第49話 開かない扉と小さな広場
社長からGOサインをもらい、LUMISORA☽は動き出しました。
けれど、外の世界はまだ簡単には開きません。
ルミエールは、自分たちの足で最初の場所を探そうとします。
「……今日も、難しそうね」
ルミエールは、資料の入ったカバンを抱え直した。
放課後の限られた時間で、三人はテレビ局、ラジオ局、制作会社、イベント会社を回った。
社長の許可は出ている。
音源もある。
紹介資料も作った。
猫型ロボットとの共演という話題性もある。
それでも、相手は資料に書かれたノアールの名前を見た瞬間、ほんの少しだけ表情を変えた。
「ノアールさんか……」
その言い方だけで、ルミエールには分かった。
相手は音源より先に、過去の噂を見ている。
体調不良。
活動休止。
直前キャンセル。
扱いづらいアイドル。
ノアールが今どれだけ勇気を出しているかは、資料の文字だけでは伝わらない。
「申し訳ありません。今回は見送らせてください」
何度目かの断り文句を聞いたあと、三人は建物の外へ出た。
夕方の風が、制服の裾を揺らす。
ソレイユはいつもより静かだった。
ノアールは何も言わず、封筒を胸元に抱えている。
ルミエールは、スマホを取り出しかけて、指を止めた。
祖父に相談すれば、きっと道はできる。
祖父は大きな会社を動かせる人だ。
スポンサーとして関わっている企画も多い。
頼めば、どこかのイベント枠を用意してくれるかもしれない。
けれど、今はまず自分たちで動きたかった。
自分たちで作った音源。
自分たちで整えた資料。
自分たちで頭を下げて探す場所。
苦しくても、この時間を飛ばしたくなかった。
「次、行きましょう」
ルミエールは顔を上げた。
ソレイユが少し驚いたように見る。
「まだ行くの?」
「ええ。もう一件だけ」
ノアールは小さく頷いた。
「……私も行く」
その声を聞いて、ルミエールは歩き出した。
次の会社でも、結果は変わらなかった。
担当者は丁寧だった。
音源も少しだけ聴いてくれた。
けれど最後には、言葉を選びながら断った。
「曲は悪くないと思います。ただ、ノアールさんの名前を出すとなると、こちらも少し慎重になります」
悪意は見えなかった。
だから、余計に重かった。
外へ出ると、空は少し暗くなっていた。
ソレイユの肩が下がっている。
いつもなら何か明るいことを言うのに、今日は言葉が出てこないようだった。
ノアールは唇を結んでいる。
何かを飲み込んでいる顔だった。
ルミエールは、通りの向こうに大きなショッピングセンターを見つけた。
明るい看板。
ガラス張りの入口。
買い物袋を持った家族連れ。
その景色を見た瞬間、ルミエールの中に、月での記憶がふっと浮かんだ。
ママとパパと一緒に歩いた、月にあるショッピングセンター。
フードコートで一緒に食事をしたこと。
買い物の途中で、アイスを食べたこと。
広場にキャラクターが来て、子どもたちが集まっていた日。
小さなステージで、誰かが歌っていた日。
買い物に来ただけの人たちが、ふと足を止める場所。
知らなかったことに、偶然出会える場所。
「……少し、休憩しましょう」
ルミエールは、二人へ声をかけた。
ソレイユが顔を上げる。
「休憩?」
「ええ。あそこでアイスでも食べない?」
「アイス……」
ソレイユの声に、少しだけ明るさが戻った。
ノアールも、ショッピングセンターの方を見る。
「……行ってみたい」
「決まりね」
ルミエールは歩き出した。
二人を休ませたい。
それは本心だった。
けれど、もう一つ考えていた。
この世界にも、月で見たようなイベント広場があるかもしれない。
小さなステージがあるかもしれない。
そこなら、まだ知らない誰かに、LUMISORA☽の音を届けられるかもしれない。
三人で中へ入ると、フードコートの案内板がすぐに目に入った。
ルミエールは少しだけほっとする。
やっぱり、休める場所はある。
視線を動かす。
広い吹き抜け。
家族連れ。
子どもたちの声。
そして、少し先にあるイベント予定の掲示板。
アニメキャラクターショー。
地域ダンス発表会。
週末ミニライブ。
ルミエールの足が止まった。
この時代のこの世界にも、あるのね。
買い物に来た人が、偶然ステージを見る場所。
子どもたちが、音や動きに引き寄せられる場所。
ロボットを見て足を止めた人に、ノアールの歌を聴いてもらえるかもしれない。
「ルミエール?」
ソレイユが不思議そうに覗き込む。
ルミエールは、イベント広場を見上げた。
「……ここ、使えないかしら」
ノアールとソレイユが同時に顔を上げた。
「ここで?」
ノアールが小さく聞く。
「ええ。人が通る場所。子どもたちもいる。猫型ロボットを見たら、足を止めてくれる人がいるかもしれない」
ソレイユの目に、少しずつ光が戻る。
「それで、歌を聴いてもらうの?」
「そう。今は足を止めてもらえる場所が必要だと思うの」
ノアールは、吹き抜けの広場を見た。
買い物袋を持った母親。
走り回る子ども。
フードコートへ向かう学生たち。
誰もノアールのことを見ていない。
誰も、過去の噂を気にしていない。
ただ通り過ぎている。
その中で歌うことを想像したのか、ノアールは少し不安そうに唇を結んだ。
でも、逃げるとは言わなかった。
「聞いてみましょう」
ルミエールはインフォメーションカウンターへ向かった。
受付の女性に事情を話すと、最初は少し困った顔をされた。
「イベント利用ですか。通常は事前申請が必要で……」
「分かっています。今日は、責任者の方に一度だけお話を聞いていただけないでしょうか」
ルミエールは用意していた資料を差し出した。
丁寧に。
でも引かない。
受付の女性は資料に目を通し、猫型ロボットの写真のところで手を止めた。
「少々お待ちください」
しばらくして、イベント担当の男性が現れた。
「ロボットと共演するユニット、ですか」
男性は半信半疑の表情で資料をめくる。
ルミエールは、持参していた短いデモ映像を端末で再生した。
黒猫のドラム。
白猫のDJ。
ピンクリボンのベース。
その後ろで支えられながら、ノアールの声が流れる。
男性の表情が変わった。
「この猫型ロボット、本当に持ってこられるんですか?」
「ええ。演奏用に調整済みです。安全面もこちらで管理します」
「子どもたちが集まりそうですね」
「はい。ただ、ロボットを見るだけではなく、歌も聴いてもらえる形にしたいと思っています」
男性はもう一度、資料を見た。
「ちょうど、来月のイベント予定で何も入っていない日があります。広場の使用許可と安全確認が通れば、そこで試験的にやってみましょう」
ソレイユの顔がぱっと明るくなった。
ノアールは、カバンの持ち手をぎゅっと握った。
ルミエールは、静かに頭を下げた。
「ありがとうございます。機材の搬入、安全管理、音量調整の資料も、こちらで準備します」
「お願いします。ロボットを使うなら、そこはきちんと確認させてください」
「もちろんです」
ショッピングセンターを出る頃には、空はすっかり夕暮れ色になっていた。
ソレイユは、さっきよりずっと元気になっていた。
「すごいよ、ルミエール! 本当に話を聞いてもらえた!」
「まだ、使用許可と安全確認が必要よ」
「でも、次につながったんだよ!」
ソレイユは嬉しそうに言った。
ノアールは少し遅れて歩いていた。
「……私、ちゃんと歌えるかな」
「歌えるわ」
ルミエールはすぐに答えた。
ノアールは驚いたように顔を上げる。
ルミエールは続けた。
「ただ、歌うだけでは足りないかもしれない。あの場所では、ロボットを見に来る人も多いと思う。だから、ロボットに足を止めた人たちを、ノアールの歌へつなげる見せ方を考えましょう」
ノアールは小さく頷いた。
「……うん」
ルミエールは、ショッピングセンターの明かりを一度だけ振り返った。
月で見た広場とは違う。
けれど、偶然足を止めた誰かと出会える場所だということは同じだった。
ルミエールはカバンを持ち直し、二人と並んで歩き出した。
今回は、LUMISORA☽が営業で壁にぶつかり、ショッピングセンターのイベント広場へたどり着く回でした。
祖父に頼れば道は開けたかもしれない。
それでもルミエールは、自分たちの足で最初の場所を探し、見つけました。




