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生贄の巫女 ~偽りの巫女と仮面の守護者~  作者: 雨包おん
第13章 聖都/神域:虚妄の献身
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第85話 時が満ちる



「迷惑を掛けたわね。少し疲れが出たみたい。では、警備体制について確認をするわ」


 そう言って、何事もなかったかのように執務机へと腰を下ろしたレシュトロは、呼び出したニアティとベイツに向かい、翌日に控えた禊の儀式に関する最終確認を始めた。


「以前話したとおり、警備隊については、神殿側はニアティに、神域側はベイツに任せるわ。街中は守護騎士団の担当だけど、既に一週間前から聖都への出入りは厳重に警戒している」


 ニアティは、話を聞きながらレシュトロの様子を窺う。

 普段のような覇気こそ感じられないが、どうやら気持ちは落ち着いているようで、ニアティは安堵する。


「それで、攫われた本来の巫女ナァラだけど、この護送に関してはベイツの担当だったわね? 何か手がかりは?」


「はい。初めに、巫女ナァラが攫われた件に関して、私の不徳の致すところです。申し訳ありません。

 ……巫女を攫った賊は南西へ走り去ったとの情報があり、それを元に捜索中です。所々で痕跡が確認できており、そう遠くない内に見つけ出してご覧に入れます」


「へぇ、やるわね。相手は分かっているの?」

「現時点で相手の正体は不明ですが、どうもアカネイシア王国内に拠点があるようで、王国の関与の有無によっては、大事になる可能性もあります」


 ニアティの眉が、ピクリと動いた。

 アカネイシア王国の動向を探るのはニアティの仕事だ。だが、アカネイシア王国でそのような動きは確認されていない。


 レシュトロが視線だけでニアティを見た。

「ニアティ、何か情報はある?」

「少なくとも、アカネイシア王国中枢で怪しい動きは一切確認されていません。それに、今年の告解の儀はアカネイシア王国で行われました。禊の儀式を経れば、そのような企みがあってもすぐにこちらの知るところとなります」


 こめかみに指を這わせながら、レシュトロはベイツに指示を出す。

「……この件はベイツに一任するわ。彼らの目的は恐らく儀式の阻害ね。必ず巫女を取り戻しなさい。もし奪還が困難と判断したら犯人諸共処理しても構わないわ。要は、ナァラが聖都に入れなければ、何を騒いだところで証拠にならない」

「承知しました」


「後は、ユラーカバネの動きね」

「ユラーカバネたちは既に聖都内に到着し、宿で待機しています。聖都に入ってから誰かと連絡を取り合っている様子はありません」


 レシュトロは眉間に皺を寄せる。

「私は、巫女ナァラの件はユラーカバネが関わっていると考えているわ。本物の巫女を抑えておいて、生贄の儀式の途中で巫女の正当性に異を唱え、各国のユスノウェル様への信頼を破壊しようと目論んでるのではないかと。

 そして、アガナタもここに関与しているはず。後一歩の所で企みを暴くことができなくて、それだけが悔しいわ」


 ニアティは、アガナタの名前を聞いて顔を強張らせる。しかし、気を取り直して耳を触りながらレシュトロに問いかけた。その耳には、耳飾りは付けられていなかった。

「しかし、そんなことをすれば、各国からの教団自体への信任が失われ、それこそユラーカバネが目論む、教団の乗っ取りそのものの意味がなくなるのでは?」


 各国は、表向きは教団に対して恭順の意を示しているが、好き好んでこの状況に甘んじているわけではない。隙があれば、教団による国家干渉を排除する方向に動くはずだ。とは言え、教団の力が完全に失われてしまえば、大陸は恐らく、再び大規模な戦禍に巻き込まれる。


「そのとおりよ。だからこそ、恐らくユラーカバネの背後に、何れかの国がいるはず」


 アカネイシア王国。エストラーン王国。テサヴスタ王国。そしてグルジオ帝国。


 戦争を望んでいる国もあるだろうが、当然、国と国がまともにぶつかりあえば犠牲は計り知れないものとなるだろう。であれば、次期大導主を抱き込んで恩を売っておき、今後自分たちに有利な統治を引き出すという戦略も十分考えられる。


 だが、各国の思惑と野心が渦巻くパワーゲームのこの舞台で、そんな火遊びをして、上手く着地できるものなのか、ニアティには甚だ疑問に思われた。


 失敗すれば、教団権威の失墜と共に大陸そのものを巻き添えにするかもしれないのだ。

「とんでもない博徒。いや、野心家がいるものですね」

 ベイツが肩をすくめ、呆れたように言う。


 虚空を睨みながら、レシュトロがきっぱりと告げる。

「事を起こすなら、生贄の儀式しかあり得ないわ。大導主さま、生贄の巫女、各国の王族。そしてユラーカバネ。これらの役者が全て揃ったその時、全員の前で盤面を引っくり返そうとする……」


「聖都の街中について、朧による監視網を手厚くしていますが、今の所異変は見られません」

「神域の警備体制も完璧です」


 鷹揚に頷き、レシュトロが傲然と言い放つ。

「儀式が始まってしまえば、我々裏方は手が出せなくなる。

 まずは巫女ナァラを確保して、聖都に入れないこと。ついで、聖都内でおかしな動きを見逃さないこと。

 いい? ここが正念場よ各自連携を密にして事に当たりなさい! 」


「はっ!」


 頭を下げながら、ニアティは自分が耳飾りを付けていない事実にレシュトロが気付かなかったことに失意を覚える。

 勿論、レシュロの立場は、そんな個人的な感情に振り回されていいものではない。だがそれでも、ニアティにとってあの耳飾りは、この朧という組織で生き抜いてゆくのに大きな意味を持っていた。


 胸に痛みを抱えつつ、ちらりと横目で見たベイツの顔には、彼女から見れば嘘くさいとしか思えない、空々しい微笑みが貼り付いており、それがさらに彼女を苛立たせた。




 奉献の徒の控えの間で、明日に向けて各々個室となっている寝室で横になりながら、赤の守護神官は中々寝付けず、天井をぼんやりと見つめていた。


 一緒に旅してきたのは、この後に控える生贄の儀式のためだ。巫女様を聖都にお連れする、この上ない名誉ある任務だ。だが、彼女の胸は満たされない。


 生贄の巫女様が犠牲となることで、我々のこの大陸の平和は維持されている。かつてあった戦争の時代と決別し、誰もがこの教団による治世の恩恵に預かっている。


 だが、巫女様は違う。彼女は皆の平和のために、告解の儀という、非情に苦しい儀式を経ながら、この聖都までやってきた。では、一体彼女はどんな見返りを得たというのだろうか?


 今まで、深く考えたこともなかったが、実際の巫女様と旅をし、彼女が泣いたり笑ったりするのを見てきた。不敬ながら、自分の妹と重ね見ていた部分もある。


 何の咎もない、あんなにも生きることに真摯な少女を差し出さなければならない平和とは、一体何なのか? もし巫女に選ばれたのが自分の妹だったらと思うと、身の毛がよだつ。


「生贄の巫女を、終わらせる。そして、彼女を普通の少女として生かしたい」


 アガナタこと管理神官はそう言っていた。その言葉の意味は理解できるし、気持ちとしても異論はない。だが、それがどれほど途方もないことなのか、彼女には想像もつかない。


 一体どんな無茶な手段を取るのか。三十年間維持されてきた平和はどうなってしまうのか。


 本当はアガナタに聞きたかった。

 でも聞けなかった。


 聞いてしまったら、怖気づいてしまう気がしたから。


 多分、この作戦が失敗すれば、自分も、家族も無事ではすまないだろう。

 それでも、もともとアガナタがいなければ旅の途中で死んでいたこの身。もし生贄に選ばれていたのが妹だったとしたら、きっとそうするという確信。そして、アガナタならきっと上手くやってくれるという信頼を頼みに、彼女は彼の策に乗ることに決めた。


 そうすることが、自分にとって自然なことのように思えた。


 ざわつく胸に使命感を抱き、彼女は目を瞑って寝返りをうつ。窓のない暗い部屋の中で、彼女はそっと息を吐き出した。




 拳骨の青の守護神官は寝台に横になり、目をつぶったまま大きく息を吸い込んだ。


 巫女様を聖都までお連れする奉献の徒の旅。最後にひと波瀾が控えていたのは想定外だったが、それもまた良し。


 管理神官の話から詳しいことは分からなかったが、巫女様をその運命からお守りする。そんな、最高にカッコイイ作戦だということだけは分かった。


 それで充分。


 弟二人、妹二人を家に残してきた。両親は既に無いため、この旅の間、婚約者が面倒を見てくれている。明るく、気立ての良い女性だ。


 この任務が終わったら、彼女と結婚する。

 胸を張って彼女を迎えられるように、カッコイイ自分でありたいと彼はそう願う。そして、彼女と新しい生活に思いを馳せて口元を緩ませると、やがて安らかな眠りに落ちていった。




 背の高い方の青の守護神官は、頭の後ろで手を組み、片方の膝を立てた状態で寝台に横たわっていた。


 先日、管理神官から告げられた思い。

 巫女様を独りの人間として救うために、生贄の巫女を終わらせる。


 その発言に、衝撃を受けた。

 元より、彼は自分のことで精一杯で、巫女様についてもあまり関心を払ってこなかった。そんな彼も、その言葉を受けて彼女の立場、十四歳の少女が強いられている悲惨な運命について考えざるを得なかった。


 どうやってそれを実現するのか想像もつかなかったが、他でもない、あの管理神官がやるというのだ。勝機は、あるはずだ。


 巫女様を守り、聖都までお連れする。それが奉献の徒。それは一体どんな意味があるのか。

 奉献の徒の精神を体現する管理神官、その彼が「巫女様を救う」と、そう言った。


 ふと、王都の宿で管理神官と交わした会話を思い出す。


「王都の堀で、お前が敵に突っ込み、時間を稼いでくれたお陰で何とか巫女様の命を繋ぐことができた。本当にありがとう。その勇気と、不屈の精神に救われたよ」

「……いや、自分なんて、全然駄目で」


「……ふむ。自分で色々と思うところがあるのかも知れないが、はっきりと言わせてもらう。お前は確実な成果を残した。山越えでもそうだし、王都の堀でもそうだ。


 例えば、他の者ならもっと上手くやれたのでは、と思っているのだとしたらそれは違う。あそこにいたのはお前で、お前だから結果が出せたのだ。どんな天才だろうが、そこにいなければ我々にとって毛先ほどにも価値はない。

 だから、あそこで結果を出してくれたことは、私からすれば正に得難い救いだった。これからも、期待しているぞ」


 ふと、目頭が熱くなり、彼は目を瞑る。体の奥から湧き上がる力に体を震わせ、握った拳を天井に向けて突き上げる。

 そして、自分に言い聞かせるように呟いた。


「ここにいるのは、俺達だけなんだ。だから、やってやるぜ!」




 オッドーは寝具の上で胡座をかき、壁に背を預けて呼吸を整えていた。


 あれから十五年。何の因果か、再びアガナタと組み、禊の儀式の場へと舞い戻ってきた。まるで、あの時叶わなかった救済をやり直すかのように。


 この作戦が上手くいくのか、正直分からなかった。ユラーカバネという外部の人間に頼る要素が多いため、彼を知らないオッドーからすればなんとも判断できない。


 だが、やるべきことは決まっている。どんな運命が待ち受けていようと、全力で抗う。そう腹を決めている。


 先日地下牢で見たアガナタは血だらけで、彼の挑もうとする運命の壁の絶望的な高さを改めて思い知らされた。今回はアーオステニアの介入により、何とか難を逃れたが、何かが一つ足りなければアガナタはあの地下牢で人知れず命を散らしていただろう。


 だが、それでも、やると決めた。


 やれば願いが叶うからやるのではない。願いを叶えたいからやるのだ。例えそこにどんな困難が待ち受けていたとしても。


 はっきり言ってこの作戦、リスクは計り知れない。けれど彼は、不謹慎だと思いつつも、心の中に湧いてくる興奮を隠すことができない。


 旅の始まりでは、アガナタの影に隠れていた自分が、十五年ぶりに彼の隣に立ち、共に戦える、その喜び。


「今度は、隠れたりしねぇ……」


 はやる心を落ち着かせるべく、オッドーは深呼吸する。

 そして、満ちる自らの闘気を感じ取り、満足気に口角を吊り上げた。




 宿の部屋で、テーブルの上に置かれた蝋燭の灯をぼんやりと眺めながら、レイシアは物思いに耽っていた。


 明日から禊が始まり、三日目の午後にはユラーカバネと共に神域に向かうことになっている。


 敵地のど真ん中で行おうという大胆不敵なこの計画には、不測の事態に備え、三つの案があった。


 第一案は、ユスノウェル直々に、ユラーカバネへ大導主の座を譲ると宣言させる方法。

 第二案は、武力によって儀式の場を制圧する方法。

 第三案。これは「本当の巫女が別にいる」という事実を基に急遽作られた案だが、生贄の巫女の欺瞞を突き、各国の王族の同調を得てユスノウェルに譲位を迫る方法。


 第一、二案において、アガナタの果たす役割は重要だ。もしかすると、ヴァスローの実力を持ってすれば第二案をアガナタ無しでも実行可能かも知れないが、ユラーカバネの守りが薄くなるので危険も高い。


 第三案については、厳重な警戒が敷かれているこの聖都に、ナァラを運び込む必要があるのがリスクだ。だが、これについては朧内で信頼の厚いベイツの協力が得られることから、恐らくなんとかなるだろう。


 どれかひとつの案を選ぶのではなく、まずは第一案を試し、駄目なら第三案、そして第二案と立て直せるように計画してある。


 何にしても、アガナタが無事に管理神官に復帰したのは非常に大きく、レイシアはそれだけで随分と気持ちが軽くなった。


「アガナタ、非常に融通の利く使い勝手の良い駒だ。だが可哀想に、どう転んでもお前の願いは叶わないと言うのにな……」



 彼女は薄く笑って、酒を注いだ盃に手を伸ばすと、天井を見上げる。


「いよいよ、か。……この一年、本当に長かった」

 視線を落として盃を軽く揺らし、その液面をじっと見つめる。


 グルジオ皇帝は、大陸統一の障害であるという以上に、個人的に教団を憎んでいる節がある。この、皇帝の悲願の成就とも言える今回の作戦の成功に、主戦派を抑えて自分が主導的な役割を果たすことに、彼女は言いようのない満足感を覚えた。


「……父上、見ていて下さい。必ず貴方の汚名をそそぎ、家を再興してみせます」

 そう、自分に言い聞かせるように呟くと、彼女は一気に酒を口に含み、それからゆっくりと飲み下した。



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