第101話 ブランシュのお見合い
ブランシュは、スターリング社の社長から勧められたお見合いの日を迎えました。
最初はあまり乗り気ではなかったブランシュですが――。
ブランシュのお見合い当日。
スポンサー企業であるスターリング社の社長から持ちかけられた話。
ブランシュは結婚を急いでいるわけではなく、最初はあまり乗り気ではなかった。
けれど、仕事でも長く関わっている相手からの勧めだったため、一度会ってみることにした。
待ち合わせの場所は、ホテルのレストラン。
大きな窓の向こうには、冬の庭園が広がっている。
席には、四人が座っていた。
ブランシュ。
芸能事務所STELLARISEの社長。
スポンサー企業であるスターリング社の社長。
そして、その息子である御曹司。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
スターリング社の社長が言った。
「こちらこそ、このような席を設けていただきありがとうございます」
芸能事務所STELLARISEの社長が答える。
簡単な挨拶を交わしたあと、スターリング社の社長は隣に座る息子を見た。
「実はこの子、先日のCat Starのコンサートを見に行っていたんですよ」
御曹司は少し緊張しながら、ブランシュへ話しかけた。
「先日のコンサート、拝見しました」
「ありがとうございます」
「あの日は、妹さんがCat Starへ復帰された日ですよね」
「ええ。ノアールが戻ってきた日です」
ノアールの名前が出ると、ブランシュの表情が少しやわらかくなった。
御曹司は、言葉を選びながら続けた。
「ステージを見ていて、ブランシュさんは妹さんのことを、とても大切にされているのだと思いました」
「私がですか?」
「歌っている間も、何度もノアールさんの様子を確認していましたよね」
「立ち位置も、さりげなくノアールさんを支えているように見えました」
ブランシュは、あの日のステージを思い出した。
「ノアールは復帰したばかりでしたから」
「最後まで無事に歌えるか、心配していたんです」
「やはり、そうだったのですね」
御曹司は頷いた。
「僕は音楽に詳しいわけではありません」
「でも、ブランシュさんが妹さんを守りながら歌っていることは伝わってきました」
スターリング社の社長が楽しそうに笑った。
「この子は、こういうところだけはよく見ているんですよ」
「父さん……」
御曹司は苦笑した。
ブランシュも、二人のやり取りを見て笑った。
料理が運ばれ、四人は食事をしながら話を続けた。
仕事や大学生活について話したあと、御曹司が少し遠慮がちに尋ねる。
「ブランシュさんは、とてもおモテになるでしょう?」
「僕のような者とお見合いをしなくても、もっと素敵な方と出会えるのではないかと思っていました」
ブランシュは少し考えてから答えた。
「意外と、そうでもないんです」
「そうなのですか?」
「芸能の仕事をしていると、声をかけられることはあります」
「でも、外見や知名度だけを見ている方や、軽い気持ちで近づいてくる方も多くて」
ブランシュは紅茶のカップを置いた。
「もし誰かとお付き合いするなら、真面目で誠実な方がいいと思っています」
「ただ、今までは、そういう方と出会う機会がありませんでした」
「それなら、うちの息子は誠実すぎて困るくらいですよ」
スターリング社の社長がすぐに言った。
「父さん、余計なことを言わなくていいよ」
「研究ばかりしていて、女性と話すことにも慣れていないんです」
「だから、父さん……」
御曹司が止めようとするが、スターリング社の社長は楽しそうに笑っていた。
しばらくすると、芸能事務所STELLARISEの社長が時計を確認した。
「私たちは、このあと少し仕事のお話をしましょうか」
スターリング社の社長も頷く。
「そうですね」
そして、ブランシュと息子を交互に見た。
「よかったら、お二人は庭でも歩いてきてください」
窓の向こうには、静かな庭園が広がっていた。
ブランシュと御曹司は席を立ち、二人で庭園へ向かった。
外には、冷たい冬の空気が流れている。
庭には白い椿が咲き、その向こうにはきれいに整えられた木々が並んでいた。
二人は、しばらく並んで庭を歩いた。
「今日は少し寒いですね」
御曹司が言う。
「ええ。でも、空気がきれいです」
ブランシュは冬の庭園を見渡した。
少し歩いたあと、御曹司が再び口を開いた。
「そういえば、先日のブランシュさんとルミエールさんのコンサートも拝見しました」
「来てくださっていたのですね」
「はい。お二人で一台のピアノを弾いていた演奏が、とても印象に残っています」
御曹司は、あの日のステージを思い出すように続けた。
「演奏の息も合っていましたし、並んでいる姿もよく似ていました」
「最初は、ルミエールさんもブランシュさんの妹なのかと思ったんです」
ブランシュは小さく笑った。
「よく言われます」
「でも、ルミエールさんは、スターリングさんのお知り合いのお嬢さんだと聞いています」
御曹司は頷いた。
「僕も父から、知人のお子さんで、帰国子女だとは聞いています」
「ただ、それ以上のことは、僕にもよく分からないんです」
「そうなのですか?」
「父が突然、知り合いのお子さんをしばらく預かると言い出して、父の所有する別荘で暮らすことになりました」
「そこには、ブランシュさんの妹のノアールさんも一緒に住んでいましたよね」
「ええ」
御曹司は、少し不思議そうに続けた。
「それに、ルミエールさんは、スターリング社のことや、うちの製品について驚くほど詳しいんです」
「僕たちも知らないような技術の話をすることもあります」
「ロボットについても、とても詳しいですよね」
「帰国子女で、父の知人のお子さんだとは聞いているのですが……それでも、よく分からないところが多いんです」
御曹司は静かに笑った。
「本当に、不思議な方なんですよね」
ブランシュも、ルミエールの姿を思い浮かべた。
「私も、初めて会った時から不思議に思っていました」
「初めて一緒にピアノを弾いた時も、以前から何度も演奏していたように、自然に息が合ったんです」
「歌もピアノも上手で、ロボットにも詳しい」
「それに、なぜか初めて会ったような気がしないんです」
御曹司は、ブランシュの言葉を聞いてから静かに言った。
「僕も同じです」
「ルミエールさんのことを、まったく関係のない他人だとは思えないんです」
ブランシュは御曹司を見た。
「あなたもですか?」
「はい。理由は分かりませんが、どこか近い存在のように感じます」
ブランシュは少し考えたあと、静かに笑った。
「私たち、少し似ていますね」
「ええ。そうかもしれません」
未来の父と母になる二人は、まだ何も知らないまま。
自分たちの娘について、同じ不思議さを感じていた。
その時。
白いものが、ゆっくりと空から落ちてきた。
「……雪ですね」
細かな雪が舞い始めていた。
白い椿の花や葉の上に、雪が静かに積もっていく。
やがて、雲の切れ間から光が差した。
冬のやわらかな光が、舞い落ちる雪を照らす。
御曹司は、その景色を見つめた。
「きれいですね」
「ええ」
光を受けた雪が、庭園の中できらきらと輝いていた。
御曹司は、少し緊張しながらブランシュを見た。
「ブランシュさんに、少し似ていると思いました」
「私にですか?」
「外見も、もちろんきれいだと思います」
御曹司は、言葉を続けた。
「でも、それだけではなくて」
「長い間、努力を続けてきた方の、静かな強さや美しさを感じます」
ブランシュは、すぐには言葉を返さなかった。
華やかなステージに立つ姿だけではなく。
そこへたどり着くまでの時間も見ようとしてくれている。
そのことが、少し嬉しかった。
御曹司は、改めてブランシュへ向き直った。
「先日のコンサートで、ブランシュさんとルミエールさんのピアノを聴きました」
「お二人の演奏がとても素敵で、そのあと考えていたんです」
「今度は、ブランシュさんと一緒にクラシックコンサートを聴きに行きたいと」
御曹司は、少し間を置いて続けた。
「実は、今度行われるクラシックコンサートのチケットを二枚、予約しました」
「ブランシュさんがご迷惑でなければ、一緒に行っていただけませんか?」
すでにチケットを二枚予約していたことに、ブランシュは少し意外そうにした。
けれど、自分が音楽を好きだと考え、選んでくれたことが嬉しかった。
「ええ」
ブランシュは笑った。
「ぜひ、ご一緒させてください」
御曹司の声が明るくなる。
「ありがとうございます」
雪は、静かに降り続いていた。
夜。
マンションへ戻ったブランシュがリビングへ入ると、ノアールとショコラが待っていた。
「お姉ちゃん」
ノアールがすぐに声をかける。
「お見合い、どうだった?」
ブランシュはコートを脱ぎながら答えた。
「最初は、正直に言うと、挨拶だけして終わるつもりだったの」
ショコラが笑う。
「でも?」
ブランシュは、庭園で過ごした時間を思い出した。
「こういう出会いも、悪くないかもしれないと思った」
ノアールは楽しそうに笑った。
「お姉ちゃん、恋をしてる顔になってる」
「え?」
「顔、赤いよ」
ショコラも笑った。
ブランシュは、二人から視線をそらした。
「外が寒かったからよ」
「本当に?」
ノアールの声に、ブランシュは答えなかった。
仕事の縁から始まったお見合い。
けれど、雪が舞う庭園で過ごした時間の中で。
ブランシュの未来は、少しずつ動き始めていた。
本編第94話「お見合い」の流れに、外伝ならではの会話を加えて描きました。
仕事の縁から始まった出会いが、ブランシュの未来を少しずつ動かしていきます。




