第53話 夕暮れの庭とロボットの話
ルミエールの家で、次のステージに向けた準備が始まります。
ソレイユと悠斗が庭へ向かう一方で、ルミエールは桐谷君とロボットの話を続けることに。
軽い人だと思っていた桐谷君の、意外な一面が見え始めます。
ルミエールの家のリビングには、まだ作戦会議の熱が残っていた。
机の上には、新しく作ったデモ音源のデータ、サイン用紙の試作、次のステージ案が並んでいる。
猫型ロボットたちも、壁際で静かに待機していた。
黒猫ロボットはドラム担当。
白猫ロボットはDJ担当。
ピンクリボンの猫型ロボットはベース担当。
ショッピングセンターでは、三体に視線が集まりすぎた。
だから次は、歌のお手伝いとして紹介する。
その流れは、部室の作戦会議でほぼ決まっていた。
「これ、子供たち絶対欲しがりますよ」
桐谷君が、サイン用紙の試作を手に取った。
猫型ロボットの丸いシルエットと、三人の名前が入ったデザインだ。
「ステッカーにしたら、普通に売れそうっすね」
「売るかどうかは、まだ決めていないわ」
ルミエールが答えると、桐谷君は笑った。
「じゃあ配布用でもいいっす。俺でも欲しいくらいなんで」
ノアールは少し照れたように、試作用紙へ視線を落とした。
ソレイユはデモ音源をもう一度流し、悠斗と一緒にサビの掛け声を確認している。
最初は会議の続きだった。
けれど、桐谷君の関心はすぐにロボットへ移った。
「この関節の動き、どうなってるんですか?」
桐谷君は黒猫ロボットの腕の動きを見つめていた。
「さっきのドラム連打、人間の指じゃ無理ですよね。なのに動きが硬く見えないの、すごいっす」
「独自制御のモーターを使っているの」
ルミエールは、黒猫ロボットの腕をゆっくり動かした。
「ただ速く動かすだけだと、機械っぽさが出すぎるわ。演奏用なら、わずかな揺れや余韻も必要になるの」
「へえ……」
桐谷君の顔つきが変わった。
いつもの軽い調子は残っている。
それでも、見ている場所が細かい。
「じゃあ、ドラムスティックを止める時も、ただピタッと止めてるわけじゃないんですか?」
「ええ。完全に止めると不自然になるから、演奏に合わせて細かく制御しているわ」
「面白いっすね。ロボットなのに、わざと人間っぽい揺れを作るんだ」
その言葉に、ルミエールは少しだけ桐谷君を見た。
表現は軽い。
けれど、理解は早い。
「……少し休憩にしましょうか」
ルミエールが言うと、空気が緩んだ。
長く話し続けていたせいで、ソレイユもノアールも少し疲れている。
「私は、ルナのところへ行ってくる」
ノアールはそう言って、リビングを出た。
ソレイユは窓の外を見た。
「私、ちょっとお庭の空気吸ってくるね」
その視線が、自然に悠斗へ向く。
「……ゆうとも、来る?」
「あ、うん。行くよ」
ソレイユと悠斗は庭へ向かった。
「桐谷君。さっきのロボットの話だけれど」
ルミエールが声をかけると、桐谷君はすぐに机へ戻ってきた。
「はい! 簡易設計、見せてもらえるんすよね?」
「見せられる範囲だけよ」
ルミエールは資料棚からタブレットを取り出した。
「この三体の最新構造や制御プログラムは社外秘だから、見せられないわ」
「あ、やっぱりそうっすよね」
「でも、型落ちして公表済みになっているロボットなら、設計図や構造資料を見せられる。展示会や講習用に出しているものだから問題ないわ」
「えっ、いいんすか?」
桐谷君の声が弾んだ。
「ええ。最新機とは違うけれど、関節の基本構造や制御の考え方は分かると思う」
「それ、めちゃくちゃ見たいです」
ルミエールは、旧型の小型演奏ロボットの資料を開いた。
画面に、腕部の構造図と簡易制御の説明が表示される。
桐谷君は身を乗り出した。
「これ、関節が一個ずつ独立してるんじゃなくて、連動してるんですね」
「そう。全部を別々に動かすと制御が複雑になりすぎるわ。演奏用なら、必要な動きに合わせて連動させた方が安定するの」
「だから連打してもブレにくいんすね」
「ええ。ただし、古い型だから今の子たちとは違う部分も多いわ」
「それでも十分面白いです」
桐谷君の言葉は、いつもの勢いだけではなかった。
本当に知りたがっている。
ルミエールは、その横顔を見ながら思った。
今まで、ロボットの話をする相手は祖父や会社の技術者が多かった。
知識は深い。
けれど、同じ年頃の人とこうして話す感覚とは違う。
この時代に来てから、同年代の誰かとロボットについてここまで話したことは全くなかった。
桐谷君が目を輝かせて質問してくるたび、ルミエールは新鮮な気持ちになった。
礼儀正しいとは言いにくい。
話し方も軽い。
先輩相手でも距離が近い。
それでも、ロボットを見る目はまっすぐだった。
「この部分、どうして二重になってるんですか?」
桐谷君が画面を指さす。
「演奏中に負荷がかかる場所だからよ。外側で動きを支えて、内側で細かい調整をするの」
「じゃあ、こっちの小さい部品は?」
「振動を逃がすためのものね」
ルミエールは説明しながら、机の上に置いた別の資料を取ろうとした。
同じ資料へ伸びた桐谷君の手と、指先が触れた。
「あ」
短い声が重なる。
ほんの一瞬、二人の動きが止まった。
顔が近い。
桐谷君の目が、いつもの軽い笑い方とは少し違って見えた。
ルミエールの胸の奥が、わずかに揺れる。
しかし、桐谷君はすぐに資料へ視線を戻した。
「……あ、でもこの関節の仕組み、やっぱり面白いっすね。ここで負荷を逃がしてるんですか?」
ルミエールは一拍遅れて、資料を見た。
「……ええ。そこは衝撃を分散するための構造よ」
何か言いかけた空気は、ロボットの話に戻ってしまった。
桐谷君は気づいていないのか。
気づいたうえで流したのか。
ルミエールには分からなかった。
ただ、さっきまで軽いだけに見えていた横顔が、少し違って見えた。
「でも、ここまで考えて作られてるなら、演奏するロボットって楽器そのものみたいですね」
桐谷君が言った。
「人が弾く楽器とは違うけれど、音を作るための存在という意味では近いかもしれないわ」
「じゃあ、ステージではロボットも楽器の一部ってことっすね」
「ええ。でも、主役ではないわ」
ルミエールは黒猫ロボットを見た。
「ロボットは、歌を支えるためにいるの。次のステージでは、それを最初に伝えたい」
「歌のお手伝いって紹介するやつですね」
「そう」
「それ、いいと思います。見てる側も分かりやすいし、ロボットばっかり見てた子も、次は歌を聴こうってなりそうっす」
桐谷君は資料を見ながら、ふと顔を上げた。
「俺、もっとロボットについて勉強したくなりました」
その声は、いつもより落ち着いていた。
「また、ロボットの話を聞かせてもらってもいいですか? 分からないことがあったら、質問してもいいですか?」
ルミエールは少し意外に思った。
その場の勢いだけで言っているようには見えなかった。
「ええ。もちろんよ」
ルミエールは答えた。
「これから私たち三人は、アイドルとして忙しくなるかもしれないわ。すぐに返事はできないかもしれないけれど、メールをくれたら返事する」
「本当っすか」
「ええ。表に出せる範囲のことなら、教えられるわ」
桐谷君は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、遠慮なく聞きます」
「遠慮は少ししてほしいわ」
「あ、そこは気をつけます」
その軽さが、今は少し心地よかった。
しばらくして、ソレイユと悠斗が戻ってきた。
出て行く前より、二人の距離が少し近い。
ルミエールは何も聞かず、机の上の資料へ視線を戻した。
ノアールも少し遅れて戻ってきた。
ルナを抱いている。
その表情は、どこか静かだった。
「そろそろ、今日はここまでにしましょうか」
ルミエールが言うと、ソレイユが小さく返事をした。
悠斗と桐谷君が帰る準備を始める。
玄関まで見送る途中、桐谷君はもう一度振り返った。
「ルミエール先輩。今日、ありがとうございました」
「こちらこそ。ステージのことも、ロボットのことも助かったわ」
「またメールします」
「待っているわ」
桐谷君は軽く手を振り、悠斗と一緒に門の向こうへ歩いていった。
夕暮れは、もう夜に変わりかけている。
庭の灯りが静かに点っていた。
リビングへ戻ると、猫型ロボットたちは壁際で待機していた。
黒猫ロボットのドラムスティックが、ほんのわずかに光を反射する。
今日の準備は、次のステージのためだった。
それなのに、ルミエールの胸には、ロボットの話をしていた時間の余韻が残っている。
同じ年頃の人と、ロボットについて話す。
それだけのことが、こんなに新鮮だとは思わなかった。
ルミエールはタブレットを閉じた。
次のステージは、少しずつ形になっている。
歌も、ロボットも。
そして、人との距離も。
気づかないうちに、少しずつ動き始めていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
今回は、夕暮れの庭の裏側で、ルミエールと桐谷君がロボットについて話す回でした。
同じ年頃の相手と好きなことを話す時間が、ルミエールにとって新しい感覚になっていきます。




