表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/62

第55話 歌へつなぐステージ

ショッピングセンターでのリベンジステージ当日。


前回、猫型ロボットは大きな注目を集めました。


けれど、ルミエールが届けたいのは、ロボットのすごさではなくノアールの歌。


開店前の会場で、ロボットの調整が始まります。

ショッピングセンターのイベント広場は、まだ開店前だった。


照明は一部だけが点き、通路には清掃スタッフや警備員の姿がある。


普段なら親子連れや買い物客で賑わう場所も、今は広く静かに見えた。


その中央に、猫型ロボットの搬入ケースが三つ並んでいる。


黒猫ロボット。


白猫ロボット。


ピンクリボンの猫型ロボット。


祖父の会社から来たメンテナンスチームが、手際よく作業を進めていた。


ロボットの設置位置。


電源の確認。


客席側へ出ないようにまとめられたケーブル。


子供が近づきすぎないための安全ライン。


ルミエールはステージ予定位置に立ち、まだ誰もいない客席側を見渡した。


前回と同じ場所。


けれど、今日の準備は前回とは違う。


ただ人を集めるためではない。


集まった視線を、ノアールの歌へつなげるための準備だった。


「黒猫ロボットは、少し後ろへ。ドラムの動きは見えるけれど、ノアールの立ち位置を邪魔しない場所に」


ルミエールが言うと、スタッフがすぐに位置を調整した。


「白猫のDJ音は、サビ前だけ明るく。歌の途中は控えめにお願いします」


「了解しました」


スタッフが端末を操作する。


白猫ロボットの耳が小さく動き、短い電子音が広場に響いた。


家の地下スタジオで聞く音と、ショッピングセンターの広場で聞く音は違う。


天井の高さ。


床の硬さ。


吹き抜けに抜ける音。


人が増えた時のざわめき。


同じ音でも、ここでは響き方が変わる。


ルミエールはステージの中央に立ち、客席の奥へ視線を向けた。


「ノアールのマイクをお願いします」


スタッフがマイクを渡す。


ルミエールは短く声を出し、広場の反響を確かめた。


前回、ロボットの音は少し強かった。


見た目だけでなく、音までロボットが前に出ていた。


それでは、ノアールの声が薄くなる。


今回は違う。


ロボットは、歌のお手伝い。


ノアールの声を消さず、支える音にする。


「ドラム、確認しましょう」


メンテナンスチームの一人が黒猫ロボットの前で端末を開いた。


黒猫ロボットの右腕がゆっくり持ち上がる。


ドラムスティックが空中で止まり、軽く振り下ろされた。


トン、トトン。


「右アーム、戻りが少し硬いですね」


スタッフが画面を見ながら言った。


「制御値は問題ないです。固定側を確認します」


別のスタッフが細い工具を手に取り、黒猫ロボットの腕の付け根へ近づいた。


「そこのネジ、四分の一だけ緩めましょう」


小さな金属音がした。


続いて、背面パネルが開かれる。


中には細いケーブルが整然とまとめられていた。


「配線に少し余裕を持たせます。アームが戻る時に引っ張られているかもしれません」


「お願いします」


ルミエールは客席側から音を聞いていた。


スタッフがもう一度、端末から動作確認をする。


黒猫ロボットの腕が上がり、ドラムスティックが振り下ろされた。


さっきより戻りがなめらかだ。


音も前に出すぎていない。


「このくらいなら、ノアールの声を支えられるわ」


ルミエールが言うと、スタッフが端末に設定を保存した。


少し離れた場所で、桐谷君がその作業を見ていた。


今日は、メンテナンスチームの手伝いとして早めに来ている。


最初は搬入ケースの位置を確認していただけだった。


そのうち、ケーブルカバーを並べ、安全ラインのテープを貼る場所を確認し、スタッフの指示で軽い道具も運んでいた。


「端末で動かして、実際のネジも調整するんですね」


桐谷君がぽつりと言った。


スタッフの一人が顔を上げる。


「画面の数字だけでは分からないことがあります。ネジの締まり方や配線の余裕で、動きが変わることもありますから」


「へえ……。ロボットって、データだけじゃなくて、ちゃんと機械なんだ」


その声は、いつもの軽さより落ち着いていた。


桐谷君は、端末の画面、工具を持つスタッフの手元、黒猫ロボットの腕の動きを順番に見ている。


画面の数値。


ネジ。


配線。


実際の音。


その全部がつながっていることを、目で追っていた。


ルミエールは、その横顔を少しだけ見た。


桐谷君は、ただロボットを面白がっているだけではない。


どう調整すれば、どう動きが変わるのか。


そこを知りたがっている。


「桐谷君、客席の後ろで聞こえ方を見てもらえる?」


ルミエールが声をかけると、桐谷君はすぐに振り向いた。


「はい!」


「ドラムが強すぎたら教えて。ノアールの声が前に出るか確認したいの」


「分かりました」


桐谷君は客席の後ろへ走っていった。


黒猫ロボットが短くリズムを刻む。


白猫ロボットの電子音。


ピンクリボンのベース。


そこへノアールのマイク音を重ねる。


桐谷君が客席側から手を上げた。


「ドラム、ちょっとだけ強いかもです! 声より先に耳に入ります!」


ルミエールはスタッフを見る。


「ドラムをもう少し下げてください。ベースは低音だけ残して」


「了解です」


調整後、もう一度音を出す。


今度は、ノアールの声が前に出た。


ロボットの音は消えていない。


けれど、歌の後ろで支える位置にいる。


「今の方がいいです!」


桐谷君の声が客席側から返ってきた。


ルミエールは小さく息を整えた。


これでいい。


開店時間を過ぎると、広場には少しずつ親子連れが集まり始めた。


前回のことを覚えている子もいるのだろう。


「あの猫ロボット、またいる!」


「今日も動くの?」


そんな声が聞こえてくる。


けれど、今日の目的はそこから先だった。


控室で、ルミエールは三人に流れを確認した。


「最初にロボットを紹介するわ。でも、主役としてではなく、歌のお手伝いとして」


ソレイユはマイクを持ち直した。


「そのあと、私が客席に声をかけるね」


「ええ。子供たちが返事をしやすいように、短く明るく」


ノアールはマイクを両手で持っていた。


ルミエールはノアールを見る。


「最後に、ボーカルのノアールさんです、と紹介するわ。そこで、自分の声で挨拶して」


ノアールは少しだけ息を吸った。


「……ノアールです。今日は一生懸命歌うので、聞いてください」


小さな声だったが、ちゃんと言えた。


「それでいいわ」


ルミエールは手を差し出した。


ノアールが手を重ねる。


ソレイユもその上に手を置いた。


「今日のステージ、成功させましょう」


三人の手が重なった。


会場アナウンスが流れる。


『ただいまより、LUMISORA☽ミニライブショーを開始いたします』


ステージへ出ると、前回より明らかに人が多かった。


ロボットの周りには親子連れが集まっている。


スマホを構える大人もいる。


ノアールの肩に、少し力が入った。


ルミエールは横から短く言った。


「大丈夫。今日は、歌へつなげる流れがあるわ」


ソレイユが一歩前に出る。


「みなさん、こんにちはー!」


子供たちの声が返る。


「こんにちはー!」


「今日はね、私たちの歌をお手伝いしてくれる猫型ロボットさんたちも一緒です!」


黒猫ロボットが、ドラムを短く鳴らす。


トン、トトン。


「黒猫さんは、ドラム!」


白猫ロボットが軽い電子音を鳴らす。


「白猫さんは、DJ!」


ピンクリボンの猫型ロボットが、低く短いベース音を出す。


「ピンクリボンさんは、ベース!」


子供たちが歓声を上げる。


けれど、ソレイユはすぐに三人の方へ話をつなげた。


「そして、ギターは私、ソレイユ!」


ソレイユがギターを軽く鳴らす。


ルミエールはキーボードに指を置いた。


「キーボードは、ルミエール!」


短い音が広場に澄んで響く。


ソレイユがノアールの方を向いた。


「そして、ボーカルのノアールさんです!」


ノアールがマイクを握る。


客席の視線が、ロボットからノアールへ移った。


ほんの短い間。


それでも、確かに移った。


「ノアールです。今日は一生懸命歌うので、聞いてください」


その声が、広場に届いた。


前回より静かに。


でも、前回よりまっすぐに。


ルミエールはキーボードの前で、その変化を感じ取った。


子供たちがノアールを見ている。


大人たちも、スマホをロボットだけではなく三人へ向けている。


最初の曲が始まった。


ソレイユの声かけで、子供たちが手拍子を始める。


ルミエールは音を支えながら、ノアールの声が前へ出るように全体の流れを聞いていた。


黒猫ロボットのドラムは、強すぎない。


白猫ロボットの電子音は、必要な場所だけで光る。


ピンクリボンのベースは、下から歌を支える。


ロボットは目立っている。


けれど、歌を奪っていない。


ノアールの声が、広場の奥まで伸びていく。


途中、ソレイユが子供たちへ呼びかけた。


「一緒に手拍子してね!」


小さな手がいくつも動き出す。


前回、ロボットの前で立ち止まっていた子供たちが、今は歌に合わせて手を叩いている。


ルミエールは、胸の奥が静かに熱くなるのを感じた。


届いている。


ロボットではなく、歌が。


ノアールの声が。


クイズの時間になると、子供たちは元気に声を出した。


じゃんけん大会では、広場に笑い声が広がった。


サイン紙を渡す時間には、長い列ができた。


「ノアールちゃんの歌、きれいだった」


小さな女の子がそう言った。


ノアールは一瞬言葉を失い、それから丁寧にサインを書いた。


「……ありがとう」


女の子はサイン紙を胸に抱えて、母親のところへ走っていく。


その姿を見て、ノアールは小さく息を吐いた。


「今日は、見てくれてた」


その声は、ルミエールにしか聞こえないほど小さかった。


「ええ」


ルミエールは短く答えた。


それ以上の言葉はいらなかった。


ステージが終わると、ショッピングセンターの責任者が控室へやってきた。


「今日は本当に良かったです。前回よりお客様の反応がずっと自然でした」


責任者は笑顔だった。


「ロボットも人気でしたが、それだけじゃありませんでした。歌が始まってからも、皆さん足を止めていましたよ」


ノアールはマイクをまだ手に持っていた。


その指先が、少しだけ震えている。


でも、顔は前を向いていた。


「ありがとうございます」


ルミエールが代表して答えた。


「また、ぜひお願いしたいです。系列の別店舗でも相談できると思います」


ソレイユが小さく声を上げた。


ノアールは言葉を探すように、ルミエールを見た。


ルミエールは静かに微笑んだ。


今日のリベンジは、成功した。


壁際では、猫型ロボットたちが待機している。


黒猫ロボットのドラムスティックはもう動いていない。


それでも、今日のステージを支えた余韻がそこにあった。


前回、視線を奪ってしまったロボットたち。


今回は、ちゃんと歌のお手伝いをしてくれた。


主役の場所には、ノアールの声があった。

読んでいただき、ありがとうございます。


今回は、リベンジステージの準備から本番成功までをルミエール視点で描きました。


ロボットを目立たせるのではなく、ノアールの歌へつなげる。


そのための調整が、少しずつ結果につながっていきます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ