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第52話 この時代の声を聞く

初ライブの反省を胸に、ルミエールたちは久しぶりにアニメ同好会の部室へ向かいます。


未来の月を知るルミエール。


宇宙から来たソレイユ。


そして、子供の頃から舞台に立ってきたノアール。


三人だけでは見落としてしまうものを、この時代に生きる悠斗と桐谷君の声が教えてくれます。

翌日の放課後。


ルミエールたちは、久しぶりにアニメ同好会の部室へ向かった。


ショッピングセンターでの初ライブから、一日が過ぎていた。


猫型ロボットは、多くの視線を集めた。


子供たちは足を止め、大人たちはスマホを向け、イベント担当者もロボットの反応を喜んでいた。


それでも、ルミエールの胸には引っかかるものが残っていた。


あの視線は、本当にノアールの歌へ届いていただろうか。


ただ目立つだけなら、ロボットだけでもできる。


LUMISORA☽の中心にあるべきものは、ノアールの声だった。


部室の扉の前で、ソレイユが言った。


「久しぶりだね、部室」


「ええ。今日は、みんなの意見を聞きましょう」


昨日のステージを、悠斗と桐谷君はどう見たのか。


今日は、その声を聞きに来た。


ルミエールは扉を開けた。


「こんにちは」


部室の中には、悠斗と桐谷君がいた。


二人は机の上にノートや資料を広げていたが、ルミエールたちを見ると顔を上げた。


「ソレイユ!」


悠斗の声が明るくなる。


桐谷君は椅子に座ったまま、気軽に手を上げた。


「お、先輩たち。久しぶりっすね」


「久しぶり。昨日は見に来てくれてありがとう」


ソレイユが言うと、悠斗は少し照れたように笑った。


「うん。すごかったよ。ロボットも、ステージも」


「今日は、その感想を詳しく聞きたいの」


ルミエールが言った。


「客席からどう見えたのか、私たちだけでは分からないことがあると思うから」


それから、スマホを取り出す。


「話を録音してもいいかしら。あとで要点を整理したいの」


桐谷君が首をかしげた。


「録音っすか?」


「ええ。私がその場で書き取りすぎると、会話が止まってしまうから。あとでAIにまとめてもらうわ。最終的に決めるのは私たちだけれど、整理には便利だと思うの」


「ああ、それならいいと思う」


悠斗が言った。


「話しながらの方が、アイディアも出やすいし」


ルミエールはスマホを机の端に置いた。


録音が始まる。


ルミエールはスマホから視線を離し、悠斗と桐谷君の方を見た。


今、大事なのは記録することではない。


この時代に生きてきた二人の声を、ちゃんと聞くことだった。


「じゃあ、正直に聞くね」


ソレイユが言った。


「昨日って、歌よりロボットの方を見てた人が多かったよね?」


悠斗は少し考えてから答えた。


「ロボットはかなり目立ってたと思う。子供たちも最初にそこへ集まってた。でも、それは悪いことばかりじゃないと思う」


「悪いことばかりじゃない?」


「うん。足を止めてもらえたってことだから。最初のきっかけとしては、すごく強いと思う」


客席側から見ても、ロボットは入口として機能していた。


問題は、その後だった。


「次は、その子たちが一緒に歌えるようにすればいいと思う」


悠斗が続ける。


「見てるだけより、参加できた方が楽しいから」


「参加かあ」


ソレイユの声が少し明るくなる。


桐谷君が続けた。


「それなら、もっとショーっぽくしたらいいんじゃないっすか?」


「ショー?」


ルミエールが聞き返す。


「はい。曲だけじゃなくて、途中で子供たちに声を出してもらうんです。じゃんけん大会とか、簡単なクイズとか。あと、悪い敵が出てきて、子供たちが『がんばれー!』って応援するやつ」


「悪い敵?」


ソレイユの声に力が入った。


「俺、妹がいるんすよ。小さい頃、女の子向けのショーに何回も付き合わされました。可愛いヒロインが出てきて、敵が出て、みんなで応援して、最後は歌って踊るみたいな感じです」


「ああ、あるね」


悠斗も話に加わる。


「ステージの人が子供たちに話しかけるんだ。『一緒に手拍子してね』とか、『大きな声で呼んでね』って。最初は恥ずかしがってた子も、周りにつられて声を出し始める」


「それいい!」


ソレイユが言った。


「私、子供たちに『一緒に歌って!』って言いたい!」


「ソレイユなら似合うよ」


悠斗が自然に言った。


ソレイユは少し照れたように笑う。


「そ、そうかな」


「うん。ソレイユが楽しそうにしてたら、子供たちも入りやすいと思う」


「じゃあ、私が最初に声をかけるね。手拍子とか、簡単な振り付けとか」


ルミエールは、その流れを頭の中で組み立てた。


ソレイユが客席を温める。


その空気の中で、ノアールの歌へつなげる。


その順番なら、前回よりも自然に届くかもしれない。


「ロボットをもっと派手に動かすより、紹介の仕方を変えた方がいいのかもしれないわ」


ルミエールが言った。


「前回は、ロボットに集まった視線を、そのまま歌へつなげる言葉が足りなかったの」


「じゃあ、最初にちゃんと紹介すればいいんじゃないっすか?」


桐谷君が言った。


「でも、名前をずらっと並べるだけだと、子供には分かりにくいかも」


悠斗が少し考えながら続ける。


「紹介したら、その場でちょっと音を出すとか。ドラムなら軽く叩く。ギターなら一音鳴らす。キーボードも短く弾く。そうしたら、誰が何をしているか分かりやすいと思う」


「それ、いい!」


ソレイユの声が弾む。


「最初に、今日は私たちの歌をお手伝いしてくれる猫型ロボットさんたちです、って言うの。黒猫さんがドラムを軽く鳴らして、白猫さんがDJの音を出して、ピンクリボンさんがベースを鳴らす」


「そのあと、人間のメンバーも同じように紹介するのね」


ルミエールは、ステージ上の流れを想像した。


「ソレイユはギターを軽く鳴らす。私はキーボードを短く弾く。そして最後に、ボーカルのノアールさんです、と紹介する」


ルミエールは、ノアールを見た。


「そこで、ノアール自身の声で挨拶するの」


ノアールが顔を上げた。


「……私?」


「ええ。ロボットを見ていた人たちに、ノアールの声を最初に届けるの」


「『ノアールです。今日は一生懸命歌うので、聞いてください』って言えばいいんじゃない?」


ソレイユが言った。


ノアールは少し考えてから答えた。


「……それなら、言えるかも」


「その挨拶があると、見ている人も自然にノアールさんの歌を聴く気持ちになると思う」


悠斗が言った。


「ロボットを見てた子供たちも、『次はこの人が歌うんだ』って分かりますしね」


桐谷君も続ける。


前回足りなかったのは、派手な演出ではなかった。


ロボットに集まった視線を、ノアールの歌へ渡すための短い橋。


それを、人間の声でかければいい。


ルミエールの頭に、未来の月で見たショッピングセンターの光景が浮かんだ。


地球の建物とは違う。


透明な半球ドームに守られた、月面都市の商業施設。


外には青空も、風に揺れる街路樹もない。


広がっているのは、黒い宇宙と静かな月面。


ドームの内側では、人工照明とホログラムが昼のような明るさを作っていた。


子供向けのショーも、地球のものとはまるで違った。


バーチャルのアイドルが客席の通路まで現れ、子供たちのすぐそばで手を振る。


選ばれた子供の姿が三次元映像になり、ステージの上でアイドルと一緒に踊る。


本当の体は客席にあるのに、映像の中では完璧なステップを踏んでいた。


未来の月では、それが当たり前だった。


この時代の地球で同じことはできない。


そんな技術を見せれば、歌より先に技術だけが騒がれる。


LUMISORA☽の名前も、ノアールの声も、ソレイユの笑顔も、未来技術の話題に飲み込まれてしまう。


未来を見せびらかしたいわけではない。


今この場所で、子供たちが自然に手を叩き、声を出し、また見たいと思える形を探したい。


そのためには、この時代の声が必要だった。


ソレイユは宇宙から来た。


地球の子供向け文化も、ショッピングセンターでの家族連れの感覚も、まだ一つずつ覚えている途中だ。


ルミエール自身も、未来の月で育った。


この時代の地球の空気を、最初から知っているわけではない。


ノアールはこの時代に生きてきたけれど、子供の頃から舞台に立つ側だった。


客席で何を待ち、何に笑い、どんな瞬間に「また見たい」と思うのか。


それは、ステージの上からだけでは見えにくい。


悠斗と桐谷君が話していることは、きっと二人にとっては当たり前の思い出なのだろう。


妹と見たショー。


子供の頃に声を出した記憶。


チラシを見て、行ってみたいと思った理由。


ステージの人に呼びかけられて、少し恥ずかしいけれど嬉しかった気持ち。


その何気ない話が、今のルミエールたちには必要だった。


「……ルミエール?」


ソレイユの声で、ルミエールは顔を上げた。


「ごめんなさい。少し考えていたの」


「何を?」


「二人の話が、とても参考になると思って」


桐谷君は不思議そうにした。


「俺たち、特別なことは言ってないっすよ」


「それがいいの」


ルミエールは穏やかに答えた。


「私たちだけで考えると、きっと偏るわ。だから、客席側の感覚を聞きたいの」


「客席側かあ」


悠斗が少し考える。


「じゃあ、チラシも分かりやすい方がいいと思う。ロボットがいること、子供も参加できること、何時から始まるかがすぐ分かるように」


「親が見るなら、安全そうな雰囲気も大事じゃないっすか?」


桐谷君も続ける。


「ロボットって聞くと、すごそうだけど少し身構える人もいるかもしれないし。猫型で、歌のお手伝いをするって分かる方が入りやすいと思います」


「すごいロボットライブって書くより、猫型ロボットと一緒に歌えるミニステージ、みたいな方が親しみやすいかも」


「それ、いいわね」


ルミエールはその言葉を、心の中で繰り返した。


猫型ロボットと一緒に歌えるミニステージ。


強すぎない。


けれど、楽しさは伝わる。


ロボットを前に出しすぎず、子供たちが参加できる雰囲気もある。


未来の月のショーほど派手ではない。


この時代の地球では、そのくらいの近さがちょうどいいのかもしれない。


「チラシやSNSの画像なら、僕たちも手伝えるよ」


悠斗が言った。


「ロボットがいることと、子供たちも参加できることが分かるようにした方がいいと思う。初めて見る人にも、楽しそうだって伝わるように」


「実物を見ながら考えた方が分かりやすそうですね」


桐谷君が軽い調子で続ける。


「チラシを作るなら、ロボットがどんなふうに動くのか知っておきたいですし。今度ロボット見せてもらえたりします?」


ソレイユがルミエールを見る。


ルミエールは少し考えた。


猫型ロボットは、すでにショッピングセンターで披露している。


近くで見るとなれば、内部構造や管理情報は見せられない。


祖父にも確認が必要になる。


「おじいさまに確認してからなら」


ルミエールは答えた。


「表に出せる範囲だけになるけれど、うちのスタジオで動きを見ることはできると思うわ」


「やった!」


ソレイユが言った。


「部活の続き、ルミエールの家でできるね!」


「本当にいいんですか?」


悠斗が少し遠慮がちに聞く。


「ええ。ただし、ロボットに触れる時は私の指示に従ってね。安全確認は大事だから」


「もちろん」


悠斗は真面目に答えた。


部室の机の上には、悠斗と桐谷君が出してくれた案が少しずつ重なっていった。


手拍子や掛け声。


じゃんけんやクイズ。


ロボットは歌のお手伝いとして紹介すること。


最後にノアール自身の声で挨拶すること。


チラシには、親子でも入りやすい言葉を使うこと。


どれも、未来の月の技術ほど派手ではない。


この時代の地球で、きっと自然に届くものだった。


録音を止めるのは、もう少し後でいい。


今はまだ、二人の声を聞いていたい。


「次のライブ、今日より楽しくしようね」


ソレイユが言った。


「うん」


ノアールが答える。


「俺たちも手伝いますよ」


桐谷君が言う。


悠斗も微笑んだ。


「一緒に作ろう」


部室の窓から、夕方の光が差し込んでいる。


未来の月のドームとは違う。


ホログラムも、バーチャルのアイドルもいない。


それでも、この小さな部室には、今のルミエールに必要な声があった。


次のステージへ続く道は、ここから伸びていく。

読んでいただき、ありがとうございます。


部室で交わされた何気ない会話が、LUMISORA☽の次のステージを少しずつ形にしていきます。


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