表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/61

第49話 開かない扉と小さな広場

社長からGOサインをもらい、LUMISORA☽は動き出しました。


けれど、外の世界はまだ簡単には開きません。


ルミエールは、自分たちの足で最初の場所を探そうとします。

「……今日も、難しそうね」


ルミエールは、資料の入ったカバンを抱え直した。


放課後の限られた時間で、三人はテレビ局、ラジオ局、制作会社、イベント会社を回った。


社長の許可は出ている。


音源もある。


紹介資料も作った。


猫型ロボットとの共演という話題性もある。


それでも、相手は資料に書かれたノアールの名前を見た瞬間、ほんの少しだけ表情を変えた。


「ノアールさんか……」


その言い方だけで、ルミエールには分かった。


相手は音源より先に、過去の噂を見ている。


体調不良。


活動休止。


直前キャンセル。


扱いづらいアイドル。


ノアールが今どれだけ勇気を出しているかは、資料の文字だけでは伝わらない。


「申し訳ありません。今回は見送らせてください」


何度目かの断り文句を聞いたあと、三人は建物の外へ出た。


夕方の風が、制服の裾を揺らす。


ソレイユはいつもより静かだった。


ノアールは何も言わず、封筒を胸元に抱えている。


ルミエールは、スマホを取り出しかけて、指を止めた。


祖父に相談すれば、きっと道はできる。


祖父は大きな会社を動かせる人だ。


スポンサーとして関わっている企画も多い。


頼めば、どこかのイベント枠を用意してくれるかもしれない。


けれど、今はまず自分たちで動きたかった。


自分たちで作った音源。


自分たちで整えた資料。


自分たちで頭を下げて探す場所。


苦しくても、この時間を飛ばしたくなかった。


「次、行きましょう」


ルミエールは顔を上げた。


ソレイユが少し驚いたように見る。


「まだ行くの?」


「ええ。もう一件だけ」


ノアールは小さく頷いた。


「……私も行く」


その声を聞いて、ルミエールは歩き出した。


次の会社でも、結果は変わらなかった。


担当者は丁寧だった。


音源も少しだけ聴いてくれた。


けれど最後には、言葉を選びながら断った。


「曲は悪くないと思います。ただ、ノアールさんの名前を出すとなると、こちらも少し慎重になります」


悪意は見えなかった。


だから、余計に重かった。


外へ出ると、空は少し暗くなっていた。


ソレイユの肩が下がっている。


いつもなら何か明るいことを言うのに、今日は言葉が出てこないようだった。


ノアールは唇を結んでいる。


何かを飲み込んでいる顔だった。


ルミエールは、通りの向こうに大きなショッピングセンターを見つけた。


明るい看板。


ガラス張りの入口。


買い物袋を持った家族連れ。


その景色を見た瞬間、ルミエールの中に、月での記憶がふっと浮かんだ。


ママとパパと一緒に歩いた、月にあるショッピングセンター。


フードコートで一緒に食事をしたこと。


買い物の途中で、アイスを食べたこと。


広場にキャラクターが来て、子どもたちが集まっていた日。


小さなステージで、誰かが歌っていた日。


買い物に来ただけの人たちが、ふと足を止める場所。


知らなかったことに、偶然出会える場所。


「……少し、休憩しましょう」


ルミエールは、二人へ声をかけた。


ソレイユが顔を上げる。


「休憩?」


「ええ。あそこでアイスでも食べない?」


「アイス……」


ソレイユの声に、少しだけ明るさが戻った。


ノアールも、ショッピングセンターの方を見る。


「……行ってみたい」


「決まりね」


ルミエールは歩き出した。


二人を休ませたい。


それは本心だった。


けれど、もう一つ考えていた。


この世界にも、月で見たようなイベント広場があるかもしれない。


小さなステージがあるかもしれない。


そこなら、まだ知らない誰かに、LUMISORA☽の音を届けられるかもしれない。


三人で中へ入ると、フードコートの案内板がすぐに目に入った。


ルミエールは少しだけほっとする。


やっぱり、休める場所はある。


視線を動かす。


広い吹き抜け。


家族連れ。


子どもたちの声。


そして、少し先にあるイベント予定の掲示板。


アニメキャラクターショー。


地域ダンス発表会。


週末ミニライブ。


ルミエールの足が止まった。


この時代のこの世界にも、あるのね。


買い物に来た人が、偶然ステージを見る場所。


子どもたちが、音や動きに引き寄せられる場所。


ロボットを見て足を止めた人に、ノアールの歌を聴いてもらえるかもしれない。


「ルミエール?」


ソレイユが不思議そうに覗き込む。


ルミエールは、イベント広場を見上げた。


「……ここ、使えないかしら」


ノアールとソレイユが同時に顔を上げた。


「ここで?」


ノアールが小さく聞く。


「ええ。人が通る場所。子どもたちもいる。猫型ロボットを見たら、足を止めてくれる人がいるかもしれない」


ソレイユの目に、少しずつ光が戻る。


「それで、歌を聴いてもらうの?」


「そう。今は足を止めてもらえる場所が必要だと思うの」


ノアールは、吹き抜けの広場を見た。


買い物袋を持った母親。


走り回る子ども。


フードコートへ向かう学生たち。


誰もノアールのことを見ていない。


誰も、過去の噂を気にしていない。


ただ通り過ぎている。


その中で歌うことを想像したのか、ノアールは少し不安そうに唇を結んだ。


でも、逃げるとは言わなかった。


「聞いてみましょう」


ルミエールはインフォメーションカウンターへ向かった。


受付の女性に事情を話すと、最初は少し困った顔をされた。


「イベント利用ですか。通常は事前申請が必要で……」


「分かっています。今日は、責任者の方に一度だけお話を聞いていただけないでしょうか」


ルミエールは用意していた資料を差し出した。


丁寧に。


でも引かない。


受付の女性は資料に目を通し、猫型ロボットの写真のところで手を止めた。


「少々お待ちください」


しばらくして、イベント担当の男性が現れた。


「ロボットと共演するユニット、ですか」


男性は半信半疑の表情で資料をめくる。


ルミエールは、持参していた短いデモ映像を端末で再生した。


黒猫のドラム。


白猫のDJ。


ピンクリボンのベース。


その後ろで支えられながら、ノアールの声が流れる。


男性の表情が変わった。


「この猫型ロボット、本当に持ってこられるんですか?」


「ええ。演奏用に調整済みです。安全面もこちらで管理します」


「子どもたちが集まりそうですね」


「はい。ただ、ロボットを見るだけではなく、歌も聴いてもらえる形にしたいと思っています」


男性はもう一度、資料を見た。


「ちょうど、来月のイベント予定で何も入っていない日があります。広場の使用許可と安全確認が通れば、そこで試験的にやってみましょう」


ソレイユの顔がぱっと明るくなった。


ノアールは、カバンの持ち手をぎゅっと握った。


ルミエールは、静かに頭を下げた。


「ありがとうございます。機材の搬入、安全管理、音量調整の資料も、こちらで準備します」


「お願いします。ロボットを使うなら、そこはきちんと確認させてください」


「もちろんです」


ショッピングセンターを出る頃には、空はすっかり夕暮れ色になっていた。


ソレイユは、さっきよりずっと元気になっていた。


「すごいよ、ルミエール! 本当に話を聞いてもらえた!」


「まだ、使用許可と安全確認が必要よ」


「でも、次につながったんだよ!」


ソレイユは嬉しそうに言った。


ノアールは少し遅れて歩いていた。


「……私、ちゃんと歌えるかな」


「歌えるわ」


ルミエールはすぐに答えた。


ノアールは驚いたように顔を上げる。


ルミエールは続けた。


「ただ、歌うだけでは足りないかもしれない。あの場所では、ロボットを見に来る人も多いと思う。だから、ロボットに足を止めた人たちを、ノアールの歌へつなげる見せ方を考えましょう」


ノアールは小さく頷いた。


「……うん」


ルミエールは、ショッピングセンターの明かりを一度だけ振り返った。


月で見た広場とは違う。


けれど、偶然足を止めた誰かと出会える場所だということは同じだった。


ルミエールはカバンを持ち直し、二人と並んで歩き出した。

今回は、LUMISORA☽が営業で壁にぶつかり、ショッピングセンターのイベント広場へたどり着く回でした。


祖父に頼れば道は開けたかもしれない。

それでもルミエールは、自分たちの足で最初の場所を探し、見つけました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ