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第11話 見つかった

宇宙会議のあと、ルミエールが会議の関係者に見つかる回です。

 会議棟から研究棟へ戻る途中も、祖父の胸の重さは消えなかった。


 異星の技術。

 十九年前の地球。

 王女。

 同年代の協力者。


 どれも軽く扱える話ではない。


 しかも、その条件に合う顔がひとつしか浮かばないことが、何より苦しかった。


 祖父は歩きながら、小さく息を吐いた。


 ルミエールにはまだ話せない。

 そう決めたはずなのに、その決意はもう危うかった。


 研究棟の入口を抜け、通路を曲がる。


 その先に、ルミエールがいた。


 さっき昼休みに会った時と同じノートを抱えて、壁際の端末の前で何かを確かめていた。

 祖父に気づくと、顔を上げる。


「おじいちゃん」


「まだここにいたのかい」


「うん。少しだけ、もう一回見たいところがあって」


 祖父は返事をしかけて、足を止めた。


 背後から、別の足音が近づいてきたからだ。


 振り向くと、会議に出ていた使者のひとりがこちらへ歩いてくる。

 午前中から何度か発言していた、あの異星の関係者だった。


 祖父の胸の奥が、嫌なふうにざわつく。


 使者の視線は、祖父ではなくルミエールに向いていた。


「こんにちは」


 落ち着いた声だった。


 ルミエールは少しだけ身構えたように、その人を見た。


「……こんにちは」


「あなたは?」


「私はルミエールです」


 使者はその名を一度、静かに繰り返した。


「ルミエール。ここで何を?」


 ルミエールは抱えていたノートを少し持ち直した。


「おじい様の研究室に用事があって」


 祖父の胸が重く沈む。


 やめてくれ、と言うには、もう遅かった。


 使者はルミエールを見つめたまま、穏やかな口調で続けた。


「君は何歳ですか」


「十七歳です」


 その答えに、使者の目の色がわずかに変わった。


「魔法は使えますか」


 ルミエールは一瞬だけ祖父を見た。

 けれど、すぐに相手へ向き直る。


「はい。使えます」


 短い返事だった。


 それで十分だったらしい。


 使者は小さく息をつき、今度は祖父のほうを見た。


「スターリングさん」


 祖父の表情が固くなる。


「少し、よろしいですか」


「……何でしょう」


「今から、あなたとこの子にお話があります」


 ルミエールが祖父を見上げる。


「おじいちゃん?」


 祖父はすぐに答えられなかった。


 迷っている間に見つかってしまった。

 しかも、よりによって今だった。


 使者はルミエールから目を離さずに言った。


「ちょうどよい子がいる、そう思いました」


 その一言で、祖父の中の予感ははっきりした形を持った。


 ルミエールは意味がわからないまま、小さく首をかしげる。


「……何の話ですか」


「立ち話ではしづらい内容です」


 使者はそう言って、通路の奥にある小さな応接室へ視線を向けた。


「少しだけ、お時間をいただけませんか」


 祖父は唇を引き結んだ。


 断りたい。

 今ここで、話を切ってしまいたい。


 けれど、相手は宇宙会議の機密案件を抱えた使者だ。

 強くはねのければ、それはそれで不自然になる。


 何より、ルミエールはもう気づいてしまっている。


 ただの研究関係の話ではないと。


「……わかりました」


 祖父は低く答えた。


「少しだけです」


 使者は静かにうなずいた。



 応接室は小さく、白い壁と丸いテーブルだけの簡素な部屋だった。


 扉が閉まると、外の気配が遠くなる。


 祖父はルミエールを自分の隣に座らせた。

 使者は向かいの席に腰を下ろす。


 少しの沈黙のあと、使者が口を開いた。


「まず、驚かせてしまったのなら申し訳ありません」


 ルミエールは黙ったまま、その人を見ている。


「私は、今日の宇宙会議に出席していた者です。そこで、ある機密案件について話し合っていました」


 祖父の肩がわずかに固くなる。


 ルミエールはすぐに反応した。


「機密案件……」


「はい。内容は十九年前の地球に関するものです」


 その瞬間、ルミエールの指先がノートの端を強くつまんだ。


 祖父はその動きを見逃さなかった。


「十九年前の地球で起きたことが、今の宇宙にまで影響を及ぼし始めています」


 使者の声は落ち着いていた。


「その原因のひとつとして、当時十七歳だったノアールという少女の名が挙がっています」


 ルミエールの喉が、小さく動く。


「……ノアール」


「我々は、十九年前へ行き、その原因を探りたいと考えています」


 そこで祖父が口を挟んだ。


「話が早すぎます」


 声は低かった。


「まだ本人にそこまで――」


「ですが、もう無関係ではいられないでしょう」


 使者は祖父をまっすぐ見た。


「この子は、今ここで研究資料を見ていた。違いますか」


 祖父は返せなかった。


 ルミエールはゆっくり視線を落とし、それからまた顔を上げた。


「……はい」


 小さな声だった。

 でも、揺れは少なかった。


「私、タイムマシンのことを調べていました」


 使者はそれを聞いて、わずかにうなずいた。


「では話が早い」


 祖父の胸がさらに重くなる。


 嫌な予感は、もう予感ではなくなっていた。


「我々の星には、十六歳の王女がいます」


 使者は続けた。


「世間知らずではありますが、頭は良く、魔力は非常に強い。十九年前の地球へ向かう候補として、その王女が挙がっています」


 ルミエールの目に、うっすら緊張が走る。


「ただ、王女ひとりでは地球社会へ自然に入れません」


「それで……同じくらいの歳の子が必要なんですか」


 ルミエールが言うと、使者は静かにうなずいた。


「そうです。できれば頭が良く、強い魔法が使える地球人の少女が望ましい」


 そこでルミエールは、ようやく話の向きに気づいたらしかった。


「……それで、私を?」


 使者はまっすぐ答えた。


「候補として、十分に考えられます」


 祖父が机の下で手を握る。


「まだ決まった話ではありません」


 思わずそう言った。


「この子を行かせると決めたわけではない」


「ええ、承知しています」


 使者は穏やかに返す。


「ですが、今日ここでこの子を見たことで、可能性として無視できなくなりました」


 ルミエールは言葉を失ったまま、祖父と使者を交互に見た。


 知らない話がいきなり目の前に落ちてきたのだ。

 それでも泣き出したり、怯えて固まったりしないところが、祖父にはかえってつらかった。


 使者はさらに言う。


「もちろん、技術面の問題は残っています。月側の時空移動技術だけでは、十九年前の地球へ人を送り込むには不安定な部分がある」


 ルミエールはすぐに反応した。


「時間だけじゃなくて、場所も合わせないといけないんですよね」


 使者の目が少し細くなる。


「そこまで把握していますか」


「少しだけです。帰る先のことも、魔力の安定のことも」


 祖父は胸の奥で、深く息を吐いた。


 この子はもう、本当にそこまで来ている。


「だからこそ、我々の星の技術を合わせる話が出ています」


 使者は言った。


「座標固定、生体保護、時空接続の安定化。その一部を提供することで、成功率を上げられるかもしれない」


 ルミエールの瞳に、かすかな熱が宿る。


 祖父はそれを見て、すぐに口を挟んだ。


「可能性の話です」


 声が少し強くなる。


「安全が保証されたわけではない」


「わかっています」


 ルミエールは祖父のほうを見た。


「でも、可能性はあるんでしょう」


 その一言が、祖父には重かった。


 可能性がある。

 まさにそれが、いちばん困るのだ。


 技術が足りないから無理。

 危ないから無理。

 そう言い切れるうちは、まだ止められた。


 けれど今、その壁が少しずつ崩れ始めている。


「もうひとつあります」


 使者が言った。


「王女が十九年前へ渡ったあと、現地で自然に暮らしへ入れるよう、過去のスターリングさんに住居や学校の手続きをお願いしたいという話も出ています」


 ルミエールの視線が祖父へ向く。


「おじいちゃんに?」


「……そういう案が出ている、というだけです」


 祖父はそう言ってから、目を伏せた。


 話が具体的すぎる。

 具体的であればあるほど、現実味が増す。


 ルミエールはしばらく黙っていた。


 けれど次に顔を上げた時、その目には昼休みに見た時より強い光があった。


「ノアールを助けられるかもしれないってことですか」


 使者は答えを急がなかった。


「原因を探り、結果としてそうなる可能性はあります」


「じゃあ……」


「ルミエール」


 祖父がそこで止めた。


 その声は、いつもよりはっきりしていた。


「簡単に飛びついていい話じゃない」


 ルミエールは口を閉じた。


 祖父は続ける。


「ノアールから闇を消せば、それで全部うまくいくとは限らない。過去を動かせば、他の未来まで変わるかもしれない」


 そこで祖父の声が少しだけ沈む。


「ブランシュの未来も、息子の未来も、今とは違うものになるかもしれない」


 ルミエールの表情が静かに変わる。


「……私が、生まれなくなるかもしれないってこと?」


 祖父はすぐに答えられなかった。


 けれど、目をそらすこともできなかった。


「その可能性だって、ないとは言えない」


 部屋がしんとした。


 ルミエールは机の上の一点を見たまま、しばらく動かなかった。


 使者も口を挟まない。


 その静けさの中で、祖父は自分がいちばん言いたくなかったことを、とうとう口にしてしまったのだと知った。


 けれど嘘はつけなかった。


 ノアールを救いたい気持ちはある。

 それでも、そのせいでルミエールが消える未来だけは受け入れたくない。


 それが祖父の本音だった。


 長い沈黙のあと、ルミエールがゆっくり顔を上げた。


「……それでも」


 声は小さかった。

 でも、途切れなかった。


「それでも、知りたい」


 祖父の胸がきしむ。


「私、何も知らないまま、自分が消えるかもしれないからやめようって、まだ言えない」


 ノートを抱く手が、少し強くなる。


「ノアールがどうしてああなったのか。どうしたら止められるのか。ちゃんと知ってからじゃないと、決められない」


 祖父は返せなかった。


 使者はその言葉を静かに受け止めてから、口を開いた。


「今ここで返事を求めるつもりはありません」


 その声は落ち着いていた。


「ただ、候補として考えたい。正式な話は、その前に改めて行います」


 祖父はようやく、低くうなずいた。


「……今日はそれだけにしてください」


「承知しました」


 使者は立ち上がり、二人に軽く頭を下げた。


「失礼します」


 扉が閉まると、部屋には祖父とルミエールだけが残った。


 しばらく、どちらもすぐには動けなかった。


 先に口を開いたのは、ルミエールだった。


「おじいちゃん」


「うん」


「さっき、私に話せないって思ってた?」


 祖父は少しだけ苦く笑った。


「思っていたよ」


「やっぱり」


 ルミエールはそう言って、ほんの少しだけ息をついた。


「でも、もう聞いちゃった」


「ああ」


 祖父は短く答えた。


 もう後戻りできないところまで来てしまった。

 そういう実感が、静かに胸へ沈んでいく。


 ルミエールはノートを抱え直し、椅子から立ち上がった。


「私、少し考える」


 祖父も立ち上がる。


「そうしなさい」


「おじいちゃんも、考えて」


 その一言に、祖父は返事の代わりに小さくうなずいた。


 ルミエールが部屋を出ていく。


 扉が閉まったあとも、祖父はしばらくその場を動けなかった。


 迷っているうちに、話はルミエールの前へ落ちてきた。

 もう隠しきれない。


 そして、さっきの「それでも」が、耳に残って離れなかった。


 知りたい。

 決めるのは、そのあと。


 それは子どものわがままではなく、もうひとつの覚悟の始まりに聞こえた。

読んでいただきありがとうございます。

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