。
それぞれの余韻が、次の一歩へつながっていきます。




