第106話 新年の願い
年越しライブを終えたルミエールたちは、着物へ着替えて初詣へ向かいます。
年越しライブが終わったあと。
ルミエールたちは、会場内に用意された衣装室へ移動した。
そこには、新春撮影のための着物が並んでいた。
「今から着替えて、初詣なんだよね」
ソレイユは眠そうな声で言いながら、自分の着物を眺める。
「新年最初のお仕事ですから、もう少しだけ頑張りましょう」
ルミエールが答えた。
ノアールは、大型音楽番組でLUMISORA、レンとのユニット、Cat Starとして歌い、そのあとには年越しライブにも出演していた。
さすがに疲れている様子だったが、着付けと髪の準備が終わると、ブランシュ、ショコラ、ルミエール、ソレイユと一緒に車へ乗り込んだ。
神社に着いた頃も、まだ夜は明けていなかった。
参道には新しい年を迎えた人々が行き交い、提灯の明かりが境内を照らしている。
「皆さん、まずは新春撮影からお願いします」
スタッフに案内され、五人は参道へ進んだ。
着物姿で並んで歩く場面。
新年の挨拶をする場面。
境内に飾られた絵馬を眺める場面。
いくつかの撮影を終えたあと、カメラマンが二枚の絵馬を用意した。
「次は、グループごとの願いを書いてください」
最初に筆を取ったのは、LUMISORAの三人だった。
「何を書く?」
ソレイユが尋ねる。
「三人で叶えたい夢がいいですよね」
ルミエールが言うと、ノアールもうなずいた。
三人で相談して書いた願いは、
いつかドームツアーができますように。
だった。
「本当にできたらすごいよね」
ソレイユが絵馬を見ながら言う。
「願うだけでは叶いませんけどね」
「分かってるよ。これから頑張るの」
続いて、Cat Starの絵馬が渡された。
「世界ツアーにする?」
ショコラが言うと、ブランシュは少し考えた。
「それも素敵だけれど、新しい挑戦ができますように、というのはどうかしら」
「今の私たちに合っているかもしれないね」
ノアールが答える。
三人の絵馬には、
Cat Starの三人で、新しい挑戦ができますように。
と書かれた。
二枚の絵馬を並べたところで、新春撮影は終了した。
「せっかくだから、個人の絵馬も書いていきましょうか」
ショコラはそう言うと、迷うことなく新しい絵馬を手に取った。
中央に大きく、
留年しませんように。
と書き、その下へ、
今度こそ単位が取れますように。
と付け加える。
ノアールが隣から絵馬を見た。
「ショコラお姉ちゃん、やっぱりそれなんだ」
「当たり前でしょう。本当に切実なのよ」
「私のことで、大学に行けない日も多かったから……」
ノアールが申し訳なさそうに言うと、ショコラはすぐに答えた。
「ノアールが元気になったことが、私には何より大事なの。それは何ものにも代えられないわ」
ショコラは自分の絵馬を見た。
「でも、今年は本格的に勉強しないとね。これ以上、医者になるのが遠くなるのは困るもの」
「神様にもしっかりお願いしないとね」
ソレイユが言う。
「もちろん勉強もするわよ。神様には、少しだけ力を貸していただくの」
ショコラは絵馬を掛けると、満足そうにうなずいた。
そのあと、五人は参拝の列に並んだ。
順番が来ると、ルミエールは賽銭を入れ、手を合わせた。
願うことは、最初から決まっていた。
お母さんとお父さんが無事に結ばれて、結婚しますように。
二人が結婚しなければ、自分が生まれる未来も失われてしまうかもしれない。
クリスマスの夜から、ブランシュと彼の関係は順調に進んでいる。
それでも、二人が本当に結ばれるまでは安心できなかった。
隣では、ノアールも願っていた。
レンと仲直りできますように。
仕事では今も一緒に歌っている。
歌の中では、迷うことなく互いの声を信じられる。
けれど、ステージを降りれば、二人の間にはまだ距離が残っていた。
もう一度、レンときちんと話したい。
ノアールの願いは、それだけだった。
ソレイユも真剣に手を合わせていたが、何を願ったのかは誰にも話さなかった。
参拝を終えたあと、ショコラがおみくじの場所を見つけた。
「ブランシュ、おみくじを引かない?」
「私はやめておくわ」
「どうして?」
「新年早々、悪い結果が出たら気になってしまいそうだから」
「大吉かもしれないでしょう?」
「今日は、自分の気持ちを信じることにするわ」
そのとき、ブランシュの端末にメッセージが届いた。
画面を確認したブランシュが、参道の入口へ顔を向ける。
そこには、落ち着いた色のコートを着た彼が立っていた。
彼もブランシュに気づき、こちらへ歩いてくる。
「明けましておめでとうございます。皆さん、昨夜はお疲れさまでした」
「明けましておめでとうございます」
ルミエールたちも挨拶を返した。
「来てくださったのね」
ブランシュが言う。
「新しい年の最初に、あなたに会いたかったんです」
その言葉に、ブランシュは嬉しそうに笑った。
二人が話し始めると、周囲の人の声も、境内の賑わいも気にならなくなったようだった。
会えたことが嬉しい。
けれど、隣にいると胸が高鳴る。
話したいことは次々に浮かぶのに、視線が合うと少しだけ緊張する。
それでも、会話は不思議なくらい自然に続いていた。
ショコラがルミエールたちへ声をかける。
「私たちは先に帰りましょうか」
「そうですね」
ルミエールは、二人を見ながら答えた。
ブランシュは彼と二人で境内に残ることになった。
ショコラとノアールはマンションへ。
ルミエールとソレイユは別荘へ戻る。
それぞれが参道の出口へ向かい始めたとき、ソレイユが立ち止まった。
「ルミエール、先に行ってて。すぐ追いかけるから」
「何か忘れたんですか?」
「うん。ちょっとだけ」
みんなの姿が見えなくなると、ソレイユは絵馬の場所へ戻った。
新しい絵馬を手に取り、周囲に知っている人がいないことを確かめる。
先ほど三人で書いたのは、LUMISORAとしての夢だった。
今度は、誰にも見せられない願いを書く。
好きな人と思いきりデートできますように。
ずっと一緒にいられますように。
悠斗の名前は書かなかった。
それでも、誰のことを願っているのかは、ソレイユ自身が一番よく分かっている。
恋愛禁止を気にせず、悠斗と並んで歩きたい。
行きたい場所へ出かけて、帰る時間になるまで一緒にいたい。
ソレイユは絵馬を掛けると、急いでルミエールのあとを追った。
「お待たせ!」
「何を忘れていたんですか?」
「ちょっとしたもの」
ソレイユはそれ以上答えなかった。
神社に残した本当の願いは、誰にも秘密だった。
◇
ブランシュは彼と二人で境内を歩いていた。
先ほどまで大勢で歩いていた参道が、今は少し違って見える。
「おみくじを引いてみませんか?」
彼が尋ねた。
ブランシュは少し驚いた。
つい先ほど、ショコラからの誘いを断ったばかりだった。
けれど、彼から誘われると、なぜか断る気にはならなかった。
「ええ。引いてみましょうか」
二人はそれぞれ、おみくじを引いた。
先に紙を開いた彼が言う。
「大吉です」
「私も……大吉です」
ブランシュの手の中にも、同じ二文字があった。
二人は顔を見合わせて笑い、それぞれ書かれている内容へ目を通していく。
ブランシュの目が、縁談の欄で止まった。
縁談――今そばにいる人こそ良縁。年内に心を定めて吉。
胸が高鳴る。
隣では、彼も同じように、おみくじの一か所を見つめていた。
縁談――良き相手、すでに近くにあり。今年中に話まとまる。
二人はほとんど同時に、相手の顔を見た。
先ほどまで自然に続いていた会話が、そこで一度止まる。
誰のことを指しているのか。
考えなくても分かってしまった。
「……よく似たことが書かれていますね」
彼が言う。
「ええ。本当に」
ブランシュも、もう一度おみくじへ目を向けた。
「結んでいきますか?」
「いいえ。大吉ですから、持って帰ります」
「私もそうします」
同じことを考えていたことが、また嬉しかった。
二人はおみくじを大切にしまうと、もう一度神前へ向かった。
ブランシュは手を合わせる。
来年も、その先も、この人の隣にいられますように。
まだ結婚の約束を交わしたわけではない。
それでも、二人の気持ちは同じ未来へ向かい始めていた。
◇
ルミエールとソレイユが別荘へ戻る頃には、外は明るくなっていた。
「ただいま……」
眠そうなソレイユと一緒にリビングへ入ると、そこにはスターリング社長が待っていた。
「おじいちゃん、来ていたんですね」
ルミエールが言う。
「二人に新年の挨拶をしようと思ってね。明けましておめでとう」
「明けましておめでとうございます、おじいちゃん」
ソレイユも頭を下げた。
「スターリング社長、明けましておめでとうございます」
スターリング社長は、二つのお年玉袋を取り出した。
「これ、お年玉」
一つをルミエールへ、もう一つをソレイユへ差し出す。
「私にもいただけるんですか?」
「もちろん。いつもルミエールと一緒に頑張ってくれているからね」
「ありがとうございます!」
ソレイユは嬉しそうに受け取った。
ルミエールも、お年玉袋を両手で受け取る。
「ありがとうございます、おじいちゃん」
この時代のおじいちゃんからお年玉をもらうのは、これで二度目だった。
「大切にします」
「二人とも昨夜から働き通しだろう。今日はゆっくり休みなさい」
「その前に、お正月らしいものが食べたいです」
ソレイユの言葉に、ルミエールも笑った。
華やかな年越しの夜を終え、別荘では穏やかな新年の朝が始まった。
◇
ショコラとノアールも、マンションへ戻っていた。
着物から普段着へ着替えると、二人はリビングで休んだ。
「ブランシュ、あの方が来てから本当に楽しそうだったわね」
ショコラが言う。
「うん。二人だけの世界に入ってた」
ノアールも、初詣で並んでいた二人を思い出した。
「今年、結婚するかしら」
「ブランシュお姉ちゃんが?」
「少し早いかもしれないけれど、あの二人を見ていたら、ありそうな気がするでしょう?」
ノアールは少し考えてから、うなずいた。
「うん。ブランシュお姉ちゃん、すごく幸せそうだった」
「もし結婚が決まったら、Cat Starのことも考える時期かもしれないわね」
「Cat Starを卒業するってこと?」
「ブランシュの結婚だけが理由じゃないわ」
ショコラは続けた。
「私は医者になるために、これから本格的に勉強しなきゃいけない。講義も実習も、今までみたいに仕事の合間だけでは追いつかないもの」
「でも、Cat Starも……」
「すぐに辞めるわけじゃないわよ」
ショコラはノアールを見た。
「ただ、医者になったら芸能界は引退するつもり。医者の仕事に専念したいの」
ノアールは黙って、その言葉を聞いていた。
「その時が来たら、ノアールにはLUMISORAとして頑張ってほしいの。Cat Starの次の時代を担うくらい、大きなグループになって」
「Cat Starの代わりにはなれないよ。LUMISORAはLUMISORAだから」
「それでいいのよ」
ショコラは答えた。
「私たちと同じになる必要はないわ。ルミエールとソレイユと一緒に、LUMISORAの道を進めばいいの」
ノアールはすぐには答えなかった。
Cat Starとして三人で歌えるようになったばかりだった。
その先に卒業があることまでは、まだ考えたくなかった。
「……まだ、三人で歌いたい」
「私もよ」
ショコラは静かに言った。
「終わる時が来るまでは、ブランシュとノアールと、思いきり歌いたい」
少し間を置いて、ショコラは自分の絵馬を思い出した。
「そのためにも、今年こそ単位を取らないとね」
「神様にお願いしただけで安心しちゃ駄目だよ」
「分かっているわよ。少し休んだら勉強するわ」
「本当に?」
「今日はお正月だから、明日から」
ノアールが笑う。
新しい年。
ブランシュには、大切な人との未来があった。
ショコラには、医者になるという夢があった。
ノアールにも、Cat StarとLUMISORAという二つの大切な場所がある。
三姉妹は、それぞれの未来へ向かって歩き始めていた。
お読みいただきありがとうございます。
新しい年を迎え、それぞれが胸の中に願いを抱きました。




