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生贄の巫女 ~偽りの巫女と仮面の守護者~  作者: 雨包おん
第12章 聖都/地下牢:空の器
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第74話 信念



「いやぁ、立派な建物ですね! この神殿、外から見たことはあったんですが中に入ったのは初めてなんです」


 神殿内の一室で上質な椅子に腰掛ける管理神官は、興奮気味の赤の守護神官の言葉に戸惑い、落ち着かない様子で周りの反応を窺う。


 彼から見て正面に置かれたテーブルの右手には、赤の神官と、背の高い方の青の神官。左手には守護主神官と、筋肉質な青の神官がそれぞれ長椅子に座っていた。



 奉献の徒は巫女を連れてついに聖都に入ったが、そこですぐに巫女と引き離されてしまった。世話人たちは無事に役目を終えて任を解かれ、守護神官たちは神殿内に今いるこの部屋をあてがわれた。

 彼らはここで、禊と生贄の儀式に向けた、警備任務までの間寝泊まりすることとなる。


 先程の教団の者の説明によると、四日後から禊が始まり、七日後の朝には、生贄の儀式が執り行われると告げられた。



 空気を読まず、私語を止めない赤の神官の様子に辟易しながら、管理神官は救いを求めるようにオッドーを一瞥する。だが、オッドーは椅子の肘掛けに肘を乗せて頬杖を突き、足を組んでぼんやりとしており、まるで反応がない。


 他の二人の青の神官も、訝しげに赤の神官を見やり、言葉少なに時々頷く程度だった。


 管理神官は視線を赤の神官に戻すと、彼女に聞こえるように、けれど彼にしては随分と控えめに溜息をついた。



 彼はあの日、赤い紋章板を持つ女性に言われた言葉を思い出す。

『規則そのものは神でも何でもない。お前は何を成すのか、何を守るのか。自分の頭で考えろ!』


 今思い出しても、あの夜の恐怖に体が震えそうになる。


 そして、死を眼前に突き付けられた際の自分の無能さ、規則の無力さに言葉を失う。今までの自分を全て否定するような出来事にどうしてよいか思考がまとまらず、途方に暮れた。


 ただ一つ彼が言えるのは、今でも死ぬのは怖いということ。

 そして、あの状況で剣を抜き放ち、謎の一団に立ち向かっていったこの守護神官たちに対し、純粋に畏敬の念を覚えた。


 ――臆病な自分は、どうしたら彼らに迫れるのか。


 襲撃後に町に戻って宿に滞在していた際、彼は思い切ってオッドーを呼び出し、自らの失態を謝罪すると同時に、自分はこれからどうすればよいかと尋ねた。

 信じてきたものが崩れ去り、剥き出しの自己が脅威に晒された時、彼は何が正解なのか、どう振舞えばよいのか分からなくなったのだ。


 恥を忍んで頭を下げ、縋るように尋ねる彼に対し、オッドーは黙って彼を見つめた後、淡々と答えた。


「すぐには何も変わらない。聖都はすぐそこだし、もう何も指示しなくていい。こっちで上手くやる。

 その上で、奉献の徒の誰が何をしたとしても、責任者として、その全てに責任を取ると腹を括って欲しい。俺から言えるのは、それだけだ」


 それからオッドーは聖都までの数日間、皆に何かを指示する際は、形式上は必ず管理神官の了承を取り付ける形で、その上で一行をまとめ上げた。


 失態を犯した自分を立てるその振る舞いに、長く教団に身を置きながら、自分よりも年下の彼に全く敵わないと認めざるを得ず、けれど、彼は何故か心が軽くなる思いだった。



「――それで、やっぱり大導主様は一番上の階にいらっしゃるんですかね?」

 すっかり思考の海に沈んでいた彼は、赤の神官に唐突に話題を振られ、ふと我に返った。


「え? ……あ、ああ。そうらしいな」

「じゃあ神官長も同じ階に? でも、この広い神殿だと、自分の部屋が分からなくなりそうですね!」



 聖都のこの神殿は、教団の中枢だ。北の山の斜面にもたれ掛かる様に建てられたこの建物は六階建てで、半分が陸屋根の石舞台となっている最上階以外は、階ごとの大きさは殆ど変わらない。


 一般信者は三階までしか立ち入りが許されず、管理神官自身もこの四階まで来たのは初めてだった。当然、教団幹部の部屋など噂レベルでしか知らない彼は、私語が止まらない彼女に眉をひそめつつ、守護主神官に助けを求めた。



 オッドーは、この後の儀式のことに思いを巡らせていて上の空だったが、管理神官に改めて声を掛けられてそちらを向く。


 オッドーは、子供の頃アガナタと一緒に、良く五階のアーオステニアの執務室に出入りして、そこを遊び場としていたため、神殿の構造については良く知っていた。


 神殿は奥行きよりも幅の方が長い構造で、一階に大広間があり、二階から五階は回廊で各部屋が繋がっていた。階段は、二系統あり、回廊の南側の左右の角に位置する。


 各階の廊下は回廊のみとシンプルで、追いかけっこをして駆けまわっていた少年オッドーとアガナタは道に迷うことこそ無かったが、部屋の数が多く、また、集会場のある一階以外は、同じような構造の為、自分が今何階にいるのか分からなくなることがよくあった。


 本来、幹部の部屋の位置などべらべらと話すような内容では無かったが、管理神官の困り顔を受けて、仕方なく簡単に説明をし、それから「その辺にしとけ」と赤の神官に釘を刺した。



 オッドーは、話をしながらも、王都を出立した際にアガナタから託されたメッセージについて考えを巡らせる。


 そのメッセージは既に処分済みだが、その内容は簡潔に、二つの依頼が記載されていた。


 三日間続く禊の儀式の際、特定のタイミングで同梱した薬を用いること。

 そして、生贄の儀式の際、ユラーカバネの合図を待って大導主ユスノウェルを拘束すること。


 一つ目はともかく、二つ目は簡単な話では無い。

 そもそも、儀式の警備体制がどうなっているのか全く分からないのだ。


 仮に上手く大導主を拘束できたとして、そこからどうするのか皆目見当がつかない。

 失敗が許されないこのクーデター計画に、不安を覚えない方が無理というものだった。



 沈黙が訪れる中、管理神官がおもむろに席を立つ。

 皆の視線を受け、少し緊張した面持ちで彼は厠へ行くと告げて部屋から出ていった。


「……それにしても、何だか嫌な感じですね」

 管理神官が部屋を出て、扉が閉まったのを見届けた後、暫く黙っていた赤の神官が再び口を開いた。


 赤の神官が沈黙を破ると、拳骨の神官がつられて話始める。

「だよなぁ。部屋は立派だけど、入り口には見張りが立って、実質軟禁だよなぁ?」


 この少し広い部屋の中には、さらに小部屋が五つあり、そこが各々の寝室になっている。

 だが、この部屋には窓が無く、さらに、唯一の出入り口には衛兵が立ち、彼らの出入りを阻んでいた。


 もう一人の青の神官もつられて口を開く。

「唯一部屋の外に出て良いのが不浄だけなんて。それも、同時に一人までとかどうなってるんだ?

 ……まぁ、神殿の中をうろつかれたくないのは分かるんだけど、それなら街の宿に泊めて欲しかったな。さっき見たけど、寝室にも窓が無かったよ」


 赤の神官はオッドーの様子を伺うが、彼は、彼らの会話を聞いているのかいないのか、腕を組んで目を瞑り、黙り込んでいた。


 元々饒舌な方ではなかったが、アガナタが更迭されてから明らかに口数が減ったオッドーの顔をじっと見つめ、赤の神官はゆっくりと息を吸い込む。


 そして、意を決してオッドーに話しかける。

「主神官、どうしますか?」


 唐突に呼びかけられ、彼は片眼だけ開けて赤の神官を見つめ返す。

「……何がだ?」


「元の管理神官は聖都にいるんですよね? 何とか、彼に管理神官に戻ってもらう方法は無いんでしょうか。例えば、彼を知っている教団関係者の協力を得るとか……」


「駄目だ!」

 話の内容に驚いたオッドーが両目を見開き、半ば叫ぶように話を遮る。


 皆の驚いた顔を見て、咄嗟に大声を上げたことを後悔しつつ、テーブルに視線を落としながら絞り出すように呟いた。

「そんなことをすれば、俺たちは皆、任を解かれる。それでは、アイツの意思を継ぐことはできなくなる」


 彼は、アガナタの父、神官長アーオステニアの顔を思い浮かべる。子供の頃はアガナタと遊んでいる時に何度も顔を合わせていたが、あの事件の後、一度も合っていない。

 確かにあの日、アーオステニアはアガナタやラニーア、そしてオッドーを助けてくれた。だが、あの時はそうしなければ皆の命が危なかったから彼は動いてくれたのだと、オッドーは理解していた。



 では、今回はどうか? 彼はテーブルに視線を落としたまま考える。


 アガナタの話では、父親にはクーデターの件は知らせていないと言っていた。

 仮に神官長に接触できたとすれば、アガナタを救い出すことはしてくれるかもしれないが、当然解任されたのにも理由がある訳で、教団の意思を捻じ曲げてアガナタを管理神官に戻すことはしないのではないだろうか。


 そもそもどうやってアガナタが更迭された事実を伝えるのかというのも問題だ。

 監視のある中で事実を伝えれば、間違いなくこちらも即座に解任され、それこそ尋問されてしまう。



 再び黙り込んだオッドーをじっと見つめる赤の守護神官。

 彼女は、自らの突拍子もない考えに自分で震えてしまわぬように、それを誰かに悟られぬように、そっと自らの両腕を抱える。


 奉献の徒は、半面で顔を隠し、お互いが誰だかを知らない。それは事実だ。だが、こと管理神官と守護主神官の今までのやり取りを見る限り、間違いなく二人は旧知の中だと彼女は確信していた。


 それに、本人は気づいていないようだが、守護主神官は今、「管理神官を知っている教団関係者の協力を得る」という提案に対して、「管理神官が誰だか知らない」でも、「彼を知っている関係者はいない」でもなく、「駄目だ」と言った。


 つまり、守護主神官は管理神官が誰かを知っていて、管理神官を知る関係者が神殿内にいるということではないだろうか?


 そしてもう一つ。巫女の口から零れ落ちた、「彼」の名前。


 山越えの際に、白疫の民に彼が首を絞められた時、そして、彼が解任され、熱を出して巫女が落馬した時。巫女は、確かにこう言った。


 ――アガナタさん


 彼女は、その名前の人物に一人だけ心当たりがあった。


 それは、叡智の宰相と言われるアーオステニアの息子。アーオステニアの長男は病気がちで、誰が家を継ぐのか、という話題が出た際に名前を聞いただけだ。


 本来、他人の家の事情、しかも教団の幹部のことなどそうそう伝わってくるものでは無かったが、教団トップの二人である大導主も神官長も高齢となり、誰もが「その後」への心配を募らせる中で、よく出る話題だったのだ。


 この旅において彼らに降りかかって来た数々の試練は、あらかじめ聞いていた奉献の徒の任務内容の想定を完全に超えた、まさに命を懸けた戦いだった。

 今、改めてその軌跡を思い返してみても、何かが一つ足りなければ皆、ここに辿り着くことはできなかっただろう。

 しかし、「アガナタ」は、それらの危機に対し、決して折れることなく皆を指揮し、それを乗り越えてきた。


 これ程の人物、一体何者なのかと彼女は思っていたが、なるほど、叡智の宰相の息子であれば納得もいく。


 アガナタを失い、巫女の動揺は、それはそれは酷いものだ。


 何の咎無く、生贄として選ばれ、文字どおり死線をくぐってここまで来た少女。

 彼女の死の運命は、初めから定められていた。


 だとしても、こんな終わり方はあんまりだ。

 その死が避けられないものだとしても、せめて最期は旅を共にし、心通わせた仲間で見送ってあげたい。それが、自分たちにできるせめてもの巫女様への恩返しだと、そう彼女は感じていた。


 彼女が誰よりも必要としている、「アガナタさん」がいないなんて、ありえない!


 だから彼女は、神官長アーオステニアに助けを求めることを、決めた。

 ことここに至って、「人違いかも」等と尻込みするのは、彼女の性に合っていない。


 ――そうすべきだと自分が信じたから、私はそれを成すだけだ。



 赤の神官の提案をオッドーが即座に否定して、沈黙が場を包んでいた。


 そこに、ポツリと、けれどしっかりと放たれた言葉。


「いいです、じゃぁ、私一人でやります」


 ギョッとした顔で、オッドーが顔を上げて彼女を見た。

「……オイオイ。気持ちはわかるが、我々は軟禁状態だ。ここで動くと、全てが台無しになる危険がある」

「このままだって、全部台無しになります!!」


 テーブル越しに顔を突き出しての突然の剣幕に、オッドーは目を見開く。

 二人の視線がぶつかり、オッドーははっきりと悟った。彼女を、止めることはできないだろうことを。


 赤の神官にしても、当然引き下がるつもりはない。


 彼女は、最初からやるつもりだった。この部屋に着いた時から、今動くしかないと確信し、だから興奮した様子を演じ、興味本位を装って神殿内の構造を質問していたのだ。


「まずは落ち着け。……策は、あるのか?」

 瞳を逸らさず、オッドーが問いかける。彼は、口の中の渇きを覚え、無意識に唾を飲みこんだ。


「ありません。でも、あえて言うなら、今しかないと。だからやります!」


 彼女は真っ直ぐにオッドーを見つめて笑った。皆、どうしていいか分からず、ただ彼女を見つめて黙り込む。


 彼女の瞳を見つめたまま固まるオッドー。

(いい顔するなァ……)


 唐突に湧いた自分の心の声に自分で驚き、慌てて頭を振って言い返す。


「気持ちはわかる。だが、失敗すれば、我々は全員解任されてしまうんだ。冷静に……」

「失敗って何ですか! アガナタさんがいなくなって、巫女様が泣いていて、これ以上どんな失敗があるって言うんですか!!」


「アガ……」

 唐突に彼女の口からアガナタの名前が飛び出し、驚くと共に、自分と彼しか知らないクーデター計画を皆と共有できないこの状況で、オッドーは言葉を継ぐことができない。


「あ、……管理神官」

 ふと、背の高い方の青の神官が呟き、皆が一斉に扉の方を見ると、いつの間に戻ってきたのか、管理神官が驚いた顔をし、こちらを見つめて立っていた。


 管理神官が口を開けたままオッドーをじっと見つめる。


 突然の事態に混乱し、何を言えばいいのか分からず、口を開くも押し黙るオッドー。



 すると、咄嗟に赤の神官が駆け出し、管理神官を押しのけるように部屋から飛び出した。


 衛兵は、管理神官と入れ違いに部屋から出てきた赤の神官を一瞥し、彼女を通す。


「待て! 待つんだ!!」

 即座に反応し、追いすがろうとするオッドーはしかし、衛兵に阻まれ、部屋から出ることが出来ない。


「一度に厠に行けるのは一人までだ! 貴様、規則を破る気か!?」

 二人の衛兵が行く手を塞ぐように目の前で交差させた槍を、オッドーは唇を噛んで掴んだまま、廊下の向こうへと消えてゆく彼女の背中を、呆然と立ち尽くし、目で追うことしかできなかった。



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