第15話 決断
宇宙側との最終調整の場で、ルミエールが決断する回です。
翌日、宇宙会議は改めて開かれた。
会議室の空気は、前よりもさらに張っていた。
白い円卓を挟んで、宇宙側と地球側が向かい合って座っている。
宇宙側は、大臣と使者、そしてソレイユ。
地球側は、大臣、祖父、パパ、そしてルミエールだった。
ルミエールは席に着いた瞬間、ソレイユの姿を見て少しだけ驚いた。
こんな場所にいるはずのない顔だったからだ。
最初に口を開いたのは、宇宙側の大臣だった。
「本日は、最終調整のために参りました」
落ち着いた声だった。
けれど、そこに引く気配はない。
「こちらは、すでに決断を終えています」
会議室の空気が静まる。
「王女さまをお連れしました」
ルミエールの指先がぴくりと動いた。
そのひとことで、今日の会議がただの相談ではないことがはっきりした。
もう向こうは、そこまで進めているのだ。
宇宙側の大臣は、ソレイユへ静かに視線を向けた。
「こちら、我々の星の姫でございます」
ソレイユは背筋を伸ばし、ルミエールたちへ向き直った。
「ごきげんよう。ソレイユです」
やわらかな声だった。
けれど、この場にいる以上、それだけでは終わらない重さもあった。
ソレイユはルミエールをまっすぐ見た。
「ルミエールさんのお話は、少しうかがっています」
ルミエールの指先がわずかに動く。
「お会いできて安心しました」
ルミエールは少し遅れて、頭を下げた。
「……よろしくお願いします」
宇宙側の大臣は、まっすぐ前を見たまま続けた。
「地球から出た闇が、宇宙にまで影響を及ぼしています。我々は、その被害を受けている側です」
地球側の大臣も、祖父も、口を挟まなかった。
「それでもこちらは、王女さまを出し、技術を提供し、必要な機材も用意しています」
その声は静かだった。
「ですから地球側にも、そろそろ決断していただかないと困ります」
その一言は、会議室の中央へまっすぐ落ちた。
お願いではなかった。
責任を求める声だった。
ルミエールは、胸の奥が少しだけ重くなるのを感じた。
ノアールの闇かもしれないものが、宇宙にまで迷惑をかけている。
その現実を、向こうはこうして正面から突きつけてきている。
次に、宇宙側の使者が資料を開いた。
「技術面についても、改めてご説明します」
壁の画面に、機体と帰還経路の図が映し出される。
「UFOもタイムマシンも、必要な道具はすべてこちらで用意しています。整備も通常以上に行っています」
パパの視線が鋭くなる。
「安全面は?」
「現時点で、九十五パーセントです」
ルミエールは息をのんだ。
思っていたより高い。
けれど、五パーセントは残っている。
「残りの五パーセントは、隕石、通信障害、予期しない機器誤差など、完全には消しきれない不確定要素です」
使者は静かに続けた。
「地球で言うなら、飛行機や車に乗る時の危険と同じようなものだとお考えください」
祖父が低く言った。
「道中そのものは、そこまで危険ではないということだね」
「はい」
使者はうなずいた。
「問題は機体そのものより、帰還時の未来座標です」
そこでパパが口を開く。
「未来が変わった場合、帰還先はどうなるんですか」
「そこについては、二系統で考えています」
画面の図が切り替わる。
「現行の未来が維持され、地球が闇に包まれたままであれば、帰還先は月です」
ルミエールは静かに聞いていた。
「一方で、闇が消え、地球に住み続けられる未来へ変わった場合は、地球側へ帰還します」
地球側の大臣が眉を寄せる。
「地球のどこへ」
「スターリング家の近辺が最も自然でしょう」
その答えに、祖父の表情が少しだけ動いた。
使者は続ける。
「さらに、もし用意された着地点以外へ帰還する必要が生じた場合でも、ご安心ください」
その声は、今までより少しだけ強かった。
「その時は、我々宇宙防衛隊が必要な場所まで、ルミエールさんを必ずお連れします」
ルミエールは思わず顔を上げた。
「たとえ移住先が月ではなく火星に変わっていたとしても、ご安心ください。その場合でも、我々宇宙防衛隊が責任を持ってルミエールさんをお連れします」
そこまで聞いても、パパの表情はやわらがなかった。
「帰る場所が完全に消えるわけではない、ということですね」
「はい」
使者ははっきり答えた。
「我々は、そこまで含めて準備しています」
会議室に少しの沈黙が落ちる。
宇宙側は、本気だった。
技術も、人も、覚悟も、もう出している。
そのうえ、まだ何も知らなさそうな小柄な姫が、この件のためにここへ連れてこられている。
「こちらは、もう王女さまに出ていただくところまで決めています」
宇宙側の大臣の声が続く。
「ですから地球側にも、人を出していただかないと困ります」
その一言で、ルミエールの胸の奥が静かに固まった。
ノアールは、ただの誰かじゃない。
ママの妹だ。
その人から出たかもしれない闇が、こうして宇宙に迷惑をかけている。
そのうえ、まだ何も知らなさそうな小柄な姫が、もう一人で地球へ行くことを決められている。
そんなのを見せられて、自分だけ迷って立ち止まっているわけにはいかなかった。
ルミエールの指先から、迷いが少しずつ消えていく。
祖父が口を開こうとした、その前だった。
「……私が行きます」
会議室の空気が止まった。
誰もすぐには動かなかった。
ルミエールは、もう一度はっきり言った。
「行くなら、私が先に地球へ行きます」
祖父の顔が強くこわばる。
「ルミエール」
その声には、止めたい気持ちがそのまま出ていた。
けれど、ルミエールは引かなかった。
「ノアールのことは、私に関係ない話じゃない」
ルミエールはまっすぐ前を見た。
「ママの妹から出た闇で、宇宙に迷惑をかけているなら、地球側の私が行かないわけにはいかない」
ソレイユが静かにルミエールを見ている。
「それに」
ルミエールの声は小さいのに、よく通った。
「王女さまみたいな、何も知らない姫を、いきなり一人で地球に行かせるわけにはいかない」
宇宙側の大臣が、わずかに目を細めた。
「私が先に行って、過去のおじいちゃんに会って、住む場所と学校の準備をします」
パパが低く言う。
「それが、どれだけ重いことかわかっているのか」
「わかってる」
ルミエールはすぐに答えた。
「危ないことも、未来が変わるかもしれないことも、ちゃんと聞いた」
それでも、今はもう逃げる方が嫌だった。
「結婚式の日までに、私は未来へ帰る」
「その前に、ママとパパがちゃんと出会う流れも残す。過去のおじいちゃんへの手紙も持っていく」
祖父が目を閉じるようにして、深く息を吐いた。
その案は、もう昨日までの思いつきではない。
期限も、手紙も、役割も、形になっている。
だから余計に止めづらい。
その時、ソレイユが初めて少しだけ表情をやわらげた。
「ルミエールさんが来てくださると聞いて、ほっとしました」
その声は小さかったけれど、静まり返った会議室でははっきり届いた。
祖父もパパも、その一言を聞いてすぐには何も言えなかった。
「……条件がある」
祖父の声は低かった。
ルミエールはそちらを見る。
「一人で全部を抱えるつもりで行かないこと」
「うん」
「向こうで勝手に動かないこと」
「うん」
「そして、結婚式の日までに必ず帰ることを第一に考えること」
「うん」
短く、でも迷わず答える。
パパはまだ納得しきっていない顔だった。
けれど、しばらく黙ったあと、ようやく口を開いた。
「僕は賛成じゃない」
ルミエールの胸が少しだけ固くなる。
「でも」
パパは続けた。
「ここまで準備されて、ここまで本人が考えて、それでもなお地球側が誰も出さないというのは、もう通らないんだろう」
宇宙側の大臣は何も言わなかった。
それが逆に答えだった。
地球側の大臣が静かに言う。
「地球側代表としても、協力は必要だと考えます」
その声が落ちた瞬間、会議室の中の形が変わった。
まだ全員がすっきり納得したわけじゃない。
でも、方向は決まった。
ルミエールが行く。
先に地球へ入り、過去のおじいちゃんへ会い、受け入れの準備をする。
そこまでが、正式に形を持った。
宇宙側の大臣が、静かにうなずく。
「決断に感謝します」
お願いされたのではない。
感謝されても、どこか少し悔しい気もした。
けれどルミエールは、それを顔には出さなかった。
使者が資料を閉じる。
「では、三日後に」
会議室の空気が少しだけ張る。
「タイムマシンとUFOを準備して、お迎えに参ります」
ルミエールの喉が小さく動く。
三日。
長くはない。
でも、何もかもを受け止めるには、それくらいがちょうどよかった。
祖父が静かに言った。
「手紙は今夜中に整えよう」
「うん」
「持ち物も最低限でいい。向こうで目立たないことが大事だ」
「うん」
パパは何か言いたそうにして、それでも最後にはただ一言だけ落とした。
「……必ず帰ってこい」
その声に、ルミエールの胸が少し熱くなる。
「うん」
会議が終わって立ち上がる時、祖父は別のことも考えていた。
過去の自分に、ただ手紙を渡すだけでは足りないかもしれない。
未来の話。
孫の存在。
王女の受け入れ。
住居や学校の手配。
そこまで一度に持ち込まれて、すぐに信じろという方が無理だった。
手紙だけでは弱い。
写真もいる。
映像もあった方がいい。
未来の自分の筆跡と署名だけでなく、正式な印も必要だろう。
「……用意しなければ」
小さくこぼした声に、ルミエールが祖父を見た。
「おじいちゃん?」
「いや」
祖父は短く首を振った。
「過去の私に信じてもらうための材料だよ。手紙だけじゃない。写真も、映像も、用意しておいた方がいい」
その言葉に、ルミエールの胸が少しだけ熱くなった。
反対は消えていない。
それでも、おじいちゃんはもう“行くための準備”を考え始めている。
会議室を出る時、ソレイユがルミエールのほうを見た。
「では、次は地球でお会いしましょう、ルミエールさん」
その一言に、ルミエールの胸が小さく鳴った。
会議室を出る時、ルミエールはもう前と同じ気持ちではなかった。
怖い。
それはまだ消えていない。
でももう、ただ迷っているだけの時間は終わった。
三日後、自分は十九年前の地球へ行く。
その事実だけが、今ははっきりしていた。
読んでいただきありがとうございます。




